上場企業の経営者などが加入する日本取締役協会(宮内義彦会長)は、今年1月28日、企業統治(コーポレートガバナンス)の取り組みが優れている企業を表彰する「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」を発表した。

(写真:都築雅人)
(写真:都築雅人)
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 表彰されたのは5社で、そのうち大賞に選ばれたのはブリヂストン。入賞の4社はコマツ、HOYA、りそなホールディングス、良品計画だった。コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーの選定は今回が初めてで、東証1部上場企業約1900社が審査対象となった。

 この賞の創設の狙いや日本のコーポレートガバナンスの現状、審査の基準などについて、審査員の一人である伊藤邦雄・一橋大学CFO教育研究センター長、一橋大学大学院商学研究科特任教授に聞いた。伊藤センター長は、安倍政権下でコーポレートガバナンス改革を推し進める原動力となった経済産業省のプロジェクト、通称「伊藤レポート」のとりまとめ役でもある。

(聞き手は谷口徹也=日経BPビジョナリー経営研究所上席研究員)

2月2日に開かれた表彰式では「コーポレートガバナンス改革の総括と今後の課題」と題した特別講演をされました。上場企業のコーポレートガバナンスの状況について、優れた方から「2:1:1」の割合で分布しているという見立てです。ということは、事前のイメージよりは進んでいたということですか。

<b>伊藤邦雄(いとう・くにお)氏</b><br/>一橋大学CFO教育研究センター長・一橋大学大学院特任教授
伊藤邦雄(いとう・くにお)氏
一橋大学CFO教育研究センター長・一橋大学大学院特任教授

伊藤:ざっくり区分けすると、これくらいかなという感覚的なものです。金融庁と東証が取りまとめ2015年6月に適用が開始された「コーポレートガバナンス・コード」への対応のレベルで判断しました。

 「2:1:1」の最初の「2」は、ベスト(Best)とグッド(Good)を合わせた企業の割合で、コードが導入される前から、コーポレートガバナンスの重要性を認識していた会社などです。真ん中の「1」は、コードに対応しているものの、「魂がこもった状況」とまではいえない企業です。

 そして、最後の「1」は、形としてはコードに対応したものの、その重要性は理解していない企業です。「すでに、社外の監査役を入れているのに、なぜ、社外取締役まで入れなければならないのか」といったところが本音の、懐疑派です。

 正直に申し上げると、「2:1:1」というのは、表彰式というお祝いの場だから少しリップサービスをしました(笑)。実態は、ベストとグッドを合わせて3割、中間が3割、そして、最後が4割という感じではないでしょうか。どんなルールや制度でも、懐疑派が一定程度残ってしまうのは、仕方がないと思います。

 ただ、昨年に制度が導入されてから、3割プラス3割の合計6割、つまり半分強がコーポレートガバナンスへの対応をしっかりしていると考えれば、大きな前進と言えます。

今後は「どれだけ魂が入るか」

日本取締役協会の会長を務めている宮内義彦・オリックス・シニアチェアマンは、「(経済産業省や金融庁などの)政府に言われて動き出したのは、民間企業としては半分情けない」とおっしゃっていました。

伊藤:私はこれまで30年以上、コーポレートガバナンスの重要性を指摘してきましたが、オリックスのような企業が個別に動いたことはあっても、日本の企業社会全体が動いたという実感は一度もありませんでした。

 国の成長戦略として導入されたのだから、確かに「お上に言われた」のであって、民間としては少し情けない面はあります。とはいえ、全体が動いた実感は初めてですので、私の評価はポジティブです。

 今後は真ん中の3割に、どれだけ「魂が入ってくるか」が重要です。注目していきたいと思います。

2000社近くの中から選ぶとなると、コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーの審査は大変だったのではないですか。

伊藤:最初に、客観的な数値や条件でかなり絞り込みました。その基準は「コーポレートガバナンス・コードが適用される前から、社外取締役3人以上を導入している」「直近3年間、ROE(株主資本利益率)が10%超えている」などです。評価項目によってスコアをつけて、5社まで絞り込みました。これが、入賞した5社になったわけです。

 でも実は、ここからが大変でした。大賞は、審査員による各社の経営トップへのインタビュー調査で決めます。コーポレートガバナンスへの取り組み姿勢や、今後の目標などを聞き取っていきました。

