伊豆沖を望む抜群のオーシャンビュー。広大な敷地に佇むゲストハウスは天井が高く、優に10人以上は泊まれるであろう広さがある。まさに非日常。昨年末、筆者はここに家族と宿泊した。

筆者が昨年末にAirbnbを通じて宿泊した物件(注:写真の一部を加工しています)
筆者が昨年末にAirbnbを通じて宿泊した物件(注:写真の一部を加工しています)

 ここはホテルでもペンションでもない。自宅や別荘を貸したい個人と借りたい個人をつなぐ新手のプラットフォーム、「Airbnb(エアビーアンドビー)」というサービスを利用し、保有するオーナーが一般向けに貸し出していたものだ。普段はオーナーが別荘として住んだり、テレビCMなどの撮影目的などに貸したりもしているという。

 思い立って予約したのが前日にもかかわらず、オーナーは快くスマートフォンのアプリ上で応対してくれ、鍵の受け渡しも現地で難なく済んだ。キッチンや食器、ソファーにテレビ、寝具、暖房機器など設備は充実しており、清掃も行き届いている。チェックアウトまで気ままに自分たちの別荘のように楽しんだ。

 「得難い経験」と老齢の両親も喜んでくれた。友人に写真を見せると「え、いくらするの? 15万円はするんじゃない?」。実際は大人5人で泊まり、1人1万円強。ホテル検索サイトでは絶対に体験することができないエアビーならではの魅力を、肌身で感じた。

安倍発言を契機に動き出した民泊解禁の流れ

 個人の遊休資産や時間を他人のために活用し利益を得る「シェアリングエコノミー」という新たな経済活動が、世界規模で爆発的な成長を遂げている。エアビーはその急先鋒だ。

 パソコンやスマートフォンのアプリから、ホテル検索のように簡単に物件を探したり、予約・決済をしたりすることが可能で、掲載物件は世界190カ国、3万4000都市以上に200万件超もある。利用者数は2008年の創業以来、延べ6000万人を超えた。

 欧米の旅行者にとっては、もはや必須ツール。その波は日本にも押し寄せている。エアビーを通じて国内物件に宿泊した「ゲスト」の数は、2014年7月~2015年6月の1年間で52万5000人。その多くが外国人旅行者で、2015年通年では100万人を超えたようだ。貸し出す「ホスト」や、英語などで紹介されている物件数も前年比3倍以上の勢いで急増。東京・大阪・京都を中心に1万件を超えている。

 ただし、問題がある。掲載物件のほとんどが、国内では旅館業法の許可を受けていない「違法」状態なのだ。

 国内ではエアビーのようなサービスを「民泊」という言葉でくくっている。違法民泊が放置されている状態を解消しようと、昨年秋から政府内で規制緩和の議論が進み、メディアには「民泊解禁」という見出しが踊った。誰もが自宅などを気軽に他人に貸せるようになる、という印象の読者も多いだろう。しかし、筆者は真逆の印象を抱いている。

 現状の議論を俯瞰すると「迷走」と言わざるを得ない。規制緩和の名を借りた「規制強化」が進んでいる、とも感じている。

 この話を理解するのは相当に難しい。政府内でも、少なくとも4つの組織がそれぞれの立場でバラバラに議論を進めていることが、事態をさらに複雑にしている。それぞれの組織をソースとしたニュースが五月雨に飛び出し、それぞれの利権を代弁する。結果、全体像はさらに見えにくくなっている。

 論議が進む大きなきっかけとなったのは、エアビーの国内普及である。貸主が個人であろうと物件が自宅であろうと、国内では旅館業法の許可が必須となる。ところが、煩雑な申請書類を準備し、保健所に届け出るホストなどいない。そもそも旅館業法はエアビーのようなサービスを想定しておらず、例えば33平方メートル以下の物件は許可の対象とならないため、ワンルームマンションや自宅の一室は「貸し出せない」ということになる。

 だが、時代は変わった。足下を見ても、外国人旅行者の急増でホテル不足にあえいでおり、来たる2020年の東京五輪にも民泊は役立つはず。現実に法を合わせるべく、日本でも民泊を合法化すべき――。そうした声が政府内でも高まり、昨秋の安倍晋三首相の発言につながった。

 「日本を訪れる外国の方々の滞在経験を、より便利で快適なものとしていかなければならない。このため、旅館でなくても短期に宿泊できる住居を広げていく」。これを機に、政府の関係各所は慌てて動き出し、メディアの民泊関連報道も増えた。しかし、実態は……。

