「大袈裟にいえば人生も変わりました。アメリカで身につけたプレゼン力が、その後、ぼくを何度も窮地から救ってくれることになります」
iPS細胞の開発で世界を驚かせ、ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授はプレゼンについてこう語る。
山中教授がMITメディアラボの伊藤穣一教授とともにプレゼンの極意を語った話題書『「プレゼン」力』より、誰でも身につけられるポイントを明かしたパートを特別に公開します!
研究は半分。残り半分は「どう伝えるか」
アメリカに留学して、いろいろな人から言われた言葉の中で、特に印象に残っているものが、「研究者にとって、実験をしていい結果を出すというのは半分である」ということです。残り半分は何かというと、「その結果を、どうやって人に伝えるか」が重要なのだと。
論文として、もしくは口頭発表で、どうやって人に伝えるか。とりわけ、他の科学者だけじゃなく一般の人にどう伝えるのか。それが研究成果と同じくらい大切なことなのだと言われたのです。
私たち日本人研究者の中には、そう思っていない人も多いと思うのです。「研究結果が良ければ、それでいい」と。「結果が良ければ、あとは他の人にわからなくてもいい」という考えが、頭のどこかにあるような気がします。
私自身も、留学前までは、なんとなく「発表は大事だ」という程度には考えていましたが、そうはっきりと、何人もの人から言われることで「本当にそうなんだな」と思う気持ちが強くなりました。
プレゼンテーションの重要性だけではなく、論文を含めた「アウトプット」「発信すること」の重要性を、再認識したのです。
アメリカで学んだ「ビデオトレーニング」
日本でもある程度、プレゼンテーションの指導をしてもらっていましたが、アメリカでは、系統だった授業を受けることができました。とても実践的なトレーニングで、1回2~3時間の授業を20回くらい行い、10人ほどの参加者でした。
毎回ひとりかふたりがほかの受講生の前で20~30分の発表をして、それをビデオに撮っておきます。プレゼンが終わると発表した人はいったん退出して、残りの受講生と先生で録画したビデオを見ながら今のプレゼンの「どこが良かった、悪かった」ということを講評していくのです。
プレゼンの場面だけでなく、この講評の場面もビデオに撮っておきます。本人が目の前にいるとみんな多少遠慮しますが、退出していますから「言いたい放題」です。
そこから、プレゼンした本人が教室に戻ってきて、本人も交えてディスカッションするのです。自分では、今のプレゼンがうまくいったと思っていても、みんなからの指摘は多岐にわたり、自分では意識していなかった意外な点や細部にまで及びます。
その指摘を受けた自分のプレゼンを、家に帰ってから録画されたビデオで見直し、再確認する。本人がいないときに話されたより辛辣(しん らつ)な講評も、あとでわかる。そういうトレーニングを、全員が2回は繰り返します。
記録に残すことで、自分の修正すべき点を、自ら確認することができる。次に自分がするべき点を認識できるのです。
この授業で学んださまざまなスキル(技術)が、いまだに私のプレゼンテーションの基礎になっているのです。
プレゼンの成功・失敗を決めるスライド
私たち科学者のプレゼンでは、ほとんどの場合スライドを使用します。そしてこの準備=スライドづくりには、ものすごく気を使っているのです。
プレゼンの成功・失敗は、このスライドづくりで、ほぼ勝負が決まるといっても過言ではないほどです。
それというのも、その時々で、プレゼンするオーディエンス(聴衆)の科学的知識や理解度が違うからなのです。そのときの出席者の理解度に合わせて、最低限、聞く人たちが「興味を持ってもらえる」「退屈で眠くなることのない」スライドにしなければなりません。そのうえで、こちらの「言いたいことが伝わる」スライドにする工夫が必要なのです。
私は、アメリカで授業を受ける前、大阪市立大学大学院で学んでいたときに三浦克之先生に指導していただきましたが、そのころからすでにスライドづくりには気を使っていました。だから、アメリカの授業でも、ほとんど批判されなかったと思います。まあ、「英語が下手だ」とかというのはありましたけれど(笑)。
基本的なスライドテクニックは授業で教えてもらったと思いますが、それ以前から、自分自身のポリシーとして気をつけていたことがあります。
スライドは「できるだけシンプル」に、ということです。