 ところがこのレベルの5社となると、単純に優劣をつけられるものではなくなってきます。何と言えばいいか難しいのですが、強いて言えば、それぞれコーポレートガバナンスの「型」が違う。

「社外取締役は社長の介錯人です」

 例えば、りそなホールディングスの東和浩社長にインタビューをしたときのことです。なるほどガバナンスは徹底しているし、「社外取締役などのステークホルダーに丁寧に説明することが責任です」といったコメントもありました。何より「経営陣に最後通牒を突きつけるのは社外取締役です」「社外取締役は社長の介錯人です」といったコメントはなかなか言えるものではないと思います。

 ただ、りそなは公的資金を入れて再建に取り組んだわけですから、ガバナンスのレベルが高くて当然という見方もできるわけです。ここが他の入賞企業とは異なるところです。

 コマツは、2代前の坂根正弘社長(現相談役特別顧問)の時代から、「バッドニュースファースト(悪い報告から先に上げろ)」といったカルチャーが出来上がっています。その坂根さんもいろいろ、外部の企業の取締役を務めている。だから、高いガバナンスについて現社長の大橋徹二さんにインタビューしても自然体です。今回のガバナンス改革の機運が盛り上がる中で、何かが変わったかといえばそういうわけではない。

 HOYAも1995年から社外取締役を取り入れていて、鈴木洋社長も、これ以上、効かせるところがないくらいのガバナンスを実現しています。HOYAは、かなり欧米型のガバナンスに近いのではないでしょうか。

 良品計画は「正しい経営をするために、正しい経営者を選ぶのは当たり前」という企業の姿勢が根っこにあり、ガバナンスを効かせています。松井忠三社長の時代から積極的に取り組んでいて、こちらも着手してからの歴史が長いといえます。

受賞の挨拶をするブリヂストンの津谷正明会長兼CEO(写真:都築雅人)
受賞の挨拶をするブリヂストンの津谷正明会長兼CEO(写真:都築雅人)

 大賞となったブリヂストンは、津谷正明会長兼CEO(最高経営責任者)が悩みながらガバナンス改革に取り組んできたことがよく分かるケースです。歴史をさかのぼれば、同社は米ファイアストンの買収後に難題を抱えたりして大変苦労しました。そこで、現地の経営陣を入れ替えて、ガバナンスを組み直したことが奏功した。

 それから米国企業におけるガバナンスの研究を本格的に始めて、米国法人の業績も急回復しました。重要性、有効性を確認した経営陣が日本の本社のガバナンスにも取り組んだという流れです。そして、今度の株主総会では、監査役会設置会社から委員会等設置会社に変わるのですね。

審査のときには、監査役会設置型と、より先進的と言われる委員会等設置会社の区別はしなかったのですか。

伊藤:区別しませんでした。それらの形によって、ガバナンスのレベルが決まるわけではありません。問われるべきは、高いレベルのガバナンスが実現できているかという実質的な部分です。審査員としては、これを経営者インタビューで探ったわけです。

 いくら形が優れていても、経営者のパッションを伴った運営ができていないと宝の持ち腐れだし、我々の心も動きません。その点、津谷さんにはパッションを十分に感じました。かといって、高いレベルのガバナンスを実現したことを自慢しているわけでもない。経営者が試行錯誤しながら、真摯に向き合ってきたのがよく分かります。

 私たち表彰する側としては、ガバナンス改革が始まったことと今回のオブ・ザ・イヤーを結びつけて、機運を盛り上げたいという思いがあります。必要性や有効性を察知した経営者がどのようにガバナンスを変えていったかというダイナミックなプロセスを広く知ってもらいたいわけです。その意味を込めて、ブリヂストンを大賞に選んだというのが審査の舞台裏です。

 大賞のブリヂストンと他の4社は、実現しているレベルには大きな差はありません。だから、5社の中から大賞1社を選ぶのが大変だった。最後にブリヂストンを選んだのは、同社のケースを見て、ほかの上場企業もダイナミックプロセスに取り組んでもらいたいというメッセージでもあります。

来年以降を考えたとき、スクリーニングの基準が同じだと、大賞や入賞の候補の顔ぶれが固定的になってしまいませんか。

伊藤:そうですね。だから、審査の際、評価の「軸」は変えていくことになるかもしれません。オブ・ザ・イヤーは客観的な基準だけで判断するものではなく、日本のコーポレートガバナンスの状況によって変えるべきだと考えるからです。

