新潟県、柏崎刈羽原発の6号機と7号機の再稼働が実施となりそうだ。原発の安全性を審査する原子力規制委員会は東京電力の小早川智明社長に福島第一原発の廃炉に取り組む「覚悟」などを確認し、事実上の「合格」を意味する審査書案の取りまとめに入った。9月20日の会合で小早川社長は「福島の復興や、福島第一原発の廃炉、賠償をやり遂げる」との宣言もした。しかし、福島の現状はなかなか伝わってこない。”防災の鬼”渡辺実氏は「今、福島で起こっていることを知れば、日本の未来を知ることになる」と語る。その真意を確かめるため、“チームぶら防”は再び福島に向かった。

 福島県いわき市小名浜にある環境水族館「アクアマリンふくしま」。同所で月に1回開催される「調べラボ」に参加するのが今回の主な目的だ。「調べラボ」と書いて「たべらぼ」と読む。東日本大震災による福島第一原発事故の後、2013年11月から福島で採れる海産物の放射線を調べる取り組み「うみラボ」を始めた。「調べラボ」はその一環だ。

 訪れたのは台風18号が列島を襲った日だった。横なぐりの雨がふきつける中、「調べラボ」は予定通り開催された。

「福島では事故後から地元の漁協を窓口にして、試験操業が行われています。採れた魚の線量も計測している。ただ、今回お邪魔する『調べラボ』は自治体などの公の機関ではなく、民間団体である『いわき海洋調べ隊 うみラボ』の皆さんが、公益福祉法人ふくしま海洋科学館の協力を得て行っているものです」(渡辺氏)

 月1回のイベントは毎回大盛況。我々がうかがった日も嵐などものともせず、多くのお客さんが集まった。

 会場の「アクアマリンふくしま」は、福島の海に生息する魚や動植物を展示する大迫力の水族館だ。

「震災5カ月後にここへ伺いましたが、津波の被害を受けて休館していました」(渡辺氏)

 イベントスタートの午前10時半近くになると、駐車場は一杯になった。他県からのナンバーも目立つ。

 用意された部屋には大きな流し台シンクと調理台があり、日本料亭で使われるようなまな板と包丁が置かれている。ここで魚を調理し、放射線量が計測されるのだ。

 机の周りに椅子が用意され、一度に30人ほどが座れる「試食テーブル」が完成。10時半になると、調理、計測、解説の三役をこなすアクアマリン緑の水族館環境研究所チームリーダーで獣医師の富原聖一氏が登場した。

調理の腕前は玄人はだしの富原聖一氏
調理の腕前は玄人はだしの富原聖一氏

調理された魚はまず計測器に

 パットの中の巨大なヒラメをまな板に移す。

「福島第一原発の沖、10キロメートルほどの場所で採れたヒラメです。大きいですね。9歳か10歳くらいの個体です。それではさばいていきましょう」(富原氏)

福島第一原発沖10キロの海域で採れたヒラメ
福島第一原発沖10キロの海域で採れたヒラメ

 富原氏の腕前は玄人はだし。「普通の魚は3枚におろすんですけど、ヒラメは5枚」と手際よくさばいていく。ヒラメ、カレイは表面を2枚におろし、同じように裏面を2枚にする。真ん中に残るのが背骨の部分だ。だから5枚おろしとなる。

 調理台の周りに集まる参加者たちは福島県外から訪れたという方も多い。小学生くらいの子供を伴う家族連れも目立つ。

 福島県郡山市から来た30歳代のお父さんに聞いた。

「福島の魚は美味しいのに、原発事故後6年半経過しても地のものはなかなか全国に流通しません。おかげで県民である私達もなんとなく敬遠してしまいがちなんです。今日はそんな気持ちを解消するために親子で参加しました」

 富原さんの手によって5枚におろされたヒラメの身。これを食べるのではない。すりつぶして計測器に入れる。

「計測にかかる時間はちょうど1時間です。その間に事前に作っておいたマトウダイのカルパッチョを食べていただきます。事前に検査した安全な魚なので安心して召し上がってください」(富原氏)

 ”防災の鬼”渡辺実氏も試食。

「身がコリコリしていて美味しいね。とっても新鮮で素直な味の白身です」(渡辺氏)

マトウダイのカルパッチョを食べる渡辺氏
マトウダイのカルパッチョを食べる渡辺氏

 そうこうしているうちにヒラメの計測が終わった。

「結果はセシウム137が1キログラムあたり6.30ベクレルです。まぁこんなところでしょうね」(富原氏)

