あらゆる業界で「イノベーション」が求められるなか、経営学者の言葉にヒントを求めようという動きも活発になっている。“現代経営学の父”であるドラッカーは、どのようにして組織でイノベーションを起こすべきと説いたのか。またそのドラッカーの後継者ともいわれるコリンズは、「適切な人材こそもっとも重要な資産」と述べたが、その真意は何なのか? ドラッカーが小説形式で学べる『もしドラ』の続編を執筆した岩崎夏海氏と、ドラッカーとコリンズに何度もインタビューしたことがあるジャーナリストの牧野洋氏に語っていただいた。

岩崎:今日はよろしくお願いします。実は昨年、クレアモント(カリフォルニア州)にあるドラッカーの自宅へまた行ったんですよ。

牧野:岩崎さんのFacebookにそう書いてありましたね。懐かしかったですよ。

岩崎:6年前、牧野さんにクレアモントで取材していただいたときは、本当にお世話になりました。ドラッカースクールに在籍していた奥さんの恵美さん(現・九州大学准教授、4月から東京理科大学経営学部准教授)には、ドラッカースクールで留学生の方たちとお話させてもらったり、ドラッカーの自宅に連れられて存命だったドリスさん(ドラッカー夫人)に引きあわせていただいたり。ドラッカーと自分との距離がすごく縮まったような経験でした。

牧野:クレアモントはそれ以来ですか?

<b>岩崎夏海(いわさき・なつみ)</b><br/>1968年生まれ。東京都日野市出身。東京藝術大学建築科卒。大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』等、テレビ番組の制作に参加。その後、アイドルグループAKB48のプロデュースなどにも携わる。2009年12月、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)を著し、ベストセラーに。(写真:大槻純一、以下同)
岩崎夏海(いわさき・なつみ)
1968年生まれ。東京都日野市出身。東京藝術大学建築科卒。大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』等、テレビ番組の制作に参加。その後、アイドルグループAKB48のプロデュースなどにも携わる。2009年12月、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)を著し、ベストセラーに。(写真:大槻純一、以下同)

岩崎:はい、そうです。ドラッカーの自宅を山崎製パン社長の飯島延浩さんらの寄付によってドラッカー・インスティテュートが購入し、「ドラッカーハウス」という一種のミュージアムにして昨年オープンしまして、僕もそのオープニングイベントに参加しました。そこに『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるジム・コリンズさんもいらっしゃったんです。

 コリンズさんといえば「ドラッカーの後継者」ともいわれる経営学者ですが、僕の『もしドラ』のことも知っていてくれました。牧野さんがお話ししてくれたんですよね?

牧野:そうですね。コリンズに「今、こういう本が売れてるんだよ」という話をしました。

岩崎:牧野さんは日経新聞や日経ビジネスの記者時代に、ドラッカーとコリンズの両方を取材していて、『ビジョナリー・カンパニー4』の翻訳もされています。そういう経緯もあったので、あらためて牧野さんとドラッカーとコリンズのことも交えていろいろとお話したいと思ったんです。

牧野:ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

「マネジメント」は役に立たない?

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「イノベーションと企業家精神」を読んだら』、通称『もしイノ』は、高校1年生の女の子が野球部のマネージャーになって、ゼロから野球部をつくりあげて甲子園を目指すお話です。本の中では、ドラッカーのほかにジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』も登場するのですが、そうしようと思ったきっかけは何だったのでしょう?

岩崎:『もしドラ』が世に出た後、けっこう悩んでいたんです。売れたことによって反応がいろいろあったのですが、「本の中に出てくるマネジメントなんて、現実社会ではうまくいかないよ」という声がありまして。

牧野:なるほど。

岩崎:特にうまくいかないと言われていたのが、企業における社員教育についてのマネジメントです。従業員の強みを活かそうとマネジメントしても、なかなかうまくいかない。ドラッカー学会に参加すると、中小企業の経営者の方たちから、そういう声をよく聞きました。そこでドラッカー以外にヒントを求めようと読んでみたのが、特にファンが多い『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』だったんです。

 どうもアメリカでは『ビジョナリー・カンパニー』の『1』より『2』のほうが人気があるようなんですね。僕も『もしドラ』の続編を書くつもりでいたから、そういう意味でも参考にしようと思いました(笑)。世の中には少数ながら、『ドラゴンクエスト』や『ゴッドファーザー』のように『1』より『2』のほうが人気のある作品があるんですよ。

牧野:『ビジョナリー・カンパニー2』はアメリカで桁違いのヒットになっていますからね(笑)。

<b>牧野洋(まきの・よう)</b><br/>日本経済新聞ニューヨーク駐在、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経てフリーランス。著書に『最強の投資家バフェット』『不思議の国のM&A』『官報複合体』『米ハフィントン・ポストの衝撃』、訳書に『ランド』『市場の変相』『ビジョナリー・カンパニー4』など。記者時代にドラッカーとコリンズに何度もインタビューし、『知の巨人 ドラッカー自伝』を担当した。
牧野洋(まきの・よう)
日本経済新聞ニューヨーク駐在、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経てフリーランス。著書に『最強の投資家バフェット』『不思議の国のM&A』『官報複合体』『米ハフィントン・ポストの衝撃』、訳書に『ランド』『市場の変相』『ビジョナリー・カンパニー4』など。記者時代にドラッカーとコリンズに何度もインタビューし、『知の巨人 ドラッカー自伝』を担当した。

岩崎:いろいろ考えたのですが、シリーズになった作品で『1』を超えた『2』というのは、『1』の批判へのアンサーであり、『1』で足りなかったところ、描ききれなかったところをしっかり描いているものなんです。『ビジョナリー・カンパニー2』の冒頭でも、『1』への批判が紹介されていて、それに応えるものが『2』の内容であると述べているんですね。だから『もしドラ』も『1』で描ききれなかった部分を『2』で描くことがだいじかなと。

