広告業界にはディスレクシア(読み書き障害)を抱えている人が非常に多いようだ。「ほかのクリエイティブ業界と同様に、広告業界も学習障害をもった人で溢れている」と、サーチ&サーチ(Saatchi & Saatchi)の元クリエイティブチーフで、彼自身もディスレクシアであるクリス・アーノルド氏は語る。
リッチ・シルバースタイン氏は、成長の過程で大変な時期を経験した。広告エージェンシーのグッドバイ・シルバースタイン&パートナーズ(Goodby Silverstein & Partners)で共同議長とパートナーを務める、広告業界のレジェンドの中学・高校時代は困難の連続であった。先生は彼を「能無し」や「怠け者」と呼んだ。彼は成績不振児が集まるクラスに割り当てられた。「それがどんなに恐ろしいものだったか、よく覚えている」と、彼は語る。「モノを思い描く能力には自信があったが、それと比べると読み書きは上手にはできなかった」。
ニューヨークのヨークタウン・ハイツにあるホームセンターで得た最初の仕事では、ネジの(大きさや形状の)違いが分からず、間違った器具をみんなに提供していた。デザイン系の学校に自分の居場所を見つけたあとも、5年間はグラフィックデザインやエージェンシーの仕事を転々としていた。言葉は彼を困惑させた。
全米で4000万人存在するディスレクシア(読み書きの能力の発達を妨げる神経障害)患者のひとりに違いないということに、シルバースタイン氏自身が気が付いたのは、もっとあとになってからだった。
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さらに、広告業界にはディスレクシアを抱えている人が非常に多いようだ。「ほかのクリエイティブ業界と同様に、広告業界も学習障害をもった人で溢れている」と、サーチ&サーチ(Saatchi & Saatchi)の元クリエイティブチーフで、彼自身もディスレクシアであるクリス・アーノルド氏は語る。アーノルド氏は現在、ザ・ガレージ(The Garage)という自身のショップを経営している。「私の会社のクリエイティブ部門の社員の半数は、ディスレクシアを抱えている」。
「人とは異なる脳内配線」
広告業界内のディスレクシアに関する統計や研究はいまだない一方で、ディスレクシアや自閉症を引き起こす脳内の異常は、クリエィテビティや芸術的なスキル、そして物ごとを異なる手段で可視化する能力の向上に繋がる、という研究結果がでている。たとえば、精神科医のガイル・ソルツ氏は、彼女の著書『相違の力:障害と天才の繋がり(The Power of Different: The Link Between Disorder and Genius)』で、ディスレクシアを抱える人は、突出した視覚・空間関連の才能をもっている、と書いている(また、ディスレクシアを抱える著名なビジネスリーダーとしてApple創設者のスティーブ・ジョブズ、ヴァージン・グループ創設者のリチャード・ブランソンが挙げられている)。
シルバースタイン氏にとって、成功の鍵は物ごとを視覚的に考えることだった。正式な診断結果を受けたわけではないが、自身の能力はディスレクシアがもたらしたものであり、シルバースタイン氏が「言葉の使い方に優れている」と表現する、共同創設者兼パートナーのジェフ・グッドバイ氏との長年にわたる協働関係にも大きく寄与していると信じている。シルバーステイン氏は、これらの言葉を芸術的な表現に置き換える。
「私の頭のなかの配線は少し人とは違うだけだ。私が行うことのすべては直感的で視覚的だ」と、彼は語る。「私の脳は極端に視覚的で、瞬時にアイデアを視覚化できる」。
同様に、自閉スペクトラム症を抱える人々は、大きな障害を抱えているにもかかわらず、クリエイティブな問題に対してユニークな答えを思いつくタイプの人が非常に多い。DDB ニューヨーク(DDB New York)でクリエイティブテクノロジーオフィサーを務めるアレクザンダー・リア氏がまだ成長中なんだといったように、彼らは社会的には扱いにくいタイプかも知れないが、この病気はある特定の強みを得るのに一役買っている。たとえば、リア氏は、細部に対する鋭い目と、目の前の作業に対して脅威的な集中力を発揮する能力をもっていて、コーディングやプロトタイピングといった作業に役立っていると語る。
「私たちの不可思議な性質や構造のおかげで、人とは異なった方法で物事に集中することができる」と、30代で自閉症と診断されたリア氏は語る。「いま思えば、自閉症は私をテレビゲームやパソコンにのめり込ませ、いま私が進んでいるキャリアの道に導いてくれたのだ」。
アーノルド氏によると、昔ながらの教育の線形的な構造が、ディスレクシアを抱える人々をクリエイティブ方面に傾倒しやすくする要因だという。決められたカリキュラムを上手にこなせない者が芸術に引き寄せられるのは当然のことだ。これがアーノルド氏が、広告業界にディスレクシアや自閉症を抱える人が多いと感じる理由のひとつかもしれない。
「線形的なシステムは、非線形な人々を芸術面で秀でさせる」と、アーノルド氏は語る。「彼らは、型にハマったことを上手くこなすことが苦手なため、彼ら自身の得意分野を探すことを余儀なくされる」。
