安倍政権が防衛装備移転三原則を閣議決定してから2年が経った。それまでの武器輸出三原則等に変わる新たな原則だ。新三原則の柱の1つは、これまで「例外的」に認めてきた防衛装備の海外移転を、一定の条件の下で「正式」に認めること。閣議決定の前後、「日本が開発・製造する武器の外国への販売が増える」とのイメージが広まった。その現状と課題を、軍備管理に詳しい佐藤丙午・拓殖大学教授に聞いた。

(聞き手 森 永輔)

防衛装備移転三原則を閣議決定して2年が経ちました。英国やフランスなどとの防衛装備の共同開発が注目される半面、オーストラリへの潜水艦の輸出は苦戦が伝えられています。実際に、移転は拡大しているのでしょうか。ほかにはどんな装備や技術が対象となる可能性があるのでしょう。

*:この取材は、受注できなかったことが伝えられる直前に行われた。

<b>佐藤 丙午(さとう・へいご)</b><br/>拓殖大学国際学部教授。専門は安全保障論(軍備管理・軍縮)、国際関係論、米国政治。ジョージ・ワシントン大学大学院、一橋大学博士課程修了。元防衛庁防衛研究所主任研究官。論文に「通常兵器の軍備管理・軍縮」(『海外事情』)、「安全保障と公共性―そ の変化と進展―」(『国際安全保障』)、「防衛産業のグローバル化と安全保障」(『国際政治』)など。
佐藤 丙午(さとう・へいご)
拓殖大学国際学部教授。専門は安全保障論(軍備管理・軍縮)、国際関係論、米国政治。ジョージ・ワシントン大学大学院、一橋大学博士課程修了。元防衛庁防衛研究所主任研究官。論文に「通常兵器の軍備管理・軍縮」(『海外事情』)、「安全保障と公共性―そ の変化と進展―」(『国際安全保障』)、「防衛産業のグローバル化と安全保障」(『国際政治』)など。

佐藤:防衛装備移転三原則の閣議決定を受けて、海外移転が増えたかどうかを示す資料はまだありません。ただし、経済産業省が発表した「防衛装備の海外移転の許可の状況に関する年次報告書」を見ると、現状を読み取ることができます。これによると、防衛装備移転の案件が1780件あります。しかし、うち1768件は自衛隊がPKOで使う物資など。実質的には12件しかありません。

 海外移転の対象は潜水艦や救難飛行艇以外にもいろいろ考えられます。東レなどが取り組む炭素繊維や、カメラメーカーが作る小型レンズ、カミオカンデに浜松ホトニクスが提供している光電子増倍管など優れた製品や技術が少なくありません。日本にもシーズはあるのです。ただし、今のところ、それをニーズと結びつける仕組みが欠けています。

 防衛装備の国際市場には、米国やNATO(北大西洋条約機構)加盟国の企業の製品で国防総省が認証したものを載せるカタログがあります。日本企業が製品のコード番号を取得し、登録することがシーズとニーズを結びつける初めの一歩です。しかし、日本の防衛装備移転に関するこれまでの経緯から、積極的に登録を推進する主体がいません。日本政府はその役割を果たすべきでしょう。

私が最近取材したある防衛企業は、自社の製品を海外に販売することについて全く意識していませんでした。自社の仕事ではなく政府の仕事と考えているようでした。

佐藤:そうですね。企業側の消極的な姿勢は理解できます。防衛装備の海外移転に反対する勢力から批判され、民生品の取引に影響が出ることを懸念しているのでしょう。先日施行された安全保障関連法に反対する立場の人が三菱グループの製品に対して不買運動を起こし、三菱グループの一員ではない三菱鉛筆がとばっちりを受ける出来事がありました。

 防衛企業としては、海外移転に関わる案件は、日本政府が外国の政府・企業とまとめたものだけにしたいというのが本音ではないでしょうか。それならリスクを軽減できますから。反対する人々からの批判も政府に転嫁できるし、製造にかかわる初期投資を無駄にすることなくすむ。資金の回収についても安心です。

 防衛装備を巡る日本の状況は好ましいものではありません。防衛省のお金の出入りを見ると、今年は輸入などに伴って海外に支払う金額が大きく伸びています。輸送機の「オスプレイ」、無人機の「グローバルホーク」、次世代戦闘機の「F35」などを購入したためです。

 日本の防衛予算は限られています。外国製防衛装備の購入が増えれば、その分、国内の防衛産業に回る分が少なくなります。それなれば、国内の防衛企業は最高水準の製品を作ることができなくなり、国際市場において生き残ることが一層困難になります。

