コラム:本当に「異次元」化する日銀金融緩和=佐々木融氏

コラム:本当に「異次元」化する日銀金融緩和=佐々木融氏
11月22日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長は、特別な政策変更がない中での株価上昇・円安加速は、日銀の金融政策が他国に比べて本当に「異次元」になってきたことを示していると指摘。提供写真(2013年 ロイター)
佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 債券為替調査部長(2013年11月22日)
21日、日銀は予想通り金融政策を据え置いた。海外勢を中心に日銀に対する追加緩和期待が強いだけに、据え置き発表を受けて、株価やドル円相場の調整が多少あるかと予想していたが、そのような動きはほとんど見れらず、欧米取引時間帯に向けて円安が加速、ドル円は7月上旬以来約4カ月ぶりの101円台まで上昇し、ユーロ円も2009年10月以来約4年ぶりの高値を更新した。
昨年11月半ばから今年5月にかけて急速に進んだ株高と円安の背景には、日銀によるインフレターゲット導入、黒田総裁下で4月に導入した異次元緩和など政策変更があった。しかし、今回は特別な政策変更が行われない中での株価上昇、円安加速となっている。その理由はいくつか考えられるかもしれないが、筆者の仮説の一つは、日銀の金融政策が他国との対比で本当に「異次元」になってきたということだ。
米国時間の火曜日夜(日本時間水曜日朝)に行われたバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長のエコノミストクラブでの講演と、米国時間の水曜日午後(日本時間木曜日未明)に公表された米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨は、ともにFRBが量的緩和(QE)継続に慎重になり始めていることを示唆した。
バーナンキ氏はFRB理事に就任した02年11月に、同じエコノミストクラブで講演し、その内容がきっかけで「ヘリコプター・ベン」と呼ばれるようになった。時折、FRB理事時代の同氏が「ヘリコプターからお金をばら撒けば良い」と発言したなどという記述が見られるが、少なくともこのエコノミストクラブでの講演ではそのような発言はしていない。
バーナンキ氏は当時の講演で、金利がゼロまで低下してしまった後の追加金融緩和政策のオプションについて議論。長期金利低下を促すためにある一定レベルの金利で長期債を無制限に購入すること、コマーシャルペーパーなどを担保にとって銀行に対して金利ゼロで貸し出しを実施することなどを挙げた。それに加えて、デフレ脱却のためには財政との協調も必要だとして、長期金利が抑えられている中で、政府が大規模な減税を行うという案を披露した。その上で、これらの政策に関して「ミルトン・フリードマンの有名な、ヘリコプターからのマネーの投下と同じだ」と述べたのである。そんなバーナンキ氏が議長退任間近の今、同じエコノミストクラブでの講演で、QE継続に慎重な姿勢を示したことは興味深い。
今回の講演でバーナンキ議長は、経済へ刺激を与えるためには、QEよりもフォワードガイダンス(政策金利がいつ頃まで異例の低金利に維持されるかなど、金融政策の先行きに関する指針)の方が好ましいと考えていることを示唆した。具体的には、「長期金利の期間プレミアム(投資家が長期間債券を保有することによる不確実性を補うために要求する超過リターン)に働きかける大規模資産購入政策に関してはあまり経験がないため、どの程度の効果を持つものなのかについてそれほど確信が持てない」とし、また、「期間プレミアムの変化は予想しづらく金利の不安定性を高める原因になる」との考えを述べた。
さらに、フォワードガイダンスにはない、QEの欠点として、「証券市場の機能を損なうリスク」や「FRBのバランスシート規模が大きくなり過ぎると、オペレーションがより複雑になる」といった点を挙げた。そして、労働市場に対する見通しがかなり改善すると判断される前でもFOMCがQE終了の可能性を示唆してきたことについて、「より慣れている、フォワードガイダンスを通じた将来の短期金利に関する期待に働きかけることに比べて、QEのコストと効果については不確実性が大きいから」と言明している。
また、FOMC議事要旨の中でも資産購入の縮小に関する議論が行われ、労働市場の改善に関して明らかな確証が得られる前でも縮小を開始する可能性を示唆している。
FRBのバランスシートの規模は現在、国内総生産(GDP)比22%程度まで拡大してきているが、同43%程度にまで膨れ上がった日銀のバランスシートに比べれば半分程度にとどまっている。ちなみに、黒田総裁が導入した異次元緩和前でも、日銀のバランスシートは同約34%と、当時のFRBの約19%より圧倒的に大きかった。にもかかわらず、FRBはこのまま大規模な資産購入を続け、バランスシートを拡大することに不安を感じ始めているのである。
<黒田総裁も異次元度を認識か>
加えて、欧米のインフレ率は低下基調、日本のインフレ率は逆に上昇基調にある。29日に発表される日本の10月消費者物価指数前年比が市場の予想通り9月と同じプラス1.1%以上になると、日本の同指数の伸びが米国を上回る。ユーロ圏の10月消費者物価指数前年比はプラス0.7%まで鈍化しているので、日本の消費者物価指数前年比は米国、ユーロ圏双方を上回ることになる。こうした現象は1997年に消費税が引き上げられた時以来である。
生産者物価指数(日本は国内企業物価指数)前年比はすでに7月から9月まで日本が米国、ユーロ圏の伸びを大幅に上回っている(日米間では7月から10月まで4カ月連続)。これも97年以来である。ちなみに、日本の国内企業物価指数前年比はユーロ圏の生産者物価指数前年比を3.1%ポイントも上回っているが、これは81年以来統計が手元にある中では圧倒的に最大の乖離となっている(これまでの最大乖離は0.6%ポイント)。
バランスシートも圧倒的に大きく、インフレ率も相対的に高い日銀が引き続き積極的な量的緩和を続ける一方、対GDP比で日本の半分程度のバランスシートのサイズしかないFRBはこれ以上の拡大に慎重になり始めている。日本の物価上昇率を大幅に下回るユーロ圏では、欧州中央銀行(ECB)は利下げを行ったが、実はバランスシートは縮小を続けている。さらに、ドラギ総裁は「金利を長期にわたり低水準に据え置くことのリスクを当局者らは認識している」とも述べた。
日本の金融政策はいよいよ本当に異次元の世界に入ってきたのかもしれない。黒田総裁は最近の講演や記者会見で、「上下双方向のリスクが顕在化すれば、躊躇(ちゅうちょ)なく適切な政策調整を行う」「上下双方向に政策の余地はある」と「上下双方向」という点を強調している。黒田総裁も日銀の金融政策が本当の意味で異次元になってきていることを意識しているのかもしれない。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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