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児童虐待 はじめての189通報とその後に起こること

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
厚労省ホームページより

はじめての「189」

先日、私ははじめて189番通報をした。

189とは、児童相談所全国共通ダイヤルの番号。

「虐待かもと思ったら、いち・はや・く(189))」がキャッチフレーズだ。

尋常でない叫び声

いきさつはこうだった。

その日、私は午前中、家で仕事していた。

すると、外から「ギャーッ」という子どもの悲鳴が聞こえてきた。

これが、ちょっと、尋常でなかった。

「ギャーッ」という叫び声にもいろいろあるだろうが、子どもが癇癪(かんしゃく)などを起こして発している奇声とは明らかに違う。

反射的に出ている感じ

それでも、最初は仕事を続けていた。

しかし、同じような「ギャーッ」が断続的に聞こえてくる。

何度目かのとき、さすがにパソコンを打つ手を止めて、窓を開けた。

うちの窓から(写真は画像処理してあります)
うちの窓から(写真は画像処理してあります)

強い刺激を受けているような

どこから聞こえてくるのだろうかと外を見ていると、うちの南側のマンションのほうから聞こえてくる。

窓を開けて気づいたのだが、子どもの叫び声と叫び声の間には、女性の金切り声があった。

女性「●×※▼なんだよっ!!」(よく聞こえない)

(一瞬、間を置いて)

子ども「ギャーッ!」

これが繰り返されていた。

女性の言葉は聞き取れないが、抑揚は「べらんめえ調」と言うのか、「てめぇよぉ~それでよぉ~〇〇なんだよぉ~」という感じ。

聞いているうちに、頭に思い浮かんだのは、たとえばテレビ番組の罰ゲームで、電流を流された芸人さんが「ワーッ」と反射的に叫ぶ、あのイメージ。

「子どもが激しく泣き叫んでいる」というよりも、「何か強い刺激を受けて、反射的に叫び声が出ている」という感じだった。

それでも、すぐには掛けられず…

気づいてから5分くらい経ったろうか、繰り返される叫び声を聞く中で、私の頭に「189番」が浮かんだ。

携帯を取り出す。

……しかし、それでも、すぐには掛けられなかった。

「勘違いかもしれない」「確証がない」「もう終わるかもしれない」など、いろいろ考えてしまう。

その間にも叫び声は聞こえ続ける。

聞いているうちに、だんだんと「何か折檻(せっかん)されていなければ、こんな声を出すわけがない」「女性と子どもの間で何があったにしろ、これはどう考えても行きすぎだ」「見過ごした結果、何かあったら、私は後悔するだろう」という思いが自分の中で強くなっていく。

声が出てくる建物も、ほぼ特定できた。

加えて、あるシンポジウムで同席した県職員の方の言葉が思い出された。「通報は義務です」と(注)。

ようやくの189番

そして、ようやく、189番通報。

最初に気づいてから10分くらいは経っていただろうか。

「ナビダイヤルでおつなぎします」という、宅配の再配達などでよく聞くガイダンスにこっちの切迫感をはぐらかされたような気分になりながら、指示にしたがって郵便番号を入力すると、人につながった。

「はい、児童相談所です」。女性だった。なぜか救われたような気分になり、ホッとする。この人が聞いてくれる、という感じ。

あとは、その方に聞かれるまま、事情を説明。

慣れた感じだが、事務的ではない。相手に安心感をもたせられる話し方だった。

5分ほど話しただろうか。

話しているうちに、叫び声は止んだ。

189番通報の流れ(厚労省ホームページより)
189番通報の流れ(厚労省ホームページより)

残るもやもや

最後に「もしよろしければ」と丁寧に断られた上で、今後何かあったときのために連絡先を聞いていいかと言われ、名前と携帯番号を告げ、電話を終える。

路上でホームレス支援をしていたときに119番は何度か掛けたが、189番ははじめてだった。

あの子は大丈夫なのか、今後どうなるのか、これでよかったのか、通報ではなく行くべきだったのか、行ったとして何ができたのか……、いろんな思いが出てきて、しばらくはもやもやがとれなかった。

みんな、どうなんだろう?

