仕事やプライベートの時間をやりくりするために、真っ先に削ってしまうのが「睡眠」ではないだろうか。また、年齢とともに、眠りが浅くなったり、目覚めが悪くなったりする人も多いに違いない。もう眠りで悩まないための、ぐっすり睡眠術をお届けしよう。

 学生時代、試験前はいつも一夜漬けだったという人も多いだろう。若さもあって、瞬発力でどうにか切り抜けたものの、試験が終わったら、せっかく寝ずに覚えた内容もほとんど忘れていた…なんて経験はないだろうか。学生時代はこんなその場限りの学習でなんとかなっても、いざ仕事となると付け焼刃で対処できるものは限られ、積み重ねた経験やスキルがものを言う場面が多くなる。だいいち、年齢とともに寝ずにがんばること自体が難しくなる。では、学んだことをしっかり頭に定着させるにはどうしたらいいのか。

寝る1~2時間前の学習、練習は身に付きやすい。(©Erwin Purnomo Sidi/123RF.com)
寝る1~2時間前の学習、練習は身に付きやすい。(©Erwin Purnomo Sidi/123RF.com)

 「覚えたことを脳に定着させる方法は、大きく3つあります。まずは、何度も繰り返し学習すること。次に、感情を伴って記憶すること。すごくびっくりしたり、うれしかったり、怖かったりしたことはイヤでも覚えていますよね。そして最後が、睡眠をうまく活用することです」と国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部精神機能研究室の栗山健一室長は話す。

 そもそも睡眠の目的は体と脳を休めることだが、それに加え、その日に覚えたことを整理し、記憶として強化する働きもあるという。「覚えた後にしっかり睡眠を取ることで、脳に記憶を“焼き付ける”ことができるのです」(栗山室長)。

学んで、すぐ寝れば記憶力アップ!

 たとえば、こんな面白い実験結果がある。課題に従って速く正確にキーボードを打つ練習をした場合、その回数が1日2回でも、1回だけでも、その後に睡眠を取れば上達度にあまり差がないというのだ。

 実験では、12時間おきに練習をして上達の度合いを調べた。あるグループの人たちは朝と夜の10時に練習をして、一晩寝た後、朝10時にまた練習。もう一方のグループの人たちは夜10時に練習して睡眠を取り、翌朝とその夜の10時にまた練習をした。結果はグラフを見ると一目瞭然だが、夜1回の練習だけでも、睡眠を取った後にグンと上達しているのがわかる(下図)。

夜1回の学習でも睡眠を取れば技能が向上した
夜1回の学習でも睡眠を取れば技能が向上した
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62 人がキーボード入力の課題に取り組んだ。練習を「朝→昼→(睡眠)→朝」に行った群(グループ1)と、「夜→(睡眠)→朝→夜」に行った群(グループ2)で、入力技能の上達度を比較したところ、後者の方が技能向上効果が表れるのが早く、睡眠後に技能が著しく改善した。(出典:Matthew P. Walker,et al. Neuron, Vol.35, 1-20, 3 July, 2002)

 つまり、何かを練習したり学習したりするときは夜に行い、その後はしっかり睡眠を取ると効率よく記憶を定着させることができる。「キーボード入力に限らず、知識や言葉の学習実験でも、同じような結果が出ています」と栗山室長。

 それにしても、眠るだけでどうしてこんな差が出るのだろうか。寝ている間に何が起こっているのか。「睡眠中に脳の中でどんなことが起こっているのか、詳しいことはまだ分かっていません。ただ、記憶を整理し定着させるべく、脳の神経細胞レベルで変化が起こっているのは確か。これは単なる休息では得られない、睡眠ならではの働きです」(栗山室長)。学生時代、寝ずに覚えたことがその場限りの知識に終わってしまったことも、これで合点がいくというものだ。

朝活にはコツがあった!

 さて、この睡眠効果を仕事のパフォーマンス向上に生かすにはどうしたらいいか。そこで栗山室長が、睡眠をうまく利用した1日の送り方についてアドバイスしてくれた。

 まずは朝の過ごし方から―。「最近は“朝活”がはやっていますが、生体リズムの観点からいうと、朝の学習やスキル磨きは必ずしも効率的とはいえません」と栗山室長は指摘する。朝は「睡眠慣性」といって、目覚めた後もしばらくは眠気を引きずり、頭のアイドリング状態が続いている。この眠気が消えて頭がしっかり働くまでに、通常、2時間程度かかる。

 「ですから、朝一番に何か仕事をするなら、フルに頭脳を駆使する必要の少ない作業。例えば、単純な入力作業とか、あまり考えずに気楽に処理できるようなメールの送信など、いわゆる“やっつけ仕事”がお勧め。難しいことには、頭がフルに働き出してから着手する方が賢明です。もちろん、朝から絶好調という人は別です。睡眠慣性には個人差があり、30分程度で解消される人がいることも分かっています」(栗山室長)

