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2億円の給付型奨学金創設を「あたりまえ」と言うルートイングループ会長の考え

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
大手ホテルチェーン・ルートイングループを一代で築きあげた会長兼CEOの永山勝利氏

注目を集める給付型奨学金

給付型奨学金が注目されている。

安倍総理が今年3月に

「本当に厳しい状況にある子には、返還がいらなくなる給付型の支援によって手をさしのべる」

と発言したことで、長年の懸案が本格的な検討の俎上に載せられた。

しかし主に財源の問題で議論は長期化している。

来年度予算案の規模も見通せていない。

ルートイングループが創設

そんな中、一つの会社とその会長が創設した給付型奨学金を取り上げたい。

大手ホテルチェーンのルートイングループの寄付を原資に長野県が創設した「長野県飛び立て若者!奨学金」だ。

「長野県飛び立て若者!奨学金」募集チラシ(長野県HPより)
「長野県飛び立て若者!奨学金」募集チラシ(長野県HPより)

この奨学金は、児童養護施設の出身者や里親家庭に措置されている子どもたち、

いわゆる「社会的養護」下にある子どもたちの大学進学を支援するものだ。

一人あたり月5万円を毎年最大10人に支給する。

給付型なので、返還は不要。

総額は、10年間で約2億円。

ルートイングループは、なぜ子どもたちに総額2億円の資金提供を決めたのか。

永山勝利会長に聞いた。

あたりまえのこと

――今日はよろしくお願いします。ようやく取材を受けていただきました。

「善意は見えないところでやるから善意で、見えるところでやると善意じゃない」と思ってるんですよ。

こういう善意のものは、隠れてとは言いたくないが、目立つ形ではやりたくない。

あたりまえのことですしね。

湯浅さんも、私から見ればマスコミと同じです。

でも、長野県の方から紹介されたら断れない。やっぱり公(おおやけ)ですから。

湯浅さんだけだったら、受けなかったですね(笑)。

でもどうして、私たちの給付型奨学金を知ったんですか?

とにかく「あたりまえ」を連発する永山会長。とりつくしまがなくて困った(笑)
とにかく「あたりまえ」を連発する永山会長。とりつくしまがなくて困った(笑)

――いや、手厳しい(笑)。こういう問題に長く関わっていますので、この方面のアンテナは高いんです。それで見つけてしまいまして……。

見つけなきゃよかったのに(笑)。

――すみません(笑)。でも今、給付型奨学金は注目度が高いものですから、どうしても…。会長はどうして、給付型奨学金を創設しようと思われたのですか。

やりたくて、できなかったこと

奨学金制度は、昔からの私の夢だったんですよ。

いつの日かやりたいと思ってきました。

しかし最初はやはり、自分自身の身の回り、家族と会社です。

その人たちが、幸せ、そこまでいかなくても不安のない生活ができるまでは、やってはならないとも思ってきました。

私は、人生で数えきれないほど失敗して、つまずいてきました。

なかでも大きなものは3回。

そのうちの最後をリーマンショックでやりました。

今でも会社はその余波に対応しているところです。

ですから、私が創業者として今一番やらなければならないこと、生きがいは、借金のない会社を目指すことです。

「まずは借金のない会社を目指さなければならない」と強調される
「まずは借金のない会社を目指さなければならない」と強調される

だけど、つまずいても折れずにやってきました。

今はまた、毎年売り上げを伸ばす成長軌道に乗せられています(ルートイングループ連結業績)。

今までやりたくてもできなかったことを、ようやくできるようになった。

これが大きいですかね。

あとは、社長のイスを息子に渡して会長になったことや、会社の設立40周年記念とか、そういう節目もありましたね。

会社と会長個人で折半

――そうしてできたのが、長野県の「飛び立て若者!奨学金」。会社だけでなく、半分は会長個人としても出されているそうですね。

う~ん、そういうふうに言われるのが嫌なんですよね。

会社だけならいい。会社は、社会のもの、社会の公器ですから

でも、私個人のことはいいじゃないですか。

取り上げるようなことじゃない。

あたりまえのことをやっているだけなんだから。

日本人のDNA

――いや、残念ながらあたりまえじゃないので、お話を聞きに来ているんです(笑)。

困っている人に対して手を差し伸べるのは、あたりまえだと思いますよ。

みなさん、そうじゃないだろうか。

困っている人を助ける。それは日本人のDNAに織り込まれていると思う。

ただ、私と同じで、やりたくてもできないだけ。

私も、長い間、できなかった。

今でも借金は相当残っていますしね。

会長の言葉。「無くさないでください 思いやり/持っているはずです やさしさも」と語りかける
会長の言葉。「無くさないでください 思いやり/持っているはずです やさしさも」と語りかける

