みなさまごきげんよう。
フェルディナント・ヤマグチでございます。
今回は、はじめにお詫びと訂正を。
既に前号の記事で「初代スマートフォーツーがエルクテストにて横転事故」という記述をしたのですが、これは初代メルセデスAクラスの誤りです。走行中に横から飛び出してきた動物を回避する動きを想定したエルクテスト。この実験中に横転してしまったのは初代Aクラスです。スマートは無罪です(前号記事には既に修正履歴を掲出してあります)。大変失礼いたしました。面目ございません。ご指摘いただいた読者の方、ありがとうございました。
一応、自動車のプロの目を通してダブルチェックをしているのですが…。今後はこのようなヘマをこかないよう、十分に注意する所存でございます。
さて、それでは今週のヨタへと参りましょう。今回は「街で見付けた面白い看板」シリーズです。
まずはこちら。先日行ったZepp DiverCity Tokyoのトイレ入口に貼ってあった信じられないサインです。
これは悪い冗談としか思えませんね。ここは入場と同時に強制的にワンドリンク購入を要求するシステムです。人件費をケチっているのか、観客数に対してどう見てもスタッフ数が不足しているカウンター。しかも手際が超悪い。結果、アホみたいな長蛇の列が生まれる。
ようやく入手したビールを煽って音楽を聞く。そこまではまだ良い。ですがビールを飲めば当然トイレは近くなります。演奏中に抜け出してトイレに行くのははばかられるから普通は終演までガマンしますわね。
演奏が終わり、ヤレヤレとトイレに行くと、何と入り口は柵でブロックされている。小便垂れてないでサッサと帰れということでしょうか。いやはや恐れ入りました。客のことなど1mmも考えていない、社会主義国家のような官僚主義オペレーションに乾杯です。
ここの親会社はソニー・ミュージックエンタテインメントでしたっけ。少しは子会社に目を向けましょうよ。現場はこんな有様でっせ。お願いだから小便くらいさせてください
お次は新宿歌舞伎町。
100%と言い切るとことが凄いです。なかには善良な客引きさんも…いるわけないか。
しかしこれほど悪評が立ってもなお、ボッタクリが横行するのですから、歌舞伎町は一見客が本当に多いのでしょう。ボッタ店には絶対に常連が付きませんからね。焼畑農業的にサッと儲けて、トットと店を畳んで場所を変えてしまう。客引きに高額なキックバックを払っても成り立つわけです。
しかし、路上スカウト禁止の掲示の前で堂々とスカウトする兄ちゃんの姿もシュールです。東京オリンピックまでに歌舞伎町は“浄化”されるのでしょうか。
そして、こちらは雪の街のコンビニで見かけたスタッフ募集のサイン。
アルバイトの中でも最も時給の低い部類の職種であったコンビニ店員の時給がジワジワと上昇しています。一方で恵方巻き強制買い取り&廃棄問題(ググッてみてください。ショッキングな写真が沢山出てきます)に代表されるように、いわゆる「ジー」(加盟店のこと)の方も大変なようで、コンビニ経営もラクではありません。
最後にこちら
直しましょう。
さてさて、それでは本編へと参りましょう。
今週お送りするのは世界初の量産型燃料電池車、トヨタのMIRAIです。
今や「世界一」の自動車メーカーであるトヨタが、次なるイノベーションに向け大いなる布石を打った。燃料電池車の一般向け販売である。その名はMIRAI。
水素を燃料とし、有毒な排気ガスを一切出さない究極のエコカーであるFCV(Fuel Cell Vehicle:燃料電池自動車)が、遂にフツーの人でも買えるようになったのだ。
小泉総理時代に首相官邸用としてリースされた頃のFCVは、1台1億円超と言われていた。MIRAIは700万円ちょっとで買えるのだから、まさに隔世の感である。
思えば量産型のハイブリッド車を発売したのもトヨタだった。出たばかりの初代プリウスは、ダサいとかトロいとかEVまでの単なる橋渡し役とか散々に言われていたが、ご存知の通り今や世界で最も売れる乗用車の一つにまで成長した。
それではMIRAIはどうか。プリウスのように世界のお手本となり得るのか。1週間の長きに渡りお借りしたMIRAIを、じっくりと試乗した。
「イー」をした顔のような強烈な面構え
