「地域に根付いて、社員と共に事業を広げて、会社を長く成長させたい」。こんな思いを持つ経営者や企業幹部は多いでしょう。かねて日本企業には社員やその家族、さらには地域社会を大切にして、短期的な利益よりも長期的な発展を望む姿勢が強くあります。その考えは、「業績が良ければ社長が高額の報酬をもらい、利益が減ったら社員をリストラすればいい」という、いわゆる米国型の経営とは一線を画するものでしょう。

 一方で日本的経営を支持していても、「終身雇用や年功序列を徹底すれば会社はうまく行く」と考える経営者は少ないのではないでしょうか。経済のグローバル化が進み、世界の企業と戦うためには、新たなイノベーションが欠かせません。長期成長には旧来の慣習にこだわらない変革が欠かせないのです。オリックスでの長年の経営から、新たな持続的成長の条件をまとめてみました。そのエッセンスを3回に渡って公開します。

宮内義彦(みやうち・よしひこ)氏。オリックス シニア・チェアマン。1960年8月日綿實業株式会社(現 双日株式会社)入社。64年4月オリエント・リース株式会社(現 オリックス株式会社)入社。70年3月取締役、80年12月代表取締役社長・グループCEO 、2000年4月代表取締役会長・グループCEO 、03年6月取締役兼代表執行役会長・グループCEO、14年6月シニア・チェアマン(現任)。
宮内義彦(みやうち・よしひこ)氏。オリックス シニア・チェアマン。1960年8月日綿實業株式会社(現 双日株式会社)入社。64年4月オリエント・リース株式会社(現 オリックス株式会社)入社。70年3月取締役、80年12月代表取締役社長・グループCEO 、2000年4月代表取締役会長・グループCEO 、03年6月取締役兼代表執行役会長・グループCEO、14年6月シニア・チェアマン(現任)。

 「IoT(モノのインターネット化)」や「インダストリー4.0」、あるいは「フィンテック」など産業界を巡って、新しい動きが起きています。

 そうした流れを受けて、新規プロジェクトや事業に乗り出す会社も多いと思います。社員や幹部が熱意を込めて色々な事業案を提出してきた際に、果たしてゴーサインを出すべきかどうか、迷った経験のある経営者は多いのではないでしょうか。

「いつストップをかけるか」が大切

 新規事業への参入は、マネジメント判断が求められる局面ですが、実はゴーサインを出すのは簡単なことです。そして、ここでの大きな失敗はそうはありません。

 判断が難しいのは、むしろ「いつストップをかけるか」という点にあります。ここが人材管理の大切なところです。挑戦しても、すぐに成功する確率はそうは高くないのが現実です。失敗することのほうがはるかに多いと言っても過言ではないでしょう。

 経営幹部は、成否の分かれ目を見極めるのが大切です。どう考えてもうまくいかないと見たら、会社が大きな傷を負う前にストップしなければいけない。逆に、うまく軌道に乗りそうな新規事業にはしっかりとしたサポート体制を整える。これらの判断は、トップでなければできないことが多いのです。

 誰でも担当したプロジェクトは長く続けたいものですし、「今は不振でも将来は大きく羽ばたく」と考えたいものです。それを止めることは、担当者にとって、人生が終わるみたいな気持ちになりがちです。つまり止めることは、大変に勇気がいることなのです。担当者に「こんな面白いこと、よく考えてくれた。ありがとう」と伝えて、うまく次の仕事へとモチベーションを保ってもらうことが重要です。

 撤退の判断こそが経営者の大きな責任であり、参入すべきかどうかは、実はそれに比べると小さな決断なのでしょう。 

 しかし、実際には参入の前にストップをかける例が少なくないようです。始めから参入しない方がリスクを取らず、最も安全だからです。私はむしろもったいないと思います。商機があるのであれば参入して、そこに伴うリスクはうまくコントロールすればいい。多くの社員にとって、チャレンジしているほうが仕事は面白い。「そのうち何とかなる」と信じて、粘っているうちに突破口が開くこともあります。

 もちろん、私自身も進むか引くかの判断で数々の間違いをしました。正直、止めておけばいいものに、ゴーサインを出したこともたくさんあります。

リスクを取る社風を保つ

 大切なのは、リスクを取って頑張るという姿勢を社内からなくさないことです。成功の機会は少ないのに、何らかの理由でストップをかけ損ねたら、会社が損失を抱えてしまう。担当者には「とんでもないことをやった」と批判が飛び、責任を負わせることにもなるでしょう。そんな姿を見たら、社内の誰もがリスクを取らなくなってしまう。だからこそ、判断は経営陣に委ねてもらい、適切なところで「ご苦労さん。もっと別の面白いことを考えよう」と声をかけることが大事です。

