限りなく黒に近いグレーでも、黒とは雲泥の差があることを思い知らされた気がする……。衝撃のドラフト。日本シリーズでの涙。同世代であれば、誰もが記憶しているドラマがあるだけに、ショックだった。

 戦うものがなくなった、天井ばかり見上げてた、「もう関わらないでくれ!」か。あ~、なんでやねん。というか、黒であることが決定的になり、自分がかなりショックを受けているという事実に、少々驚いている。

 「ってことは今回は、KKコンビについてKKが書くんかい?」

 いやいや、そういうわけではありません。

 ただ、グレーと黒の距離。それをメチャクチャ感じてしまったので、今回はもうひとつの「限りなく黒に近いグレー」を、取り上げようと思う。

 KKコンビ世代といえる40代、とくに40代前半の”氷河”を巡る「グレーと黒」についてである。

アベノミクスの恩恵を全く受けていない世代

 実はあまり報じられていないのだが、アベノミクスの恩恵を全く受けていない年代が、ピンポイントで存在する。

 “氷河期世代”の勝ち組、である。

 「中年フリーター」「中年パラサイト」など、切ないネーミングをつけられる非正規の人たちじゃない。厳しい就職戦線を勝ち抜いた、「大企業の正社員の男性」が氷河に襲われているのである。

 昨年11月に公開された厚生労働省の『賃金構造基本統計調査』によれば、40~45歳男性の賃金だけ、前年比マイナス0.6%。全体では1.3%と上昇しているにも関わらず(男性1.1%、女性2.3%)、この年代だけマイナスだった。

 しかも、

  • 「大学・大学院卒」の『40~45歳男性』は、マイナス1.1%
  • 「大企業」の『40~45歳男性』は、マイナス2.3%

 で、フツーであればエリートとされる人たちが、とりわけ冷たい風にさらされていることがわかった。

 この世代は、管理職ポストが激減したことに加え、成果主義の初期世代でもあるため賃金の伸びが悪い。さらに、アベノミクスが力を入れてきた「子育て世代の賃金アップ」からも、年齢的に微妙に外れてしまったのだ。

一瞬差し込んだ光は、すぐに紗がかかった

 っと、ここまで「氷河期世代」の状況を理解した上で、次のコメントをご覧ください。

 私たちは「一億総活躍」への挑戦を始めます。

 最も重要な課題は、一人ひとりの事情に応じた、多様な働き方が可能な社会への変革。そして、ワーク・ライフ・バランスの確保であります。
(中略)
 非正規雇用の皆さんの均衡待遇の確保に取り組みます。短時間労働者への被用者保険の適用を拡大します。正社員化や処遇改善を進める事業者へのキャリアアップ助成金を拡充します。契約社員でも、原則一年以上働いていれば、育児休業や介護休業を取得できるようにします。更に、本年取りまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」では、同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります。

 これは先月22日の通常国会で、安倍首相が行った施政方針演説の一部。甘利氏の辞任の陰に隠れ衝撃度が激減してしまったが、安倍首相の口から「同一労働同一賃金の実現に踏み込む」だなんて、「ビックリ!」としか言いようがない。それは低賃金にあえぐミドル非正規たちに、かすかな“光”が差した瞬間でもあった。

 改めて言うまでもなく、非正規と正規雇用の賃金格差は大きい。

 非正規社員男性の生涯賃金は(約6200万円)、正社員の4分の1で(正社員男性=約2億3200万円。みずほ総合研究所の試算)、特に40代になるとその差は歴然としてくる。

 また、正社員の賃金カーブは50歳代前半をピークとする山型であるのに対し、非正規はフラットなため、もっとも差が広がる50~54 歳男性の平均年収は 200万円近くの差がある(非正規234.1万円、正社員435.8万円 「厚生労働省・賃金構造基本統計調査」)

 それだけに今回の「同一労働同賃金」という文言は、希望を抱かせるモノだった。

 ところが、である。あっという間に、光が薄らいだ。「はやっ」というか、「やはり」というか、むしろ闇が近づいたといっても過言ではない。

示されたのは若者を対象にしたプラン

 安倍首相の演説後、厚労省が先月29日に発表した「正社員転換・待遇改善実現プラン」には、「若者」「新規大卒者」「新規高卒者」「若年層」「新卒者」「わかものハローワーク」「学生アルバイト」「学生・生徒」などなど、これでもか!っていうくらい若者を指す言葉だけが書き連ねられ、完全に若者を対象にしたものだったのである。

 プランでは、「やむなく非正規」を平成32年度までに、現在の「5人にひとり=18.1%」から「10人にひとり=10%以下」を目指すとしているが、35~44歳の男性の「やむなき非正規」は45・2%。完全に無視されたかっこうである。

 そもそも40代前半を中心とする氷河期世代は、入り口のみならず、途中でも“時代”に翻弄された世代でもあるため、「やむなき非正規」が多い。

 以前、フィールドインタビューさせていただいた男性は、6年間非正規採用で転々と中学校を渡り歩き、30歳前で教師をあきらめた。その後、中小企業に正社員として入社。ところがリーマンショック後、業務縮小で大幅なリストラが実施されて職を失い、再び、転々と企業を渡り歩く日々が続いている。ちなみに年収は200万円ちょっと。一人暮らしだと貯金もできないため、実家にパラサイトしていた。

 氷河期世代の非正規の厳しさは、相対的貧困率でも示されている。

 若年非正規労働者(25~34歳)の相対的貧困率が、23.3%と5人に1人であるのに対し、ミドル男性(35歳~44歳)では3人に1人(31.5%)。若年層の7割で「親」が家計維持者であるのに対し、ミドル層は「自分」が、“一家の主”になるため、貧困率が高くなってしまうのである(独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った「壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究」)。

