JR海浜幕張駅から幕張メッセに歩いて向かう途中。左手に黒い箱のような建物があることをご存知だろうか。記者もよく通っているが、「なんだろう」と思いながらもあまり気にはしていなかった。

 「QVC」と大きく書かれたここは、世界最大級のテレビ通販番組「QVC」の日本本社(QVCジャパン)。中にはスタジオがあり、24時間365日、通販番組を放送している。今回、生放送のスタジオやプロデューサー室、コールセンターに潜入し、視聴者がQVCにハマる理由、そして「売れない時代にモノを売り続けられる秘訣」を探ってきた。

千葉県千葉市にあるQVCジャパンの本社。記者は幕張メッセでイベントがある度にこの横を通るので、目にする機会は多い(写真 都築 雅人)
千葉県千葉市にあるQVCジャパンの本社。記者は幕張メッセでイベントがある度にこの横を通るので、目にする機会は多い(写真 都築 雅人)

全世界で3億世帯が視聴

 潜入記の前に、QVCとは何か触れておきたい。

 QVCは1986年に米国で開局されたテレビ通販の専用番組。現在は米国本社、日本、英国、ドイツ、イタリアの子会社、そして中国の合弁会社を通じて、世界の約3億世帯に向けテレビ通販番組を放送している。

 QVCジャパンは2000年に米QVCと三井物産が共同出資し設立された。三井物産は現在も株式の40%を保有している。2004年から、テレビ通販番組としては日本で初めて24時間の完全生放送を開始した。

 2014年の売上高は962億円。デジタル化の進行によりテレビを視聴する人が減る中、安定した売り上げを維持している。現在、日本では約2700万世帯で視聴可能だが、ネット上では誰でも見ることができる。視聴者の9割は女性で、年齢層は40~70代が多いと言う。

 次ページから、いよいよQVCの生放送スタジオに潜入する。

 「今日ご紹介するのはこちらです!」

 生放送中のスタジオに入ると、威勢のいい男性の声が聞こえてきた。なんだかいい匂いも漂っている。

 建物の中には雰囲気の異なるスタジオが7つあり、紹介する商品によって使い分けていると言う。取材した時間はちょうど、「めん工房」というブランドのそばやうどんを紹介していたので、大きなキッチンがついたスタジオを使用していた。

 商品の紹介は2人1組でやることが多い。1人は「ナビゲーター」と呼ばれる進行係。もう1人は、紹介する商品のメーカー担当者で「ゲスト」と呼ばれる。

QVCの撮影スタジオ。左が「ナビゲーター」で、右が「ゲスト」(写真 都築 雅人)
QVCの撮影スタジオ。左が「ナビゲーター」で、右が「ゲスト」(写真 都築 雅人)

 「電話が殺到しています!」「もう残りわずかですね!」「あ、たった今売り切れました!」

 記者がスタジオ見学をしているわずか15分の間だけでも、3つの商品が売り切れた。その売れ行きの状況や在庫情報などは、視聴者が一目で分かるようになっているほか、ナビゲーターもこのように逐一伝えてくれる。

おなじみのQVCの画面。左側に「SOLD OUT」や「ただ今、お電話が混みあっております」などの表示がでる
おなじみのQVCの画面。左側に「SOLD OUT」や「ただ今、お電話が混みあっております」などの表示がでる
多様なサイズがある服やバッグを紹介する場合は、在庫状況によって色分けされている
多様なサイズがある服やバッグを紹介する場合は、在庫状況によって色分けされている

15分で3商品が売り切れ

 このナビゲーターの持ち時間は1時間。わずか15分で目玉商品が売れてしまいその後はどうするのかと見ていたのだが、間髪入れず次の新しい商品を紹介し始めた。こういう事態に備えて、いくつも紹介する商品のバックアップを用意していると言う。事前に販売予測を立てているものの、この日のように想定以上に売れる場合は現場も大慌て。その枠で紹介する商品がとうとう尽きたのか、1時間の持ち時間が終わる直前にはツナ缶を紹介していた。そして、そのツナ缶ですらも売り切れてしまった。

カメラが映らない場所では、スタッフが次に紹介する商品をせわしなく準備している(写真 都築 雅人)
カメラが映らない場所では、スタッフが次に紹介する商品をせわしなく準備している(写真 都築 雅人)

 テレビ越しにも関わらず、なぜここまで売ることができるのだろうか。

 その秘密の1つは、前述のように「売れ行きの状況を常に視聴者に伝えること」。

 人は「皆が好きなもの」だけでなく、「希少性が高いもの」を好む傾向にある。在庫が刻一刻と減る表示や、ナビゲーターの言葉を聞いて「早く買わないと二度と手に入らないかもしれない」と言う思いに駆られる。思わず電話を手にしてしまう視聴者は少なくないだろう。

 スタジオで感じたもう1つの売れる秘密は、「番組進行の効率のよさ」。想定外の動きもある生放送にも関わらず、とにかく効率よく次々と商品を紹介していった。視聴者が離れる隙なく、次の商品が出てくる。

