(写真=Imaginechina/アフロ)
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 東芝が、洗濯機やエアコンなど白物家電事業を中国の家電大手、美的集団に売却することで最終調整に入ったと、いくつかの日本のメディアが3月15日付で報じている。「日本経済新聞」によると、売却額は数百億円とみられ、日本国内での東芝の白物家電の販売方法や従業員の雇用などを美的と詰めている段階だという。また美的については、「Midea」ブランドで家電を販売し、2014年の売上高は約2兆7000億円。白物全体の世界シェア(台数ベース)は2015年に4.6%で2位(英調査会社ユーロモニター調べ)だと紹介している。

 これを読めば、美的が世界有数の規模を擁する家電業界の巨人だということは分かる。ただ、日本での知名度はゼロに近いのが実情。その名前を聞いてピンとくる日本人は決して多くはないことだろう。

 一方、中国では知らぬ人がいないほどの有数の家電メーカーだ。特に、値段が安い割に頑丈だと評価する向きが多い。東芝を買収する中国の白物家電大手、美的とはどのような企業なのか。中国一の商業都市、上海の生活におけるエピソードから、同社の輪郭やイメージを伝えてみたい。

廉価な賃貸住宅のオーナー層に圧倒的な支持

 先週、上海の私の自宅にある電子レンジが壊れた。部屋に備え付けの備品である。上海の賃貸住宅は家具・家電付きで貸し出すのが一般的で、家電であれば冷蔵庫、洗濯機、エアコン、そして電子レンジの4つはどの物件でも必ず付いてくる。

 ただ当然、部屋の家賃によって家電のグレードやブランドも異なる。私の部屋はワンルームで、東京でひとり暮らしする大学生が借りる程度の家賃。このレベルの部屋だと、備え付けの家電は大家自身の使い古しになることが圧倒的に多い。私の家で壊れた電子レンジもそれで、康宝という最近ではまったく姿を見かけなくなった中国の家電メーカーのものだ。

 これが10年前であれば、大家が「修理する」と持って帰ることが多かった。しかし中国でも家電が総体的に安くなったこともあり、ここ数年、新品に買い換えてくれることが増えてきている。

 今回、私も電子レンジが壊れたと大家に連絡すると、「お金はあとで払うから適当なのを買え」という指示。もちろん適当なのと言っても高いものを買っていいということではない。ここで言う適当なの、とは、「機能は最低限で、売り場に並んでいる商品の中で最も安く、しかし知名度はあるメーカーで、容易には壊れない製品」という意味だ。

 この条件で探すと、白物家電の場合、美的と、格蘭仕集団というやはり中国企業が運営するブランド「Galanz」の二択になることが圧倒的に多い。実際、電子レンジを選びに上海市内のカルフールに足を運んでみると、「機能が最低限」なタイマーと温度調節がダイヤル式の商品は、美的と格蘭仕の2つのみ。そして私は、大家の顔を思い浮かべながら、値段が50元(約900円)安かった美的の電子レンジを購入した。

 電子レンジに限らず、安い家賃の部屋を貸し出すオーナーは、備え付けの家電に美的を選ぶことが多い。中国の家電メーカーとしてはハイアールなどと肩を並べるほどの有名ブランドであるにもかかわらず、製品ラインアップにとびきり安い価格帯の商品を揃えており、しかもあまり故障もしないからである。

筆者の自宅にある美的ブランドの扇風機と電子レンジ。必要最低限の機能であるならば、美的の製品は最強だ
筆者の自宅にある美的ブランドの扇風機と電子レンジ。必要最低限の機能であるならば、美的の製品は最強だ
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低価格帯で確立した実力とブランド力

 ブランドイメージを気にし始めた中国の家電メーカーの中には近年、機能を最低限に絞った最低価格帯の製品をラインアップから外すところが目立つ。ただ美的は、競合が避けるようになったこの価格帯に現在でもしっかりと製品を出し続けている。最低価格帯とは電子レンジであれば300元(5400円)、炊飯器であれば100元(1800円)といったところ。引っ越しの物件探しで家を見て歩くと、家賃が4000元(約7万2000万円)以下の賃貸住宅では、電子レンジ、炊飯器、電磁調理器といった調理家電で、美的の最低価格帯の商品を使っている家族が多いことに気付く。美的はこの価格帯で壊れない製品を造り実績を積み上げることで、ブランドイメージを確立してきた企業だと言える。美的自身もそのことをよく分かっているからこそ、自らを育ててくれた価格帯を今でも大切にしているのだろう。

