前回は、「作る」から、「受け取る」へと文法の発想を変えることで、細かい分析をしなくても英語はしっかりと理解できるというお話しをしました。例としてはgiveのケース(SVOO)を取り上げましたが、これはもちろん、どのような文型にも当てはめることができます。さらに、5文型では説明できない文構造でもやさしく理解できます。

 例えば、私は昨年この文法を使って新中学2年生に、進行形から動名詞、分詞構文、そして独立分詞構文までを25分で教えたことがあります。さすがに緊張しましたが、フタを開けて見ると先生にも生徒にも好評で、今年もアンコールがかかりました。たいへんうれしいことです。機会を改めて詳しくご紹介したいと思います(※)

(※)こんな、ある意味でとんでもない講義にアンコールがかかるのも、「使える英語」へのプレッシャーが年々高まる中で、先生方が新しい方向性を模索されているためかもしれません。今英語教育は過渡期に入っており、たいへんな混乱状態にあります。

 もう1つの例を上げますと、「仮定法」というのも、中学レベルの知識で理解できます。もっとも大切な点を説明しておきますと、「過去形には2つの意味がある」と考えれば良いのです。それだけです。

過去形の意味

  • ①「過去に起こったこと」を言い表す
  • ②「心の中で想像したこと」を言い表す

 例えば、つぎのような会話の場合、couldは②の意味で使われています。

  • A:What do you think about this plan? このプランについてどう思う?
  • B:It could work.(私が勝手に想像しただけのことだけど)ひょっとするとうまくいくかも

 ポイントは、(私が勝手に想像しただけのことだけど)という「前振り」を日本語で入れている点です。これによって、「はっきりは分からないけれど、可能性はゼロではないと思う」という微妙なニュアンスのあることが理解できます。また、この前振りを活用すると、自分自身が会話で使うときにも使いやすくなります。

 ちなみに、この場合のcouldは「未来」のことについて予測しています。なぜこんなハットトリックのようなことができるのでしょうか。――それは、「想像の世界は自由」だからです。

 このように、視点を変えて整理し直すと、中学の知識だけでもあっという間に高校文法を、それも、これまでよりはるかに深く、正確に、実践的に、マスターできます(※)

(※)すべての本を見たわけではありませんので、はっきりとは言えませんが、私の知る限り、「中学英語で・・」とか「中学・高校の文法を1冊で・・」とかいった類の本は、ただ単に「従来の文法をまとめただけ」の場合がほとんどのように思えます。仮定法についても、Ifを使って解説を始めたり、「事実に反する」という点を強調したりするものが多いですが、このような切り口では「正しい文法」は身に付きません。また、微妙なニュアンスや広がりが理解できなくなります。

「会話力」の伸ばし方

 さて、ここで文法と英会話の関係について少し考えて見たいと思います。いったい会話力を身につけるには文法知識が必要なのでしょうか。日本人は文法で痛い目にあっている人がとても多いので、ここは気になるところです。しかし、いったんは安心して下さい。これまで見てきたように、文法の発想自体を変えると、中学レベルの知識で高校内容までを無理なく理解できます。つまり、文法という点だけからみると、わずかな知識で会話はできるようになるということです。

 でも、それだけで十分かというと答えは「ノー」です。会話力を身に付けるには、ほかにもいくつかの点に気をつける必要があります。

 1つには、以前にもお話した通り、会話というものは、リスニング(つまり聞き取り)とスピーキング(つまり話す)の2つの能力があってはじめて出来るようになります。ところが、これら2つは全く異なる能力です。

 例えば、あなたがネイティブスピーカーと話す場合を想定してみましょう。よほど日本人慣れしている人でない限り、相手は、中学レベルを軽く越える単語や言い回しをどんどん使ってきます(※)。たとえば、“definitely”(もちろん、明らかに)、 “terrific”(凄い、イケている)、”wind up”(~という結果になる)、”get stuck”(にっちもさっちもいかなくなる)、などがそうです。よく「心配しなくても、会話で使われる単語の80%は中学で習う単語です」といったようなことが言われますが、これは一面正しいものの、リスニングとスピーキングを十分に区別できていません。ネイティブスピーカーの話す英語(=私たちが聞き取らないといけない英語)は、そんなに甘くはありません。

(※)ネイティブは、話せる・話せない、上手い・下手で区別をしない方が相手にたいして失礼にならないと考える傾向があります。しかし、私たちの“実情”に気づき始めると、大抵はやさしい単語でゆっくりと話してくれるようになります。仕事の場合だとそうもいかないでしょうが・・。

 また、ネイティブの英語は、話す速度も速く、音声も音がつながったり、消えたりします。さらに人によって低音だったり、高音だったり、独特のなまりがあったりします。

 これら千差万別の英語をキャッチするには、リスニングにあった練習を行う必要があります。とはいっても、これは初心者にとってはとても高いハードルですので、まずは高速の音声や、音の変化、語彙、言い回しに慣れることが目標になります。