それから数日。

「もやもや」は「このもやもやを抱えている人は、他にもたくさんいるのではないか」という考えにつながった。

調べてみると、189番の総入電数は一年間で233,880件(2015年4月~16年3月)、正常接続数は29,083件。接続率は12.4%。

88%が「話し中や児童相談所につながる前に電話を切る等により正常につながらなかった」電話だ。

厚労省「児童相談所全国共通ダイヤル(189)の入電及び接続率の推移」
厚労省「児童相談所全国共通ダイヤル(189)の入電及び接続率の推移」

わかる。

私もちゅうちょした。

ガイダンスの途中で「大したことじゃないはず」と自分に言い聞かせて電話を切った人がいたとしても不思議ではない。顔見知りだったりしたら、その後の関係も相当気になるはずだ。「チクる」というネガティブなイメージもある

つながったらつながったで、私のように「これでよかったのか」と思っている人もいるのではないか。

通報の後、何が起こっているのか

「もやもや」の原因の一つは「その後、どうなったのか」がわからないことにある。

私のような通報者に「虐待でした」とも「虐待じゃありませんでした」とも伝えられないのは仕方ない

守秘義務がかかっているわけでもない私が言いふらしたら、その家族は引越さざるを得ないようなところに追い込まれるかもしれない。

虐待じゃなかった場合だけ伝えるというのも難しい。連絡がなかったときには「やっぱり虐待だったんだ」となってしまう。

でもせめて「一般的な対応」「通常の対応フロー」は知っておきたい。

児童相談所について、よくない評価を聞くこともある。

通報を受けた場合、児童相談所はどう対応しているのか。通報したら、その後に何が起こるのか。

関東にある児童相談所をたずねた。

対応してくれたのは、所長と副所長。特定を避けること、個別ケースの問合せには応じられないことを条件に、取材を受けてくれた。

まずは48時間以内の安全確認

――はじめて189番通報をしました。その後、児童相談所(以下児相)がどう対応しているのか、教えてください。

所長:まず行うことは「安全確認」です。

通報で住所が特定されている場合は、子どもの氏名・年齢・家族構成を確認し、その子が何歳か、保育園や小学校に通っているのか、通っているとすればどこか、調査します。

次に、子どもの安全が確認されているか、他機関も含めて調査します。

これは、実際に目で見て(目視)確認します。

保育園や学校等で安全が確認できない場合には、家庭訪問を行います。

住所が特定できない場合には、当該エリアに、対象となる年代の子どものいる世帯があるか、あるとしたら何世帯かを調べて、ある程度特定できたら、同様に安全確認します。

生命の危険がないか、虐待がないか確認するこの作業を、すべての通報について48時間以内に行うことが、私たちには義務づけられています。

非協力的な親への対応は?

――家庭訪問はどのように行うんですか? 協力的な親ばかりではないと思いますが。

所長:そうですね。

以前は、訪問先をあまり刺激しすぎないよう気をつかいましたが、最近は児童虐待への問題意識が高まり、児童相談所のことも知られてきましたから、

「近隣から、こちらから子どもをどなる声が聞こえたとの通報があったので、訪問しました。心当たりがありますか?」

と踏み込んだ聞き方もしています。

「ウチだと思います」と言って相談の始まる方もいれば、反発する方もいます。なかには「誰が通報したか教えなければ、子どもには会わせない」と言い張る親もいましたね。

しかし安全確認のための調査は行政としての義務ですから、最終的には子どもさんに会わせていただきます

8割は「虐待あり」

――結果はどうなんですか?

所長:具体的な件数を出すと所管が特定されてしまうので言えませんが、私たちのところで通報の約80%が「虐待あり」と判断され、約13%が「虐待を主訴とした一時保護」につながっています。

(参考)

取材先の児童相談所の件数内訳は公表できないので、私の住む埼玉県の公表資料から拾うと、以下のような数字になる。

虐待通告受付件数11,639件の対応状況内訳

虐待あり84.8%

 内訳:在宅指導(助言指導)74.3% / 在宅指導(児童福祉司指導等)3.5% / 施設入所・里親委託 2.1% / 調査中等 4.9%

虐待なし15.2%

画像

「平成28年度の県内児童相談所の児童虐待通告等の状況について」

4種類の虐待

――「虐待あり」が80%とは、多く感じますね。でも「虐待を主訴とした一時保護」は13%。このギャップは何ですか?