MIRAIはものすごく目立つ。
実はこのクルマに乗る直前まで、アルファロメオの4Cスパイダーに乗っていたのだが、4Cと同様に、乗っていると皆がオッと顔を向け指を差し、写真を撮ろうとする。まるでスーパーカーに乗っているくらいに目立つのだ。
まずはこの強烈な面構えをご覧頂きたい。
左右の巨大なインテークからガンガン空気を吸い込んで……と言いたいところだが、実はこれ、“空気を吸い込んで電気を作る”燃料電池車をイメージさせるためのギミックでもあるのだ。近寄って覗き込んでみると、半分以上は樹脂で覆われていて、スリットは中に通じていない。
水素と化学反応させるために取り入れる空気量は、実はそれほど多く必要はない。
ただし、FCを安定稼働させるためには結構な規模の冷却装置が必要だ。FCは放っておくとどんどん熱が上がってしまう。熱が上がり過ぎると発電効率が落ちる。FCスタックを冷却するために、フロントグリルの内側にはランエボばりの大型ラジエーターが仕込まれている。
それではFCのための空気取り入れ口は、実際にはどれくらいの大きさなのだろう。
なんとビックリ、この程度の大きさである(下の写真)。
ちなみに、発電により発生する水は、床下のリア側に設けられたテニスボール大の排出口から、空気とともにシャーッと排出される。排水はパワー・オフ時に自動的に行われるが、駐車前など任意のタイミングでスイッチを押すことでも行える。外に出て実際に見てみたが、水はちょうど犬のオシッコくらいの勢いである。もちろんこれは純水で、無味無臭である。マーキングする意図も機能も無い。
次に横から見てみよう。フロントドアからリアフェンダーに掛けてラインが大きく跳ね上がっている。反対に屋根の部分はドライバーの頭の部分から、なだらかにリアにかけて絞り込まれている。気をつけて見てみると、水滴のように見える。「水と空気」をデザインでアピールしているのだ。
前に運転した人の座高が低かったのだろうか?
ドアを開け、クルマに乗り込んでみよう。
初めに感じるのは着座位置の高さである。前に運転した人の座高が低かったのだろうか。ただ、シート調整のスイッチを操作しても、これ以上は下がらない。
MIRAIはボディの下部に、重量物であるFCスタック、FC昇圧コンバーター、高圧水素タンクが収められている。これが低重心に一役も二役も買っているのだが、その分、着座位置が高くなり、乗用車としては違和感を覚えるほどに高いヒップポイントである。
スタートボタンを押すと、シートが自動的に前にせり出し、ステアリングが降りてくる。高級車のお作法である。キュイーンという音が聞こえ、FCが動き始めたのが分かる。
ジワジワっと加速していく感覚
ギアに当たるノブをDに入れ、アクセルペダルを踏み込んでみる。クルマはほぼ無音でスーッと滑るように走り出す。この辺りの感覚は、EVモードのプリウスと全く同じである。横断歩道で青信号を待つ勤め人風の二人組が、「お、なんだなんだアレ?MIRAIじゃねーの」とこちらを指差している。やはりMIRAIは目立つ。
アクセルを強く踏み込んで見る。プリウスならここでエンジンが始動するところだが、MIRAIにエンジンは無い。FCスタックの作動音だろうか、モーターの音に加えてキュイーンという初期の日産のターボ車に似た音が車内に入ってきた。
MIRAIを走らせるモーターは、レクサスのハイブリッドSUVである、RX450hの前輪駆動用と同じ型式のものが使われている。ただしスペックは少しRXよりも落とされていて、最高出力113kW(154ps)、最大トルクは335Nm(34.2kgm)である。
最高出力154馬力に対して、車両重量は1850kgとなかなかの重量級だ。だからフルスロットルを与えても日産のリーフや三菱アイミーブのようなEV特有の鋭い加速を得ることは出来ない。ジワジワっと加速していく感覚だ。
それにしてもこの重厚な乗り心地はどうだ。
しっとりと滑らかで、工事中の荒れた路面や鉄板との段差を柔らかくいなしていく。この柔らかで上質な乗り心地はトヨタ車の中でも屈指である。
これほどしっとり気持ちよく回れるクルマは久しぶり
高速に入ってみよう。“鋭い加速”は得られないと言ったが、入路合流における加速には不安も不満もない。難なく本線に合流した。
