日経ビジネス11月7日号では、特集「糖質制限パニック」を掲載している。特集内では、日本各地に広がる糖質制限のブームに伴い、自治体や企業などが大わらわとなる状況をレポートしている。糖質制限の本格的な拡大は、見方を変えると、実は1万年ぶりに起こった「食」の大転換とも言える。本誌特集では、こうした地殻変動に企業がどう備えるべきかを詳報した。同時に正しい糖質制限の方法などもまとめた。経営者などのエグゼクティブ層にも糖質制限が広がるのはなぜなのか。今回は、自ら糖質制限を実践し、健康診断であらゆる数値を改善させた伊藤忠商事の岡藤正広社長に、その理由と実践方法を聞いた。

糖質制限について語る伊藤忠商事の岡藤正広社長。糖質制限で体重を6kgも落としたという(撮影:柴田 謙司、ほかも同じ)
糖質制限について語る伊藤忠商事の岡藤正広社長。糖質制限で体重を6kgも落としたという(撮影:柴田 謙司、ほかも同じ)

糖質制限を実践する経営者が増えていると聞きます。

岡藤社長(以下、岡藤):最近、糖質制限をしている経営者が多くてね。突然痩せて、「どないした?」って聞いたら、糖質制限で絞ったって。

 経営者連中もみんな、年を取って体が悪くなってきている。昔みたいにエネルギーを使わないのに、感覚がまひして、酒と食事の量はどんどん増えていく。それもだらだら飲むし、その後でラーメンを食べたりして、それは体も悪くなるわ。

 ここで一線引かないとずるずると悪くなる。僕自身、そんなふうに思っていた時に、ライザップの瀬戸健社長と食事をしたんです。もともと、瀬戸社長は8年前に僕のところに来て、会ったことがあったんです。僕は記憶に残っていたから、「何をしているのかな」と頭に残っていた。瀬戸社長はうちの社員と親しくしていて、彼も「昔、岡藤社長と会ったけれど覚えておられるかな」と言っているという。「覚えているよ」ということで、食事に行くことになったんです。

 久しぶりに近況を聞いたら、ライザップを展開していると。「えーっ、さすがやな」と思いましたよ。それでライザップの話になって、「僕は筋トレとかできひんで」と言ったら、瀬戸社長は「必ず結果にコミットします」と。そう言われたらやるわな(笑)。それで今年1月末から本格的にライザップに通い、糖質制限を始めたんや。

 ライザップで大事なのは運動よりも食事療法で、その食事療法というのはいわゆる糖質制限なんです。これがやっぱり効くと思うんだよな。

糖質制限中は、どのような食生活を送っていたのでしょう。

岡藤:糖質制限の間は、炭水化物を控える代わりに、肉を食べていました。

 ある時、ホテルの会合で、うちの会長らと一緒に食事をしたんです。会長たちには松花堂弁当が出てきたけれど、僕の食事はなかなか出てこない。しばらく待っていたら、鉄板に肉がジューッと登場した。ホテルのスタッフは、僕が糖質制限していることなんか知らんから、「商社の社長はすごいな。昼からステーキ200gや」とびっくりしたと思うわ(笑)。

 

 普段は、昼は会社の食堂でサラダとみそ汁、豆腐とかをちょっとだけ。メーンディッシュを食べる時も、豚か鶏を選んで、ご飯はなし。これまでは日本酒とビールが好きだったけれど、それも一切やめてワインにしています。

 今でも朝や昼は炭水化物を食べないけれど、夜は、例えばふぐ雑炊を最後に少しだけ食べるとか、スパゲティだったら3種類のうち1種類だけ食べるとか、工夫をしています。ゴルフに行く時は朝は食べないと元気が出ない。そんな時はトーストを半分だけ食べたりしています。

 食事の順番や、食に対する思いも変わりました。野菜を先に食べるようにしているとか。糖質の低いふすまパンも食べているけれど、あの原料は小麦の外皮だから、やっぱり普通のパンと比べるとおいしくないんだよな。ただ、ふすまパンに変えてから逆に、日本のパンは本当にうまいんだと思うようになったよ。

 トースト半分をふわふわに焼いてバターをつけて食べるだけで、こんなにうまいものはないと感激するもん。今まで当たり前のように食べていたものが、「こんなにうまいんか」と実感できるようになって、食べる喜びを感じられるようになった。これはありがたいな。

血液検査の結果が激変

糖質制限を実践して、体調はどのように変わりましたか?