所長:ご存知のように、虐待には4つの種類があります。

【身体的虐待】

殴る、蹴る、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束する など

【性的虐待】

子どもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触る又は触らせる、ポルノグラフィの被写体にする など

【ネグレクト】

家に閉じ込める、食事を与えない、ひどく不潔にする、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かない など

【心理的虐待】

言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:DV) など

厚生労働省「児童虐待の定義と現状」

たとえば、子どもがどうしても悪さを繰り返すので、母親が「今日はもう、晩ご飯抜き!」と懲らしめようとしたとします。

「食事を与えない」という行為としては、これも虐待に入りえます。望ましいのは「懲らしめる」ことではなく「さとす」ことだからです。

しかし、育児の現実は甘くはありません。母親もいっぱいいっぱいの中で、そうせざるを得なかったという場合もあるでしょう。

他方、一時保護は、一時的にであれ親子を切り離し、子を保護する行政処分を指します。親が同意している場合もあれば、親の同意なく職権で強行する場合もありますが、いずれにしろ「親子を切り離す」というのは相当に強い措置であり、「晩ご飯を一回抜いたから一時保護」とならないのは、常識的に考えてもおわかりいただけると思います。

80%と13%の差は、このようにして生まれています。

80%と13%の「あいだ」

――どの程度の虐待に対して、どこまで介入するか。線引きに迷うケースもありそうですね。

所長:はい。だからこそ、通報に際しては、さまざまな情報を広く集めた上で、すべてのケースに関して「緊急受理会議」を開き、地区の担当者や心理司等も交えて、慎重かつ丁寧に、緊急一時保護の必要性などの対応方法を検討しています。

――考えてみれば私の場合も、「これは虐待だろう」という確信はあった。だけど、児相という公的機関に介入してもらわなければならないような案件かどうかまでの確信はもてなかった。いわば80%の「虐待あり」と13%の「一時保護(に至る程度の強い虐待)」の間で迷った結果と言えるかもしれません。

「かもと思ったら」がポイント

所長:多くの場合はそうではないかと思います。泣き声などの断片的な情報だけから、虐待の有無や程度を判断するのは、どんな専門家にも困難です。

しかし私たちとしては、だからこそ「虐待かもと思ったら、いちはやく(189)」とお願いしています。

「かもと思ったら」がポイントです。「わからないから連絡しない」ではなく「わからないからこそ連絡する」

先ほど申し上げたように、行政には子どもとその親に関する多様な情報が集まっています。私たちはそれらの情報や専門家の知見も交えて判断できる立場にあります。

「13%と80%の間」には無限のバリエーションがあり、子どもの尊厳を第一に考えるのは当然としても、それでも親との暮らしを続けるのがよいか、別々がいいか、はたまたそれを見極めるためにも一時的には切り離すべきかなどは、簡単に答えの出せる問題ではありません。どこまでが「しつけの範囲内」か、個人個人で価値観が異なるという問題もあります。

だからこそ、一般市民のみなさんには、自分で抱え込むことなく、せっかく「発見」したことを私たちにも教えてください、とお願いしたいですね。

「チクってすます」風潮なのか?

――ただ、近年は通報件数が増え続けています。地域の縁が薄くなって近隣との関わりもなくなり、簡単に「チクってすます」風潮が強まっているのではないかという指摘もあるようですが。

所長:ふだんからお互いの暮らしぶりがわかっているような近隣関係が望ましいのは、その通りと思います。

家族ぐるみのおつきあいがあれば、壁越しに泣き声を聞いても、それがどういう性質のものか判断しやすいでしょうし、「おかしいな」と思ったら声をかけることもできるでしょう。

それができないからこその通報という面は、たしかにあるかもしれません。ただ…。

増えているのは警察通報

――ただ?

