これまで日本で働く外国人の多くは、幅広い産業の現場で「労働集約型」の仕事を担ってきた。新興国への技術移転を目的とする「外国人技能実習生制度」が、その1つの受け皿だ。今後、本格化する移民の議論も、介護や建設などの分野で人手不足を補うことが大きなテーマとなるだろう。

 このコラムの「三菱重工の巨額特損、もう1つの理由」でも紹介したように、自動車や造船など日本が強みとしてきた製造業でも外国人への依存度は高まっている。それは何も製造現場だけの話ではない。モノづくりを支える「頭脳」も日本人だけでは回らなくなっている現実がある。

 ミャンマー出身のミャッ・ミャッ・モーさん(26)は2015年4月から愛知県豊橋市にある設計会社、豊橋設計で働いている。現在の仕事は、大手鉄鋼メーカーから受注した巨大な製鉄機械の設計。数十年は使い続ける、鉄鋼メーカーの競争力を大きく左右する極めて重要な設備だ。

豊橋設計で働くミャンマー出身のミャッ・ミャッ・モーさん(撮影:早川 俊昭、以下同じ)
豊橋設計で働くミャンマー出身のミャッ・ミャッ・モーさん(撮影:早川 俊昭、以下同じ)

 豊橋設計には、幅広い業種の大手メーカーから設計業務の依頼が舞い込む。自動車工場に導入するロボットに、大型プラントの配管、造船や製鉄所などの設備。どれも、高い品質が求められるものばかりだ。国内の生産ラインだけではなく、海外の工場に導入する設備の設計も多くある。大手メーカーは設備の企画や基本設計までは自社で手がけるが、それを詳細な図面に落としこむ作業は外部の企業に委託することが多い。豊橋設計はその担い手だ。

 一時よりも国内での設備投資が活発化してきたこの2~3年で、こうした仕事の依頼は急増している。問題は、設計者不足だ。豊橋設計には現在、約100人の設計者がいる。これまでも毎年5人程度の新卒社員の採用を目指してきたが、「国内の採用環境は極めて厳しくなっており、我々のような中堅中小企業が優秀な人材を獲得することは極めて難しくなっている」(内山幸司社長)。機械の設計は男性の仕事というイメージが強く、女性の採用は難しい。加えて、顧客企業への派遣や出張も多いために、地元志向の強い若い世代に敬遠されがちなことも採用難に拍車をかけている。

待遇は日本人とほぼ同じ

 そこで活路を見出したのがミャンマーだ。豊橋設計はもともと、ミャンマーに現地法人を持っていた。日本で受注した業務の一部を、現地で採用、教育したエンジニアに任せている。いわゆる「オフショア開発」の拠点だ。現地には日本から派遣したマネジャーはいない。本社とミャンマー法人をインターネット回線で接続し、音声と映像で常にコミュニケーションを取りながら仕事ができる体制を構築している。

豊橋設計の本社には、ミャンマー現地法人を遠隔で管理する設備が用意されている
豊橋設計の本社には、ミャンマー現地法人を遠隔で管理する設備が用意されている

 昨年から、そのミャンマー法人で採用した人材に、日本で働いてもらうことを始めた。ミャッ・ミャッ・モーさんは1期生2人のうちの1人だ。製鉄機械のような大型の案件になると、複数のエンジニアがチームとなってプロジェクトを進めるため、チーム内での密なコミュニケーションが必要となる。遠隔操作ではなく、日本に常駐してもらった方が効率的であると判断した。

 内山社長は「現地法人を設立したのも、いずれ日本で働いてもらえる人材を採用し、育てるという目的があった」と話す。ミャンマーでは、大学卒業後にすぐに企業に就職することは当たり前ではない。そのため、2人程度の募集枠に対し、50人以上は応募があるという。面接時には必ず「日本で働けますか」と聞いている。遠く離れた日本で働く可能性があることを条件にしても、意欲があり、現地トップクラスの理工系大学を卒業した人材を採用できる環境にある。日本語を教育する時間は必要になるが、技術習得のスピードやモチベーションの高さなどを考えれば、将来的には貴重な戦力になってもらえると判断した。

 決して「安さ」を求めているわけではない。待遇は日本人社員とほぼ同じだ。ミャンマーでは2万円前後だった月給が、日本への転勤後はほかの社員の初任給と同じ約20万円になり、一気に10倍に跳ね上がる。自宅が遠い社員と同じように、社宅も用意している。待遇や働き方は職場のほかの社員と変わらない。

「移民」の定義は1年以上の滞在

 ミャッさんは現在、先輩社員2人と同じチームの一員として働く。オフィスでの会話は日本語で、図面に書かれているのも日本語だ。それでも、業務ではほとんど問題ないという。日本語の勉強を始めてからまだ3年程度だが、日本語能力試験で「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」レベルとなる「N3」に合格している。

 故郷で一人暮らしをしている母親とは、楽天が買収した無料通話サービス「Viber(バイバー)」で頻繁に話をしているという。休日には新幹線に乗って京都や東京に行って友人と会うこともあり、今年の夏休みは富士山登山を計画している。冬の寒さを除けば日本での生活を楽しんでいる様子のミャッさん。「仕事で学ぶことがたくさんあるし、日本語ももっと上手になりたい。できればずっと日本で働きたい」と話す。

 国際連合の定義では、移民は「生まれた国、あるいは市民権のある国の外に移動し、1年以上滞在している人」となる。それに従えば、ミャンマーで生まれ、昨年から日本で働き始めたミャッさんは既に「移民」ということになる。日本では移民と言えば永住前提の外国出身の人を想起しがちだが、一般的にはよりよい仕事や生活を求めて国境を越えて移動する人たちのことを指す。日本企業の日本人社員でも、1年以上の海外駐在経験があれば「元移民」。そう考えれば、日本でも多くの企業の現場や取引先に、既に移民が存在することになる。

次に来日して働く人材向けの研修も開始している
次に来日して働く人材向けの研修も開始している

 豊橋設計では、ミャンマーで採用した人材に来日してもらい、継続的に働いてもらう取り組みをさらに拡大する予定だ。候補となる人材をまず3カ月程度の研修として本社に呼び、技術を覚えるのと同時に日本での生活に慣れてもらうための機会も設けている。もちろん、こうしたすべての人材が長期的に日本で働き続けるとは限らない。日本で経験を積んだ後にミャンマーに戻り、現地法人でのリーダー役となるといったケースも想定している。

 日経ビジネス4月4日号の特集「移民ノミクス」では、技能実習生のように外国人を「安く雇える労働者」と見なす対応は限界に近づいていると指摘した。新興国と日本の賃金水準の格差はこれからも縮まるだろう。また、日本と同じように出生率の低下に悩む国が多いアジアでは、優秀な人材の獲得競争が始まっている。

 2016年、100万人の大台に達すると見られる外国人労働者は、いつまでも「勝手に来てくれる存在」ではない。日本企業にも、より戦略的に海外の人材を確保し、必要に応じて教育しながら組織の中に受け入れる取り組みが欠かせなくなってくるだろう。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中