<b>熊谷昭彦(くまがい・あきひこ)氏</b><br/>1979年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学部卒業。三井物産を経て1984年にゼネラル・エレクトリック(GE)に入社。日本ジーイープラスチックス代表取締役社長、GE東芝シリコーン代表取締役社長兼CEO、GEコンシューマー・ファイナンス代表取締役社長兼CEOを歴任。GEのコーポレート・オフィサー(本社役員)にも就任する。2007年GE横河メディカルシステム(現GEヘルスケア・ジャパン)代表取締役社長兼CEOに。2009年 GEヘルスケア・アジアパシフィックプレジデント兼CEOを兼任。2011年 6月GEヘルスケア・ジャパン代表取締役会長に就任。2013年12月より現職。(写真:陶山勉、以下同)
熊谷昭彦(くまがい・あきひこ)氏
1979年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学部卒業。三井物産を経て1984年にゼネラル・エレクトリック(GE)に入社。日本ジーイープラスチックス代表取締役社長、GE東芝シリコーン代表取締役社長兼CEO、GEコンシューマー・ファイナンス代表取締役社長兼CEOを歴任。GEのコーポレート・オフィサー(本社役員)にも就任する。2007年GE横河メディカルシステム(現GEヘルスケア・ジャパン)代表取締役社長兼CEOに。2009年 GEヘルスケア・アジアパシフィックプレジデント兼CEOを兼任。2011年 6月GEヘルスケア・ジャパン代表取締役会長に就任。2013年12月より現職。(写真:陶山勉、以下同)

 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)がエグゼクティブ向けに特化して開設した学位プログラム「Executive MBA」の授業の中から、世界最大級のグローバル企業・米ゼネラル・エレクトリック(GE)で要職を担ってきた熊谷昭彦日本GE代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)の講演を掲載する。

 IoT(モノのインターネット)の流れに乗り、次世代型製造業へと脱皮しようと大がかりな変革を進行中のGE。それを実現する前提として社員の意識改革にも力を注いでいる。シリコンバレー流のビジネスに学ぶなど、「とにかくやってみる」カルチャーへの転換を図る。(取材・構成:小林佳代)

 次世代型製造業「デジタル・インダストリアル・カンパニー」へと変革を遂げようとするゼネラル・エレクトリック(GE)の取り組みについて説明してきました。

 これまでにないほど大がかりな変革ですから、当然、その前提として社員の意識改革も必要です。ここにも大いに力を注いでいます。

 この数年、社内カルチャーの変革を目指し、取り組んでいるのが「Simplification」。簡素化です。

 GEは規模の大きな会社ですから、やはり俗に言う「大企業病」が存在します。何か1つのことを進めようとした時にプロセスが複雑だったり、組織が膨らみすぎたりして何人もの承認を得なくてはならないということが起きています。その結果、何をやるにもスピードが足りないという問題につながっています。

社員にもっとチャレンジ精神を

 今、スピードによる競争力強化を目指し、こうした複雑化した組織やプロセスを徹底的に洗い直し、ムダを省き、簡素化しようしています。

 また、社員にもっとチャレンジ精神を持ってもらうための環境づくりも進めています。完璧主義では物事はなかなか進みません。新しいアイデアがあったら、リスクはあっても「とにかくやってみる」というチャレンジ精神が必要です。そういう精神、カルチャーを社内に育もうと試みています。

 今、伸び盛りの産業は何かというと、やはりソフトウエア産業、デジタル産業です。シリコンバレーで起業したベンチャー企業は徹底してスピードを持って新しいニーズに対応しています。我々は彼らから学ぶべきものがたくさんあります。

 そこでGEはシリコンバレー流の起業手法を解説した『リーン・スタートアップ』(日経BP社)を書いたエリック・リースをコンサルタントとして雇い、シリコンバレーのカルチャーを学ぶことにしました。

 エリック・リースの協力を得て、「ファストワークス」と名付けたGE独自の新しいツールをつくり上げました。

 ファストワークスでは、まず顧客が必要とする実用最小限の製品「MVP(ミニマム・ヴァイアブル・プロダクト」をつくります。すぐに顧客に試してもらって評価(計測)してもらい、そのフィードバックを生かして新たなMVP開発につなげます。これを繰り返すことで機能や信頼性を高めていきます。

 とにかく小さく速く行動しながら調整し、どんどんアップグレードしていくという考え方です。

意識改革、まずは役員から

 従来のGEには徹底的に分析をし、時間をかけて完璧なものをつくり上げ、市場に出そうという気風がありました。

 しかし、今は変化のスピードが速く、時間をかけて製品をつくっていては、市場に出した時にニーズが変化してしまっているという時代です。新製品開発も、日々の仕事も、ファストワークスの概念に沿って取り組むことが必要と、今、まさにカルチャーチェンジを図っている最中です。

 GEは新しいことをスタートする際は経営トップ層から手を着けます。新たなトレーニングを受ける際にまず対象となるのは役員。「このトレーニングは役に立つ」と役員全員が腹落ちしたら下の社員に落としていくというやり方を採ります。

