■国家政策の前に「住民の選択余地なし」

 AFPは、北京まで1264キロの送水路の起点となる丹江口(Danjiangkou)の拡大された貯水池に沈んだ4村の元住民たちを取材した。ここでは「移転先では働き口がない。土地は前よりも小さい」「引っ越す前の方が収入が良かった」という苦情を方々で耳にした。

 これらの村があった河南省南陽(Nanyang)市の移転局はAFPに対し、転居者全員に少なくとも700平方メートルの肥沃な土地と、年間600元(約1万1500円)の給付金を20年間にわたって受け取る権利が付与されたと説明している。だが、取材をした多くの人々が給付金など受け取っていないと述べ、腐敗がはびこっていると指摘した。転居者の一人、リャン・キンフェンさん(40)は「中央政府の政策は悪くないが、実際にはその通りに施行されていない」と批判した。

 南水北調について調査する研究者たちは、この巨大事業のために移転させられた人々は、中国の中央集権政治の犠牲者だと指摘している。

「丹江口貯水池周辺の街や集落は、北京周辺の首都圏に比べ、政治的にも経済的にも重要度が低い」ため、移転を強いられた住民たちに「選択の余地は与えられなかった」というのは、米カリフォルニア大学(University of California)のクロウ・ミラー(Crow Miller)助教(地理学)だ。

 米ハーバード大学(Harvard University)ケネディ行政大学院(Kennedy School of Government、ケネディスクール)のスコット・ムーア(Scott Moore)氏は、巨大事業の計画管理では「住民の意見聴取という面で毛沢東時代からさほど変化していないことがしめされた」と転出者たちの窮状をめぐって指摘した。

 元の村からほど近いところにできた数少ない集落に移動した71歳の女性は、青々とした貯水池を眺めながら次のように語った。「先祖はあそこに埋まっているのだから、私たちは皆、寂しい思いをしている。大事な祭りのときにはあそこへ戻らなければならない。でも、国の政策なのだから、私たちの満足など関係ない」と語った。(c)AFP/Tom HANCOCK