東京消防庁が世界に誇るハイパーレスキュー。都内の5つの方面本部に配置されている。なかでも特に専門性が問われるのが化学災害や放射能災害に対応するNBC災害対応部隊。配備されているのが都内2カ所の方面本部だ。今回はその1つ、渋谷区幡ヶ谷にある第三消防方面本部消防救助機動部隊にお邪魔した。

 京王線笹塚駅から歩いて数分の場所に東京消防庁第三消防方面本部消防救助機動部隊はある。実はここ“防災の鬼”渡辺実氏にとっては懐かしい場所だ。

「もう20年近くも前の話だけど、上級救命技能の資格を取得するための講習を受けに来たことがあるよ。ちょうど地下鉄サリン事件が起こったあとで、東京都の安全管理に関する必要性が声高に議論されるようになったころだったね。当時もこちらのスタッフの方々といろいろお話をさせていただいたけど、あのころの人たちはもうみんなリタイアしちゃったなぁ(笑)」(渡辺氏)

 今回お話を伺ったのは、東京消防庁第三消防方面本部救助機動課長の高橋典之氏を中心とした4人の方だ。

高橋典之氏(左から2人目)をはじめ4人の方にお話しを聞いた
高橋典之氏(左から2人目)をはじめ4人の方にお話しを聞いた

「ここ第三消防方面本部には3つの部隊が常駐しています。機動科学隊。機動救助隊。機動救急救援隊。これらを合わせて消防救助機動部隊、通称ハイパーレスキューです」(高橋氏)

 ハイパーレスキューという言葉は耳にしたことがある方も多いだろう。今年1月には東京消防庁航空隊のなかに高層ビル火災などに対応するエアハイパーレスキューが発足した。しかし、その実態となると、深く理解している人は少ない。

「技術も日進月歩だし、我々防災のプロだってキャッチアップするのは大変です」と渡辺氏。

「一般都民の方々からすると『いったい何をやってる部隊なのか、全くわからない』といったところかもしれません。例えば我々の部隊についてほかにはない特殊な部分としては、NBC災害に特化した技術を持った部隊を抱えているということです。さきほど申し上げた『機動科学隊』がそれです」(高橋氏)

ハイパーレスキューは発隊から20年

 いきなり分かりにくい言葉が登場したので、ここは“防災の鬼”渡辺実氏に解説を仰ごう。

「NBC災害とは核汚染などの『nuclear』、生物の『biological』、化学物質の『chemical』の頭文字を取った言葉です。例えば原発事故による放射能漏れ事故や、毒性の強い病原菌などがばらまかれるような事件、地下鉄サリン事件のような化学物質によるテロなど、そうした事態に対応するために特別の訓練を受けた部隊ということです」(渡辺氏)

「八王子市にある第九消防方面本部にも我々と同じようにNBC災害に特化して訓練された部隊が常駐しています。多摩方面はこちらが受け持っています。都内ではこの2カ所。都外や外国からでも要請があれば駆けつけます。ただ、我々の第三消防方面本部と、第九消防方面本部の両方が東京からいなくなるということはありません。どちらかがかならず東京にとどまって、都民の安全に目を光らせています」(高橋氏)

 そんなハイパーレスキューは今年、発隊から20年を迎える。20年前の12月、まずは東京都大田区の第二消防方面本部と立川市の第八消防方面本部に誕生した。

「発隊のころに比べると、装備や資機材、さらに活動に対する考え方も随分と変わってきています。発隊当時は例えば除染といったことはあまり頭にありませんでした。しかし今では専用の車両なども配備しています」(高橋氏)

除染専用の車両
除染専用の車両
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 上記の除染車はシャワー付きのベッドと2つのシャワー室を完備している。身体に付着した汚染物質を洗い流せる。収容者が重症を負っていても、ベッドに横になったままの姿勢でシャワー洗浄が可能だ。

「NBC物質に汚染されてしまった患者に対し、毒性物質を体内に取り込むことを少しでも食い止めるために除染はとても大切。まずは物質がついたもの、つまり服だね。これを脱がせるのが基本でこれがドライ除染。さらに水をつかって洗い流すウェット除染がある。高橋さんのおっしゃる除染車はこのウェット除染で活躍する車両だね」(渡辺氏)

 NBC事故に特化した訓練を受けた隊員を持つハイパーレスキューは都内に2カ所だが、これ以外に『化学機動中隊』と呼ばれる部隊が都内9カ所に配備されている。

「我々はそうした部隊への指導も行っています。そしてこの化学機動中隊がさらに、都内全域の消防署のポンプ隊(消火の専門部隊)に指導する。こうした縦構造でノウハウを共有し、より効率的な安全管理がなされているのです」(高橋氏)

サリン事件からはじまった

救助機動課長の高橋典之氏(右)と機動科学隊消防司令補の堤龍也氏
救助機動課長の高橋典之氏(右)と機動科学隊消防司令補の堤龍也氏
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 高橋氏の言葉を聞きながら、渡辺氏がポツリと言った。

「やっぱりサリンですよね。NBC災害でいうと日本の発端ですからね」

 大きく頷く高橋氏。

「そうですね、地下鉄サリン事件も大きな要因の1つです。これと前後して、日本ではそれまで想定していなかったような事件や事故が相次ぎました。1998年の和歌山の毒物カレー事件や99年の東海村のJCO臨界事故なども記憶に残る案件です。また、アメリカでは炭疽菌のバラマキ事件というのもありました。そうしたことからもっとNBCに関してノウハウを高めていくべきだろうとの議論が高まったのです」(高橋氏)

