2016年2月12日、1年4カ月ぶりに日経平均株価が1万5000円を割れ、為替相場では1ドル110円をつけるなど、急速に円高が進行している。世界的に続く金融市場の混乱を受けて、米FRB(連邦準備理事会)が追加利上げのペースを遅らせることを示唆するなど、これまで堅調と見られていた米国経済の先行きに不透明感が高まり、混乱が一層加速した模様だ。
 中国経済の減速懸念とそれに伴う資源価格の下落は、これまでプラス成長を見込んでいた先進諸国の実体経済を「負の連鎖」に引き込もうとしている。不透明感が強まる世界の金融市場は、実体経済にどれだけ影響を及ぼすのか。投資家は今後どう動くべきなのか。日経ビジネスはシンガポール在住の米著名投資家、ジム・ロジャーズ氏に電話で緊急取材。ロジャーズ氏は大荒れの世界経済に対し「世界の中央銀行は市場をコントロールできなくなっている」と話す。(聞き手は武田安恵)

今年に入って日本では日本銀行(日銀)がマイナス金利の導入を発表するなど、一層の金融緩和に踏み切っています。

<p><b>ジム・ロジャーズ氏</b><br/>1942年米国メリーランド州生まれ。70年代に、米投資家ジョージ・ソロスと共に国際投資会社を設立し、 10年間の間に得たリターンは3000%以上だった。その後、わずか37歳でファンドマネジャーを引退し、世界一周の旅に出、「冒険投資家」の異名をもつ。コモディティー価格の上昇、中国の経済成長をいち早く予見した。2007年に米ニューヨークの自宅を売却し、家族でシンガポールに移住。2人の子供は流暢な中国語を話す。(写真:的野 弘路、以下同)</p>

ジム・ロジャーズ氏
1942年米国メリーランド州生まれ。70年代に、米投資家ジョージ・ソロスと共に国際投資会社を設立し、 10年間の間に得たリターンは3000%以上だった。その後、わずか37歳でファンドマネジャーを引退し、世界一周の旅に出、「冒険投資家」の異名をもつ。コモディティー価格の上昇、中国の経済成長をいち早く予見した。2007年に米ニューヨークの自宅を売却し、家族でシンガポールに移住。2人の子供は流暢な中国語を話す。(写真:的野 弘路、以下同)

ジム・ロジャーズ氏(以下ロジャーズ):マイナス金利はこれまでECB(欧州中央銀行)で導入の実績があるけれど、その後ECBが金融市場をよい方向にコントロールできているとは思わないね。

 ミスター黒田は、日本以外での実績も見込んで導入に踏み切ったのだろうけれど、私はこれが日本経済、そして世界経済にとってもプラスになることは何1つないと思っている。時間の無駄だよ。混乱を一時的に回避する手段にはなるかもしれないけれど、根本的な解決にはなっていない。

 マイナス金利の導入を決定して以降、日本の債券も株も、非常に値動きが荒くなっている。だがこれは日本に限ったことではない。世界中で起こっていることだ。私は世界中でこの混乱状態がもう2~3年は続くだろうと見ている。どの国の株式に対しても、私は楽観的ではない。

世界経済の混乱の発端は、中国経済の減速と見られていますが。

ロジャーズ:中国のせい? 私はそうは思っていない。中国だって混乱で苦しんでいる国の1つだ。今回の騒動の諸悪の根源はすべてワシントンにある。米国はここ数年、大量の紙幣を刷り、金利を歴史的にこれまでなかった水準にまで引き下げた。

「中国だって被害者だ」

 人々は貯金しても金利がつかないから、いろんな所に投資するようになった。将来に備えて蓄えようと人々がお金を預けた年金や保険の運用担当者も皆、世界中の株や債券、不動産に投資した。これが何を意味するのか。確かに資産価格は上昇するだろうよ。でも、結果的に国の債務が増えるだけで、実体は何も残らなかったのだ。

 そして今、米国は資金を引き揚げようとしている。金利を上げることによってね。これまでやってきたことのツケが今、大きな混乱となって世界を襲っているのだ。中国だって被害者なのだよ。

しかし、中国政府の過去の景気対策が中国企業の過剰投資を生み、中国の債務を増やした側面もあります。本当に中国が原因ではないのでしょうか。

ロジャーズ:2008年のリーマンショックの際、確かに中国政府は大量の資金を使って企業の救済に動いた。景気対策の資金がバブルを生み、ツケを残したとの見方があるが、米国がこれまでに発行した国債の量と比べれば、低い水準だ。それに中国には蓄えがある。個人の貯蓄率は依然、高いレベルを保っている。米国の個人とは違う。

 確かに中国株は去年急落したけれども、長期的に見れば、経済成長に多少のアップダウンは付きものだ。一本調子で成長する国なんてないからね。中国経済の減速を世界経済の混乱の要因とする見方には、賛成できない。

「調整局面はだらだらと2年は続く」

 中国だって世界中の国と貿易している。世界経済が減速しているのだから、中国だって影響を受けざるを得ないだろう。

 米国が金利を上げれば、大量の投資資金が引き揚げられる。中国経済にとってダメージにならないわけがない。

世界の中央銀行は今後どのようにして混乱を収めていくのでしょうか。

ロジャーズ:大量に紙幣を刷り、金利を引き下げ、資産を買い入れ、マイナス金利も導入した。世界の中央銀行は今、パニックになってあらゆる策を講じている。でも効かない。

 躍起になればなるほどマーケットは荒れる。低金利だった時間が長ければ長いほど、そこから脱出するための時間も長くかかる。この調整局面はもうしばらく数年はだらだらと続くだろう。少なくとも2年はかかる、いやもっとかかるかもしれない。

 日本がいい例だ。低迷する日本経済を救済すべく、日銀は金利をゼロにした。銀行や会社を潰さないようにね。でも、それは現実から目を背けることにしかならなかった。金融政策によって作り出された人工的な市場は、結果的に問題を先送りしてきただけだ。

ずいぶんと悲観的なシナリオをお持ちですね。

ロジャーズ:「悲観的」なんて言わないでくれよ。私はリアリストだ。現実を直視し、今起こっていることを話しているだけだ。もう一度言っておくが、これは始まりに過ぎない。

 日本はもう景気後退期に差しさしかかっている。すでに調整は始まっているのだ。2008年のリーマンショックの時より深刻な状況になるかもしれない。債務は当時より膨らんでいるのだから。

一方で、原油価格の下落が続いています。

ロジャーズ:原油価格は今年中に悪材料が出尽くして底をつけ、今後3~4年かけてまた上昇すると見ている。

 今、価格下落でどこの石油会社も石油の採掘をストップしている。供給が抑えられているから、いずれ原油は不足してくるはずだ。だから価格は上がる。

こうした局面で、投資家はどう動くべきなのでしょうか。

ロジャーズ:私は今、何も動いていない。どの国の株式も債券も危険すぎる。短期トレーダーでない限り、手を出してはだめだ。

「日本はもう売り時」

 通貨に関しては米ドル、日本円、人民元を保有しているが、日本円はもう売り時と考えていて、来週には売ってしまおうと思っている。だいぶ円高に動いたからね。

 ただ、前々からの持論だが、農業関連の資産に投資するのは有効だと思っている。安全資産と言われている金は、最近また価格が上がり始めているが、価格が1トロイオンス1000ドルを下回らなければ投資する価値はないと思っている。

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