防衛産業としては海外の需要を取り込む必要があるわけですね。日本の防衛産業が衰退し、防衛装備の内製比率が下がると、有事の時に不安がありませんか。

佐藤:自前の防衛装備だけで自国の防衛ができる国はありません。評価の仕方はいろいろありますが、米国でも20~30%は外国から導入していると言われています。欧州諸国におけるその比率はもっと高いでしょう。

 ただし、彼らは外国に提供しているものも数多くあります。欧州諸国の企業は、場合によっては、外国で調達される自国製防衛装備の4~5倍を輸出していると見られています。これに対して日本はライセンス製品と輸入を含めると、海外の防衛装備に依存する率は高い状態にあります。

そうりゅう型潜水艦の商談は、負けても教訓に

防衛装備を海外に移転する具体的な案件として、そうりゅう型潜水艦をオーストラリアに売る案件が注目されています。最近、オーストラリア放送協会が、日本が「候補から外れた」と伝えました。

そうりゅう型潜水艦の7番艦「じんりゅう」の引き渡し式
そうりゅう型潜水艦の7番艦「じんりゅう」の引き渡し式

佐藤:正式発表前の段階でコメントは難しいですが、私はこの案件はオーストラリアが日本を選択すればうれしいですが、実際的には取れなくても仕方ないと考えています。

 残念ですが、日本には国内の技術力に過信があるように思います。防衛装備移転では、相手国の事情を考え、それに合わせた柔軟な対応が必要になります。「ほしいのなら売ってあげる」という態度は好ましくありません。防衛装備の取引では、相手国の事情を考慮することが欠かせません。オーストラリア政府は当初から現地生産を希望していました。現地の国内状況を見ると、造船業の立て直しと雇用の確保が重要な政治的意味を持っていたにもかかわらず、日本政府は当初、完成品の輸出を考えていました。

 この商談で負けてしまうと、防衛装備を海外に売っていこうという勢いを削いでしまう可能性があります。しかし、この商談から学ぶことも多いのではないでしょうか。その教訓を今後の取引に生かしていくことができれば、負けも無駄ではないと思います。さらに、今回の商談に関与し、教訓を体感した防衛省などの担当者の人事的処遇にも気を付ける必要があります。教訓は生かすべき。そのフィードバックが担保される人事により、後に続く人の気力を萎えさせることなく次につなげられると思います。

インドにも、日本の潜水艦を輸出する可能性はあるのでしょうか。

佐藤:インドは独自の外交・安全保障政策を模索する国で、日本の軍備管理・軍縮の基盤である核兵器不拡散条約(NPT)にも加盟していません。このため、日本がインドに対して防衛装備を販売するのは難しいとされていました。その状況は大きくは変わっていません。しかし、インドは原子力供給国グループ(NSG)に加盟したし、日本とは日印原子力協定を結びました。日本を含めた国際社会との関係は深くなってきていますので、以前より可能性が高くなっていると思います。

国産ステルス戦闘機「X-2」が4月22日に初飛行し、注目を集めました 。これを海外移転することは考えられるでしょうか。

佐藤:ステルス戦闘機の市場には既に米国、中国、ロシアがいます。今から日本が入れる可能性は高くはないでしょう。

そうだとすると、このプロジェクトは何のために進めているのでしょう。

佐藤:様々な説があります。その一つは、ステルス技術のキャッチアップが目的というもの。F35の後継機の開発において交渉力を増すためという見方もあります。F35の後継機も複数の国が参加する共同開発となるでしょう。「日本はステルス機を独自に開発する力がある」と主張することができれば、この共同開発プロジェクトの交渉を有利に進められるかもしれません。

防衛装備移転三原則だけで産業育成はできない

防衛装備移転三原則が閣議決定されても、状況が短期間のうちに大きく変わることはないようですね。同三原則には、将来が懸念される日本の防衛産業を維持する効果はないのでしょうか。

佐藤:同三原則は単独で防衛産業の維持を図るものではありません。防衛産業の維持・拡大を直接の目的としている施策は防衛生産・技術基盤戦略です。同戦略は、防衛装備移転三原則を柱の一つとして位置づけています。

だとすると、防衛装備移転三原則は何のためにつくった原則なのか、よく分からないですね。

 この新三原則が閣議決定された2015年4月に次のお話しをうかがいました。

  • 防衛装備の移転を経済行為ととらえ、ここから利益を上げることを認めていない
  • 外交のツールとして防衛装備を利用することは認めていない
    (関連記事「防衛装備移転三原則は絶妙のバランス」)

 「外交ツールとしての利用」いうのは、例えば、こんな具合です。日本企業が作った部品を使用する装備品を調達した国は、日本製部品を安定的に入手できる環境を維持したいので、日本との関係を安定的なものにしようとする。