 そしてもう1つ、「ナビゲーターの親しみやすさ」も大きいだろう。

 QVCの場合、大まかな流れは決まっているものの、基本的に台本は一切ない。ナビゲーターがその場で感じたことを、そのまま視聴者に伝えている。現在QVCには25人(犬も含む)のナビゲーターがいるが、アナウンサー出身者やテレビ局で働いていた人は意外と少ない。会社の営業マンや警官、レーサー出身のナビゲーターもいると言う。テレビの中の人、と言うよりは身近な友人のような親しみやすさがある。

人気ナビゲーターの河口美和さん。ナビゲーターチームの取りまとめもしている(写真 都築 雅人)
人気ナビゲーターの河口美和さん。ナビゲーターチームの取りまとめもしている(写真 都築 雅人)

 「売るための殺し文句よりも、画面の中に視聴者を徐々に引きこむことが大事です」

 河口美和シニアナビゲーターはこう話す。テレビの向こうにいる視聴者に、あたかもスタジオの中にいるような疑似体験を与えることがナビゲーターの役目。そのため、「視聴者にとって友達のような身近な存在」でいること心がけており、「共感や信頼を持ってもらうことが最も重要」(河口ナビゲーター)と話す。

 

鍵にぎる「指令室」

 スタジオを見学していて疑問に思ったのが、誰が撮影をしているのか、ということ。スタジオに5~6台カメラがあるのだが、カメラマンは一人もおらずリモートコントロールで動いている。疑問はそれだけではない。どうやって生放送中のナビゲーターに、視聴者からの入電状況や商品の在庫状況を伝えているのだろうか。

 この疑問を解決する、いわば「指令室」のような部屋が別にあった。

 その「指令室」は、スタジオとは別のフロアにある。暗い部屋の中では5人のスタッフが何やら作業をしていた。

いわば「指令室」とも言える、「ライブコントロールルーム」(写真 都築 雅人)
いわば「指令室」とも言える、「ライブコントロールルーム」(写真 都築 雅人)

 ここにいるのは、カメラを遠隔操作する「カメラオペレーター」、画面を切り替える「スイッチャ―」、ナビゲーターが発する言葉に間違いがないか確認する「ライブモニター」、画面の在庫状況を逐一更新する「ビズオペレーター」、そして、司令塔となる「ライブプロデューサー」の5人だ。

 先ほどの放送を仕切っていたのは、岩澤朋幸シニア・ライブプロデューサー。彼のデスク上のパソコンには、現在どれだけ視聴者から電話がかかってきているのか、商品の在庫は後どのくらいなのかリアルタイムで分かるようになっている。そして、その状況をスタジオのナビゲーターに耳元のイヤホンを通じて伝えているのだ。

 初めて見る方は、「早く売れてしまうから買った方がいいと煽っているのでは」と思うかもしれない。しかし、番組側の狙いは、「視聴者に正確に売れ行きを伝えること」(岩澤プロデューサー)。結果として絶妙な希少性の演出になっていることに加え、後で買えなかったとクレームが来ることを防ぐ効果もある。

双方向のコミュニケーション

 ライブプロデューサーがナビゲーターに伝えているのは在庫状況だけではない。

 例えば洋服を紹介しているとき、視聴者から「裏地が見たい」とコールセンターに問い合わせがあれば、ライブプロデューサーを経由してリアルタイムでナビゲーターに伝えられる。結果、その場で視聴者の要望に応えることが可能になる。これも生放送ならではの対応だ。「こちらから一方的に伝えているのではなく、視聴者と『双方向』でコミュニケーションが取れるようにしている」(岩澤プロデューサー)。

目玉商品は深夜0時に放送

 番組と視聴者をつなぐために欠かせない存在が、コールセンターだ。

コールセンターの様子。床に等間隔で埋め込まれているのが、特注で作った空調(写真 都築 雅人)
コールセンターの様子。床に等間隔で埋め込まれているのが、特注で作った空調(写真 都築 雅人)

 QVCジャパンでは同じ建物の中にコールセンターがあり、約500人が入れ替わりながら24時間電話対応をしている。受注担当だけでなく、視聴者に要望を聞いたり質問に答えたりするカスタマー担当もいる。商品によって対応人数を変えているが、最も人数を多く配置するのが深夜0時。毎日、その日の目玉商品を紹介している時間で、入電本数がとにかく多いためだ。

 デスクの幅は120センチと広く、隣の席の声が聞こえにくい設計になっている。通常は天井にある空調も、喉を乾燥しにくくするためにフロアの床に設置している。

 

 今回QVCを取材して感じた視聴者がハマる理由をまとめると下記の5点。
① 希少性を演出する在庫表示システム
② 効率のいい番組進行
③ ナビゲーターの親しみやすさ
④ 視聴者の要望をリアルタイムで反映できるシステム
⑤ コールセンターとプロデューサー、ナビゲーターの連携

 現在はスマホで視聴できるアプリにも力を入れており、若年層の取りこみも急ぐ。EC(電子商取引)の台頭などもあり、テレビ通販を取り巻く市場環境は決して順風ではない。生放送であることをうまく生かしながら、日本のテレビ通販市場をけん引していきたい考えだ。

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