目指すのは、「均等」ではなく「均衡」

 「お先真っ黒………」。

 厚労省のプランを見て、絶望的な気持ちになった人は大勢いるに違いない。

 さらに、その3日後のNHK「日曜討論」(1月31日)で、これが非正規ではなく、正社員、特に「ミドルの正社員」を脅かす問題であることが明らかになる。

 共産党の小池晃政策委員長に、「同一労働同一賃金の中身」を問われた自民党の小野寺五典政調会長代理が次のようにコメントしたのだ。

 「会社の中で常勤には責任の重さがあるのでバランスをとって不均衡にならないように方針を決めていく」と。つまり、「同一労働同一賃金」が、「均等ではなく、均衡」を前提にしていると断言したのだ。

 均衡――。今まであまりスポットの当たる言葉ではなかった、この言葉。今後は、この「均衡」という二文字が、労働者の賃金に大きな変化を与えるキーワードになるにちがいない。いや、「なる」と断言しよう。 同一労働同一賃金を考える上で、「均等」か「均衡」かは極めて大きな意味と、大きな違いを持っているのだ。

「均等」と「均衡」の違い

 「均等」とは、一言でいえば「差別的取扱いの禁止」のこと。国籍、信条、性別、年齢、障害などの属性の違いを賃金格差(処遇含む)に結びつけることは許されない。仮に行われたとすれば、労働者は損害賠償を求めることができる。

 一方、「均衡」は、文字通り「バランス」。「処遇の違いが合理的な程度及び範囲にとどまればいい」とし、「年齢が上」「責任がある」「経験がある」「異動がある」「転勤がある」といった理由を付すれば、「違い」があっても問題ない。

 つまり、均等の主語は「差別を受けている人」だが、均衡は「職場」。「均等」では、差別を受けている人(=処遇の低い方)を高い方に合わせるのが目的だが、「均衡」では低い方に高い方を合わせても問題ない。

 そもそも50年以上前の1951年にILO(国際労働機関)では、「同一価値労働同一賃金」を最も重要な原則として、第100号条約を採択しているが、この根幹をなすのは「均等」である。職種が異なる場合であっても、労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用するとし、一切の差別を禁止している。

 そのILO(国際労働機関)は日本政府に対し、8回にもわたり同一労働同一賃金の勧告をしている。また、経済協力開発機構(OECD)も、2008年に「Japan could do more to help young people find stable jobs(日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある)」と題した報告書の中で、「正規・非正規間の保護のギャップを埋めて、賃金や手当の格差を是正せよ。すなわち、有期、パート、派遣労働者の雇用保護と社会保障適用を強化するとともに、正規雇用の雇用保護を緩和せよ」と勧告を行っているのだ。

均衡を図るためには、ミドル世代の賃金を下げればいい

 ジョブ型でない日本独特の働き方では、年齢や経験など職務給が存在しているため、同一労働同一賃金を実行するのは容易いことではない。だが、「均衡」を重要視し続ければ、その職務給を都合よく廃止できる。

「非正規の賃金が上がるんじゃなくて、正社員の賃金が非正規並みになるってことだな」
「そうだよ。今の賃金カーブをやめて、40代以上の賃金を下げるってことだろ?」
「ほとんどが管理職になれていないから、40代だけがアベノミクスの恩恵はマイナスなのに。もっと下げろってこと?」
「流れから言ってそうでしょう。非正規をなくすっていってるんだからさ」
「だいたいただ単に、非正規の賃金を上げたいだけなら、最低賃金上げて底上げすりゃいいだけなのに、あえて“同一労働同一賃金”なんて、耳障りの良い言葉使ってるだけだぞ」

 そう。そのとおり。「非正規を企業が雇用するワケ」という原点に戻れば、自ずと方向性は見えるはずだ。そして、もっともアンラッキーな待遇を受ける可能性が高いのが“氷河期世代”だ。この先、「50 歳代前半の山頂」は崩れ落ちることになるだろう。

 本音では、「正社員をなくしたい」現政権にとって、既に「アベノミクスの穴」にハマっている“氷河期世代の勝ち組”たちをどんどんと厳しい状況に追い込むことで、前例を作っていく手はずは着々とそろってきているのだ。

 なぜ、安倍首相の演説で、「均衡待遇の確保」としっかりうたっているのか? なぜ、昨年の通常国会で野党3党が推進法案を提出したとき、「同じ仕事なら賃金も同水準にする均等待遇」という文言が、「同じ仕事であっても責任などに応じたバランスが取れていればよい均衡待遇」に修正され成立したのか? 

再び見捨てられる氷河期世代

 まさしく限りなく黒に近いグレー。一度手を出した“快感”から抜けるのは、容易ではないのである。

 今から6年前、氷河期世代が30代後半に差し掛かった頃、世間では「助けて」と言えずに孤独死する30代が問題になった。

 大学卒業時にフリーターという道を余儀なくされ、30代になるとハローワークに行っても、応募できる会社が限られるようになった。生活が苦しく、生活保護を受けようと相談に行くと「まだ、若いんだから、もう少し頑張って仕事探してみなさいよ」と励まされる。

 本当はそこで、「助けて」と言いたい。

 だが、声を出した途端、自分が消えていってしまいそうで、何も言えなくなり、結局食事も取れず、生きている意味も、自分の存在もわからなくなり、命を絶った。もし、彼らの“社会の入り口”が違ったら……。彼らの“今”も、違うものになっていたように思う。

 もし、1985年のあの“ドラフト指名”がなかったら……。それを考えるのはやめておこう。

 限りなく黒に近いグレーが、“黒”になったとき、社会はどうなっているのだろう。今出来ることは、ただただ“均衡”という言葉に注視していくこと。たったひと文字の違いで未来が大きく変わるかもしれないのだ。

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