5月に伊勢志摩で主要国首脳会議(G7伊勢志摩サミット)が開催される。世界経済の成長や、フランス、ベルギーで発生した無差別テロの対応にG7各国が協調姿勢を示せるかどうか。議長である安倍晋三首相のリーダシップが問われる。活発に討議されて世界の経済発展の道筋が明らかになると共に、平穏無事に開催されることを願いたい。

 伊勢志摩サミットから11カ月前の昨年6月、ドイツのエルマウで前回サミットが開催された。その際に世界経済の6つ目のトピックとして「責任あるサプライチェーン」が討議され、首脳宣言では次の点が述べられた。

●前提条件
安全でなく劣悪な労働条件は重大な社会的・経済的損失につながり、環境上の損害に関連

●G7諸国の役割
世界的なサプライチェーンにおいて労働者の権利、一定水準の労働条件及び環境保護を促進し、国際的に認識された労働、社会及び環境上の基準、原則及びコミットメント(特に国連、OECD、ILO及び適用可能な環境条約)が世界的なサプライチェーンにおいてより良く適用されるために努力してG20含めた他国と連携

●求められる行動
・企業が人権に関するデュー・ディリジェンスを履行
・透明性の向上、リスクの特定と予防の促進及び苦情処理メカニズムの強化によってより良い労働条件を促進
・持続可能なサプライ・チェーンを促進

外務省HP「2015 G7エルマウ・サミット首脳宣言(仮訳)」より抜粋

求められる企業の対応

 この宣言に関連する取り組みは、既に多くの企業で行なわれているCSR(企業の社会的責任)調達で実践されている。地球環境を念頭に置いた持続可能な発展方法に加えて、サミットで行われた宣言には、新興国における労働者の労働環境や雇用条件にも企業、特に発注者としての影響力の発揮と関与が求められる。

 具体的にはISO26000:2010「社会的責任の手引」によって、企業の果たすべき社会的責任が定義され、ISO26000を調達面に展開するISO20400(持続可能な調達)が基準となる。ISO26000をサプライチェーン全体で実践・普及させるための位置付けだ。現在検討中で2017年春ごろに発行される予定。日本では、世界の注目を浴びる2020年の東京オリンピックの開催準備に関連した調達活動への適用が想定される。

 昨年のサミットの首脳宣言を受け、今年のサミットでどのような討議が行われ、首脳宣言に盛りこまれるかに注目している。今回のサミットで昨年より踏み込んだ、企業の社会的責任や持続可能な調達の推進が、首脳宣言に含まれた場合、一般企業にはどのような影響があるだろうか。

 上図では企業(自社)と顧客、サプライヤーの関係を示している。①~④は、従来の企業活動でも実践されている内容だ。例えば、これまでに明るみにでた食品関連の偽装問題は、④の部分で顧客に安全な商品が提供される点が損なわれ大きな社会問題となった。問題を発生させた企業では、売り上げの減少とともに、これまで培った企業ブランドも失墜した。一般的に④の顧客へ販売した商品においては信頼できる確実な品質保証を行っている。問題は④の保証を確実にする取り組みに関連した、⑤のサプライヤーへの影響力行使だ。

 ④の商品の品質保証を確実に実行するため、企業は保証に関係する応分の負担をサプライヤーに求めてきた。長く続いたデフレによって、発生費用の価格への転嫁もままならない状況下、必死の企業努力によって品質確保を実現し事業の継続をはかってきた。同時に、企業の調達部門では、購入コストの削減が最重要課題とされた。こういった方針の下、企業がサプライヤーに及ぼす最も大きな影響力はコスト削減圧力になった。

日本の実情

 コスト削減は、コンプライアンスの下、正当な企業努力の範囲で実現されなければならない。しかし、昨年来発生している④の品質保証が失われた問題は、正しく機能しないとか、商品にまつわる表示を偽装した結果発生している。業界慣習だからどの企業でも大なり小なり同じ事情を抱えているとか、コスト削減圧力に耐えかねてと真情を吐露し、「行きすぎたコストダウン」といった視点で問題が語られた。しかし、本来網羅すべき機能を失わせ、表示すべき事実を隠すのは、企業のコストダウン活動ではない。昨年のサミットのテーマだった「責任あるサプライチェーン」とはレベルの異なる問題だ。

 企業の調達部門にとって、コストアップする要素はできるだけ排除したい。しかし、対価に見合わない過度な要求を行って、その結果サプライヤーが支払うべき従業員への給与を減額すれば、その責任が発注企業にもおよぶ。日本国内でも「責任あるサプライチェーン」の実現に疑問符が付く報道があった。

