わたしたちの視覚には「色」がある。だから、色があるのは当たり前と思うかもしれないけれど、色覚を持たない動物も多い。なぜわたしたちには色覚があり、どのように進化してきたのか。魚類から霊長類まで、広く深く色覚を追究している河村正二先生の研究室に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=内海裕之)

 ヒトの、ひいては脊椎動物の色覚について、前回は基礎固めをした。

 網膜にある視細胞には、桿体(かんたい)と錐体(すいたい)があって、桿体は薄暗いところでの「薄明視」用、そして、錐体は明るいところで働き、色覚に関係している。

 視細胞が光を感じ取るには、視物質が必要で、その視物質はオプシンというタンパク質と、レチナールという色素でできている。

東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の河村正二さん。
東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の河村正二さん。

 レチナールの方は、脊椎動物ではだいたい決まったものが使われるので、様々な色覚の違いは、主にタンパク質のオプシンのバリエーションによってもたらされる。

 ヒトの錐体は、赤、緑、青の3色に対応するオプシンを持っている。

 とりあえずここまでが、前回の復習だ。

 では、これらのオプシンを使って、色覚というのはどんなふうに実現しているのだろうか。

 河村さんは、こういうところから説き起こす。

脳が色を塗る

「まず、色というのはそもそも光線にくっついているものでもなく、物質についているものでもないということを理解しておいてください。例えば、虹は太陽の光が屈折率の違いから、波長がバラけたものですよね。我々にはそれらが、それぞれ違って見える。波長を識別する感覚があるということです。その波長の違いによって光線を識別できる感覚が色覚です。別に色が光線にくっついているわけではないんです。識別しているということは、つまり脳が色を塗っていると思ってください」

 このあたり、ぼくたちには「見えるようにしか見えていない」わけで、「色」と「光の波長」を混同しがちだ。また、「色」と「光の波長」を混同して語っても、現実的には問題ない場面も多いだろう。しかし、今、ぼくたちはまさに「色覚」について語っているので、「光」と「色」は、いったん区別した方がいい。河村さんの言うとおり、「色は光線にくっついている」わけではなく、「物質にくっついている」わけでもない。むしろ、光の波長を識別する能力に応じて、「脳が色を塗っている」わけである。

 とすると、どんなふうにぼくたちは、光の波長を識別しているのだろうか。

「それは先の錐体のレパートリーによって決まってきます。ヒトの場合、光の感受性の異なる3種類の錐体、L、M、Sがあります。波長がロング、ミドル、ショートという意味です。赤、緑、青と言ったりもします。3種類の視細胞、錐体細胞。言い換えると3種類のオプシンがあるわけですね。この3つのアウトプットの比率が色になるわけです。ヒトの場合は3種類ということで3色型といいます」

 専門的には、オプシンがどの波長に感受性があるかということで、L(ロング)、M(ミドル)、S(ショート)だが、さすがにこのままでは混乱するので、ここはちょっと妥協してL(赤)オプシン、M(緑)オプシン、S(青)オプシンなどと書くことにする。光の波長は色そのものではないと、力説した直後に申し訳ないが、ことヒトの視覚において、赤や緑や青をもたらすセンサーということで。

 そして、ヒト、多くの哺乳類、ミツバチ、多くの鳥類というカテゴリーで、錐体オプシンの多様性を示す図表を見せてもらった。ミツバチは脊椎動物ではないが、昆虫もやはりオプシンを使ってものを見ている。

