「ハーバード大と東大の両方に合格する学生」を育てる塾などを運営するigsが2月、就職活動に取り組む学生と企業とをAI(人工知能)を使ってマッチングするサービス「GROW」を開始した。学生の適性と企業の希望をそれぞれ分析してマッチング。その結果が適切であったかどうかを、機械学習技術を適用することで精度の向上を図る。GROWの特徴とビジネスとしての展望を福原正大社長に聞いた。(聞き手 森 永輔)
GROWは、就活生と採用企業をAIを使ってマッチングするサービスとして日本で初めてのものですか。
福原:AI技術を中心にシステム全体を構築した本格的なものとしては初めてだと思います。単に機械学習を取り入れただけのマッチングサービスはほかにもあるかもしれません。それらを含めて考えても、先行するサービスとして5本の指に入ると思います。
学生はウソをつくことができる
GROWのインプットとアウトプットは何でしょう。
福原:学生と企業のそれぞれがインプットを行います。
学生はスマホにアプリをダウンロードして他者に対する評価を入力します。
え、他者に対する評価ですか。
福原:はい。GROWの特徴の1つは「就活生はウソをつくインセンティブがある」と仮定していることです。就活塾などの影響もあり、学生が本当のことを入力するとは限りませんから。その代わり、関係のある他の学生など周りが評価するのです。
就職を希望する学生Aは、まずGROWのアプリをスマートフォンにダウンロード。自分のことを評価してくれる友人やインターンシップ先のメンターなどをGROWに招待します。GROWのアプリはFacebookを調べ、学生Aとつながりのある人を探します。その中にGROWアプリをダウンロードしている人Bがいれば、BにAを評価してもらいます。
指の動きで回答の確度を評価
学生の何をどう評価するのですか。
福原:「コンピテンシー(ソフトスキル)」を評価します。ビジネスパーソンとして成功している人の特性を分析し、25項目のコンピテンシーを独自に定義しました。東京大学との連携や関係する分野の世界中の論文調査、ヘッドハンターとのミーティングを繰り返してまとめたものです。「創造する力」「ビジョンを立てる能力」「課題を設定する能力」「感情をコントロールする能力」などがあります。
25項目のコンピテンシーについて合計100問ほどの設問を用意しました。それぞれの設問について4つの選択肢の中から回答を選ぶ仕組みです。
入力に関して、もう1つの特徴があります。回答する時のスマホ上での指の動きを計測するのです。回答の確度を評価するためです。他者を真剣に評価しようとすれば、人は悩み、躊躇する。それは指の動きに表われます。例えば何度も選択肢を選び直したり。こうした回答は確度が高いと見なします。一方、瞬時に選ばれた回答は確度が低いと見なす。この仕組みについて特許を申請しています。
私の評価結果をお見せしましょう。ビジョンを立てる能力は80点を超えており、高く評価されています。一方、評価が低いのは「組織に対するコミットメント」です。社長失格ですね(笑)。
学生はこのほか、性格テストの結果や、他者評価に対する自らの分析結果(ストーリー)を入力します。ストーリーは記述式です。
組織に不足するコンピテンシーを分析
求人する企業は何を入力するのでしょう。
福原:学生を採用する部署の従業員に対する他者評価です。内容は学生が入力するものと同様です。加えて、自己評価も入力してもらいます。両者を基に、この部署に欠けている人材はどういう人材か、コンサルティングを行います。
例えば、ある会社の社員Cさんは、コンピテンシーのすべての項目について自己評価より他者評価の方が優れていました。とても慎み深い人なんですね。またCさんは、「創造する力」と「課題を設定する能力」のポイントが非常に高かった。こういう人物は組織がイノベーションを起こす際にその一翼を担うことが分かっています。イノベーションは様々な複合要因から生まれることが研究から分かっており、GROWはこうした研究成果を利用しています。
イノベーションを起こしたい別の会社のある部署のメンバーを分析すると、このCさんのような人材が欠けていることが分かった。この場合、学生の中からCさんと似た特性を持つ学生を選び、マッチングします。
企業の側に「○○のような人材が欲しい」という明確なニーズがある場合もあるでしょう。これに応じて、適切な学生をマッチングすることも可能です。
従来、こうした作業は人事部の若手社員などが行なっていました。彼らは専門家ではないので、なんとなく雰囲気で人選をしてしまいがちです。訓練を受けていない人材は面談において、最初10秒間のイメージだけで相手を評価するとする論文もあります。人事部ではなく、現場部門の若手が携わるケースも少なくありません。金融機関の若手社員はこの作業のために4月中は休みが取れない人が多いと聞いています。今年は5月には内定が決まると言われているので。