牧野:『もしイノ』、僕は非常に面白く読ませていただきました。特に、後半に進んでいくにつれて、甲子園を目指す野球部のマネジメントチームが盛り上がっていくんですよね。

岩崎:ありがとうございます。

牧野:もう一つの感想としては、高校野球の話なのですが、すごく身近に感じながら読めました。(ドラッカーの自宅があった)クレアモントに5年近く住んでいたのでドラッカーのことは身近に感じますし、妻が留学していたドラッカースクールも本の中に出てきて、僕が翻訳した『ビジョナリー・カンパニー4』の著者のジム・コリンズの名前も登場する。まったく他人事とは思えずに読み進めました。

岩崎:牧野さんは、ドラッカーと実際にお会いされて長時間インタビューするという経験をお持ちの数少ない日本人と言えます。経営者の方でドラッカーとお会いされた方は何人もいらっしゃると思いますけど、マスコミの人でドラッカーに直接取材された日本人はあまりいないわけですから。

 僕が牧野さんからお聞きしたドラッカーについてのいろいろな話は、『もしイノ』のリアリティにつながっていると思います。やっぱり作家って、自分の経験がないとなかなか書けないものなんです。『もしドラ』が出た後、アクティブに動き回って、いろいろな方にお会いしてお話を聞けたことは本当によかったと思います。

野球が大好きだったドラッカー

牧野:これを読んでいて、『マネーボール』という映画を思い出しました。原作のマイケル・ルイスの作品が好きなので、映画化されると必ず観るのですが、すごく良い映画なんですよ。野球がテーマなんですけど、ホームランを打ったりするシーンは脇役で、裏側の話ばかりなのにすごく面白い。『もしイノ』を読んでいても同じように感じました。こうやってバックオフィスの話を面白く見せるのって、すごく難しいじゃないですか。それをこうやってやられた岩崎さんは尊敬します。

岩崎:いやいや、そんな(照)。

牧野:以前、岩崎さんとお会いしたときにも話題にしましたけど、実はドラッカーって野球とつながりがすごく深いんですよね。

岩崎:そうなんですよね。ヨギ・ベラ(ヤンキース、メッツの名選手)がドラッカーの家の隣に住んでいた話もお聞きしました。

牧野:ドラッカーがよく子どもたちに学校を休ませて、野球の試合を見に行ったという話もありましたね。

岩崎:あと、インディアンズかどこかのユニホームを着ている写真があったり、ワールドシリーズを楽しみに見ていたという話も。

牧野:野球にすごく興味を持っていたらしいんです。ドラッカーがどこかの野球チームのコンサルタントをやっていたら面白いですよね。

岩崎:野球というものは、非常にマネジメンタルなスポーツなんです。これはいろんなところでお話ししていることなんですが、野球では監督のことを「マネージャー」と呼びますよね。でも他のスポーツだと、監督はほとんどが「ヘッドコーチ」なんです。ヘッドコーチは、コーチのトップですから、つまり教育者ですよね。一方、野球では、グラウンドにいる最高責任者がマネージャー。野球は監督が介在する役割が非常に大きいといえます。

牧野:なるほど。ところで、『もしイノ』はイノベーションがテーマですが、実話を元にした『マネーボール』でブラッド・ピットが演じていたビリー・ビーンがやっていたことは、まさにイノベーションですよね。

岩崎:そうです、そうです。

牧野:ビリー・ビーンは、それまでどのメジャー球団もまったくやっていなかった統計的な手法を持ち込んで既成概念を破壊してしまった。彼がGMを務めるオークランド・アスレチックスは20連勝したんですよ。『もしイノ』でも、主人公たちは先発ローテーションなどの高校野球に今まで導入されてなかった手法を持ち込んでいます。『もしイノ』を読んで、『マネーボール』でやっていたことはイノベーションだったんだ、ということを再発見しました。

イノベーションはすぐに真似される

岩崎:『もしイノ』を書くとき、『マネーボール』も非常に参考になりました。野球でも長年経験を積み重ねていくと、どうしても「常識」ができてしまうんです。ただ、人間の常識とか人間が合理的だと思いこんでいるものの中には、案外非合理だったり不条理だったりするものが多かったりします。近年はその常識を統計学的にデータで洗い直すことが増えてきました。たとえば、出塁率というすごく地味な指標が、客観的に見ると勝敗に大きな影響を及ぼしていることがわかった。そうやって野球もどんどん改革されているんです。

牧野:ええ、ええ。

岩崎氏と牧野氏。
岩崎氏と牧野氏。

岩崎:『もしイノ』を書いているとき、何が一番苦労したかというと、野球の常識を打ち破るアイデアを考えることでした。先ほど牧野さんがおっしゃった、高校野球での先発ローテーション制度もなかなか出て来なかったんですよ。

牧野:書きながら見つけていった感じですか?

岩崎:そうですね。この作品は最初から最後までスラスラ書けたわけじゃなくて、それこそ一年半ぐらいかけて、つっかえながら書いていたんです。中でも苦労した先発ローテーション制度について指摘していただいたのは、本当に嬉しいです。

牧野:本の中にはほかにもイノベーティブなアイデアがありますが、ネタバレになってしまうのでここでは話しません(笑)。『マネーボール』では、オークランドの手法を真似するチームがその後いっぱい出てきたらしいですけど、『もしイノ』をきっかけに高校野球でも新しいことを試みるチームが出てきたら面白いですね。

岩崎:ありがとうございます。現実にはなかなか難しいかもしれませんが、高校野球の常識を創造的に破壊していければいいですよね。

(構成:大山くまお)

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