売られるときもコーポレートガバナンス

今後、どのような、新しい審査基準が出てくると考えられますか。

伊藤:最近、日本企業も積極的に企業買収をするようになりましたよね。この交渉をするとき、買う側のCEOと売る側のCEOが当事者になっていると思います。でも本来、売る側の取締役会も議論に深く関わるべきです。

 企業が株主のものであって、その利益を守るのが取締役であるならば、CEOとCEOが握手をしても、条件はまだ揃わない。OKを出すのは取締役会であるべきです。買収価格についても取締役会が首を縦に振らなければ、本来は成立しないはずです。

 日本にいると、そういう意識は薄いでしょうが、買収される側の米国企業の取締役会は、「1ドルでも高く売る」のが使命なのです。逆に言うと、高い価格での買収を提案されたら、相手がよっぽど変な会社でない限り、買われることを検討しなければならないのです。

 コーポレートガバナンスは、「企業の稼ぐ力を高める」ことが目的の1つですが、この「稼ぐ力」を狭くとらえず、企業の価値を最大に見立ててくれるオファーがあれば、売る決定をするのも取締役会の使命というわけです。

 最近、ガバナンスは守りの手段として見られることが多いですが、こう考えると、かなり積極的な攻めの手段ということができると思います。

 日本企業は、売るときのコーポレートガバナンスという経験がまだありません。未体験ゾーンですね。数年後には、高く売れた会社について「売却時の会社のガバナンスが良かった」ということで、オブ・ザ・イヤーの候補になったりするかもしれない。買われて親会社に吸収されたりしたら、誰を表彰すればいいか、分からなくなってしまうかもしれないけど(笑)。

他に、新たに取り入れたい評価軸はありますか。

伊藤:すぐにでも加えたいのは、投資家と取締役の「対話」のレベルですね。コーポレートガバナンス・コードも、その投資家版である「スチュワードシップ・コード」でも、取締役会と投資家の対話を促しています。しかし、今回の評価では投資家側の視点は入れていません。「あの経営者は対話に非常に熱心で対話のレベルが高い」とか、来年はぜひ入れたいですね。

 場合によっては、機関投資家にもアンケートをとらなければいけない。ただ、投資家も数多いので網羅するのが大変だし、評価の公正さをどう担保するかが課題になると思います。

伊藤さんご自身も、現在、5社の社外取締役を務めていらっしゃいます。

伊藤:実際の経営に即してコーポレートガバナンス改革の提案や提言をするなら、欠かせない活動だと思っています。

 以前、8年間勤めた三菱商事の社外取締役時代に、こんな経験をしました。株主総会で株主の方が私をピンポイントで指名して「三菱商事のコーポレートガバナンスについて意見を聞きたい」と質問してきた。社外取締役が質問されることはあまりありませんし、あっても議長が他の取締役に振ることが多いものです。

 三菱商事には以前から社外取締役が5人もいますし、コーポレートガバナンスは優れています。そのとき、想定問答集もありませんでしたが、断る理由もないので、思っている通りのことをアドリブで7分程度、話しました。終わったら会場から拍手がわき起こりました(笑)。

 このケースで私が言いたいのは、今後、社外取締役が総会でこのように発言を求められることが増えるだろうということです。そうなると、社外取締役の対話能力も問われてきます。「あなたはこの会社のガバナンスをどう見ているのか」。ピンポイントで指名されても動じない社外取締役が必要になるのです。

社外取締役の能力、問われる時代に

そうなれば、コーポレートガバナンス改革も本物になりますね。

伊藤:「有名人だから」といった理由で、社外取締役を選んだりすると、総会で困ってしまう。非難の矢面に立ってしまうかもしれない。

 今回のオブ・ザ・イヤーでは、「(現在、着任している)社外取締役の能力」までは評価対象にしていません。さすがに、まだちょっと早いですよね。でも改革が徐々に進んでいって、何回か入れ替わりもあって、制度の運用が成熟してきたら、そういう評価軸も入れようという話になるかもしれない。

 改革の進捗とともに評価軸も変わっていく──。コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーのメッセージ性とは、そんなものにしていきたいと思っています。

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