2015年の訪日外国人客数は2000万人にあと一歩という水準まで増加した模様だ。そのうち約4分の1を占める中国人観光客の「爆買い」は2015年の流行語にも挙げられ、全国各地で大量の買い物をする中国人の姿がテレビなどで報じられた。

 インバウンド消費が小売業にもたらした効果は大きいが、「中国人の爆買い頼みのままではいずれ限界が来る。外国人観光客にもっと娯楽・サービス分野でお金を使ってもらえるような戦略を考える必要がある」と、ベイン・アンド・カンパニー・ジャパンの火浦俊彦会長兼パートナーは指摘する。

(聞き手は西頭 恒明)

2015年の訪日外国人客数は大台の2000万人にあと一歩というところまで達したようです。中国人観光客の「爆買い」は小売業を中心に恩恵をもたらしていますが、火浦さんは昨年のインタビューで「インバウンド増に“死角”あり」と語っていました。今も、その考えは変わりませんか。

火浦:そうですね。このインバウンド客の増加自体、急速に経済成長を遂げている近隣諸国の方たちが、円安の追い風に乗って多く訪れているという要因が大きく、日本が戦略的に観光政策を打ち出して伸ばしたものとは言えません。

<b>火浦 俊彦(ひうら・としひこ)氏</b><br/>ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン会長兼パートナー<br/>東京大学教養学部卒業、米ハーバード大学経営大学院修士課程(MBA)修了。日本興業銀行を経てベインに参画。25年以上にわたり、消費財、流通、自動車、不動産、建設、投資ファンドなど、幅広い業種で日米欧の企業に対するコンサルティング活動に携わる。大規模な企業変革に対し、クライアントと共にチームを編成し長期間関与するケースが多い。直近では企業のM&A(合併・買収)に数多く関わり、企業の統合支援にも深く関与している。2008年1月から2014年3月までベイン東京オフィス代表。2014年4月より現職。
火浦 俊彦(ひうら・としひこ)氏
ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン会長兼パートナー
東京大学教養学部卒業、米ハーバード大学経営大学院修士課程(MBA)修了。日本興業銀行を経てベインに参画。25年以上にわたり、消費財、流通、自動車、不動産、建設、投資ファンドなど、幅広い業種で日米欧の企業に対するコンサルティング活動に携わる。大規模な企業変革に対し、クライアントと共にチームを編成し長期間関与するケースが多い。直近では企業のM&A(合併・買収)に数多く関わり、企業の統合支援にも深く関与している。2008年1月から2014年3月までベイン東京オフィス代表。2014年4月より現職。

 中国人客の爆買いにしても、それが日本ブランドのものでもメード・イン・チャイナの製品だったり、偽ブランド品の心配がない日本の百貨店などで欧米ブランド品を買っていたりといったことが少なくないようです。

自国では買えないから、日本に来るだけ

爆買いした人が使ったカネが最終的に全部、日本に落ちるとは限らないわけですね。

火浦:そうですし、今は中国人をはじめとするアジア近隣諸国の人たちが自国で手に入れたくても入れられない商品が日本に来ればあるから、来日して買っていくのです。この先、そうした商品が自国でも手に入るようになれば、わざわざ日本へ買い物に来る必要はなくなります。

 ですから、いつまでも爆買いに頼っていてはやがて限界が来ます。それより、日本にしかない魅力について、その背景やストーリーを示しながら外国人を引き付けられれば、今後も安定的にインバウンド客を伸ばせるだろうと思います。実際、外国人観光客は日本の持つ文化や歴史に非常に関心を持っています。

欧米に劣るインバウンド市場のGDP比

その話をうかがうと、30年ほど前の日本人観光客を思い出します。パリの高級ブランド品店に日本人客が押しかけ、手当たり次第に買い物していた姿です。今、中国人観光客が同じことを欧米のブランドショップや東京・銀座の百貨店などでしていますが、日本人はもはや、「ブランド品を買い漁るためにパリに行く」といったことはしなくなりました。

火浦:価格的にも、現地で買うのとそれほど大きな差がなくなりましたから、わざわざ買い物をするために欧州に行くという日本人観光客はいなくなりましたね。今は、現地の文化や歴史に触れるといったことが旅の目的になっているのではないでしょうか。