役員が最初のトレーニングを受ける

 リーン・スタートアップを学ぶ際にも、最初にトレーニングを受けたのは役員でした。長年GEで要職を担ってきた堅物の役員連中が、30代のジーパン・スニーカー姿のエリック・リースから「皆さん、考え方が古いですよ。これからのビジネスはこうでなくては」と話をされるのですから、正直なところ、最初は「何を言っているんだ、この若造は」という反発もありました。

 けれど、話を聞くにつれ、誰もが「なるほど。確かにそういう時代だ」と納得し、会社を変革しなくてはどんどん遅れてしまうという認識を持つようになりました。

 役員がみな腹落ちしたことで、今は下のレベルにトレーニングを普及させている最中です。最終的には30万人全員の社員がこのトレーニングを受けることになります。

 また、GEの社員が重視すべき価値観も変えていこうとしています。

 以前は「GEバリュー」という5つのポイントがありました。「外部志向」「明確でわかりやすい思考」「創造力と勇気」「包容力」「専門性」です。世界中のGE社員がこのGEバリューを書いたカードをバイブルのように持っていました。

 これを2014年にガラリと変え「GEビリーフス」としました。「お客様に選ばれる存在であり続ける」「より速く、だからシンプルに」「試すことで学び、勝利につなげる」「信頼して任せ、互いに高め合う」「どんな環境でも、勝ちにこだわる」という5つの価値観を示しています。

 GEバリューは社員が持つべきものを示したものでしたが、今のGEビリーフスは我々が将来進むべき方向を示したものと言えます。

 GEバリューは本社から英語で来たメッセージを翻訳会社に翻訳してもらい、人事部がチェックして社員で共有する形をとっていました。

 今回は日本におけるGEの社員に日本語訳を考えてもらいました。「直訳でなくても構わない。一番ぴったりくる日本語を考えよう」と訴えかけ、アイデアを募集しました。たくさん届いたアイデアの中から最も良いものを寄り集めて仕上げたのがGEビリーフスです。このやり方も今の時代に合っているのではないかと思います。

日々、上司・同僚・部下から評価を受け気付きを得る

 意識改革に絡めて人事評価も変えつつあります。

 これまでは上司が年に1回、部下を評価するというプロセスでした。しかし、こんなに早く色々なことが動いている今の世の中で、1年間待ってまとめをするのでは役に立ちません。そこで「Performance Development」制度を導入しました。社員が持つスマートフォンやタブレットにツールを入れて、上司、同僚、部下が日々、自由に評価を送ることができるというものです。

 「さっきのプレゼンテーションはこういうところが良かった」とか、「昨日のあの話には私は賛同できません」とか、「あなたのこういうスタイルはとてもいいと思います」といったことをタイムリーに評価します。社員は日々、それを利用することで日々、「気付き」を得て、改善につなげることができるという仕組みです。

 人材育成も変革しつつあります。

 GEは昔から人材育成に非常に大きな投資をしています。その額は実に年間10億ドル、1000億円以上に上ります。ニューヨーク州のクロトンビルにリーダーシップトレーニング施設があり、ここに毎年何千人もの社員を呼び、教育を行っています。

 以前は幹部候補の社員たちを集め、米ハーバード大学の教授やビジネスリーダーを呼んで講義を聞かせ、感想を言わせるといったプログラムが中心でした。今は圧倒的にチームによる参加が多くなっています。教科書を読んだり一方的に講義を聞いたりして学ぶのではなく、経験やディスカッションを通して考え、感じ、覚えるというスタイルに変えています。

 例えば、日本の発電部門のチームのビジネスリーダーとそのスタッフ全員をチームとして呼び、職場で取り組んでいる課題に対して、トレーニング中に教わったツールや考え方を活用してどう解決するかを議論してもらうといった内容です。

「健全なぶつかり合い」なければチームの力は出せない

 GE会長兼CEOのジェフリー・イメルトは「いいチームをつくるためにはコンストラクティブコンフリクトが必要だ」とよく言います。健全なぶつかり合いがあってこそ、チームとしての力を発揮できるということです。会社がぼんと方針を出し、チーム全体が「はい、分かりました」と従うというのはいいチームとは言えません。

 個々の意見があり、自由にお互い発言し合えるような環境があり、みんながそれを真摯な気持ちで聞いて、議論をする。そういう場があってこそ、チームワークが発揮できます。そういう面をもっと強化しなければいけないと考えています。

 GEはかつては、カリスマ性のある強いリーダーが全体を引っ張っていく気風の会社で、会議の時には数人の意見が強く押し出されがちでした。でも、それではほかの意見が埋もれてしまいます。みんなが自由に議論し合えてこそコンストラクティブコンフリクトが生まれます。それがなければチームはできないという考え方です。

 この点で、日本の企業も立ち止まって考える必要があると私は思います。

 「日本の強みはチームワーク」とよく言いますが、本当にそうでしょうか。会社の方針が出たら「分かりました、頑張ります」となるのが日本。ここには先ほど説明したコンストラクティブコンフリクトはありません。

 「言いたいことはあるけれど遠慮しておいた」「反論するのは失礼だから控えておこう」というのでは本当のチームワークは発揮できません。意見があるのに言わないというのは、逆にチームに対して失礼だとすら思います。

 いかにコンストラクティブコンフリクトを生みながらチームワークを発揮していくか。日本GEには日本GEの別の意味でのチャレンジがあると感じています。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中