単なる言い間違いなのか、それとも人種差別を意識した意味のある発言だったのか――。

 米国の女優、メリル・ストリープが2月12日、人種問題にかかわる発言をし、映画界だけでなく全世界に波紋が広がっている。

ベルリン国際映画祭の開会式前のセレモニーでスピーチしたメリル・ストリープ(写真:AP/アフロ)
ベルリン国際映画祭の開会式前のセレモニーでスピーチしたメリル・ストリープ(写真:AP/アフロ)

 日本の主要メディアではあまり報じられていないので、発言の背景を説明したい。ドイツ・ベルリンで同日、第66回ベルリン国際映画祭が開幕した。ストリープは審査員長としてこれに参加している。ちなみにストリープが映画祭で審査員をするのは初めてのこと。

 この日、ストリープは他の審査員と共に記者会見に出席した。会見ではまず、「人種や民族、性別、宗教などにとらわれることなく、公正な視点から作品を観たい」と審査員長としての姿勢を述べた。他の審査員たちには「心をまっ白にして、偏見を持たずに作品を観てほしい」と注文をだしている。

ストリープがこの発言に込めた思いは…

 その後、問題の発言をする。
「私たちはみんなアフリカが起源なんです。つまりみんなアフリカ人ってことなのです」。

 直後から、この言葉が世界を駆け巡った。多くのメディアが、「メリル・ストリープが人間はみなアフリカ人と言った」と煽るように報道した。

 人間がすべてアフリカ人であるわけはなく、誇張が込められた表現であることは誰にでもわかる。そのため「言い間違い。言い過ぎ」という批判は見当違いに思える。

 実はストリープの発言は、記者からの質問に答えたものだった。エジプト人記者が「北アフリカや中東の映画作品に対して、どの程度理解があるのか」という質問をし、これに答えた。

 ストリープは「人類の起源はまさしくアフリカにあって、そこから世界のあらゆる文化が花開いたわけです」とも述べている。

 発言の全体を見るかぎり、大きな違和感はない。ストリープがこの発言に込めた思いは、前後の文脈を眺めれば理解できる。

 人類学的な説明を待たなくとも、人類の起源がアフリカにあることは周知の事実である。「みんなアフリカ人」という表現は、咄嗟にでた言葉で「もとを辿れば」という前置きが抜けたと解釈できる。

映画祭は白人偏重の価値観のなかで進められるのか?

 今回のストリープ発言を別の視点でとらえると、国際映画祭らしい諸問題が関連していることがわかる。ストリープ自身も言っているとおり、人種や民族、性別、宗教などについて「偏見を持たずに」という点がカギなのだ。

 エジプト人記者の発言の真意は、次のような内容だろうと推察できる。
「国際映画祭と名前がついてはいるけれど、結局のところ白人が制作・主演した作品が審査対象になり、賞をとるのではないか。審査員も全員が白人であり、白人偏重の価値観のなかで進められている映画祭である。黒人が制作した作品がなぜ賞の対象にならないのか」

 記者会見でここまであからさまな質問をする記者は稀だ。まして日本にはほとんどいない。今回のエジプト人の質問を受け、ストリープはその真意を敏感につかんだはずである。

 同じ質問への回答の中で、ストリープは「女性も差別される側の立場」である点を指摘している。「審査員の顔ぶれをご覧になってください。少なくとも女性が審査員に含まれています。むしろ女性の方が多いくらいです。映画祭の審査員構成としては珍しいこと。この点において、ベルリン国際映画祭は(差別問題で)社会の先頭を歩いています」。

 エジプト人記者の発言の背景には、米アカデミー賞のこともあったとみられる。というのは、1月に発表になった米アカデミー賞の俳優部門にノミネートされた俳優がすべて白人だったのだ。それを受けて、監督スパイク・リー、俳優ウィル・スミス、女優ジェイダ・ピンケット=スミス(3人とも黒人)は2月28日のアカデミー賞授賞式をボイコットすると発表した。

 こうした流れを理解していたストリープがベルリン映画祭は「差別はしていない」ということを強調するため、「人間はみんなアフリカ人」という発言をしたことは容易に察しがつく。

 白人や黄色人などの区別なく、全人類が黒人、いや同じ皮膚の色であれば人種差別はなくなるのに、という思いが伝わるほどである。

 ストリープが差別主義者ではないことは明らかだ。それどころか、彼女は差別問題に敏感なリベラル派の女優である。差別反対の立場をとっているからこそ『サフラジェット(原題)』という最新映画で、人権活動家エメリン・パンクハーストを演じている。

配役に過剰までの配慮

 実は、ハリウッドは過去何十年にもわたって映画制作と人種問題を懸案として抱えている。むしろ「この場面で黒人を使いますか」と思える場面もあるほどで、配役に気を配っていることがある。

 個人的な話になって恐縮だが、筆者はハリウッド映画『ペリカン文書』にちょい役で出演したことがある。米国で1993年に公開されたジュリア・ロバーツ主演のサスペンス映画だ。

 配役会社が日本人を探しており、当時は首都ワシントンに住んでいた筆者にたまたま声がかかった。その時、スクリーン・アクターズ・ギルド(俳優の労組)に加盟した。労組に入る意思はなかったが、加盟しないとギャラを払えないと言われたので署名した。だが公開された映画を見ると、筆者が登場したシーンは見事にカットされていた。

 当時わかったのは、ハリウッドは労組の力が強く、黒人とアジア人を配役する流れをつくる努力をしていたことだった。しかし、筆者が知る限りにおいて明文化されたルールがあるわけではない。

「白人俳優を起用した方が興行成績が上がる」

 英BBCが昨年、ハリウッドの人種問題について報道した。その中で、いまだにプロデューサーと監督の94%は白人である点を指摘。さらに俳優の配役も、「組織的な人種差別」があると思えるほど白人重視であると報道した。

 BBCはその理由を、白人俳優を起用した方が興行成績が上がり、利益も見込めるからだと指摘した。ソニー・ピクチャーズのトーマス・ロースマン会長も「映画業界の人種問題は改善していますが、いまだに不十分」と発言している。

 ちなみに、今年のベルリン国際映画祭では、最高賞である金熊賞の対象となるコンピティション部門の候補に日本作品の名前はない。短編部門では泉原昭人監督のアニメ「ウィータ・ラカーマヤ」、娯楽性を追求したベルリナーレ・スペシャル部門には黒沢清監督の「クリーピー」がエントリーしている。

 今回のストリープの「アフリカ人発言」は、人種差別について映画界が過去にあまたの負の事例を持っていること、そして、いまだに揺れていることを如実に示すことになった。

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