まったくもって魚は安全

 と言われても素人にはピンとこない。渡辺氏の解説を聞こう。

「厚労省などの説明では一度に被曝する線量が100ミリシーベルト以下であれば、ガンで亡くなるなどの放射線とリスクの関係は報告されていません。だから100ミリシーベルトを一応の基準にしています」(渡辺氏)

放射性物質計測機器 赤い蓋を開けてこの中に魚のすり身を入れる
放射性物質計測機器 赤い蓋を開けてこの中に魚のすり身を入れる

「成人男性の場合、8万ベクレルの線量を一度に体内に入れると、内部被曝が1ミリシーベルトになると言われています。つまり仮に1キログラムあたり100ベクレルの魚がいたとして……そんなの我々が捕まえることができる場所にはいませんけど、もしそういう魚がいたとして、この魚の刺し身80トンを一気に食べたら100ミリシーベルトの内部被曝です」(富原氏)

 つまり今回検査したヒラメが1キログラムあたり6.30ベクレルだから、その130万倍弱を一気に食べると100ミリシーベルトの内部被曝となる計算だ。福島の海で採れる今の魚は、まったくもって安全なのである。

「このサイズのヒラメは生後9年から10年といったところでしょう。つまり震災の前に生まれている。震災直後の2011年4月1日から6日にかけてすごい量の汚染水が福島の海に流されました。その水に晒された可能性があるので、1キログラムあたり6.30ベクレルという数字が出ていますが、例えば2~3歳の魚だったら、つまり震災後年月が経過してから生まれた魚であればもっともっと低い数字になるでしょう」(富原氏)

 人間は、自然にある放射線から「呼吸により1.2ミリシーベルト」「食物から0.3ミリシーベルト」を体内に取り込んでいる。そうしたところからも、6.30ベクレルがいかに微量であるかがわかるだろう。

 「調べラボ」終了後、『いわき海洋調べ隊』の共同代表をつとめる小松理虔(りけん)氏に話を聞くことができた。

 小松氏の言葉からは原発事故以降の危機管理についての、行政のいびつな構造が見えてくる。キーワードは「日本の漁業の現状」「福島の漁業従事者への賠償」の2つだ。

「まず言いたいのは、今福島で起こっていることは日本のどの地域に起こってもおかしくないってことです」(小松氏)

 東日本大震災による津波などの影響で、福島第一、第二原子力発電所が破壊された。大量の汚染水が福島の海に垂れ流されたわけだが、その後の経緯について、当事地域に暮らす者以外、意識されることはほとんどない。つまり「よくわからない」のが現実だ。

 福島県では2013年6月に地元の漁師による試験操業が開始された。近海で採れた魚介類200程度を毎週検査し、安全が確認された魚種を随時、選定している。

「賠償金が終われば廃業すればいい」が問題

 2015年4月以降の調査で、基準値を超える魚は確認されていないことから、2017年3月の地元漁協の組合長会議において、出荷制限がかかる一部の魚種以外は安全であることが確認された。

 しかし、全国的には「福島の魚は危ない」と思い込んでいる消費者は少なくない。

いわき海洋調べ隊 うみラボ 共同代表の小松理虔氏
いわき海洋調べ隊 うみラボ 共同代表の小松理虔氏

「福島県以外では、漁業従事者でさえ、福島での出来事を他人事だと思っています。だって福島の魚が流通しなくても全国のユーザーは困らないでしょ。でも、問題はそういうことではない」(小松氏)

「福島で起こっていることは全国どの港でも起こる可能性があります。原発がなくたって漁ができなくなる事故はいくらでも起こりうるし、産業構造として日本の漁業の将来は厳しいものがある。そうした場合、どう行動すれば地域の漁業を維持継続していくことができるのか、福島で起きた出来事、そしてその後に起きている出来事にもっと目を向けるべきですね」(渡辺氏)

 ここで思い切ったように小松氏が口を開いた。

「福島県では、震災前から廃業寸前の漁師さんって実はけっこういたんです。高齢で跡取りもいない。船も古くなった。そこに3・11が襲った。原発事故のおかげで漁ができなくなった。かわりに『賠償金』が入ってくる。それがあるせいで『もう一度海へ出よう』という気が失せた漁師もいた」(小松氏)

