「経営戦略の寿命はせいぜい10年」。こう指摘するのは、独コンサルティング大手ローランド・ベルガー日本法人の遠藤功会長だ。中でも注目しているのが、建設機械大手のコマツである。日経ビジネス2月15日号の特集「コマツ再攻 『ダントツ』の先を掘れ」では、景気減速の波を乗り越えようとするコマツの姿を徹底取材した。
コマツは圧倒的な競争力を誇る「ダントツ商品」を基盤にサービスやソリューションを展開し、成長を続けてきた。「過去10数年、コマツの経営戦略は他社のお手本になってきた」と評価する一方、「ターニングポイントにある」と遠藤会長は見る。コマツが取るべき「次の一手」を聞いた。
(聞き手は小笠原 啓)
コマツが苦しんでいます。中国経済の不振などを受け、2016年3月期は減収減益に陥る見込みです。
遠藤:業績が伸び悩む理由は、市場環境とコマツ自身の競争力という2つの視点から考えないといけないでしょう。
市場環境は、コマツが考えていた以上に深刻なのだと思います。中国やインドネシアについて、読みが甘かった面があるのでしょう。コマツはかねてKOMTRAX(コムトラックス)というITシステムを導入し、様々なデータを収集してきました。もしかしたら、コムトラックスに期待しすぎていたのかもしれません。
コムトラックスは確かに優れた仕組みですが、あくまでツールに過ぎません。肌感覚というかアナログな感覚を使って現実を見る取り組みも、不可欠ということでしょう。
こうした問題はコマツだけに限りません。様々な企業が中国市場の動向を読めずに苦しんでいます。経済だけでなく、政治的・社会的な問題が複雑に絡み合っていますからね。なかなか先が読めないし、予測も当たらないということだと思います。
もう1つの視点。コマツ自身の競争力をどう評価しますか。
遠藤:コマツの競争力が劣化した、あるいは他社に大きく追い越されたとは思っていません。過去10数年、コマツの経営戦略は他社のお手本になってきたし、実行面も優れていたと評価しています。
ただし経営戦略には寿命があり、事業そのものも成熟していきます。10年前に立てた戦略が永久に通用するわけではありません。コマツは今まさに、ターニングポイントを迎えているのだと思います。
遠藤:いわゆる「ダントツ商品」は健在だし、2015年からは(自動化建機を使ったサービスの)「スマートコンストラクション」も始めました。IoT(Internet of Things)の方向性に関しては、コマツは今も業界をリードしていると思います。決して競争力は劣化していない。
10年後のコマツの「飯の種」は?
一方で、今後10年、20年にわたってコマツが何で「飯を食う」のかが見えてきません。非常に不透明な状況だと思います。
かつてと違い、新興国での爆発的な需要の増加は見込みづらい。建設機械では今後、間違いなくコモディティー化が進みます。ボリュームゾーンを構成する安い機械では中国勢が台頭し、コマツといえども対応を迫られます。一方で、サービスだけで収益を上げられるわけでもない。優位性の源泉になるとは思いますが、大きな事業の柱としては期待しにくいでしょう。
過去10年、コマツは成長企業とみられていました。その観点からは、今のパフォーマンスは期待外れだと思います。しばらくは踊り場で、次の成長への模索を続ける時期なのでしょう。着実に市場を獲得し、堅実路線を歩まざるを得ないのかなと思います。
コマツの売り上げの9割を建設機械と鉱山機械が占めています。米ゼネラル・エレクトリック(GE)のようにソフトウエアに軸足を移せば、別の領域で成長が見込めるのではないでしょうか。
遠藤:ハードウエアよりむしろサービスで稼ぐという流れは、世界中で共通です。GEだけでなく独シーメンスもそういう志向を強めています。ハードがコモディティー化すると付加価値がどんどん下がり、収益が稼げなくなっていく。そこで、システムやソリューションを提供して稼ぐというのが大きな流れになっています。
欧米の先進企業は、そういう転換を相当ドラスチックに行います。自分たちはモノ作りをしないと宣言し、完全にハードを捨てる企業すら珍しくない。そして、サービスやソリューションの開発に思いっきり投資していく。
一方で日本企業は、どうしてもハードから離れられない。コマツもそうでしょう。スマートコンストラクションを始めたからといって、コマツが建設自体を丸ごと請け負うわけではないし、ゼネコンになるわけでもない。あくまで建機を販売する際の、付加価値サービスと位置づけているのでしょう。