多くの会社重役が広告業界に身を置くことになったもっとも大きな要因は、おそらくその業界の特質にある。広告業界は、人とは異なる考え方や表現を求める傾向があり、これは直線的な考え方に従うことをしない人々にとって魅力的だと、自身もディスレクシアを持ち、サンフランシスコに拠点を置くクリエイティブショップ、ジャーショニー(Gershoni)の共同設立者兼クリエイティブディレクターを務めるジル・ジャーショニー氏は語る。
ディスレクシアを抱える人は、物ごとをさまざまな方向な角度から同時に見て、複雑な概念を素早く考慮することができる」と、ジャーショニー氏は語る。「ブランドが革新的な発想を求めるコミュニケーションの世界では、これはとてつもなく大きな財産となる」。
幼少期にこれらの障害によって苦労してきた人々が、いまは彼らが抱えているディスレクシアや自閉症を価値ある財産として見ていることは不思議ではない。「自閉症を自分の『スーパーパワー』だと思っている」と、リア氏は語る。「進化論でいえば、我々は未来、定型発達した人(精神医学的な健常者)は過去かもしれないー『エックスメン』(X-Men)のように」。
偏見を乗り越える
これまで、学習障害や発達障害に関わる偏見は数多く見られてきた。ヒュージ(Huge)のCFO、ラジ・シンハル氏にとっては、彼が11歳の頃に中学校に入学するには知性では不十分であるといわれたことが、それに該当する。
「私はとても苦労したし、ある意味ではいまもそうだが、ひたすら働くことでそれを乗り越えることができた」と、シンハル氏は語る。「学習障害や発達障害への偏見は、以前とは比べ物にならないほど減った」。
状況が変わった要因として、学習障害を持った人々に関する研究がその神話を覆しただけでなく、オートノミーワークス(AutonomyWorks)やウルトラテスティング(Ultra Testing)といった、自閉症を抱える成人に適した仕事を斡旋する会社の企業努力がある。
たとえばウルトラテスティングは、 人間の(特に障害者の)脳の多様性を大事に考えている会社で、全社員の75%が自閉スペクトラム症を抱えている。社員は、ドローガ5(Droga5)やレイザーフィッシュ(Razorfish)、またビッグスペースシップ(Big Spaceship)など、広範囲にわたるエージェンシー向けに、ブラウザやWebサイト、そしてeコマースのプラットフォーム上で動作する新しいアプリのテストを行っている。ウルトラテスティングは雇用にあたり、自閉症を抱える人々に新たなスキルを教えるというよりは、彼らがすでに持っている能力を活用する方針をとっている。
またウルトラテスティングは、会社の使命を社外向けに宣伝する活動も行っている。最近ではエージェンシーのトライバル・ニューヨーク(Tribal New York)とパートナーシップを結び、「ディファレントベター」(DifferentBetter)というキャンペーンを立ち上げた。これは、自閉スペクトラム症を抱える人々がもつ才能、ユニークで価値のある能力やスキルセットにスポットを当てたものだ。自閉症啓発月間に合わせて立ち上げたこのキャンペーンは、人々の自閉症に対する考え方が「障害を抱えている」から「それに起因する能力に感謝する」ように変わっていくことを狙いとしている。
このキャンペーンは、自閉症の人の多くが持っている、それぞれの強みがハイライトされたゲームを体験するというものだ。サイト(DifferentBetter.us)を訪れた人は、プレイヤーの認識、論理や視点が試されるような課題を解決することになるが、実在の自閉症をもった個人が、このゲームの成功の指標として利用されている。それぞれの課題の最後では、ウルトラテスティングのチームメンバーが、考え方の違いがもつ利点や、彼ら自身の問題解決に対するアプローチを話してくれる。
エージェンシーも、片隅でひっそりとではあるが、この動きに貢献しはじめている。2017年、ジャーショニー氏はSXSW (サウス・バイ・サウスウエスト:アメリカで毎年3月に行われる音楽祭、映画祭などを組み合わせた大規模イベント)で、デザインに関わる問題をユニークな手法で解決するために、ディスレクシアを抱える人がもつ素晴らしい能力をどのように結びつけるか、という内容のパネルディスカッションを催した。また、2016年にザ・ガレージが出した「人とは異なる考え方を持った社員が必要なため、応募者の規定として、ディスレクシアをもっている必要がある」という内容の求人広告は物議を呼んだ。この広告のキャッチコピーは「必要としているのはユニークな心をもった人なので、応募が可能なのはディスレクシアをもった(スティーブのような)人だけ」というものであった。
「いまの会社は、革新が成功の鍵であることを知っていて、それにはディスレクシアを抱えた人が大きく貢献する、ということを否定することはできない」と、アーノルド氏は語る。「私はディスレクシアをさらにもっと一般的なものとしたかったし、すべての重役会議室には、ディスレクシアを抱えた人がいるべきだと強く信じている」。
才能と多様性は、広告業界が抱えるもっとも大きな問題のうちのふたつになっている。エージェンシーが多彩な労働力を得ようと必死になっているなかで、このような候補者を受け入れることは理にかなっているとリア氏は語る。
「定型発達した人だけが才能をもっているわけではない」と、リア氏は語る。「こうした才能を発掘できるインフラがあるならば、それは素晴らしいことだ」。