高速での乗り心地がまた上質だ。“燃料電池”ということばかりが取り沙汰されるが、実はMIRAIはセダンとして非常に優れたクルマである。
何しろ腹には700気圧に圧縮された高圧水素を抱え込んでいるのだ。追突されても横転しても、何が何でも水素タンクは守らなければならない。だからFCスタックのフレームにはカーボンまで動員され堅牢そのもので、結果それが高い剛性を生み出している。そしてサスペンションは比較的柔らか目の設定だ。強いボディーにしなやかなサス。そして低重心。乗り心地が良い訳だ。
そして高速コーナリング。「低重心」の良さをこれほど思い知るシーンはない。サスが柔らかいからそれなりにロールはするのだが、少しも恐怖感がない。この首都高大橋ジャンクションの渦巻きコーナーは、アシの良し悪しがモロに露呈する場所なのだが、これほど“しっとり”気持ちよく回れるクルマは久しぶりだ。これは本当に良い。
MIRAIは燃料電池で走るクルマだが、FCセルだけで走るわけではない、より航続距離を伸ばすため、大きな蓄電池も積まれたハイブリッド車でもあるのだ。
ハイブリッドのユニットは、カムリのものがそのまま移植されている。トヨタのFCVはまた、トヨタのハイブリッド技術の集大成でもあるのだ。そういえばまだ最新のプリウスには乗っていない。燃費が遂に40キロの大台に達した4代目プリウスは、どこまで成長しているのだろう。こちらも近々記事にしていきたい。
赤いジャケットに白いパンツの男性2人が登場
そうそう。せっかくだから水素ステーションに“給水素”にも行ってみよう。
訪れたのは芝公園にほど近いIWATANIが経営する水素ステーションだ。ここはMIRAIのショールームも併設されている。すぐ隣にはエネオスのガソリンスタンドがあるが、こちらは水素ステーションとは何の関係もない。たまたまお隣さんというだけだ。
クルマを停めると、どこからとも無く二人の男性職員が現れた。お二人は赤いジャケットに白いパンツを履いている。64年東京オリンピックの選手団のような格好だ。ややビミョーである。
高圧水素の充填には、高圧ガス取り扱いのための国家資格が必要だ。セルフ方式ではなく、お店の人が入れてくれる。
水素充填のための「口」は左側に開いている。フタを開けるとカプラーがある。
お店の人はカプラーの取り付けに結構難儀されていた。家庭にあるガスのカプラーのように簡単にカチッとははまらないのだ。なにしろ700気圧の高圧ガスを送るのだ。クリアランスは限りなく小さいのだろう。
ガスの充填時間は2、3分でガソリンと変わらない
ガスの充填時間はものの2、3分。ガソリンと変わらない。給水素中に、お店の方にお話を伺った。
「ここは平日の9時から5時まで、土曜日は午後1時までの営業です。日曜祭日はお休みです。平日は1日に12、3人、土曜日はその半分の6人くらいのお客様がいらっしゃいます。少ない?これでもウチは他所と比べれば多い方なんです。ええ、公共団体の方が多いです。最近は個人の方も徐々に増えてきました。採算という意味ではちょっとアレですけど、まあ社会インフラとしてね、必要なものですから。ガスの充填には資格が必要です。施設に一人、必ず高圧ガスを取り扱える資格の人間がいなくてはいけません。ここはオフサイト方式のステーションです。他の場所で作った水素を、ここに運んできてタンクに貯めておく方式です」
なるほど。短い時間ですが勉強になりました。
水素ステーションを新しく作るには、中規模なもので5億円弱が必要と言われている。そこに客が十数人では未来永劫採算など取れるはずがない。だから現状は“商売”として始める事業者は皆無である。拡充していくには、国や地方自治体が本気で本腰を入れなければならないだろう。
MIRAIの「◯」と「×」
それでは最後に、MIRAIの「◯」と「×」を。
MIRAIの「◯」
1:世界初の量産型FCV
当面は採算など取れるはずが無いのに、これからも数が出るクルマでないことは分かり切っていることなのに、それでも世界に先駆けて販売に踏み切ったトヨタの侠気に拍手!すごいぞトヨタ。初物好きの江戸っ子はトヨタの侠気に応えてエイヤで買うべし!