岡藤:去年11月に空腹時血糖値が140mg/dlぐらいあって、医者から食事療法をしなさいと言われた。それで「えらいこっちゃ」と1月末から糖質制限を始めたら、2月にはもうぽーんと下がって100mg/dl以下になった。空腹時血糖値の正常値が100mg/dl未満らしいから、あっという間に正常に戻ったわけだ。

 尿酸値や中性脂肪も下がったし、今でも酒を飲んでいるけど、ワインに変えたからでしょうか、γ-GTPは40IU/Lぐらい。正常値が10~50IU/Lで、それまでは80~90だったのが正常になって、体重も68kgから62kgまで減ったよ。これはもうびっくりするぐらい、考えられないぐらいみんなものすごくよくなった。

 今までいろいろな薬を飲んだけど、なかなか良くならなかった数値が一発で改善した。びっくりしたよ。これで一気に糖質制限のファンになった。極端にやったらいかんとは思うけどね。僕自身は、最初の2カ月ぐらいの間は炭水化物を完全にやめて、数値が良くなると、それからは炭水化物も多少は取らないといかんのと違うかな、と思っています。

糖質制限によって頭がクリアになるとか集中力が高まるとか、そういった変化はありましたか。

岡藤:糖質制限の効果が、リーダーとしての仕事にどんな影響を与えるのかは正直、分かりません。ただそれでも、健康に不安がない方が明るく働けるじゃないですか。社員だって、リーダーがはつらつとしている方がええでしょ。リーダーたる者、糖質制限ぐらいせな。

 もちろん社員だって健康な方がいい。そう思って今年6月には伊藤忠健康憲章を制定しました。社員一人ひとりが「健康力」に責任を持って、会社がその取り組みを支援すると決めたんです。

 みんな、きっかけがないとなかなか自分の健康を見直すことができません。それでだらだらと今まで通りの生活を続けて、どんどん数値が悪くなっていく。悪いと分かっていてもどう改善すべきか分からんしね。きっかけが大事だと思っています。

 その点、糖質制限は簡単に始められるし、お客さんとの会話の糸口にもなる。実際、僕は最近、会食で席についたら最初にライザップの話をするんです。みなさん興味津々で聞いてきますよ。やっぱり健康については共通の悩みを抱えていますから、会話も弾みます。

日本の食文化が変わる

糖質制限は、今後も続けていくのでしょうか。

岡藤:これから永久にやらないとあかんやろうな。この先ずっと今のような食事を続けながら、いろいろな数値を見ていかないとね。

 僕は今、朝と夜に体重を量っているです。いろんな数値が測定できるけれど、僕は体重だけ見て、常に62kg台をキープするようにしているんです。ちょっと気を許すとすぐに63kgぐらいになる。そうしたら翌日はまたちょっと気を遣ってやる。

 いつも気を配って努力していないと、どうしても人間は一度ゆるむとゆるみっぱなしになる。だから常に気をつける。そういう意味ではこの先、大量に糖質を食べることはないと思います。

 「あれを食べたらいかん、これを食べたらいかん」と総カロリーを抑制すれば、ストレスがたまる。ご飯は何グラムとか、豆腐だけにせえとか。けれど糖質制限は主に炭水化物を食べないだけでいい。それも2カ月間徹底して守ったら、それからは適量の炭水化物が食べられるわけです。これまでのダイエットとは全く別物で、僕も全然きつくなかった。誰でもできるし、誰でもやるようになるやろな。

岡藤社長のような方が増えると、日本の企業も変わらなくてはならないでしょうね。

岡藤:最近ではライバルのローソンが、糖質制限用の食品に力を入れてますわな。知り合いの経営者なんかは、普段から糖質制限パンが豊富にあるローソンの店舗を調べといて、毎日仕事の帰りに社用車から降りてわざわざ買って帰るらしいわ。これからはそういうことが当たり前の時代になるだろうね。

 うちのグループ会社のファミリーマートも、11月下旬からライザップと一緒に開発した、糖質を抑えたパンやデザートを売るんですよ。

日本の食文化そのものも大きく変わりそうです。

岡藤:僕は絶対に変わると思うよ。僕なんか、そばが大好きやったけど、糖質を気にしてもう一切食べてない。不思議やけど、前みたいに食べたいともあんまり思わんなったな。

 同じように、みんなも糖質に気を配るようになったら、糖質が大量に含まれる商品は、当たり前のように売れなくなる。その代わり、糖質制限向けの食品やサービスの需要が高まっていく。だから糖質制限のマーケットは、これからもっと大きくなるよ。本気で対応していかないかんと思うよ。

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