日経ビジネス2016年11月28日号
日経ビジネス2016年11月28日号

 長らく実店舗(リアル)に根ざして来た小売業は変革を求められている。ビジネス構造を「本当の」オムニチャネルへと大転換する変革だ。小売業がネット通販を手がけ、複数の販路を築くだけでは「マルチチャネル」止まり。複数のチャネルで同一の顧客情報や商品・在庫情報を共有できて、初めてオムニチャネルと言える。

 リアルとネット通販の境界が溶けたビジネス構造へと変革すると何ができるのか。日経ビジネス2016年11月28日号特集「本当のオムニチャネル セブン、丸井、アマゾンの挑戦」では、奮闘する小売りの最前線を追った。オンライン連載の第2回では、苦悩しながらもオムニ戦略の確立に向けて模索を続ける、セブン&アイ・ホールディングスと、傘下のセブンイレブン加盟店の取り組みを紹介する。

 伸び悩む利用実績、加盟店から聞こえる冷めた声——。セブン&アイ・ホールディングスが、ネットと実店舗の融合を目指した「オムニセブン」。2015年11月の立ち上げから1年が経つが、いまも産みの苦しみが続いている。井阪隆一社長は2016年10月の記者会見で、オムニセブンについて「失敗」と表現。抜本的な見直しの上、再出発する意向を示した。

 セブン&アイが今後、オムニチャネル戦略の軸に据えるのは「リアル」だ。井阪社長は従来のオムニセブンがうまくいかなかった要因のひとつに「ネット通販を中心に据えていた」ことを挙げた。今後はセブン&アイ傘下のコンビニ、スーパー、百貨店などを訪れる1日2200万人という顧客資産をいかに生かしていくかを最優先に考えて、サービスを組み立てる考えだ。

 この点は、前進ではある。単なるネット通販なら、サイトの使い勝手や品揃えで先行したアマゾンや楽天市場が立ちはだかるからだ。一方で「ネット通販とリアルの組み合わせ」であれば、セブンイレブンには全国1万9000を超える店舗網があり、何よりの武器になる。では、「組み合わせ」あるいは「融合」とは一体何なのだろうか。もっとも分かりやすい組み合わせは、ネットで注文した商品を店舗で受け取ることだ。

 共働き世帯が増えたことにより、昼間は留守の多い世帯が多くなっている。独身女性では、玄関口までの配送をためらうケースもあるだろう。「ネットで頼んで、自宅まで配送」というこれまでのネット通販のありかたに加え、オムニセブンのように「幅広い商品を、自宅近くのコンビニで受け取れる」というサービスには、潜在的な需要が必ずある。

 この事実を証明する事例が、九州にある。

店舗がオムニセブンの利便性アピール

 戦前、国内屈指の石炭の産出地として知られた筑豊地方。麻生太郎副総理の地元としても知られるこの地で、セブン−イレブン・ジャパン本部も驚くほどの成果をあげた加盟店がある。かつて石炭の積み出し港として繁栄した北九州市若松区にある、セブンイレブン若松古前店、若松今光店だ。

 その成果とは、通常コンビニでは取り扱いのないフライパンを、数週間で約45個売ったというもの。今年の3月中旬から4月初めにかけて、若松古前店で15個、若松今光店では30個を売った。取り組みの武器となったのがオムニセブンだった。

 「実店舗で棚に並べられる商品はせいぜい約2900アイテム。オムニセブンなら、何千倍の商品が取り扱い品目に加わる。これはチャンスだと思った」。両店を経営する松島啓時オーナー(39)はそう語る。オムニセブンは認知度が低く、販売や受け取りが伸び悩んでいた。そこで松島オーナーは、お客を待つのではなく、店舗から積極的に利用を呼びかけることにした。

店頭を訪れた顧客に対し、積極的にオムニセブンの存在をアピールしている(セブンイレブン若松古前店、撮影:飯山 翔三)
店頭を訪れた顧客に対し、積極的にオムニセブンの存在をアピールしている(セブンイレブン若松古前店、撮影:飯山 翔三)

 オムニセブンを知ってもらうには、実店舗だけでは実現できない便利さを感じてもらえばいい。まずはコンビニの棚には並んでいない商品を買ってもらうのがいいだろう——。

 そう考えた松島オーナーが、重点的に売り出すと決めたのがフライパンだ。フライパンならどんな家庭でも必ず持っている。ただ買い換えどきがわかりづらく、古くなって不便なまま使い続けている世帯も多い。セブンイレブンでは「フライパンだけでおかず一品が完成する」と謳うPB(プライベートブランド)調味料の販売に力を入れている。フライパンなら、こうしたコンビニ取り扱い商品との相乗効果も見込めた。