単なる新手の「不動産ビジネス」

 民泊解禁の動きは、まずは特区から始まった。昨秋に安倍首相が発言したのは、「国家戦略特区諮問会議」の場。同じ日、会議は新たに14の事業計画を特区として認定した。

 このうち、大田区の事業は、条例制定など一定の条件のもと、民泊を旅館業法の適用除外とするもので、「民泊解禁へ」などと大きく報じられた。昨年12月に条例を制定した大田区は1月29日、民泊事業者の申請を開始。続いて特区認定された大阪府も条例を制定済みで、今年4月にも申請を開始する。

 だがこれらは、違法な民泊物件の解消にはほとんどつながらないだろう。特区が定める条件は、「事業者による申請」「事業者による近隣住民への説明義務」「滞在日数が6泊7日以上」など。大田区も大阪府もこれに従った条例を制定した。しかし、エアビー利用者の平均滞在日数は「4.6泊」。一箇所に6泊以上もする実需はほとんどない。

 申請開始に先立って大田区には約120事業者からの問い合わせがあり、27日の事前説明会には200人以上が集まり、立ち見が出るほどだった。大田区は「3月末までに100室以上の申請がある」と見込む。だが、そのほとんどは、空き家を借り上げ、旅行者に貸す目的の国内企業によるもの。民泊と言いながら実際は単なる新手の「不動産ビジネス」であり、個人によるシェアリングエコノミーとは無縁の世界と言える。そのため、エアビーは大田区での事業者申請を行わない方針だ。

 この特区とは別に、全国的な民泊解禁に向けた議論が進んでいる、とも報じられている。出所は、旅館業法を管轄する「厚生労働省」で、旅館業法を適用除外とする特区とはまったく別の話だ。

 厚労省は昨年11月から有識者を集めて「民泊サービスのあり方に関する検討会」なるものを開催している。この検討会での議論を踏まえ、1月にはメディアが「民泊について、政府は年度内にも旅館業法の規制を一部緩和する方針を決めた」などと報じた。が、この表現は語弊がある。検討会が1月に出した結論は以下のようなものだ。

 「旅館業法を適用した上で、その運用を緩和することが適当」「簡易宿所の枠組みを活用して、旅館業法の許可取得の促進を図るべき」「許可を取得しやすい環境を整えるべき」「仲介事業者に対し、サービス提供者(ホスト)が旅館業法の許可を得ているかを確認させるべき」

 旅館業法で、カプセルホテルなどを想定した比較的、規制が緩い「簡易宿所」という業態に、民泊もはめ込むという発想。簡易宿所として営業許可を得るには、「客室の延べ床面積が33平方メートル以上」「帳場(フロント)の設置」といった条件が必要だが、「3平方メートル以上」「帳場は必要なし」と見直す方針で、これが「規制緩和」とされている。

 つまり、規制緩和は、エアビーのような民泊を旅館業法の規制から外す、という意味ではない。「旅館業法を緩くして、全てのホストに許可をとってもらいましょう」と、むしろ民泊を規制の網にかけようとする施策。筆者には、これが実に無意味に思えてならない。

旅館業法の内か外か

 米国発の新しい文化やサービスの流入で、旅館業法は有名無実化してしまった。気楽に副収入を得ようと考えるエアビーのホストに「旅館業」を営んでいる意識はなく、はなから営業許可など取る気はない。旅館業法の規制を緩和したとしても、今、無許可で貸しているホストが、わざわざ申請するとは思えないのだ。

 一方、これまで、違法物件をしらみつぶしに調べて摘発しようともしてこなかった行政が、「規制緩和したのだから、守らないホストは一斉摘発する」と手のひら返しをするとも思えない。旅館業法の運用は各自治体に委ねられているが、違法物件の全容を把握している自治体は皆無で、その能力もマンパワーもない。

 結果、規制緩和があったとしても、エアビーに関して言えば、これまでとあまり変わらず、むしろ違法物件は増えるばかりだろう。

 そもそも、厚労省が検討会を開くことにしたきっかけは、昨年6月に閣議決定された「規制改革実施計画」。これをまとめた「規制改革会議」の思いとは、逆の方向へ向かっているのも解せない。

 昨年12月、規制改革会議は民泊のルール整備に関する意見書を公表した。この中で、民泊を含むシェアリングエコノミー全般について「推進すべき」との姿勢を強調し、民泊は旅館業法の適用を除外した上で、新たなルールを整備するなど抜本的対応をすべきだと提言している。

