「やらまいか精神」で日本のノーベル賞を支え続ける浜松ホトニクス。カリスマ経営者から事業を引き継いだ晝馬明社長は、自らが接着剤となり、現場と経営層を結び付ける新しい経営スタイルを模索している。

そもそも社長はなぜ御社に入ろうと思われたのですか。経歴を拝見すると、米国の大学を卒業した後、1984年に浜松ホトニクスに入社し、そのまま米国ハママツ・システムズ・インクに出向されていますね。

晝馬:簡単に言ってしまえば、晝馬という姓を持っていたからでしょう。私は学生時代、コンピューターサイエンスを専攻していましたが、もともとは化学をやりたかったんです。

 当時、化学といえばドイツかなと思っていました。それで、20歳のときに2年間、ドイツ語を勉強してドイツへ行こうと思っていたら、父親が「家族全員で米国に行く」と言い出した。それで「明、おまえも来い」と。そこで方針転換しまして、米国に行くならコンピューターかなと思い、米国の大学ではコンピューターサイエンスを専攻し、プログラムソフトウエアを書くようになりました。

<b>晝馬明(ひるま・あきら)氏</b></br>1956年生まれ。81年米ニュージャージー州立ラトガース大学(コンピューターサイエンス専攻)卒業。84年浜松ホトニクス入社。米国ホトニクス・マネジメント・コーポ副社長、米国ハママツ・コーポレーション社長などを歴任。2009年、父親である晝馬輝夫氏の後を継ぎ、社長に就任。光産業創成大学院大学理事長、光科学技術研究振興財団理事長なども務める(写真・菊池一郎)
晝馬明(ひるま・あきら)氏
1956年生まれ。81年米ニュージャージー州立ラトガース大学(コンピューターサイエンス専攻)卒業。84年浜松ホトニクス入社。米国ホトニクス・マネジメント・コーポ副社長、米国ハママツ・コーポレーション社長などを歴任。2009年、父親である晝馬輝夫氏の後を継ぎ、社長に就任。光産業創成大学院大学理事長、光科学技術研究振興財団理事長なども務める(写真・菊池一郎)

地下室でソフトを書くのが楽しかった

 私は今、59歳ですが、1年上にビル・ゲイツとか、スティーブ・ジョブズとか、ああいった連中がゴロゴロいるような世代でして、当時の米国はまさにマイクロプロセッサーの発展期でした。ですから、その発展とともに私自身も生きていた。ソフトを書くのは本当に好きで、あまりに楽しいから家にも仕事を持ち帰って、地下室なんかでこつこつ書いていたんです。そういったエンジニアリング的な仕事をするのは、とても楽しかった。

 私はソフトウエアの出身ですから、光センサーとか、いわば“入り口”から見たら一番遠い分野の人間です。ただ、その出口として、画像が出てきたわけです。それでもう、画像処理をしたりするのが非常に楽しくなった。

やりたかったことと取り組んでいることが、時代とともに急速に近づいてきた?

晝馬:そうですね。ソフトウエアというのは、これからますます比重が増えていく分野ではないか、と思っています。クラウドを使ったビッグデータという言い方、私はあまり好きではないんですけれども、そうは言ってもそうやっていろいろな情報が集まってくる中を、じゃあ、どう使っていくのか。

 皆さんの健康データなどもいろいろ集まってきて、病気の予測までできるようになってくる。ソフトというのは恐らく、その辺まで進化していくでしょう。そこに対して、我々としてもどういう形で貢献できるのかを考えていきたいと思っています。

後継社長就任の要請を、いったんは断られたそうですが。

晝馬:私の父である先代社長(輝夫氏・現会長)は非常にカリスマ性のある経営者でした。本当にもう、社員をぐいぐい引っ張るタイプの社長だったんです。しかし、私はその息子といっても、全然違うタイプの人間でして、カリスマ性なんて持ち合わせていないんです。

 もう6年前になりますが、取締役の皆さんから社長を引き受けてほしいと言われたとき、正直言って、私は「できる」とは思っていませんでした。ずっと米国で仕事をしてきた人間ですので、日本の本社を率いるのは無理だろうと。ですから初めはお断りしたんですけれども、皆さんに説得され、最終的には引き受けることになりました。

社員の力を合わせる接着剤になれればいい

 考えてみますと、私自身に能力はなくても、うちの会社は本当に優秀な人たちがたくさんいて、それぞれが役目を果たしてくれている。そういった方々と話し合いながら、いわゆる足し算の考え方で経営をしていけばいいと思ったんですね。

 先代はとにかく1人でグイグイ引っ張っていくタイプでしたが、そうでなくて、一人ひとりの能力、これを足し合わせれば恐らく先代1人で引っ張っていた時代よりももっと素晴らしい仕事ができるかもしれない。私としては、そういった皆さんの力を合わせる接着剤になれればいいというふうに思って、会社を引き受ける決意をした次第です。