それでは、インバウンド市場を確固たるものにするために、企業や政府、自治体などは今後どのような施策を打つべきなのでしょうか。

火浦:訪日外国人客数こそかつてない勢いで伸びていますが、インバウンド消費市場は現在、2兆円程度と見られます。これはGDP(国内総生産)比で0.4%にすぎません。米国の1.0%、フランスの2.0%、スペインの4.6%と比べると明らかに見劣りします。まだ十分にポテンシャルを発揮できていないということです。

 では、違いはどこにあるのか。興味深いデータがあります。米国人観光客が日本と日本以外の外国に旅行した際、どんな分野に支出しているかを調べてみると、日本に行った際には「娯楽・サービス」にお金を使う比率が、他国に行った時と比べて低い傾向が見られました。ドイツ人観光客、英国人観光客、オーストラリア人観光客でも同じような傾向が見られます。

「単品」しか提供できない地方の観光地

「娯楽・サービス」領域にもっと消費してもらう余地があるということですね。前に火浦さんにお話をお聞きした際には、訪日外国人客は日本の祭りや花見などの季節の行事への関心が高いとおっしゃっていましたね。

火浦:はい。神社へのお参りや花見や祭りといったことを稀有な体験として捉えています。神社も祭りも全国至るところにありますから、東京や京都といった有名な観光地だけでなく、もっと様々な地域へ外国人観光客を呼び込むことは可能です。

実際、日本人観光客にもあまり知られていないような地方の名所・旧跡を訪れる外国人もいます。

火浦:ただ、お祭りに来てくれても、そこに泊まるところがなければ、観光客はすぐに別のところへ移っていきます。泊まる施設があったとしても、地方だと夜、周辺で遊ぶ施設があまりない。ホテルや旅館に泊まって、そこで夕食を食べたらあとは寝るだけでは、落ちるお金も限られます。

 いわば単品のコンテンツしかないのが現状なんですね。複合的に様々な“メニュー”を用意して提供する必要があります。

「地域・時期・時間」の空白を埋めよ

確かに地方に行くと、夜に外で遊べるところは少ないですね。具体的にどんなメニューが考えられますか。

火浦:例えば今、日本の酒蔵が外国人に結構好評なんですね。でも、ここでも酒蔵を見学したらそれでおしまい。観光客は別の街へと行ってしまう。酒蔵と地元の飲食店やバー、ホテルが組んで、その日本酒に合う夕食を提供するといった具合に、面での展開を考えればもっと消費を促せるはずです。

東京や大阪など大都市のホテルは外国人客の急増によって恒常的に満杯状態です。その点からも、地方はただ通過されるだけでなく、そこで滞在してもらえるような仕掛け作りが必要ですね。

火浦:確かに大都市ではホテルの稼働率が非常に高い水準で推移しています。しかし日本全体で見れば、まだ稼働率が高すぎることはありません。訪日外国人客が2000万人に達しそうだと騒がれていますが、その程度で真の「観光大国」とは言えません。6000万~7000万人くらいの外国人客が来るようになって、初めて観光大国と言えるのではないでしょうか。

「どの時期にどの国から来てもらうのか、ターゲットを定めて集客活動をすることが重要」と火浦会長は強調する
「どの時期にどの国から来てもらうのか、ターゲットを定めて集客活動をすることが重要」と火浦会長は強調する

 それだけの観光客を受け入れるには、東京や大阪、京都のホテルの客室数をいくら増やしても追いつけません。もっと全国各地で宿泊・滞在してもらえるような仕掛け作りが欠かせません。

 同時に、どの国の観光客にどの時期に来てもらうかというターゲットを定めて、ある時期だけに訪日外国人客が集中するといったことを避け、分散させることも重要でしょう。国ごとに長期休暇を取る時期は異なります。フランス人なら1月から12月までの間のどの時期に海外旅行をする人が多いのかといったことを調べ、その時期に向けて宣伝広告活動をするなどして集客を図るわけです。

確かにこれから来る旧正月も、中国とそれ以外のアジア諸国で時期が微妙に異なりますね。

火浦:ターゲットを定めると同時に、訪れてもらう地域、時期、過ごす時間帯で“空白”になっているところをすべて埋めていくことが重要です。そうすれば、もっと安定的にインバウンド客を増やし、消費も様々な分野で促せると思います。

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