 規制改革担当の河野太郎・内閣府特命担当相も昨年12月、日経ビジネスのインタビューで「民泊は、かなりの外国の方が利用しており、これはもう現実が先に行っている。(中略)やっぱり何らかのルールを決めてやってください、というのが(規制改革会議から厚労省などへの)要請」と語っている。

 だが、厚労省の動きは、これに抗うかのよう。表向きはこの方針に沿いつつも、民泊という市場も自らの蚊帳の内(=旅館業法)に収め、既得権益化しようとしている、と筆者の目には映ってしまう。

 ここに、エアビーを狙い撃つ新たな刺客が現れたことで、民泊をめぐる状況は、ますますカオス(混沌)の様相を呈してきた。

仲介事業者への新たな法規制も

 情報技術(IT)の利活用や推進を目的として内閣に設置されている「IT総合戦略本部」。ここが昨年12月に公表した中間整理案(規制案)には、エアビーのような民泊の仲介事業者を想定した新たな法規制(シェアリング規制)が含まれている。

 仲介事業者に、「ホストの営業許可確認」「ゲストの本人確認」などを義務付ける内容で、トラブルが生じた場合は事業者が損害賠償の責任を負うことも検討されている。エアビーのような海外の事業者も規制の対象とし、国内事業所の設置を義務付ける方針。今春までの法案化を目指しているという。

 規制案は民泊のみならず、今後、行政の裁量によって規制対象のサービスを、例えば、ライドシェアなどにも拡大できるような制度設計となっており、国内外のインターネット業界から総スカンを食らっている。

 その内容は、別掲記事(「民泊」の規制案に米国勢が猛反発)に譲るとして、仮にこの規制が施行されれば、エアビーが事業を継続することは困難になるかもしれない。エアビーは、旅館業法の簡易宿所の営業許可をとっていないホストを閉め出す義務を負うからだ。そんな事態に陥れば、日本における民泊は大きく後退するに違いない。

 以上のように、日本の民泊をめぐる状況は、解禁どころか、悪化へ向かっているとしか思えない。

 政府が規制を正当化するべく主張するのは、「利用者や地域の保護」や「警備・安全面」への配慮。これは、厚労省の検討会でも、国家戦略特区諮問会議でも、規制改革会議でも同様に議論されている共通項だ。

 「宿泊者に危険や危害がないようにすべき」「テロの温床とならないよう注意すべき」「近隣住民に迷惑がかからないようにすべき」……。概ね、官僚が選んだ委員からはこういった意見が飛び出し、官僚がそれを明文化し、前述したような方針が決まっていく。

 世界中で受け入れられているシェアリングエコノミーの普及、という観点からすれば、明後日の方向。むろん、利用者保護や安全確保は大切だが、それを理由にシェアリングエコノミーを阻害するのはおかしい。世界各国、各都市の対応を見れば、日本の迷走ぶりはより鮮明となる。

欧米で進むルール作り

 欧米諸国では、国レベルで民泊を禁止してはおらず、自治体レベルでも「一定の条件のもと規制しない」、つまり法の網から外すというのが世界的な趨勢となっている。

 例えば英ロンドンでは昨年3月、「住居を宿泊施設として使用する日数が年間90泊以内は自治体の許可を必要としない」とする法改正があった。オランダのアムステルダムも「年間60日以内、同時宿泊者4人以内、ホストが近隣の同意を得ている場合は許可不要」。上限を定めることで、業者などによる過剰なビジネスや近隣への迷惑を抑制している。

世界各地ではエアビーのような民泊を推進しようとルール策定が進む
世界各地ではエアビーのような民泊を推進しようとルール策定が進む
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 エアビーのような仲介事業者を規制する法律は、筆者が調べた限り、どこにも見当たらない。仏パリやアムステルダムなど、宿泊にかかる納税制度(宿泊税や滞在税)がある地域では、ホストではなくエアビーが自治体に一括して支払うことで解決している。

 海外で起きていることを全て良しと肯定するつもりはない。しかし、エアビーが世界中でこれだけ普及したのは、利用者が便利に感じ、社会が受け入れた証左。各国の行政も後押ししている。

 翻って日本。エアビーを起点とした民泊論議は“エアビー潰し”の方向へ進んでおり、皮肉にも、企業による空き家やマンションの空き部屋をホテルにする不動産ビジネスには追い風となっている。いったい後者は「民泊」と呼べるのだろうか。個人が生む新たな経済を阻むのではなく、育む観点が必要とされている。

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