 一方、スピーキングの方は、言ってみれば「私たちの自由」です。ネイティブ並みの語彙や言い回しを使い、長い英語を高速で滑らかに口にできればそれに越したことはないわけですが、「そうしないといけない」というルールはどこにもありません。むしろ、できる限り短くシンプルな英文で話す方が確実に通じますし、上達も早くなります。速度もゆっくりで十分。下手に速く話しても、発音やリズムが違うので、余計に通じにくくなります。

 当たり前ですが、コミュニケーションにおいては通じることがまず大切です。1年や2年でネイティブ並みにペラペラなどということは有り得ません。とくに、海外に住まずに日本国内で学ぶ場合には、まずは短く、シンプルに、分かりやすく、を意識することが大切です(※)

(※)ちなみに、通訳者の人たちは、意外とフラットで特長のない英語を話すことが多いです。彼らは、文字通り、世界の人たちを相手に、だれにでも分かりやすい英語でコミュニケートしないといけないからです。このような英語を“ニュートラル・イングリッシュ”と言います。

「使うこと」が大切な理由

 もう一点、大切な点があるとすると、それはやはり「使うこと」です。「使う」と言っても使えないから困っているという人もいるかも知れないですが、以前にもお話したように、学習は「集中」がすべてです。ところが、その「集中」がもっとも起こりやすいのが、実際に話すときなのです。なかなか通じなくても、何とかしてコミュニケートしようとしていると、文字通り五感がフル稼働になった状態になり、「集中」が起こるのです。

 五感がフルに使われたときの集中力というのは相当なもので、音声にたいしてとても敏感になるだけでなく、「相手の言葉を借りる(盗む?)」という技がごく自然に身に付きます。つまり、話し相手が「集中状態保証付きの歩くテキスト」になるわけです。友人などにネイティブがいる人は、瞬く間に英語を話せるようになって周囲を驚かせるものですが、その理由はこういうことなのです。

 でも、だれもが英語のネイティブスピーカーを友人に持てるわけではありません。その場合には、最近流行りのオンライン英会話をお薦めします。ひとつアドバイスをしておくと、オンライン英会話で練習をする場合には、(こちらがお客さんですので)何か自分の興味ある事柄についてやさしく書かれた英文を準備しておいて、それについて話すのが効果的です。日本語訳や語彙リストなどがあれば文句無し。さらに事前に音読でもやっておけばパーフェクトです。いきなり「すべて自由会話」というのはお勧めできません。初心者のうちは5分もすれば言葉に詰まり、あまり成果が期待できないからです。

一石二鳥の学習方法

 さて、もう一点、リスニングとスピーキングを区別しないといけない大きな理由があります。それは、たとえば会話教材を使って勉強する場合、たとえばAさんとBさんが話している英語は(当たり前のことですが)意味の上でつながっています。自然な英語が使用されていればいるほど、全体が一連の流れになってしっかりとつながっています。ですから、これをそのまま練習しても、実際に自分が使う場面で「必要な表現を取り出して使えない」という問題が起こるのです。

 会話のテキストやドラマ・映画のせりふで練習しても、リスニングはある程度伸びるけれどもなかなかスピーキング力につながらない・・・そういった経験をした人がきっといるはずですが、それはこういう理由だったのです。

 これを解決するには、会話をリスニングの練習用としてそのまま利用し、その上で、使えそうな部分だけを切り出して独立させ、日本語→英語の順序でスピーキング練習するようにすると効果的です。また、このようにすると、同じ素材を違う角度から練習することになるので相乗効果が表れ、一石二鳥になります。ぜひ試してみて下さい。これまでに使用したテキストを“再”利用すると、すぐに効果を体感できるはずです。

海外経験者が教えてくれたこと

 最後に、興味深いお話をしましょう。仕事柄、私の知り合いには日本語と英語を自在に使い分けることの出来る人が多いのですが、彼らのほとんどは合衆国などに5~8年ほど滞在した経験があります。その彼らが、口をそろえて同じように繰り返すのが、「海外に住んでいても、スクールには通った方が良い」という点です(※)

(※)ここでいうスクールというのは、語学スクールだけでなく、大学やコミュニティカレッジの一般向けコースなどを含めた意味です。

 私には海外経験がありませんので、どうして海外に住んでいる人がわざわざスクールに行く必要があるのかピントきませんでした。そこで詳しく聞いてみると、どうも理由は2つあるようです。1つには日常のコミュニケーションで「通じればそれで良い」と考えていると、こちらの話す英語が少々ブロークンでもOKということになり、英語が崩れやすくなるということです。もうひとつは、たとえ海外に住んでいても現地や国内にいる日本人の友人などと日本語で話すことも多いため、きちんとした英語に、深くしっかりと触れる機会がどうしても必要だというのです。これを聞いてなるほどと思いました。この話からは私たちも学ぶべき点があります。

 ちなみに、初めて私にこの話をしてくれた人は、ご主人の仕事の関係でニューヨークに8年間いた人で、とても流暢な“NY英語”を話しました。

 英語にかんする限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話していきます(※)

(※)私は、リスニングとスピーキングを区別し、それぞれに適したトレーニングを組み込んだ「リッスントーク」という会話教材を開発しています。もしご興味があれば、一度サイトにお立ち寄りください。
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