あまりに対照的な点と点がつながろうとしている。

 3月31日、米テスラ・モーターズのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は米カリフォルニア州で新型量産電気自動車(EV)「モデル3」を発表した。発表後の1週間で32万5000台以上の予約があり、2015年のテスラの販売台数の6倍以上になっている。

 2017年末という発売時期がポイントの1つだ。カリフォルニア州は自動車各社に一定割合の排ガスゼロ車の販売を義務付けるZEV規制を2018年から強化するため、テスラのEV販売の追い風になりそうだ。ZEV規制とギガファクトリーについては筆者の2014年3月10日号の記事を参照していただきたい。

テスラの新型車「モデル3」。1回の充電あたりの航続距離は215マイル(約345キロメートル)以上だ
テスラの新型車「モデル3」。1回の充電あたりの航続距離は215マイル(約345キロメートル)以上だ

 2014年9月の日経ビジネスのインタビューでイーロン・マスクCEOは「モデル3の開発費用を賄うためには、(高級車の)モデルSと(SUVの)モデルXの成功がすごく重要だ」と語っている。そのモデルSとモデルXの拡販に不可欠になる工場が、東京電力・福島第一原子力発電所の事故の被災地にある。

48人を福島県内で新規採用

 3月24日。筆者は福島県のいわき駅からバスで福島県楢葉町に向かった。住友金属鉱山が同町に建設した電池部材工場の竣工式を取材するためだ。同工場ではテスラのEV向けリチウムイオン電池の正極材を生産する。

 寒空の下、除染で取り除いた表土や草木を入れた黒い袋をあちこちで目にする。1時間ほど幹線道路を北上していくと、楢葉南工場団地の看板が見える。交差点を右に曲がれば原発事故の作業拠点であるJヴィレッジで、左が楢葉南工業団地だ。

 楢葉町は昨年9月に避難指示が解除されたが、住民帰還は1割に満たない。もちろん、工場団地に戻る企業もほとんどない。訪れた時は、辺り一帯が静まりかえっていた。

 奥に進んでいくと、一角にだけ真新しい工場がある。それが住友鉱山の電池部材工場だ。

 国や福島県の期待は大きい。竣工式には電池部材の供給先であるパナソニック幹部のほか、経済産業副大臣や復興副大臣、福島県副知事、楢葉町長などが出席した。

 特に楢葉町の思いはひと際強い。働く場所がなければ、住民帰還もままならないからだ。住友鉱山は新工場の立ち上げに伴い、58人の従業員を確保した。そのうち48人を福島県内で新規採用した。

 楢葉町の松本幸英町長は「新工場は復興、町の発展に貢献してもらえる。メイドイン楢葉の高品質製品が世界中で使用されることを願う」と話した。

全町避難が解除されたばかりの福島県楢葉町に建設された住友金属鉱山の電池部材工場
全町避難が解除されたばかりの福島県楢葉町に建設された住友金属鉱山の電池部材工場

福島県楢葉町で量販EVの電池部材の生産も

 世界屈指の起業家が集うシリコンバレーと、原発事故の放射線汚染で全町避難が解除されたばかりの福島県楢葉町。この対照的な二つの点を結びつけたのはEVだ。

 テスラはEV「モデルS」と「モデルX」の販売台数を伸ばしており、パナソニックに電池の増産を要請。パナソニックに正極材を供給する住友鉱山は、その要請に応える形で楢葉工場を立ち上げた。

 実は住友金属鉱山の電池部材工場は既に建物だけが出来上がっていた。震災のわずか2日前の3月9日に日本化学産業が完成させていた。原発事故で稼働ができなくなり、休眠状態の工場を住友鉱山が活用した。

 もともと建物があったため、住友鉱山の角谷博樹執行役員は「ゼロから工場を作るより、立ち上げを1年ほど短縮できた」と語る。

楢葉工場の竣工式には、パナソニック幹部のほか、経済産業副大臣や復興副大臣、福島県副知事、楢葉町長などが出席した
楢葉工場の竣工式には、パナソニック幹部のほか、経済産業副大臣や復興副大臣、福島県副知事、楢葉町長などが出席した

 テスラのモデル3は住友鉱山の楢葉工場にどのような影響を及ぼすのか。

 モデル3の価格は3万5000ドル(385万円)からと、1000万円近いモデルSに比べて大幅に安い。これまではEVの年間生産台数が5万台程度だったのに対して、モデル3は年間50万台生産する予定だ。

 増産とコストダウンの鍵はリチウムイオン電池が握っており、パナソニックは既にテスラが米ネバダ州に建設する巨大電池工場への進出を決めている。

 住友鉱山はまだ意思決定していないが、楢葉工場にはスペースが余っており、追加投資する余地がある。しかもモデル3は販売台数が従来に比べて桁違いに多いため、増産で楢葉工場はさらに活気づく可能性がある。

 テスラのマスクCEO自身にも福島との縁がある。

 同CEOは震災後の2011年7月にマスクCEOは福島県相馬市を訪れた。太陽電池を相馬市に寄贈するためだ。マスクCEOは相馬市の立谷秀清市長に太陽電池を手渡し、「今回の原発事故はソーラーパワーの重要性を全世界に知らしめた」と語っている。

 余談になるが、テスラから福島につながる線はフィリピンまでつながっている。住友鉱山がフィリピン南西部のパラワン島でニッケルの原料を生産しているからだ。

住友金属鉱山はフィリピン南西部のパラワン島でニッケルの中間製品を生産している
住友金属鉱山はフィリピン南西部のパラワン島でニッケルの中間製品を生産している

 もしニッケルの調達に支障があれば、テスラはEVを生産できない恐れがある。そのため住友鉱山がニッケルの原料を外部から買い付けるのではなく、自ら生産している点もテスラが評価している点だ。

 筆者は2008年に同地を訪れた。フィリピンの首都マニアから西部のパラワン州都まで飛行機で1時間。そこから軽飛行機に乗り換え、1時間ほどすると、濃い緑色のジャングルが途切れ、赤褐色の地表が眼下に広がってくる。

 一見すると単なる泥のようだが、住友鉱山は独自の精錬技術によって、これをニッケルの中間製品に生まれ変わらせている。

 これを日本に輸出し、愛媛県の新居浜工場でニッケル製品に仕上げ、リチウムイオン電池の正極材の原料にするのだ。

安倍首相はテスラのEVをバックに被災者を激励

 住友鉱山の楢葉工場には安倍晋三首相も期待を寄せる。

 3月5日に同工場を見学し、テスラのモデルSをバックに福島出身の従業員を激励した。

 安倍首相とテスラのマスクCEOにも縁がある。2014年9月にはマスクCEOが首相官邸に安倍首相を訪ねた。その逆に、2015年4月には安倍首相が米シリコンバレーを訪問し、マスクCEOが運転するモデルSに同乗し、交流した。

 その安倍首相は官民による「福島新エネ社会構想実現会議」を設置し、福島を再エネ関連の産業で復興させる考えだ。3月27日には福島市内で初会合が開かれた。構想は「水素社会実現のモデル構築」「再エネの導入拡大」「スマートコミュニティーの創出」が3本柱になっている。

 エネルギーの革新的な技術や製品は、シリコンバレーなど海外で勃興しつつある。テスラのような外資の力を取り込むことも、震災復興の1つのポイントになりそうだ。

■変更履歴
記事の冒頭で「新型量産電気自動車(EV)「モデルS」を発表した」とありましたのは、正しくは「新型量産電気自動車(EV)「モデル3」を発表した」です。 お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/04/19 20:00]
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