錐体オプシンレパートリーの多様性。オプシンの種類ごとにカーブが描かれているので、存在するオプシンは多くのほ乳類、ミツバチ、多くの鳥類でそれぞれ2種類、3種類、4種類だ。なお、ミツバチのオプシンの感受性は全体に短波長側に寄っており、波長の長いほうからそれぞれ緑、青、紫外線の領域にあたる。(画像提供:河村正二)(Vorobyev, M. (2004). Ecology and evolution of primate colour vision. Clinical and Experimental Optometry, 87, 230-238のFigure 1を改変)
錐体オプシンレパートリーの多様性。オプシンの種類ごとにカーブが描かれているので、存在するオプシンは多くのほ乳類、ミツバチ、多くの鳥類でそれぞれ2種類、3種類、4種類だ。なお、ミツバチのオプシンの感受性は全体に短波長側に寄っており、波長の長いほうからそれぞれ緑、青、紫外線の領域にあたる。(画像提供:河村正二)(Vorobyev, M. (2004). Ecology and evolution of primate colour vision. Clinical and Experimental Optometry, 87, 230-238のFigure 1を改変)
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「まず、ヒトは、3色型色覚ですね。この3種類の組み合わせによって、数百万種類の色を見分けることができると。波長だけでなくて、明暗の情報も含めてですが。パソコンのモニタなどが、RGB(赤緑青)なのは、まさにそのためです」

 ところが、「多くの哺乳類」となると、M(緑)オプシンがなくて、L(赤)とS(青)だけだ。

イヌは「青と黄」

「2色型色覚といいます。霊長類以外の哺乳類ということで、イヌもネコもウシもこのタイプです。2つのセンサーの組み合わせで色をつくっているということで、よくイヌが白黒の世界を見ているというふうなことがいわれると思うんですけど、あれは間違いです。白黒ではないです。青と黄の世界と言ったほうがまだ近いです。2種類のセンサーだけで色をつくり出すので、色の種類数はぐっと落ちるわけですね」

 2種類のセンサーでも、それで光の波長を識別できるわけだから、それに応じた色の世界があるわけだ。白黒というのは単に明るいか暗いか、明暗の階調で表現しているものなので、根本的に異なる。

「実は、この2色型というのは、ヒトですといわゆる「赤緑色盲」に相当します。そして、こういうメガネがありまして、僕なんかは、プレゼンで見えにくい色使いをしないように確認するために使っているんですが──」

 河村さんが取り出したのは、特殊なフィルターを使ったサングラスのようなものだ。バリアントールと呼ばれていて、ヒトが擬似的に2色型色覚を体験するためのものだ。それを装着すると、パソコンの画面の色の様相がかなり変わってしまう。元もと赤だった部分が黒っぽくなって、緑が黄色っぽくなる。細かな色の識別が難しくなるが、やはり白黒というのとはまるでちがう。

「バリアントール」をかけると2色型色覚を擬似的に体験できる。
「バリアントール」をかけると2色型色覚を擬似的に体験できる。

「実は、ミツバチも3色型です。でも、ヒトとの違いは分かりますか」と河村さんは指差した。

ふたたび錐体オプシンレパートリーの多様性。ヒトとミツバチの違いは?(画像提供:河村正二)(Vorobyev, M. (2004). Ecology and evolution of primate colour vision. Clinical and Experimental Optometry, 87, 230-238のFigure 1を改変)
ふたたび錐体オプシンレパートリーの多様性。ヒトとミツバチの違いは?(画像提供:河村正二)(Vorobyev, M. (2004). Ecology and evolution of primate colour vision. Clinical and Experimental Optometry, 87, 230-238のFigure 1を改変)
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「ミツバチの場合、L、M、Sの感度のピークが、ヒトに比べて離れているんです。ヒトは、L(赤)とM(緑)が近づいていますよね。色はセンサーのアウトプットの比率だと言いましたけど、ヒトの場合、L(赤)とM(緑)がかなり重なっているから、片方だけがすごく興奮して、もう片方がまったく興奮しない、ということはありえないんです。その一方で、ミツバチの場合は、3種類のセンサーがかなり独立しているので、識別できる色が増えるわけです」

 ミツバチは、ヒトよりももっと色彩あふれる世界に住んでいるともいえるかもしれない。

 そして、さらに鳥類!