佐藤:防衛装備を巡る安倍政権の姿勢は非常に抑制的なもので、「防衛装備の海外移転をアベノミクスの第4の柱にする(経済振興策にする)」といった見方は当たっていないと思います。

 防衛装備移転三原則はこれを最終形にすべきではないでしょう。世界の防衛装備の取引を見ると、外交ツールとしての性格が必ず伴います。日本も同様の生かし方を考える必要があるでしょう。

 ただ、その実現は容易ではない。ある防衛装備をある外国に提供することが、関係強化につながるかどうかを客観的に評価することはできないからです。サウジアラビアは、米国から大量の武器を購入しているにもかかわらず、米国の思い通りにはなりません。

抑止力の議論と同じですね。効果があるとは思うけれど、誰も証明できない。

佐藤:その通りですね。

日本版FMSの作成を求める声

日本の防衛産業を維持するための施策を考えると、どんな手法が考えられるでしょうか。

佐藤:先ほど申し上げた国際市場のカタログに載るようにすることが一つ。

 加えて、防衛企業の中には日本版FMS(Foreign Military Sales)を作るよう求める声があります。

FMSとは、どういうものですか。

佐藤:米国政府が作った、防衛装備の取引に関する契約形態です。この形態では、政府と政府が国際売買契約の主体になります。例えば純国産の10式戦車をある外国に販売するとしましょう。FMSでは、日本政府が三菱重工業から10式戦車を買い取り、それを外国政府に販売する形を取ります。三菱重工にとって売り先は日本政府なのでリスクはありません。

 しかし私は日本版FMSにはあまり賛成しません。まず日本政府にお金の負担がかかります。輸出する装備をメーカーからいったん買い取る資金が必要になるので。次にビジネスのダイナミズムをどのように担保するかも考慮する必要があります。防衛装備とは言えモノを売るわけですから、何が売れるかの目利き力が問われます。防衛省も外務省も、また経済産業省も、少なくとも現時点では防衛ビジネスに精通した人材を確保していないように思います。

 これに近いスキームを実現するならば防衛省や経済産業省といった中央官庁よりもJETRO(日本貿易振興機構)やJICA(国際協力機構)のような組織のほうが適しているかもしれません。

セキュリティー・コーディネーターの育成

 さらに、セキュリティー・コーディネーターの育成とデフェンス・サイエンス・ボードなどの設置が考えられます。セキュリティー・コーディネーターは防衛装備を移転する対象となる外国の事情を熟知する人材です。

  • ある防衛装備を移転することで、その国のどんな問題を解決することができるか
  • 対象となる防衛装備を運用できる人材がその国にいるか
  • メンテナンスをする体制はあるか
  • 資金はあるか
  • 経済状況は良好か

 セキュリティー・コーディネーターのような人材が日本にいれば、オーストラリアの潜水艦の商談において、現地生産のニーズをもっと早くに捉えることができたでしょう。米国などでは、元軍人がこの役割を果たしています。

米海軍で働く私の友人は「退役したら、防衛企業のアドバイザーになる」と話していました。セキュリティー・コーディネーターになることを想定していたのかもしれません。

 しかし、多くの自衛隊員はこれまで、防衛装備を海外に移転するという視点を持つことなく仕事をしてきたと思います。セキュリティー・コーディネーターを育成するには時間がかかりそうですね。日本ではビジネスコンサルタントがその役割を果たすかもしれません。

佐藤:そうですね。

 米国ではデフェンス・サイエンス・ボードやディフェンス・ビジネス・ボードを政府内に設置しています。国防総省や国務省の官僚と米ロッキード・マーチンのような防衛企業の担当者が集まり、防衛技術開発のトレンドを評価したり、どの防衛装備をどの国に対してなら提供できるか、どのような具体的案件があるか、などを話し合ったりする“司令塔”です。セキュリティー・コーディネーターは集めた情報をこのボードに提供します。

 米国のエキスパートの働き方はとても柔軟です。政府と大学、企業とシンクタンクなどを行ったり来たりしながら力を付けていきます。こうした働く仕組みが、デフェンス・サイエンス・ボードやディフェンス・ビジネス・ボードを現実に機能する存在にしているでしょう。

 もう一つ考えられるのは、技術を持った中小企業を集めてコンソーシアムを作るブローカー的な人材を育てることです。防衛装備は艦艇や戦車ばかりではありません。例えばドローンなどが重要度を高めています。そして、ドローンに関わる技術は、これまでの防衛産業の中心をなしてきた大企業だけでなく中小企業でも開発することができます。中小企業が保有するシーズ技術を掘り起こし、集め、防衛装備に組み上げるブローカーが大事な役割を果たすようになるでしょう。

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