コンビニでフライパン300種類取り扱い

 松島オーナーが調べると、オムニセブンで買えるフライパンは、セブン&アイ傘下のスーパーや百貨店、専門店の取り扱う商品で、合計300種類を超えた。松島氏は焦げ付きなどを防ぐコーティング加工の特徴や違いを調べ、独自のマニュアルを作成。接客アイデアとあわせてアルバイト・パートの従業員とも共有した。

 このマニュアルを活用したことで、店舗での接客時には、家族構成や普段の料理スタイルなど、お客にあったフライパンを提案できるようになった。売り場には料理雑誌と並べてフライパンの現物を展示するなど、フェアの雰囲気を演出するのにも力を尽くした。

レジ横に「イトーヨーカドー 春のフライパンフェア」と書くなどして、雰囲気を盛り上げた
レジ横に「イトーヨーカドー 春のフライパンフェア」と書くなどして、雰囲気を盛り上げた

 その結果が「数週間で45個」という成果だ。お客からは「セブンイレブンでフライパンが買えるの?」との驚きの声もあがったという。オムニセブンを知らなかったお客が初めてオムニセブンについて知り、便利さを実感してもらえた形だ。

 ただ、松島オーナーのような取り組みを、1万9000を超える全国のセブンイレブン店舗であまねく実施できるわけではない。

 コンビニの加盟店オーナーは、商品の発注作業など日々の業務に追われ、忙殺されている。大阪府のあるセブンイレブン加盟店オーナーは「最近は府が定める最低賃金の上昇により、アルバイト・パート社員の募集もままならない。それなのにコンビニの取り扱いサービスや商品は増える一方。通常の業務だけでも悲鳴をあげているなか、正直オムニどころじゃない」と打ち明ける。

店頭に貼られたオムニセブンのポスター。今後どのように軌道修正させていくのか(セブンイレブン若松古前店、撮影:飯山 翔三)
店頭に貼られたオムニセブンのポスター。今後どのように軌道修正させていくのか(セブンイレブン若松古前店、撮影:飯山 翔三)

 11月28日号の特集でも指摘したように、オムニチャネルの本質は、顧客や商品の情報をネット・店舗の垣根なく一括管理することにある。これさえ出来ていれば、消費者は店舗を訪れようがネット通販にアクセスしようが、同一の情報をもとに、自分にあった商品の推奨を受けたり、キャンペーン情報を入手したりできる。

 つまり松島オーナーのように手間暇をかけなくても、最低限の労力で効果的な情報提供やキャンペーン展開が可能になる。それこそがセブン&アイにとっての「本当のオムニチャネル」であるはずだ。ところが、セブン&アイは現時点で、店舗を訪れた顧客やその購買データについて、ネット通販の顧客情報とほとんど連携できていない。互いの顔を見ながら接客できるのも、確かにリアルの強みのひとつではあるが、オムニと銘打って「次世代」の小売り形態と言うならば、デジタル技術を有効に使う形でなければならないだろう。

 コンビニ受け取りは、オムニチャネルという大きな小売り革命の、あまたある側面のひとつに過ぎない。それに「ネットで買う→コンビニ受け取り」だけなら、すでにアマゾンや楽天市場がローソンやファミリーマートと提携し、実現させている。

カリスマ不在という難路

 松島オーナーはオムニセブンへの取り組みを決めた理由として「鈴木会長が『これからはオムニ』とおっしゃるので、自分も何か協力できないかと考えた」と話す。「うちの店は、酒屋を営んでいた両親が1982年に看板を替え、それからずっとセブンイレブンとして歩んできました。当時は知名度の低かったセブンイレブンをここまでの巨大チェーンに育ててくれたのは鈴木会長。オムニセブンにも全力で取り組むのは自然なことでした」

 鈴木会長というのは、現在のセブン&アイを築き上げたカリスマ、鈴木敏文名誉顧問(前会長)のことだ。オムニセブンを強力に推し進めた張本人である。セブン−イレブン・ジャパン社長だった井阪氏の人事をめぐる社内の混乱から2016年5月、セブン&アイの会長職から退いたが、いまでも「会長」と呼ぶ関係者は少なくない。

 これまでのセブン&アイのオムニチャネル戦略は、鈴木氏という個人のカリスマ性によって巨大な流通グループを動員してきた面が大きい。今後は、鈴木氏のようなカリスマ不在の中で、消費者にとって魅力あるサービスを開発し、同時にグループ各社、そして加盟店にも、より納得感のある事業モデルを組み立てる必要がある。「リアル店舗の雄」が取り組むオムニチャネルは、どうしても全ての小売業者からの注目を浴びることになる。消費者からも同業者からも集まる期待に、セブン&アイは応えることが出来るだろうか。

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