「4色型です。L(赤)、M(緑)、S(青)のほかに、VS(ベリーショート、紫外線)のセンサーかあります。ヒトやミツバチはいわば3次元の色空間を持っているわけですが、鳥は4次元ですから、もう3次元では表せません。例えば、絵の具のセットの中に、紫外線色の絵の具というものがあったとします。ヒトにとっては、それは見えないので、パレットの中でほかの色と混ぜていっても、ヒトにはまったく色が変わったようには見えません。でも、鳥が見ればどんどん色が変わっていくように見えるわけです。そういう感じですね」

 紫外線が識別できると、たとえば、人間の目には1色にしか見えない花に、実は模様があるのが分かったりする。識別する能力のある鳥にとっては、それはやはり「色」だ。

色が効く環境とは

 さて、ここまでで、L(赤)、M(緑)、S(青)、VS(紫外線)のタイプの錐体オプシンが出てきた。また、桿体にも特有のオプシンがある。

 細かいバリエーションはありつつも、脊椎動物がこれまで使ってきたのはこの5種類だという。実は脊椎動物の共通祖先の段階で、これらは出揃っていたと考えられる。今後の議論でさんざん登場してくるので、表記をさらに「妥協」して、赤オプシン、緑オプシン、青オプシン、紫外線オプシンとする。「色」は光にくっついているわけではなくセンサーのアウトプットに応じて脳が「色付け」しているということとさえ理解しておけば、こういう表記も議論をミスリードしないですむはずだ。

 そして、ここまでで河村さんによる、色覚の基礎講座は終了だ。背景知識自体すでにディープだけれど、さらにディープで興味深い世界を、河村さん自身の研究として語っていただけるところまでやってきた。

 河村さんは、こんな問いかけをした。

「そもそも色覚って、どのような環境で最も役に立つと思いますか。これが色覚の進化を考えるうえで重要になるんです」

 さて、それはどんな環境なのだろう。色が区別できると便利にはちがいないけれど、それが特に効いてくるような環境とは?

「ひとつは、明度が非常に不規則に変動する環境です。というのは、もし明暗だけで物を見ようと思っても、明るさが予測不能にちょこちょこ変わってしまったら困りますよね。その代表的な環境のひとつは水中、特に浅瀬です」

 なるほど。屋外のプールに日が差した時のことを考えてみるといい。水面が常に揺らいでいるので、水底に届く光も常に揺らいでいる。ああいう状況だ。

「そういう時に、明度だけで物を見ようとすると、すごくノイズの高い環境になってしまいます。一方で、明るくても暗くても、青は青で黄色は黄色なわけです。というのは、色とはセンサーのアウトプットの比率だからです。全体に暗くなっても明るくなっても変わらない。だから、色覚が役に立ちます」

 例えば、浅瀬にいるような魚(あるいはその祖先)にとって、色覚を発達させるのは、とても有利なことだったかもしれないのだ。

 そして、さらにもうひとつ。

そして、森

「森です。葉っぱが風や何かで、非常に不規則に常に揺らいでいるわけです。霊長類が住んでいるところですね。僕が、魚類と霊長類に注目するというのは、そういう背景があるんです」

明るくても暗くても、赤いりんごは赤く、黄色いバナナは黄色く見える。このように、見ている色が常に保たれる(よう脳が認識している)ことを「色覚の恒常性」という。おかげで、明るさがころころ変わるような状況でも、色の違いなら安定して見分けられるわけだ。大好きだというザ・ビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットを例に、画面の明るさを変えたりカラーフィルターをかけたりしながら河村さんが解説してくれた。
明るくても暗くても、赤いりんごは赤く、黄色いバナナは黄色く見える。このように、見ている色が常に保たれる(よう脳が認識している)ことを「色覚の恒常性」という。おかげで、明るさがころころ変わるような状況でも、色の違いなら安定して見分けられるわけだ。大好きだというザ・ビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットを例に、画面の明るさを変えたりカラーフィルターをかけたりしながら河村さんが解説してくれた。

つづく

河村正二(かわむら しょうじ)

1962年、長崎県生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻・人類進化システム分野教授。理学博士。1986年、東京大学理学部卒業。1991年、東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程を修了。その後、東京大学および米国シラキュース大学での博士研究員、東京大学大学院理学系研究科助手などを経て、2010年より現職。魚類と霊長類、特に南米の新世界ザルを中心に、脊椎動物の色覚の進化をテーマに研究している。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

『ナショナル ジオグラフィック日本版』2016年2月号でも特集「不思議な目の進化」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。ぜひあわせてご覧ください。

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