 傷を広げないための撤退の話を先ずしました。

 では新規事業への参入の判断についてはどうでしょうか。私自身は単純に言いますと、面白そうなものはやろうという心構えが大切だと思っています。

 現場からは無手勝流に、様々な要望や意見が出てきます。それを踏まえたうえで、無理がない範囲で、まずは実際にチャレンジしてもらう。事業のアイデアが出るのは、きっちりとしたデータの裏付けを基に提案してくるよりも、「これは面白そう」という発想から始まることが多い。市場性があるからという考えではなく、面白いからやってみたいという感情が社員にも強いのです。

 その中で有望な事業やサービスをいかに早く見極められるかどうか。マネジメントにはそれが求められています。経営判断がぶれていると、有望でもない事業に固執して、「もうひと頑張りしてみよう」と誤った判断をして、時間と資金と労力を無駄にしてしまいます。前述しましたが、後戻りすべきタイミングで、さらに前進してしまうと、傷が深くなってしまいます。

 実は、新規事業こそ、事業計画がどの程度真剣に練られたかを見極めることが第一の関門です。新規事業の担当者による「3年経ったら社内基準の利益を超えます」といった事前のプレゼンテーションはいくらでもできます。5年先のことなど議論しても、見通すことなど難しいでしょう。

5年先を語るより、離陸の見守りを

 実際には、新規事業を担当する社員も、1年目で本当に売り上げが立つのかとなると、自信がなく、不安を抱えているのが実態です。離陸が一番難しいのに、5年先まで語っていても、実感がこもらない。例え予想どおりに動いているようでも、少なくても3年は事業の推移を見ないと、先の判断もしにくい。

 事業計画の役割は、細かい点を見て、担当者に緊張感を持たせるためではありません。むしろ先が見えないまま続けていると、成長には限界があり、事業が長く続かない点を自覚してもらうことにあります。その上で、軌道に乗り始めたら、「もっと人をつけるから、どんどんとやれ」というようにサポート体制を整える。成功は大きく、失敗は小さく、というのが原則です。しかも、一度取り掛かったら、放りっぱなしにしない。経営幹部が忘れずに目を配って、どのような状況になっているのかを時として細目を聞き取りすることも大事です。

 最後にオリックスの例に沿って成功へのポイントをまとめたいと思います。

 オリックスでは常に新規事業を重視しており、小さな芽を見つけたら、水を注いで、成長の見込みがあると感じたら、事業部として正式に発足させるやり方を採っています。

 最近では、関西・大阪(伊丹)両空港 のコンセッション(公共施設等運営権制度)を手掛けました。こうした仕事は当時、誰も経験のない分野でした。そこで、社内で関連知識がありそうな人材を多くの部署から集めて特別チームが作られました。そうして1つの部屋に皆が缶詰になりながら、お互いの意見に真剣に耳を傾けていました。部署の違う人たちともできるだけ情報交換することで、多くの知識が得られ、いざというときに団結しやすい環境が培われます。

 また介護ビジネスにも参入しています。これは長く赤字が続いて、風前の灯火まで追い込まれました。ですが、頑張り屋の社員もいて、なんとか立て直し、今では黒字基調になりました。

赤字でも続行した介護事業は例外中の例外

 介護の仕事は、福祉の意味合いが強いので、採算性を超えて意義ある仕事と考えてきました。ですから「早く儲けろ」とせっつくようなことはしなかった。それでも黒字化に至るには、長い月日を要しています。「もう1年」と事業を続けて、今やっと浮上し始めた状態です。

 介護事業の担当者たちはものすごい情熱の持ち主です。じっくり話を聞いていると、こちらが根負けしそうな勢いです。赤字を出しても、「来年からよくなります」と説明して、こちらが情にほだされているのか、あるいははぐらかされているのか。それもわからないほどです。

 介護事業が軌道に乗るまでは、投資家から心配されたこともありました。今ではとても評判がよく、安心できる運営となっています。もっとも、これだけ長く赤字続きの事業をストップしなかったのは、例外中の例外です。

社員、株主、社会に支持されるリーダーになるには。
その全ての条件をまとめた必読書。

 本書は、オリックス シニア・チェアマンである宮内 義彦氏がオリックスグループでの長年の経験から、企業運営の在り方を様々な角度から考え、企業経営論としてまとめた書籍です。

 激動する世界情勢や経済状況、次々と生み出される新技術など、現在の社会環境を踏まえた上で、特に新規事業や人材育成、株主対話と言った項目に重点を置き、長期成長のために企業があるべき姿を探ってみました。

 安定的な組織の成長は、社員の仕事の幅を広げたり、働きがいを高めたりすることはもちろん、取引先との良好な関係を通じた新しい価値の提供、さらに地域社会への貢献と幅広い成果をもたらします。

 そのためには日々、どんな事を考えて、実践していけばよいのか。人材や組織、技術など多様な観点からその条件をまとめています。

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