「ベビーバスケ」というスポーツ競技をご存じだろうか。

 この種目の一番の特徴は、ボールが「泣き出してしまう」ことにある。加速度センサーを内蔵したボールを手荒に扱うと、ボールから「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」という「声」がする。泣き出したらその場に立ち止まり、ボールを「あやす」必要がある。

慎重に扱わないとボールが「泣き出す」ベビーバスケ(写真:陶山 勉)
慎重に扱わないとボールが「泣き出す」ベビーバスケ(写真:陶山 勉)

 大げさかもしれないが、このルールがこれまでのスポーツの概念を壊した。一般的なスポーツであれば、いかに俊敏に動いて相手をかわすか、あるいは素早いパスやショットなどで相手を翻弄するのが素晴らしいプレー。だがベビーバスケでは、そんなプレーは禁物。すぐにボールが泣き出してしまうからだ。求められるのは、ゆっくりとした動作と慎重なパスである。

 2月中旬、実際にプレーする姿を見る機会を得た。スポーツ用品大手のミズノが内定者向けのオリエンテーションとして企画したものだ。内定者には大学まで体育会の第一線でスポーツを経験してきた人も含まれていたが、泣き出すボールの前には、身体能力や経験は全く関係なくなってしまう。全ての人が対等にプレーできる。それがベビーバスケの特徴だ。

 今、こうした新種のスポーツが続々と登場している。仕掛けているのは「世界ゆるスポーツ協会」。2015年に有志で立ち上げた任意団体だ。

 手にハンドソープを付けた状態でプレーする「ハンドソープボール」や、下半身に特注の「イモムシウェア」を着けてほふく前進でプレーする「イモムシラグビー」…。協会が考案した「ゆるスポーツ」は1年間で50種類を超えている。

 きっかけは2020年東京五輪の開催決定だった。ゆるスポーツ協会の澤田智洋代表はこう説明する。

 「せっかくだから、『スポーツ弱者』をなくしたいと思った。スポーツが苦手な人だけでなく、重い障害を持つ人や高齢者など、日本国内にはスポーツ弱者が3割から3割5分は存在する。全ての人がスポーツを楽しめる環境をつくるために、競技の選択肢を劇的に増やしていく必要があると考えた」

「うちの眠っている技術で何かできませんか?」

 高齢者施設で好評を得ているスポーツもある。「こたつホッケー」はこたつに入りながら行うエアホッケーだ。こたつの上に映像でコートとみかん(ボールの代わり)が映し出され、湯飲みでみかんを弾いて相手ゴールに入れる。普段は上半身をあまり動かさない人でもゲーム感覚で楽しむことができ、「リハビリとしても有効だ」と評価されたという。

 メディアでの露出が増えて認知度が上がり、ゆるスポーツ協会に全国から依頼が殺到している。一つは企業からの依頼だ。

 現在、ゆるスポーツ協会が依頼を受けているのは電機メーカーを中心に10社程度。その多くが「うちの技術を使って何か新種のスポーツを作ってくれませんか?」という依頼だ。

 例えばNEC。最新の顔認証技術を使ったゆるスポーツの考案を協会に依頼。現在、検討している一つが、自分の顔と最も似ている人を数分以内に探してゴールする「顔借り競争」。小学校の体育祭で見られる「借り物競走」をもじったものだ。NECの顔認証技術を使って、連れてきた人の「似ている度」を競い合う。

 澤田氏はこう言う。「スポーツにユーモアを加えれば、『ボツ技術』の再利用だってできる。企業は技術とブランドをPRできるだけでなく、スポーツのフィールドを使って、技術の利用法や横展開を考えることもできるはずだ」。

 企業のほか、自治体も熱視線を送る。ある自治体が依頼しているのは「ご当地スポーツ」だ。地元の名産品などをスポーツに付加して新競技を作り、そのスポーツを観光資源の一つとして利用することを目論む。実際に複数の自治体で、既に試作が行われている。

 「ゆるスポーツを、私は『課題解決型のツール』だと考えています。少子高齢化や地方創生など、全ての日本の課題を解決することができる。今年中に、日常的に体験できる場所も設置する予定です。スポーツ庁との連携も進んでいます」(澤田氏)

6人の男女はどこで誰と戦っている??