 サービス残業が発覚して、未払いの残業代の支給を受けた従業員は、日本で20万人以上。過去最多だったことが明らかになった(3月21日付日本経済新聞朝刊)。未払いの残業代の合計は142億円。是正指導が最も多かった業種は、社数では製造業、従業員数では飲食店などの接客娯楽業だった。製造業はもちろん、接客娯楽業も、顧客の需要に対応したサプライチェーンを構成する一要素だ。明るみに出た数字は、あくまでも是正指導を受けたケースであり、世の中で発生している同様の事例をすべて網羅していないだろう。

 サミットでテーマに取りあげられた事実を前提にすれば、こういった事態への対処は日本国内に限定されない。海外にまで広がったサプライチェーンのどこにでも発生するリスクが存在する。残業代を未払いだった企業にとどまらず、発注した企業が適正な賃金支払いを行わせるに影響力を行使して、問題解決に発注企業として貢献し「責任あるサプライチェーン」を実現させなければならないのだ。

「責任あるサプライチェーン」のきっかけ

 サプライヤーの従業員の残業代が正しく支払われているかどうかにまで目を光らせるのか、と違和感を覚えたのであれば、認識を改めるべきだ。昨年のサミットで「責任あるサプライチェーン」がテーマになった背景には、2013年4月にバングラデシュ近郊で発生した8階建てのビル「ラナ・プラザ」崩壊が強く影響している。

 この事故では、日本も含まれる先進国の大手衣料品業者が、劣悪な労働環境や安い労働力に依存して利益を上げている状況が原因とされた。崩壊したビルは、当初5階のビルとして建設され、後に8階まで違法に建て増しがおこなわれた。上層階に電力不足に対応した大型発電機が設置され、同じくビル内の縫製工場に設置された数千台のミシンの震動と共振し、崩壊の原因となったとされる。事故の発生の後、ビルの所有者や工場経営者が逮捕された。同時に、現地の縫製会社に発注していた多くのG7企業が批判の的になった。

 サプライヤーの工場で事故があった場合、発注企業の責任が追及される事態は想像が難しい。しかし、これからは想定し対応しなければならない事態だ。発注する前にサプライヤーをあらゆる側面からチェックし、企業運営にコンプライアンスが保たれているかを判断する。保たれていない場合は、是正処置を課す。こういった影響力の行使は発注企業に大きな負荷を生む。一昨年に大きな問題となった日本マクドナルドの中国サプライヤーの問題では、正しく作業されているかを確認する監査が行われていた。しかし、サプライヤーは監査の日だけ正規の工程で運営し、監査した担当者も、すべてを確認するには時間が不足していたとコメントしている。

 先に提示したサプライチェーンの企業間で行われる①~⑤を実践するには、すべてにおいて費用が発生する。新たに⑤「影響力」を行使して、状況を掌握するにも費用が発生する。こういった取り組みに、企業間の協力関係は不可欠だ。発注企業とサプライヤーが協力して発生費用を抑制する。同時に顧客も応分の負担をして「責任あるサプライチェーン」が実現されているかどうかを確認する姿勢をもたなければならない。

人口減少下で維持を模索するサプライチェーン

 日本が直面する事態は深刻だ。人口減少もこの問題に大きく関係する。人口減少によって、現在の40歳代と比較して、今後の20歳代以下は半分以下の人数しかいない。もし安倍首相の主張通りにGDP600兆円を目指し、労働力人口の増加に特別な手段を講じなければ、将来的に現在の半分の人的リソースで、今の1.25倍の仕事をこなさなければならない。1人当たりの負荷に換算すれば、現在の2.4倍もの仕事量をこなさなければならない。この現実に正面から取り組み解決策をもたなければ、サプライチェーンに起因した問題で、企業トップがカメラの前で頭を下げる映像が今以上に増えるだろう。

 仕事量が2.4倍になる事態を、想像したくない、できるなら避けたいととらえるか。それとも必要な業務として対処し、同時に徹底的な効率化を実現して、現在の半分の人員で、2.4倍のアウトプットを目指すか。企業の調達部門における「責任あるサプライチェーン」の実践は、この2.4倍の想定には含まれていない。実践しなければ、企業運営に大きなリスクを抱える。業務効率化を進め「責任あるサプライチェーン」を実現させ、同時に顧客に応分の負担を求め、負担に見合った価値提供を提供して顧客満足の向上を両立させなければ、企業と事業の成長はありえないのだ。

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