『ドヤ顔』という言葉があります。コンサルタントとして企業の現場に入ると、たいしたことをしてもいないのに『ドヤ顔』をする人がいます。

 その人がそれまでやれなかったことをやれたとき、他の人ができないことをやったと誰かにアピールしたいとき、おもわずそのような表情になってしまうのでしょう。

 獅子山課長と鷲沢社長の会話をお読みください。

●獅子山課長:「社長、経営会議の資料を持って参りました」

○鷲沢社長:「ありがとう。見ておくよ」

●獅子山課長:「……」

○鷲沢社長:「どうした」

●獅子山課長:「いえ、別に」

○鷲沢社長:「他に用事がなければ仕事に戻りたまえ。忙しいだろう」

●獅子山課長:「忙しいかもしれませんが、忙しいとは言わない性格なんです」

○鷲沢社長:「……」

●獅子山課長:「……」

○鷲沢社長:「なんだ」

●獅子山課長:「いえ、別に」

○鷲沢社長:「本当は忙しいのに『忙しい、忙しい』と言わないのはいいことだ」

●獅子山課長:「ありがとうございます」

○鷲沢社長:「……」

●獅子山課長:「……」

○鷲沢社長:「……なんだっ!」

「顎を引き、眉間に皺を寄せて、口元を引き締めろ」

●獅子山課長:「わっ。びっくりしました」

○鷲沢社長:「さっきから私の顔をじろじろ見て、何か言いたいのか」

●獅子山課長:「いえ、そういうわけでは」

○鷲沢社長:「だったら仕事に戻りたまえ」

●獅子山課長:「あのう、その経営会議資料、本来なら営業部長が用意するものです」

○鷲沢社長:「何?」

●獅子山課長:「それを私がやりました」

○鷲沢社長:「……だから何だ」

●獅子山課長:「まだ赴任したばかりで社長はご存知ないかもしれませんが、営業部長は外回りばかりして、こういった件は私に任せているのです」

○鷲沢社長:「……」

●獅子山課長:「ですので何かございましたら部長ではなく私にお申し付けください」

○鷲沢社長:「……あのさ」

●獅子山課長:「はい、なんでしょう」

○鷲沢社長:「その顔を止めろ」

●獅子山課長:「えっ」

○鷲沢社長:「もっと顎を引き、眉間に皺を寄せて、口元を引き締めろ」

●獅子山課長:「どういうことですか」

○鷲沢社長:「本社ビルの向かいにある喫茶店のコーヒーを飲んだことがあるか」

●獅子山課長:「はあ、ありますが。すごく濃いです」

○鷲沢社長:「そう、その顔だ。私の前ではそういう顔をしてほしい」

●獅子山課長:「え」

○鷲沢社長:「さっきから君は顎を上げ、目を細め、ニヤニヤしている。『ドヤ顔』というやつだな。そんな顔で私を見るな」

●獅子山課長:「ドヤ顔をしていたつもりはないのですが」

○鷲沢社長:「人間、気持ちが顔に出るものだ。資料を作ってくれたのは御苦労だったが、それぐらいでドヤ顔をしてもらっては困る」

●獅子山課長:「あの、社長はまだ知らないのでしょうが、6人いる課長たちも細々としたことが苦手で、私が代わりにやることが多いのです」

○鷲沢社長:「それがどうした」

●獅子山課長:「それがどうした、って……」

○鷲沢社長:「さっきから何度も言っている通り、早く仕事に戻りたまえ。ドヤ顔をする部下を私は『ドヤ部下』と呼ぶ」

「その顔を止めろ、ドヤ部下!」

●獅子山課長:「それはひどい言い方ですよ」

○鷲沢社長:「そう言われたくなかったら、もっと謙虚に働きたまえ」

●獅子山課長:「私が謙虚じゃない、と言いたいのですか」

○鷲沢社長:「謙虚でないからドヤ顔になる」

●獅子山課長:「お話ししますと、社長が赴任した当日の歓迎会の手配、司会者の指名、プレゼントの花束の用意、すべて私がやりました」

○鷲沢社長:「それはそれは、ありがとう」

●獅子山課長:「庶務の人はみんな私を頼ってきます。どうしてそうなる分かりますか。私が気配りできる人だとみんな知っているからです」

○鷲沢社長:「庶務のみんなが君を慕っているのは君が気配りの達人だからか」

●獅子山課長:「その通りです」

○鷲沢社長:「その顔を止めろ、ドヤ部下! 君は営業課長だろう。気配り達人でございます、とドヤ顔をされてたまるか」

●獅子山課長:「ド、ドヤ部下って。気配りがなぜいけないのですか」

○鷲沢社長:「今朝、営業部長と一緒にB社へ行ってきた。君の担当客だ」

●獅子山課長:「B社へ、今朝……。何の用事で行かれたのですか」

○鷲沢社長:「わが社は広告代理店だ。広告を売りに行ったに決まっている。野菜や果物を売りに行ったとでも思ったか」

●獅子山課長:「いえ、それはそうですが」

○鷲沢社長:「B社の専務にお会いし、来春のフォーラムに関する提案をした。45分プレゼンし、社長にも出てきてもらった。3000万円ほど発注をしていただいた」

●獅子山課長:「え! 45分のプレゼンって……。いつの間に」

○鷲沢社長:「部長は担当営業の君を指名したそうだが、君は『忙しい』と言って断ったそうじゃないか。昨夜相談を受けたから、部長と一緒にプレゼン資料を作った」

●獅子山課長:「そ、それで3000万円の案件を受注……」

○鷲沢社長:「君はB社へ何年かよっている」

●獅子山課長:「2年ほどでしょうか」

○鷲沢社長:「どのくらい仕事をいただいたのか」

●獅子山課長:「ええと」

○鷲沢社長:「営業だろう、君は。そういう数字は即答しろ。過去2年で3件、合計で245万円だ。営業支援システムの履歴によればそうなっている」

●獅子山課長:「……」

○鷲沢社長:「君なりに頑張ったのだろうが2年で245万円だ。今日、初めてB社へ行った私は3000万円。どうだっ!」

●獅子山課長:「う……」

○鷲沢社長:「ドヤ顔とは、こういうときにするものだ」

●獅子山課長:「わ、わかりました」

○鷲沢社長:「気配りも結構だが、君は営業課長だ。まず、目標予算の絶対達成に集中しろ。今期このままいくと君のところは89%の達成率で終わるぞ」

●獅子山課長:「申し訳ありません」

○鷲沢社長:「ドヤ顔をしたいなら、年間目標を上回るくらいの結果を出してからにしろ。そういうときのドヤ顔なら、いくらでも見てやる」

手段を目的と取り違えているミドルマネジャーは要注意

 自分の役割や仕事の目的を理解できていない人がいます。イベントの集客ができただけでドヤ顔。きれいなチラシを作っただけでドヤ顔。Webサイトからの問い合わせが増えただけでドヤ顔……。

 イベント集客もきれいなチラシも問い合わせの増加も結構なことですが、その目的は受注にあります。

 どんな結果を出せば目的を果たしたと言えるのか。それを曖昧にしたまま、ドヤ顔をされても経営者は困ってしまいます。

 手段を目的と取り違えているミドルマネジャーは要注意です。ミッションを正しく認識して、仕事に取り掛かりましょう。

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