所長:実は、通報の中で増えているのは警察からの通報なんです。

通報の6割以上は警察からでして、伸び率も警察からが一番大きい。

これは、いわゆる「DV通報」が増えていることが影響しています。

心理的虐待には「子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(DV)」が含まれます。かつては「夫婦喧嘩はイヌも食わない」などと言われたものですが、近年はそれが子どもの心身の成長に与える影響が小さくないことがわかってきました。

警察にもその認識が浸透してきたことから、警察からのDV通報が増えたわけです。

近隣からは1万人に2人

所長:他方、近隣・知人の方からの通報は、実は全体の2割程度です。正確な数字は控えますが、ウチの管内人口と近隣住民からの通報件数を見比べてみると、通報してきた人は人口の0.02%、1万人に2人です。

「ちょっとした泣き声で簡単に通報する」というよりも「よっぽどのことがないかぎり通報してこられない」というのが実態に近いのではないかと感じています。

一時保護所は常時満杯

――そうなんですね。一時保護に至った13%は、どのように対応されているのでしょうか。

所長:昨年のウチの一時保護所の入所率は96%。ほぼ常時満杯の状態でした。今日もそうです。

そのうち、約3分の2くらいが虐待による入所です。

一泊で帰ることもあれば、数ヶ月単位で一時保護所に滞在しながら家族全体の相談を行うこともあれば、児童養護施設等で暮らすことになる場合もあります。

そこは、親の様子や親子の関係を見ながら、専門的・総合的に判断します。

昨年度の場合は、約6割が家庭に帰り、約2割が児童養護施設や里親家庭に預けられました。残り2割は「その他(他施設や他県への移管)」です。

――ありがとうございました。自分の通報の後、何が起こっているのかが少しわかりました。最後に、ずっと児童虐待の現場を見てこられて、感じることがあれば教えてください。

所長:児童相談所で長く勤務してきました。

以前に比べると、児相の権限はとても強くなっています。

かつては、子どもに手を挙げてしまう親に対して、「少し離れてみてはどうか」と一時保護の同意を得られるよう説得する福祉的なアプローチを行うのが主でした。

しかしそれだけでは、子どもの安全を図ることが難しくなっています。

近年は、子どもの安全を図るための職権保護など、「相談機関」というよりも「保護という行政処分を行う機関」という色合いが濃くなっていると思います。

「虐待する親から子どもを守る」という趣旨からすれば必要なことだし、問答無用で強権的に介入しなければならない事例があることは間違いありません。

他方で、悩みながらも思い通りに子育てできない親御さんたちのいら立ちに寄り添うというアプローチからは遠ざかってしまっているとも感じています。ケースワーカーとしては悩ましいところではないかと思います。

一方で、介入に慎重になると失われかねない命があり、他方で、強権的な介入は親の孤立を深めてしまう可能性もある。難しいところですが、行政としては「万が一にでも失われかねない命を守る」というところに比重を置かざるを得ません。

ただやはり、近隣にもう少しつながりがあれば、という思いもあります。

隣の顔が見れていれば、もしかしたら「お母さんも大変だね」になったかもしれないことも、顔が見えていないと悪い方向に考えてしまうこともあります。

ふだんから近隣の方たちと顔がつながっていて、直接声をかけられるときはかけていただき、相談にも乗っていただく。顔のつながりがない場合には、「虐待かも」と思ったら、遠慮なく通報していただく。

この両輪で、子どもたちの命を守っていけるのが望ましいのではないでしょうか。

先ほど、近隣からの通報は人口比で1万人に2人と言いましたが、近隣の方たちの声のかけあいで収まっているケースが多数あるための数字、と思いたいですね。

所長(右)と副所長(左)。写真は画像処理してあります
所長(右)と副所長(左)。写真は画像処理してあります

(注)189番通報は、以下の法令にもとづく(太字筆者)。

【児童虐待防止法】

(児童虐待に係る通告)

第六条  児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない

2 前項の規定による通告は、児童福祉法 (昭和二十二年法律第百六十四号)第二十五条第一項の規定による通告とみなして、同法の規定を適用する。

3 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。

【児童福祉法】

第二十五条  要保護児童を発見した者は、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。ただし、罪を犯した満十四歳以上の児童については、この限りでない。この場合においては、これを家庭裁判所に通告しなければならない。

2 刑法 の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前項の規定による通告をすることを妨げるものと解釈してはならない。

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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