「東京都前知事猪瀬直樹さんの時代から東京都のテロ対策について何度か意見交換をしたことがあります。2020年の東京オリンピックの開催時やその前後で、万が一何かことが起こってしまった場合、東京都としては何ができるのか、何をしなければならないのか、といったところをディスカッションしました。テロについては水際防止がまずは大切ですね」(渡辺氏)

「そう、まずはテロリストを侵入させないということですね。でもそこは消防署としては如何ともしがたい。そこはやっぱり警察や外務省に頑張っていただきたい」(高橋氏)

「そうですね、消防庁に課せられた義務、役割というのは何かことが起きた時に、それを正しく迅速に解析し、封じ込め、拡散させないことですよね。そして都民の命を守る。そのために、こういう特殊な部隊を持っているわけですから。でもテロの危機がますます高まっている現実を踏まえるなら、もっと予算をつけて装備の充実を図らなければなりませんね」(渡辺氏)

実際に起こってしまったとき

機動科学隊消防士長の肥塚志信氏(左)と機動救助隊消防副士長の齋藤洋介氏
機動科学隊消防士長の肥塚志信氏(左)と機動救助隊消防副士長の齋藤洋介氏
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 自然災害もテロも、忘れたころにやってくるものだ。渡辺氏が常日頃から述べているように、「被災者は突然被災者になってしまう」ものなのである。もしものとき、被害を最小限に食い止めるため、ハイパーレスキューは実際にどのように出場していくのか。

「例えば都内のどこかで『異臭騒ぎ』などがあった場合、みなさんの動きはどうなるのですか?」(渡辺氏)

「まずは最寄りの消防署から隊員が出場し、合わせて都内9カ所に配備された『化学機動中隊』に出場要請がかかることになります。そしてもっと専門的な知識が必要な案件だと大手町の東京消防庁本庁が判断したら、我々の出番となります。これが基本。しかし、もし大きな化学工場や倉庫などでの火災としたら、最初から我々に出場要請がかかることも考えられます。臨機応変に差配されるということですね」(高橋氏)

 ここまでNBC災害に対するハイパーレスキューの活躍について述べてきたが、彼らの活躍はこれだけにとどまらない。

「隊の名称にもあるように我々は『消防救助機動部隊』です。NBC災害に対応する資機材や知識に加え、救助の技術もあります。この2つを組み合わせることで複雑な事案にも対応できるのです」(高橋氏)

「複雑な事案とは、例えば大規模地震などの場合は火災や建物の倒壊など、さらに化学施設からの有毒物質の漏洩などもあるかもしれない。そういう複合的な災害にも対処できる。という意味ですね」(渡辺氏)

 そうした第三消防方面本部の活動を象徴する2種類のロボットを見せていただいた。

人を体内に格納する救助ロボット

 まず通称「ロボキュー」。かわいらしい呼び名だが、どんなタフな現場でも活躍できるように様々な工夫がなされている。

 銀行のATMほどの大きさの遠隔操縦台に2本のレバーとパソコンのマルチ画面を搭載している。これを使って離れた場所にある本体を操縦する。

遠隔操縦には渡辺氏も興味津々だ
遠隔操縦には渡辺氏も興味津々だ

 ロボット本体の重量は1.5トン。無線であれば最大50メートルの遠距離から操作可能。さらに有線であれば100メートルまでコードを伸ばせる。時速4キロメートルほどで対象物に近づき、行く手に障害物があれば2本のアームで取り除くこともできる。

 そして、救助すべき人を見つければ、お腹の部分からベルトコンベアーを出して、体内に抱き込むように救出する。 

 収容した人の顔の部分にカメラが来るように調整されているので、ロボキューを操作する隊員は、救助者と会話をしながらその後の救助を進められる。まさにかゆいところに手が届く救助ロボットなのである。

検知型ロボットで200メートル先を確認

 続いて紹介する検知型ロボットは、全長95センチメートル、重量20キログラムとロボキューに比べればかなり小さなロボットだが、性能は侮れない。

 本体に搭載されたカメラから送信される映像を頼りに操縦するのはロボキューと同じだが、こちらの操縦機はパソコンほどの大きさである。NBC汚染により人間が入っていけない場所でも果敢に踏み込んでいき、放射線、有毒ガス、化学剤などの検知をこなす。

 目の前に階段があったとしても、専用のアームを伸ばすことで最大35度の角度であれば乗り越えられるのだ。また搭載されたカメラは赤外線対応なので、暗闇でも活動することが可能。

検知型ロボットの機能に耳を傾け、動作に目を奪われる
検知型ロボットの機能に耳を傾け、動作に目を奪われる
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 さらに、この探知ロボットは2台で1つ。2台目は中継機で、これを使うことでより遠くに電波を飛ばすことができるようになり、200メートル以上離れた場所からでも操縦が可能なのだ。

 ロボットたちに見送られ、第三消防方面本部消防救助機動部隊をあとにした“チームぶら防”。渡辺氏は併設される消防学校を見上げて言った。

「僕がここで講習を受けたのは20年も前の話。そのころと比べたら本当に隔世の感があるよね。技術の進歩は目覚ましい。ただ、災害やテロなどの方もそれだけ複雑化していることなんだと思うね。手綱を緩めず、これからも防災に目を光らしていかなければならないよね」

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