我が身を削って

でも、73年間生きてきて、みなさんのおかげで、まがいなりにも会社をここまでのものにできて、

もっと社会の役に立つことをやらなきゃいけないんじゃないかと思うようになったのはたしかですかね。

もちろん会社もその一つなんですが、利益から離れたものもですね。

それは、我が身も削って出す必要がある。

そう思っただけです。

あたりまえのことですよ。

善意は見えないところでやるから、善意。

「社会活動家」を名乗る人ならわかってくれると思いますけど(笑)。

「社会活動家ならわかるでしょ」といじめられる(涙)
「社会活動家ならわかるでしょ」といじめられる(涙)

子どもに必要以上を与えるべきではない

――いじめないでくださいよ(笑)。お子さんやお孫さんは反対しませんでしたか。

子どもに必要以上のものを与えるのはよくないですよ。

決して良くならない。

必要なものは与えないといけないですけどね。

子どもに贈るべきものの一番は、社会に出て活躍できる、その力でしょう。

お金じゃない。

働いたものが報われるべき

ご存知と思いますが、我が社は株式を上場していません。

株は私たちがただ持っているだけ。

換金しないからタダみたいなものです。それでも税金はかかりますけどね(笑)。

もし上場すれば、何十億円と配当しなければならない。

でも株主は働いていないですよね。おかしいと思うんですよ。

働いたものが報われる。

そういう会社であり、社会になるべきだと思っています。

「働いたものが報われる、そういう社会にすべき」
「働いたものが報われる、そういう社会にすべき」

大切なもののために働こう

その意味では、会社に対する見方と社会に対する見方は同じです。

私はね、会社のために働けと言ったことは一度もないんですよ。

会社のために働くって、本当じゃないと思うんですね。

我が社の「社是」は、

一、大切なものの為に働こう

一、夢を叶えよう

です。

自分の一番大切な人のために働くのが一番強いと思うんです。

若い社員が「会社のために働きます」なんて言うことがあるけど、そんなわけない。

今、海外でもホテル事業を展開していて、先日もベトナムに行ってきましたが、同じです。

昨日今日入ったベトナムの従業員に「ルートインのために働いて」といっても響くわけがない。

自分の幸せ、家族の幸せ、大切なもののために働く。それが一番強いと思うんです。

それが結果的に、会社のためにもなる。

会長の執務室には、壁面いっぱいに従業員たちの顔写真が並ぶ
会長の執務室には、壁面いっぱいに従業員たちの顔写真が並ぶ

被災した従業員に義援金

だから会社の役割は、自分の大切なもののために働く従業員を守ることです。

4月の熊本震災では、うちの会社では1人が亡くなって、250人が被災しました。

家屋の全壊も6軒ありました。

熊本県内には5つのホテルがありますからね。

そういうことが起これば、全従業員に義援金を募り、会社や私個人が足して渡す。

あたりまえのことです。

熊本地震で被災した阿蘇リゾートグランヴィリオホテル(ルートイン提供)
熊本地震で被災した阿蘇リゾートグランヴィリオホテル(ルートイン提供)

東日本大震災のときもやりました。

あのときは53のホテルが被害を受けました。

一番北は函館だった。半地下の駐車場が浸水してしまいました。

我が社では、133人が被災しました。

そのときはみんなの給料から天引きして、義援金を出しました。

国が所得税や法人税に復興税を上乗せしたのと同じですね。

社会全体で困っている人を支えたように、会社を挙げて困っている社員とその家族を支える。

従業員の子どもたちの写真の前で目を細める会長。ご自分のお孫さんの写真もこの中にある
従業員の子どもたちの写真の前で目を細める会長。ご自分のお孫さんの写真もこの中にある

