楽天の電子書籍Kobo(コボ)を記者は愛用している。スマートフォンやタブレットがあれば、どこでも小説や漫画が読める気軽さに魅かれ、購入書籍数は既に400冊を超えた。ラインナップに不満がないとは言えないが、概ねサービスには満足してきた。

 ただ楽天の事業としてみると、Koboは決して順調ではない。赤字が続いていると見られ、2月12日にはこの事業を展開するカナダの子会社、Rakuten Kobo社で78億円の減損損失を計上したと発表した。「世界の電子書籍市場の立ち上がりが当初の想定よりも遅れ、それに伴う事業計画の遅れが要因」だという。加えて楽天はフランスのネット通販子会社プライスミニスターについても減損損失を計上。これが響き、同日発表した2015年12月期の連結純利益(国際会計基準)は444億円と前の期比37%減少した。

 Koboだけではない。楽天の今後を不安視する見方が広がっている。

 海外ではタイでの通販事業を縮小するなど戦略の見直しを迫られ、国内でも米アマゾン・ドット・コムやヤフーとの競争が激化。屋台骨である楽天市場の成長が鈍化していると見られている。こうした内憂外患を受け「楽天はアマゾンに駆逐されるという見方が、またぞろ復活しつつある」とドイツ証券の風早隆弘シニアアナリストは話す。

次の成長の芽をいかに育てるか。三木谷浩史会長兼社長の手腕が改めて問われている。(写真=北山宏一)
次の成長の芽をいかに育てるか。三木谷浩史会長兼社長の手腕が改めて問われている。(写真=北山宏一)

 2000年代後半に楽天について回っていたアマゾン脅威論が再燃しているのだ。

 国内ネット通販市場は今後も拡大する見通しで、楽天はその恩恵を大きく受けるプレーヤーの1社。金融事業が好調なのに加え、財務も盤石だ。「減損リスクも一巡し、安定成長できるだろう」(風早アナリスト)との見方もある。それにもかかわらず、なぜ楽天には悲観論が広がりやすいのか。一時的にしろ不調が伝わると、なぜアマゾンに駆逐されるという脅威論が再燃するのか。

際立つアマゾンとの姿勢の違い

 理由は数あれど、あえて一つ挙げるとすれば新規事業投資に対するアマゾンとの姿勢の違いにあるだろう。

 楽天は2014年前後に、新規事業の投資見直しに乗り出していた。たとえば、Koboでは赤字の通信会社を黒字化した実績を持つ日本人トップを送り込んでリストラに着手。それまで乱発していた割引クーポンの発行を抑え、電子書籍端末の在庫を削減し、発売する機種を絞り込んだ。物流分野でも拠点を全国に拡大する計画を進めていたが白紙に戻した。こうした投資や経費の削減により、楽天は2014年12月期に初めて営業利益を1000億円の大台に乗せている。

 利益を確保するという面からみれば、一見無駄に見える投資の見直しは効果的な策だ。だが成長に対する期待という面でみると、赤字幅の縮小は必ずしも評価されない。利益は拡大しても成長期待は後退してしまう。記者にとってその象徴的な存在がKoboだ。この事業に対する先行投資の拡大や減損リスクを財務面から不安視はしていたが、購入できる書籍を増やし、割引クーポンを次々と発行し、顧客を引き付けてきたKoboの勢いを、記者は一消費者として肌で感じていた。だが楽天がKoboのコスト改善に乗り出した今、その勢いは感じづらい。

 「リスクが大きい博打を我々は打たない。三木谷浩史会長兼社長は(財務に敏感な)銀行出身だからね」。ある楽天の幹部はこう語る。その性格からすれば、先行投資期間が長く、赤字を垂れ流し続ける新規事業に資源を大きく投入することを避けようとするのかもしれない。「物流は直接利益を稼ぐ事業ではないし、コスト回収にも時間がかかる。だからROI(投資利益率)が悪いと指摘され、計画の見直しを経営陣から迫られた」。こう明かす関係者もいる。

 楽天のスタンスと対照的なのがアマゾンだ。同社は日本で大型物流拠点を矢継早に整備し、足元では1時間配送を実現するサービス「プライムナウ」専用の拠点も次々と増やすなど、先行投資を拡大する姿勢を鮮明にしてきた。この影響から、同社の利益水準は常に低く抑えられている。2015年12月期の最終損益は5億9600万ドルの黒字だったが、前の期は2億4100万ドルの赤字となるなど最終損益は赤字と黒字を繰り返している。それでもアマゾンの株価は一貫して上昇傾向にある。

 通販をはじめとしたネット関連事業はグローバルで市場自体の急成長が見込める分野だ。そのため、市場拡大ペースを上回って企業が成長できるかどうかがポイントになる。売上高の成長や顧客の獲得が高水準で実現できていれば、利益は後回しにしても評価されやすい。新規投資を止めてコストを削減すれば利益は出るという考え方が根底にあるからだ。アマゾン脅威論が広がりやすい主因もここにあるだろう。利益を犠牲に成長を重視するアマゾンの勢いと、財務の安定性を重視しているように「見える」楽天とを比較すると、アマゾンの勢いが一層鮮明になる。そして、アマゾンの勢いに楽天が「飲まれてしまう」という不安が広がる。つまり脅威論、悲観論は楽天とアマゾンを比較した際の規模の差にあるわけではなく、事業投資に対する姿勢の差に根付いているわけだ。

育つかキラーコンテンツ

 国内ネット通販の市場拡大にともない、トップランナーである楽天が成長を続けることは間違いないだろう。ただアマゾン脅威論を根本から吹き飛ばすには、利益を一部犠牲にしてもヒト・モノ・カネを投入する新たな打ち手が必要かもしれない。

 楽天は決算発表と同時に、「Vision 2020」という中期戦略を発表した。ここでは「破壊的なビジネスモデル」や「ニッチでユニークなサービス」が掲げられており、海外や新規事業などが含まれる「その他インターネットサービス」の事業損益(Non-GAAP 営業損益)を2015年の180億円の赤字から2020年には200億円の黒字にする方針を明らかにしている。これに対して、風早アナリストは「(大幅黒字を達成するための)キラーコンテンツが何なのか、現状では見えづらい」と指摘している。

 楽天は2020年までにキラーコンテンツを生み出せるのか。求められているのはネット通販や金融事業に続く第3の収益の柱作りだ。1990年代半ば、「誰もネットで買い物などしない」という悲観論が主流を占める時代。三木谷会長兼社長はゼロから楽天市場を立ち上げ、成長事業に育て上げていった。当時は利益がここまで伸びるなど考えられなかったはずだ。その創業精神さえあれば、攻めの投資で粘り強く新規事業を育て上げることは十分可能なはず。ネットという数少ない成長分野の代表企業となった楽天が攻め続けられなければ、国内ネット勢は今後欧米だけでなく、アジア勢にも遅れをとることになるだろう。サービスの一ファンとしても、多少の業績悪化をものともしない前のめりな投資姿勢を楽天には見せて欲しいと思う。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中