 目覚めから2時間経つと、極端な睡眠不足でない限り、眠気は消え、脳は好調モードに突入する。難しい仕事や厄介な案件は、この時間帯にこそ取り組むといいだろう。

午後の睡魔は避けられない

 しかし、次なる関門は昼過ぎにやって来る。昼食後の眠気だ。集中力が低下して仕事がはかどらず、ミスも多くなる。下手をすると事故にもつながりかねない。ビジネスパーソンにとっては魔の時間帯だ。

 「食事を取った影響というより、むしろ生体リズムとして人間の体は昼の1~3時くらいには眠くなるようにできている。多くの野生動物はまとめて寝る習慣がなく1日の中で数回に分けて眠りますが、人間も近代までは1日数回に分けて眠る多相性(たそうせい)睡眠の習慣を持っていました。ところが、150年ほど前にガス灯や電灯といった人工光が発達し、それ以降、夜にまとめて眠る習慣が確立したのです。午後の眠気は、それ以前の習慣の名残りと考えられます。また、ビジネスパーソンの多くは慢性的に睡眠不足ぎみでしょうから、その影響ももちろんあります」と栗山室長。

 そこで、昼間の眠気対策としてぜひ活用したいのが「昼寝」だ。「短時間の睡眠によって、頭を効果的にリフレッシュできる。ただし、長すぎる昼寝は逆に昼寝後のパフォーマンスを落とし、夜の睡眠の質を低下させることにもつながりますから、せいぜい15分、長くても30分までに抑えるべきです」(栗山室長)。寝過ごさないためには、バイブレーターを使う携帯電話の目覚まし機能などを活用するのもいいだろう。

声を出す学習や練習が上達の秘けつ

 昼寝で頭をリフレッシュしたら、再び仕事がサクサクはかどる午後のゴールデンタイムとなる。冴えた頭で手強い案件にもバリバリ取り組もう。そして、仕事が終わったら飲み会へ…と行きたいところだが、栗山室長によると「実は、ここからがビジネスパーソンにとって貴重な自分磨きのゴールデンタイム」なのだそうだ。

 「1日の中で一番眠気が少なく、脳が活性化されるのは夕方から夜にかけてで、特に就寝の1~2時間前は(晩酌を控えれば)最も脳の高次処理に適した時間帯。生体リズムから言うと、本当はこの時間こそが仕事や学習に向いています。もちろん、その後にしっかり眠ることで、覚えたことも記憶として定着しやすくなります」(栗山室長)。

 という訳で、仕事が終わった後はステップアップのために語学学校に通ったり、資格取得のための勉強に充てたりするのが理想的。また、ゴルフやテニスなどの教室に行ったり、自主練習をしたりするのもいいという。

 「夜間、打ちっぱなしのゴルフ練習場にはビジネスパーソンらしき男性がたくさんいます。練習した後にぐっすり眠れば、練習効果も一層上がりますから、上達への近道になります。ただし、あまり入れ込みすぎると興奮し過ぎてスムーズな入眠を妨げたり、睡眠時間を削ったりすることにもつながる。これでは睡眠を有効利用できなくなります。寝る直前の活動は適度な程度にとどめておくこともポイントです」(栗山室長)

 なお、ゴルフの初心者はクラブを振る際、「チャー・シュー・メン!」などと、声を出しながらスイングするよう指導されることがある。スイングのタイミングを計る助けにするためだ。それにしても、どうしてチャーシューメンなんだろう、とけげんに思ってしまうが、これも理にかなった練習法なのだという。

 「実は最近の研究で、このような言葉で表現できる“手がかり”を動作にリンクさせることが、睡眠中の記憶強化を増幅させることがわかってきました。つまり、動作や技能などの体を使った記憶は、言葉の手がかりや動作知識と一緒に覚え、そしてぐっすり眠る。これでグンと身に付きやすくなるわけです」と栗山室長。「チャー・シュー・メン!」と睡眠。意外なところにゴルフ上達法の秘訣が隠されていた。

 仕事でもプライベートでも、睡眠の力をうまく活用すると、確実に効率よくパフォーマンス向上が望める。これを利用しない手はない。モデルケースとして効率的な1日の過ごし方を表にまとめた。自分流にアレンジして、睡眠を味方につけよう。

睡眠・生体リズムを考慮した、効率的な1日の過ごし方
時間帯 お勧めの作業 頭(脳)の状態
起床(7時)から2時間後まで ・気軽なメールの送信
・朝刊を読む
・文字入力などの単純作業
まだ眠気を引きずり、ボーっとしている
起床2時間後(9時)から正午まで ・難しい仕事(商談、プレゼン、資料作成など)
・厄介な案件
脳の活動が上昇し始める
昼食後(午後1~3時) ・昼寝(15~30分)
・簡単な報告・指示
・下調べ
集中力が低下して仕事がはかどらず、ミスも多くなる
夕方から夜にかけて ・創造性が求められる作業(計画立案、研究開発、原稿執筆など)
・習い事(英会話、スポーツなど)
1日の中で一番眠気が少なく、脳活動がピークに達するため、頭が冴える
就寝(0時)の1~2時間前 ・暗記
・スポーツの反復練習
・楽器の練習
その後の睡眠によって身に付きやすい

この記事は日経Gooday 2014年11月17日に掲載されたものであり、内容は掲載時点の情報です。

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