 ゆるスポーツだけではない。ユニークな競技は他にもある。

 約10m四方のコートで、6人の男女がゴーグルを付けながら所狭しと動き回っていた。手を振ったり突き出したりする独特の動作は、これまでのスポーツには見られなかったものだ。

 ただし、一見、誰と何と争っているか分からない。下の写真を見てほしい。彼らはどんな競技を戦っているのだろうか…?

HADOの競技の様子。何の競技かさっぱり分からない(写真:吉成 大輔)
HADOの競技の様子。何の競技かさっぱり分からない(写真:吉成 大輔)

 答えは下の画像。ベンチャー企業、meleapが開発した新競技「HADO」。AR(拡張現実)技術とスポーツを組み合わせた。専用ゴーグルとリストバンド型デバイスを装着すると、ゴーグル越しに“フィールド”が現れる。手を振ればAR空間に衝撃波が発射され、下から手を振り上げるとバリアーが現れる。クリスタルのような相手のゴールを破壊すれば勝利だ。

ゴーグルを通して見た様子。AR空間で競技が行われている
ゴーグルを通して見た様子。AR空間で競技が行われている

 既にハウステンボスでアトラクションとして採用され人気を博し、現在はゴーグルやリストバンドの市販化を検討中だ。同社の福田浩士CEOは「グローバルで競技人口100万人を目指す。プロリーグも立ち上げたい」と意気込む。

 テクノロジーによって、「超人の力」を手に入れる――。HADOは「超人スポーツ」と呼ばれる競技の一種だ。

 他にも、現代版チャリオット(馬車レース)の「キャリオット」は、馬ではなくタイヤを付けた移動ロボットを操縦し、順位を競う競技。「バブルジャンパー」は、足に跳躍力を飛躍的に増すことのできる器具を付け、透明な球体に入って相撲をとる競技で、それぞれ体験会などで人気を呼んでいる。

移動ロボットを操縦する「キャリオット」(写真:陶山 勉)
移動ロボットを操縦する「キャリオット」(写真:陶山 勉)
跳躍力を増す器具を付けて相撲を取る「バブルジャンパー」(写真:陶山 勉)
跳躍力を増す器具を付けて相撲を取る「バブルジャンパー」(写真:陶山 勉)

「情報化社会のスポーツは生まれていなかった」

 「農業社会の中からサッカーやラグビー、野球が生まれた。工業社会になると、F1に代表されるモータースポーツが出てきた。IT(情報技術)革命で情報社会へと突入した今、新たなスポーツは生まれていない」

 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授はそんな問題意識を持っていた。自分たちこそがその担い手になるべきだと思い、昨年立ち上げたのが「超人スポーツ協会」だ。

 AI(人工知能)、ロボテックス、IoT(モノのインターネット)…。情報社会の新しいキーワードとスポーツを組み合わせば、新しい市場が開ける。超人スポーツはその入り口に立っている。

 日経ビジネス3月7日号の特集は、「経営者 本田圭佑が米国に進出するワケ」。本田選手が米国でのビジネスに乗り出す背景として、スポーツの潜在需要があることを描いた。今回ご紹介した新スポーツは、同特集を進める中で取材したものだ。

 米国を中心に、スポーツの力が改めて見直されている。スタジアムを都市再生の中核に据え、最新技術を投入してエリア全体の価値を上げる取り組みが米国全土で見られるようになった。企業はそれをビジネスチャンスと捉え、ハード・ソフト両面からスポーツに対するアプローチを始めている。

 スポーツには潜在需要がある。それは間違いないだろう。そしてその需要は、既存スポーツという枠組みの中だけにとどまらない。

 これまでスポーツに関心がなかったり、したくてもできなかったりした層を取り込む可能性がある新ジャンルのスポーツには、市場全体を拡大させる大きなポテンシャルがあると感じている。

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