自分に似た人は高く評価してしまう
福原:この作業をコンピューターにやらせることで、客観的な人選ができるようになります。若手社員も本業に専念できる。
人間の作業には、様々なバイアスがかかるものです。例えば、男性は女性を高く評価する傾向があります。また、自分と似た人物を高く評価しがちです。結果として、人事部長が思う「欲しい人材」と若手社員が選んだ人材が食い違ってしまう事態が頻発します。コンピューターはこうした「人が行なうゆえのバイアス」を避けることができます。
ただし、コンピューターがマッチングをしても部長が思うとおりの学生を選ぶとは限りません。GROWはこの点を機械学習の技術を使って是正していきます。部長の思いと異なるマッチング結果を「入力」として取り込み、マッチングの確度が高まるようアルゴリズムを“育てて”いくのです。
ベトナムでもサービスを提供
現在の利用実績と将来の展望を聞かせてください。
福原:2月にスタートしてから現在までに登録した学生は1000人ほど。この数字は日々伸び続けています。企業は10社程度です。企業名をお教えすることはできませんが、大手製造業や新聞社、eコマースの会社などがあります。2018年末までに学生の数を10万人、企業数を500社に増やす計画です。2019年には売上高10億円のビジネスに育てたい。
このためGROWは海外でも展開します。今年、ベトナムに拠点を設けました。学生10万人のうち4分の1ほどはアジアの国々の学生になるでしょう。企業の数は、アジア企業の割合が全体4分の1より大きくなると予想しています。定期採用の制度がないので、彼らの方が日本企業より採用にシビアだからです。
GROWの収益はどこから上がるのでしょう。
福原:企業に料金を負担してもらうモデルを採用しています。
学生に負担させたくはありません。例えば、能力に恵まれているにもかかわらず、地方に住んでいて機会に恵まれない学生が数多くいます。こういう学生にチャンスを提供したいと考えています。
クライアント企業向けの料金は2つあります。1つは、先ほどお話しした企業の現在の従業員の分析に対する料金です。基本料は30万円。対象とする従業員1人当たり3000円。もう1つはマッチングサービスにおける成功報酬です。採用する学生1人当たり80万~120万円です。
フィンテックの経験を生かす
福原さんは、どうしてGROWを始めようと考えたのですか。
福原:私のこれまでの経験に負うところが大きいですね。学生時代から数学や統計に興味を持っていました。慶応大学で計量経済学を専攻、修士課程では金融工学を学びました。博士号は筑波大学で、統計の一分野である時系列分析を研究して取得しています。
社会人としては米バークレイズ・グローバル・インベスターズでAIを使った為替予測に取り組んでいました。日本銀行がいつ、どれくらいの規模で為替介入するかを予測するモデルを作ったりしていました。日銀総裁がどのような性格の人物か、時の政権の支持率が何%かなどを変数として予測、介入の有無を基にモデルを修正するものです。
退職後、私は教育サービスを始めました。「東大とハーバードの両方に合格する学生を育てる」をスローガンにした塾を渋谷で2010年に開塾。おかげさまで、こちらの卒業生は50人を越え、米ハーバード大、米プリンストン大学や米ジョージタウン大学、米コーネル大学に合格するなど成果が出ています。現在の塾生は約200人。昨年は大阪校と横浜校を開きました。
「本当にイノベーションを起こしたか」をフォローしたい
GROWの機能を拡充する計画はありますか。
福原:いくつかのアイデアがあります。これらを並行して進めていきます。このための資金をベンチャーキャピタルから得るメドが付きました。
アイデアの1つは、学生の性格をより精緻に探ること。また、学生のコンピテンシーを向上させる教育モデルです。
企業として気になるのは、「イノベーションを起こす」と期待して採用した学生が本当にイノベーションを起こしてくれるかどうかですね。採用した学生のその後の行動をフォローする仕組み作りも検討していますか。
福原:はい、それも考えています。採用された学生のその後の行動や成果をフォローするためのメソドロジーはまだ確立されていないので、クライアント企業と協力して取り組んでいければと考えています。
このためにAIのエンジニアを増やす考えです。外国人が多くなるでしょう。機能を高めるとともに営業を担当する人材も増やしていきます
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