システム発想の欧米、部品から積み上げる日本
ハードへのスタンスの違いが、どう戦略に反映されるのでしょうか。
遠藤:GEやシーメンスを一言で表現すると「システム発想」。まず全体のシステムを考えて、それに適したハードを当てはめていく。例えば病院向けのビジネスで、シーメンスが狙うのはシステムを丸ごと一括で受注することです。必要な医療機器は外部から買ってくればよいと割り切っています。
一方で日本メーカーは「コンポーネント発想」。ハードを起点にし、様々な部品を組み合わせながらシステムを考えていくやり方です。現場から積み上げていくスタイルとも言えるでしょう。
製造業の付加価値が、ハードからサービスやソリューションに移っていく中で、コマツを含めた日本メーカーがどうやって戦うのかが大きな課題になっています。このままでは、欧米勢が考えたシステムに対し、特定部分の機器を納入する存在になりかねないからです。
コマツは、ダントツの「ハード」こそがダントツの「ソリューション」を生み出すとしています。
遠藤:コマツが中国で成功したのは、確かにハードで違いが出せたからです。建機で重要なのは目先の値段ではなく、ライフサイクル全体で見たコストです。一見割高でも、コマツ製品を使った方が故障が少ないため、結局は安くつくと中国の顧客が気付き、一気に売れ始めたわけです。
建設機械は過酷な環境で使われるため、耐久性が求められます。一般の乗用車と異なり、簡単に作れる製品ではありません。米キャタピラーとコマツで市場を分け合っているのは、技術面で真似するのが難しいからでしょう。
そうした面で、コマツは競争力を持ち続けているのは事実でしょう。しかし今後も、それだけで本当によいのか。現時点でコマツが提供するソリューションは、あくまでも建機の付帯サービスです。それではビジネス規模が限られてしまいます。
さらに、現状に安住していてはゲームのルールを変えられてしまう恐れがあります。仮に中国の建機メーカーがハード販売から脱し、システムを丸ごと請け負うようなビジネスに乗り出したらどうなるか。中国企業が受注した工事に建機を納める「下請け」として、コマツが使われる可能性も考えられます。
発想の転換をしなければ、ハード偏重のビジネスモデルを変えられません。
遠藤:ハードで儲けるのではなく、ソリューションやシステムのビジネスを主軸にする。それぐらいの発想の転換が求められているのでしょう。コマツ内部にそういうリソースがないのなら、買収も辞さないという覚悟も必要です。
コマツはこれまで、建機の単品売りで伸びてきた会社です。「一本足打法」と表現してもよいでしょう。ある意味でバランスが悪いのですが、中国需要があるので、これまではどんどん伸びていた。業績を見れば、その選択が間違いではなかったことが分かります。
今まではハードというコアだけで十分に成長できたし、利益も稼げました。だから「飛び地」を攻めるということを、コマツはあまり考えてこなかった。
選択と集中の「次」が見えない
遠藤:ところが次の10年、20年を見据えると、その延長線上では立ちゆかない。どこかで角を曲がらないといけない。ただし、どちらの方向に曲がればよいのか、コマツ自身も悩んでいるのでしょう。
経営戦略の寿命はせいぜい10年です。過去のコマツの戦略は「選択と集中」で、かなり成功してきたと思います。しかし次の10年は、選択と集中の「次」を考えないといけない。コマツに限らず日本企業は、それを見つけ切れていません。稼ぐ力を高めて目先の収益性を高めた一方で、成長性や将来に対する投資が十分にできていないのではないか。私はそう考えています。
建機メーカーとして生き残る、勝ち残ることにフォーカスしてきたコマツ。今までのステージではそれでよかったのですが、その延長線上で次のステージは戦えないかもしれません。
コマツは壁にぶつかっているのでしょうか。
遠藤:根深い問題だと思います。金融や流通の企業は自分たちのドメイン(事業領域)を広げて、顧客に提供する価値を広げようとしています。それに対してメーカーは、自分たちの狭い領域だけで考える傾向が強い。せっかくよい技術を持っているのに、世の中の潮流に乗り遅れています。
日本のメーカーは相変わらず、自社のモノ作りに誇りを持ち、商品に自信を持っています。確かにそうかもしれませんが、もっと視野を広げることで競争力が高められます。そういう発想を持たないメーカーは、本当に危険だと思います。
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