2:実はトヨタ屈指の乗り心地
低い重心、高いボディ剛性。しなやかなサスペンション。MIRAIはトヨタの中でも特に優れた上質なセダンである。
3:スーパーお買い得価格
停電時は家に給電も出来る高性能FCユニットにゴーカな内装。諸説あるが原価は1500万円との噂。定価は723万6000円だから、1台買えば800万円の大儲けだ(笑)。
MIRAIの「×」
1:しょぼいタイヤ
燃費のためとはいえ、車格に合わないエコタイヤは頂けない。すぐに鳴くしロードノイズも大きい(もしかしたら、エンジン音がないのに私がいつものようにバカ踏みしたからもしれないが……)。これを変えればさらに乗り心地は向上しよう。あれ、でもそうするとエコじゃなくなっちゃうのか……うーむ。
2:水素ステーションが少ない
これはMIRAIの責任ではないのだが、現状は日本全国でわずか48カ所しか無い。これでは旅行にも行けない。2015年度内に100カ所のステーションができるはずだったのでは……。
3:燃費が悪い
標榜数値は満充填で650キロだが、私の運転では半分の300キロだった。100キロ走った段階で、残量200キロの表示には思わず目をこすって表示を見直した。私のガン踏み運転がいけないのだろうが、それにしても300キロってのはねぇ……。
次号ではMIRAI開発のチーフエンジニア、田中さんにお話を伺う。お楽しみに!!
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「プリウスは……今や世界一売れる乗用車にまで成長した」との内容を
「プリウスは……今や世界で最も売れる乗用車の一つにまで成長した」 に変更いたしました。本文は既に修正済みです。 [2016/02/23 11:30]
オシッコは、みんな大好き!
編集担当のY田です。世界初の量産型燃料電池車に試乗してフェルさんもハイになったのか、今回の記事は結構長めになりました。なので、あとがきはさっさと終わらせましょう。
本文の最後でも予告したように、次回は、MIRAI開発のチーフエンジニアである田中義和さんが登場します。田中さん、ざっくばらんで、なおかつ、熱く熱~く、MIRAIについて語ってくれました。次号を楽しみにしていてください。
で、詳しい話は次号をお待ちいただくとして、ちょっとだけ、どうでもいいこぼれ話を。
今回の記事の2ページで、発電する際の「犬のオシッコ」について触れました。田中さん、この話になった際、「“オシッコ”の話に食いつく方は多いんですよ。取材でも結構、『見せて』と言われますね」と笑いながら教えてくれました。
で、「この人もそうかな」と予想はしていましたが、やっぱりそうでした。
「お~お、すげえすげえ。出るねぇ」
うらやましかったのでしょうか? 称賛の声を上げながら、執拗に撮影を続けたのでした。Zepp DiverCity Tokyoのライブに行き、終演後にトイレに行けず、それを根に持っている人ですから。オシッコにはこだわりますよね、そりゃ。
最後に一言。
フェルさんが冒頭で触れていました前回記事の誤り、編集担当の私からも深くお詫び申し上げます。
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