自分たちが困るようではできないが

そのうえで、会社には備蓄用のペットボトルのお水があるから、それを被災者のみなさんに配る。

自分たちが困るようではできません。

でも、そうじゃなければ困っている人に配る。

あたりまえのことです。

備蓄用倉庫は、いま3つありますが、5つに増やす予定です。

東日本大震災時、ホテルルートインいわき泉駅前店で水を配布。写真中央が永山会長(ルートイン提供)
東日本大震災時、ホテルルートインいわき泉駅前店で水を配布。写真中央が永山会長(ルートイン提供)

児童養護施設の子どもたちも同じです。

自分と、自分の大切なもののためにがんばってほしい。

私は、そのためのわずかな手助けをしているだけです。

心配なのは、日本の未来

――会社が社員を守るように、世の中が子どもたちを守る…。

73年間生きてきて、いま心配なのは、日本の未来、将来です。

人口が減るということだけじゃありません。

この国は衰退していくんじゃないかという不安があります。

うんと心配しているし、危惧しています。

夢をもてるような社会に

少子化は大問題です。

若い人たちに、結婚して、子どもを育てて、という夢がない。夢をもてない。

我が社には、来年も200人ほどの新入社員が入りますが、今の人たちにはこれといった夢がないように見えます。

夢をもてるような社会にしたい。

家庭を持つことの喜びとか、子どもを持つことの喜びとか、自分のほしいものを手に入れたときの喜びとか、そういうものを持てるようにしたいですね。

「夢をもてるような社会にしたい」
「夢をもてるような社会にしたい」

私は難しいことはよくわからないから、大和魂とか武士道とかがどういうものなのか、正確にはわかりません。

でも、要するに、くじけない、負けないということじゃないかと思うんです。

たとえ貧しくても、貧しいことをパワーにしていける、そんな気持ちを持ってほしいし、

そのために、私ができることをしただけです。

あたりまえのことなんですよ。

あ、また言っちゃったね(笑)。

「『あたりまえ』って100回言ったって書いといてね(笑)」
「『あたりまえ』って100回言ったって書いといてね(笑)」

そして…

後日、私は「長野県飛び立て若者!奨学金」を利用した大学生に話を聞いた。

K.Y.さん。

今月9日に22歳になったばかりの富山大学の4年生だ。

Kさんは、大学3年の後期から、この奨学金を利用している。

3歳から18歳までを長野県内の児童養護施設で過ごしたKさんは、

その施設の65年の歴史の中で、初の国公立大学進学者だ。

奨学金が東京での就職活動を可能に

日本学生支援機構の無利子奨学金なども利用していたとはいえ、

学費、アパート代、生活費すべてを自分でまかなう大学生活は楽ではなかった。

就職活動は東京でしたが、富山からの交通費や東京の滞在費は大きな負担だった。

「『飛び立て!若者』の奨学金がなければ、東京での就職活動はできなかったかもしれない」とKさん。

そんなKさんだが、この夏、無事に東京のテレビ制作会社の内定をもらった。

実は、私がKさんに会ったのは内定式で上京していたとき。

東京・渋谷だった。

ルートイングループのお金が、一人の若者の東京での就職を可能にした。

「ルートインから出てたんですか」

Kさんは、奨学金の原資がルートインであることを知らなかったと言う。

「税金を原資にした長野県の行政サービスだと思っていました」。

「善意は見えないところでやるから善意で、見えるところでやると善意じゃない」という会長の言葉が思い出された。

自分を支えてくれたお金が、自分も知っているルートインホテルから出ていると知ったKさん。

「とても感謝しています」

「いずれ何かしらの形で、感謝の言葉をお伝えしたいです」

と話し、ふたたび内定式の懇親会場へと戻っていった。

会長へ

会長、Kさんが来たら、会ってやってくださいね。

で、きっと言うんだろうな。

あたりまえのことをしただけだよ」って。 

画像

(2018年8月11日一部修正)

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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