 個人的な話をさらにすれば、上海の私の自宅もこのたび新調した電子レンジに加えて扇風機、電磁調理器、炊飯器と家の中は美的の製品だらけである。うち電子レンジ以外は自分で購入したものであり、どれも量販店の売り場に並んでいた中で最も安かったモデルだ。このうち100元(約1800円)で買った炊飯器は2台目の美的で、10年使った1台目も99元(現在のレートで約1800円)と、購入した13年前の当時でもとびきり安かった。

 ご飯は普通においしく炊けるしとても満足していたのだが、2年前に住んだ古いアパートで共同炊事場に置いておいたら盗まれてしまったのでやむなく新調したのだ。廃品回収をしている友人に聞くと、美的の炊飯器は中古でもすぐに売れてしまうのだと言っていたので、安いのにきちんと炊けると定評があるのだろう。

 機能を絞っているため構造が単純だからということもあるのだろうが、故障が少ないのも美的の家電の特徴だと私は思っている。扇風機は去年買ったものだが、電磁調理器も炊飯器も10年使って故障は一度もしていないし、経年劣化もない。 

優秀だが買っても高揚感のないブランド

 ただ、ここで1つ言えることがある。それは、美的の製品で、中価格帯や高価格帯のモノを買いたいと思ったことは一度もないということだ。例えば電子レンジであれば、美的は3000元(5万4000元)のオーブンレンジや、上は5000元(約9万円)というスチームオーブンレンジまで、幅広い価格帯で製品を揃えている。しかし、超低価格の製品ではそのコストパフォーマンスと頑丈さに感心し高い評価を与えるものの、では、「美的の1ランク上の炊飯器を買ってみようか」「美的の2ランク高い電子レンジを使ってみようか」とは思わないということである。1ランク2ランク高いグレードや、ましてや5000元などという高価なモノを買うとなれば、同じ価格帯にある米国の家電メーカー、ワールプールやパナソニックのモノを選びたくなる。

 それは中国人も同じようで、賃貸住宅でも家賃が高くなればなるほど、備え付けの家電に占める美的の比率は下がっていく。つまり美的は、「安くて頑丈で人気もあるが、買ったりもらったりしても、高揚感を感じるようなブランドではない」ということになるだろうか。

 美的は昨年8月、安川電機と提携して製造業の自動化を推進する産業ロボットや介護などのサービスロボットの分野への進出を決めた。また、スマートフォンで近年急台頭している中国シャオミ(小米科技)から2014年末、12億元(約216億円)の出資受け入れを決めたほか、シャオミのスマートバンドと連動して睡眠中の運転をコントロールできるエアコンを開発。インダストリー4.0やIoT(モノのインターネット)を駆使したスマートホーム、スマート製造業など、先端分野や技術への進出を積極的に図っている。

サザエさん時代のブランド力は残っているのか

 ただ一方で、東芝の白物家電事業を買収する背景には、東芝の技術以外に、東芝というブランドの力を借りて自身に足りないものを補い、家電市場でもさらに進化したいという意図が透けて見える。

 東芝1社提供で日曜夕方から放映していたサザエさんで育った世代の私にとって、サザエさんの家にある家電はすべて東芝製というイメージがあるため、東芝は家電メーカーなんだと違和感なく思い込んできたところがある。ただ、東芝のことを書くにあたっていま、東芝を代表する家電は何かと考えてみると、これと言ったものが浮かばないという現実に突き当たる。ノートパソコンでは一時期、北米を中心に存在感を示し、ウィキペディアによると1994年から2000年まで世界シェアが7年連続で1位だったとのことだが、それも今は昔。2015年のパソコン世界シェアでは上位6社から漏れるなど見る影もない(ガートナー調べ)。それが東芝の家電やIT製品の現状である。

 東芝を買収することで、美的は果たして「買うことで高揚感を覚えるようなブランド」になれるだろうか。そして東芝の側には、美的を「買って高揚感を覚えるようなブランド」に変貌させるだけの力が残っているのだろうか。

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