「その構図は海だけじゃなくて畑や田んぼの農業にも林業にもありますね。ただ、福島の賠償金は2020年のオリンピックを目安にカットされるのではないか、と危惧する意見もある。安倍首相は東京オリンピックを誘致するときに、完全に『アンダーコントロール』だと言ってしまった。それなのに賠償金が発生するような『危険な場所』がいつまでも存在するとまずいわけです。だから全世界からお客さんがくる2020年がひとつの目安になる可能性がある。そうなれば福島の漁師さんも困るでしょ」(渡辺氏)

「もちろん困る人もたくさんいます。だけど『賠償金が終われば廃業すればいい』と考えている人も少なくないんです。これが福島の漁業の再生を遅らせているという側面もある」(小松氏)

「なるほど、これは全国的な問題ですね。福島は漁業再生のお手本になるべき」(渡辺氏)

「そうです、そしてお手本になることができる可能性もある。私達がやっている『うみラボ』もそのひとつ。民間の我々が調査することでより多くのデータを提供することにつながるし、事業者の意識を高めることにもなります」(小松氏)

「やっぱりオレはここが好きなんだ」の思い

 うみラボの調査に好意的な水産業関係者も多いそうだが、必ずしも一枚岩ではないようだ。

「通常の調査は漁協が窓口になります。我々の調査も正当な手続きを踏んでいますが、見え方は、市民の調査チームが独立してやっているように見えるはずです。そんななか、我々の調査で100ベクレルを超えるような結果が出てしまったら、『福島の海はどうなってるんだ』という問い合わせが漁協にも行くでしょうし、現場が混乱するという危惧があるのでしょう。そういうリスクがあるので、漁協側はうみラボの活動には全面的には賛成していないはずです」(小松氏)

 今回の取材では、地元の漁師さんから話を聞くこともできた。

 福島の漁業の再生を願っている石井宏和氏は、相馬双葉の漁協に所属する釣船の船長さんだ。彼は東日本大震災の巨大津波で当時1歳半の娘さんが行方不明になっている。

釣船・長栄丸の船長石井宏和氏
釣船・長栄丸の船長石井宏和氏

「発災の直後、海の近くにある自宅が心配で様子を見に行きました。家族みんなの安全を確認できたので、船を津波の危険から逃がすために沖に出したのです。ところが予想以上に大きな津波が娘と祖父の命を奪ってしまった。しばらくは船に触わることもできなかったけど、震災から少し経過して、調査漁などで船の操縦をしたとき、『やっぱりオレはここが好きなんだ』と改めて思ったんです」(石井氏)

 石井氏の釣船は今年の8月、ついに営業を再開した。

「お客さんはまだまだ少ないですが、それでもこれでやっていこうと思っています。大げさな言い方ですが、僕らの再生が、日本の漁業の未来を占うと思っているんです」(石井氏)

 取材を終え、雨に煙る福島の海を見て“防災の鬼”渡辺氏は次のように語った。

「原発事故から6年半、避難指示解除から半年が経過した今、福島の海や魚がどうなっているのか。報道も減少し、すっかり国民の関心が薄れている。しかし、福島の魚は危ないと多くの国民が思っているだろう。ほんとに危ないのか、どうなのか。ここアクアマリンふくしまでは、一般の方の参加を得て船を出して実際に福島沖で魚を捕っている(うみラボ)。そして一般の入場者の前でその魚の放射線量を計測して、安全を確認できた魚を食べてもらっている(調べラボ)。この『うみラボ』『調べラボ』が継続してやっている活動は、原発事故の評価を感覚的ではなくデータで示し、安全な福島の魚を食べるという行為で福島の海・魚の現状を情報発信し続け、国民へ語り続けている非常に重要な活動ですね。もっとメディアが感心を持つべきだと思う。

 さらに今回ここへ来てお話しを伺った、賠償金が漁業の復興を遅らせるという現実。その背景には日本の漁業がもつ現実的な課題へつながる大きな問題があるということ。いつも大災害は、被災地が持っている潜在的な地域の持っている課題を、一気に顕在化させるんだ。ただ、原発事故を起こしたんだから東電からの賠償金は絶対に必要なものだ。しかし支給の方法や期限、時期については福島の漁業の将来像をふまえ、一律ではなく地域性に着目して漁業の復興を超ドメスティックにもっと、もっと議論が必要だと痛感しましたね。

 全国各地の原発が再稼働の秒読みを始めている今、福島の海をもう一都真剣に見直す必要がありそうです」

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