 浜松ホトニクスは恐らく、あと5年、10年は自動操縦みたいな感じでやっていけるでしょう。しかし、創業100年を目指すなら、どういう改革をしていかなければならないのか。会社の理念を引き継ぎながらも、さらに進化していく、しなければいけない。そこにきっと私は貢献できるんじゃないかなと思ったわけです。

具体的には、どのような方向を目指すおつもりですか。

晝馬:とにかく光の応用、光の原理を追求していく。ここはまだまだ、いろいろな相乗効果で伸びていく分野だと思っています。

 特に最近言われているIoT(モノのインターネット)では、センサーが非常にたくさん必要になってくる。医療用測定機器で言えば、これまでは大きな製品が中心でしたが、それが、だんだん小型化されていく。患者さんが装置のところに行って検査していたのが、逆に装置がポータブルになって患者さんの元で計測する。すると、すぐさまそのデータがクラウドに上がって、管理される。そういうふうになっていくと感じています。

 そうした流れに呼応して、もう少しモジュール的なものを作ってほしいという要望が多く寄せられるようになってきました。センサー単体だけでなく、光源とセンサー、あるいは光学系を組み合わせたようなものを欲するお客さんが多くなりました。極端に言えばスマートフォンに入るようなセンサーはやはり、モジュール的なものでないといけませんから、そういったものを提供していくのも我々の役目ではないかと思っています。

 それと、これもよく言うんですけれども、例えば自動車産業ですと、1つの大きな会社さんがあって、その下に言葉は良くないかもしれませんが1次下請けさん、2次下請けさんがあり、裾野がだんだんと広がっていく構造になっています。しかし、我々の光産業は、ある意味、逆ピラミッド。ボトムに我々がいて、我々の要素製品、モジュールを作ってくださる方がいて、そのモジュールを使ってシステムを使う方々がいる。そして、システムからサービスへと上に行くほど広がっていく扇形になっている。

 だとすれば、我々はどう伸びていったらいいか。この扇の角度を広げていくしかないんです。具体的には、新しい応用分野を次々と見つける。モノをいかに効率的に作るかを目的にするのではなく、そのもっと先、どの分野の、どんなお客さんが我々の要素製品を見つけて使っていくのかと。そこを考えないといけない。

若い社員と「未来」を語りながらやっていく

目指されている経営者や理想とされる経営者はいらっしゃいますか。

晝馬:特に考えたことはありません。というのも、私自身がどうのこうのというのではなく、社員の皆さんと一緒に、この会社を発展させていこうと思っていますから。

 日常的に相談する相手としては副社長がいて、もう82歳になるんですが、会社設立当時からずっと支えてくれています。会長が外から新しいビジネスを持ってくるとしたら、副社長は日本にいて会社をしっかりとまとめてきてくれた。二人三脚でここまで会社を伸ばしてきたと言ってもいいと思います。

 そんな2人に比べれば、私は経営者としてまだまだ新米ですから、副社長の意見を参考にすることもあります。ただ、大事なのは、浜松ホトニクスを将来的にどんな会社にしたいか、というビジョンでしょう。その点に関しては、私と同じぐらいか、ちょっと下ぐらいの人たちを各部署から2人ずつ、合計で十数人選んで「理事」というポジションをつくり、彼らと月に1回、お昼を食べながら会社の将来について話し合っています。

 理事の下には分科会を設け、そこで話し合った内容を再び理事メンバーに諮る。そして、それを常務や代表権を持つ方々と話し合い、最終的には取締役会で決定する。ちょうど今、そんなふうにして現場に近い人たちの声も聞きながら、私自身が接着剤となって経営層と結び付ける新しい意思決定の方法にも取り組んでいるところです。

(構成・曲沼美恵)

 日経トップリーダーは、小さな会社の経営幹部が学ぶべきことのすべてを、心構えから理論、ノウハウ、財務まで体系的に網羅した『小さな会社の幹部社員の教科書』を発売しました。今までにありそうでなかった仕事の教科書です。

 社長の99%は幹部社員に不満を持っている――。大手都市銀行を経て複数の中小・ベンチャー企業で取締役を務め、多くの経営者と接してきた著者は、こう感じています。大きな原因は、そもそも小さな会社の参謀を育てる教育体系が乏しいことです。

 本書は、将来の幹部候補に向けて、実践ですぐに役立つ計画表のフォーマットなどを多数紹介すると同時に、上司としての心構えを熱く説き、スキルとマインドの両面から「幹部力」を高めます。詳しくはこちらをご覧ください。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中

この記事はシリーズ「トップリーダーかく語りき」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。