ユニクロの海外の店舗数が昨年末に860店を突破し国内を上回った。中国を中心に海外でも安価で品質の良い衣料が支持されているが、欧米などでさらに飛躍するにはデザインやブランドイメージの進化も必要だろう。ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長の野望である「売上高5兆円」の達成に向けては「ZARA」「H&M」といった世界的な衣料品チェーンと互角に戦える力をつけなくてはならない。ユニクロ製品の企画・デザインを統括する執行役員、勝田幸宏氏の役割は重要だ。90年代から2005年まで「バーニーズ・ニューヨーク」「バーグドルフ・グッドマン」など米ファッション業界でキャリアを積んできた勝田氏に世界のアパレルビジネスの流れやユニクロの戦略について聞いた。

<b>勝田幸宏(かつた・ゆきひろ)</b><br/>ファーストリテイリング執行役員 ユニクロR&D統括責任者<br/>1986年、青山学院大学国際政治経済学部卒業、伊勢丹入社。1992年、伊勢丹が当時提携していたバーニーズ・ニューヨーク本社へ出向し、メンズ・スポーツウェア/クロージング・マーチャンダイジング・コーディネーターを務める。94年バーニーズ・ジャパンへ出向。 98年、ポロ・ラルフ・ローレン ニューヨーク本社入社、家族とともに米国に移住。99年、ニューヨークの高級百貨店バーグドルフ・グッドマン入社し、メンズ・スポーツウェア商品統括部長。2001年、同社の取締役統括部長に。2005年にファーストリテイリングに入社。以来11年間一貫してユニクロR&D統括責任者として、製品の企画やデザインを統括する。52歳
勝田幸宏(かつた・ゆきひろ)
ファーストリテイリング執行役員 ユニクロR&D統括責任者
1986年、青山学院大学国際政治経済学部卒業、伊勢丹入社。1992年、伊勢丹が当時提携していたバーニーズ・ニューヨーク本社へ出向し、メンズ・スポーツウェア/クロージング・マーチャンダイジング・コーディネーターを務める。94年バーニーズ・ジャパンへ出向。 98年、ポロ・ラルフ・ローレン ニューヨーク本社入社、家族とともに米国に移住。99年、ニューヨークの高級百貨店バーグドルフ・グッドマン入社し、メンズ・スポーツウェア商品統括部長。2001年、同社の取締役統括部長に。2005年にファーストリテイリングに入社。以来11年間一貫してユニクロR&D統括責任者として、製品の企画やデザインを統括する。52歳

勝田さんは1992年に伊勢丹からバーニーズ・ニューヨークの本社へ出向し、その後、ニューヨーク最高級の百貨店「バーグドルフグッドマン」の取締役などを経て、11年前にファーストリテイリングに入社しました。まずはこの11年間、世界のファッション業界の変化をどう見ているか、お話しください。

勝田:僕が語るまでもなく、ファッション業界というよりも世の中自体が、もう完璧に変わったじゃないですか。月並みですけど、情報文化革命みたいな感じですよね。今はあらゆる人に、あらゆる情報が、あらゆる場所で、あらゆる時間に手に入る時代になって、もはやファッションのプロセス自体が崩壊しかけているんじゃないかと思っているんです。

それは、どういうことですか。

勝田:今思うと、よくも悪くもファッション業界は、すごく閉ざされた世界だったんだなと思います。僕がバーニーズにいたときも経験しましたが、毎年パリコレクションがあって、ミラノコレクション、ニューヨークコレクションがあるわけですね。今思うと滑稽なんですが、ショーの座席のチケットが1列目、2列目、3列目なのかによって、自分の業界の立ち位置まで分かるわけですよ。ある人は「私を1列目にしないから、もうあのショーには行かない」とふてくされるとか、今思うとばかみたいな話がありました。

 次に昔の僕らみたいなバイヤーがバイイングして、少しずつ時間がたつと雑誌とか新聞に写真が載ったりしてだんだん情報が流れ、いよいよ店頭に並びます。ファッションショーが終わった6カ月後くらいに店頭に出るのですが、気の早いお客様は先行受注会で、写真を見ただけで20着、30着と買うわけですよ。例えば秋物だったら6月ぐらいに先行受注会があって、9月になってめでたく実際に手に入れるのですが、でもまだ暑くて着られないみたいなね(笑)。

 それが今では、ファッションショーも動画などですぐ見られてしまう。ショーの内容も「あれが良かった」「誰々があれは悪かったと言っている」といった情報が誰でもすぐに手に入る。かつての業界のプロセスが崩壊しかけているというのは、そういう意味です。著名なデザイナーも「ファッションショーをやる意味があるのかないのか」「一応、儀式みたいなものだからやっているんだけど」という本音があるんです。業界関係者もこのままじゃいけないと思い始めているでしょう。

勝田さんが働いていた高級ファッション業界が「特別な人たちの世界」だったとすれば、ユニクロのビジネスはその対極のイメージです。

昨年から販売している「ユニクロアンドルメール」はエルメスの元デザイナーと協業している。
昨年から販売している「ユニクロアンドルメール」はエルメスの元デザイナーと協業している。

勝田:11年前にファーストリテイリングに入ったころユニクロの売り場に立ってじっと見ていました。そこで「店のセンスはお世辞にもいいとは言えないけど、お客さんがいいな」と思ったんですよ。要はお客さんの方が実は研究していて、何々はここで買って何々はここで買ってと、情報をもって使い分けていたんですね。

 変な話、「ユニクロは品質がいい。下着は見えないからユニクロでいいや」という感じでしたね(笑)。あのころユニバレという言葉もあったの覚えていますか。ユニクロを着ているのがバレるという。社内の朝礼で社員のみんなに「ユニクロでいいや」から「ユニクロがいい」というように変えようよとで演説したのを覚えています。

 そのとき僕が社内で伝えようとしていたのは「お客さんは研究している。僕も売り場に行ったら想像以上にお客さんは知っていて、逆に僕たちを使い分けている」ということです。「君たちねデザイナーとかパターンナーとか言ってカタカナ系の仕事で、業界っぽいかもしれないけど、お客さんの方が君たちよりも知っているかもしれない。そういうつもりで仕事してね」という話をしたんです。

 それから11年経って、お客さんの情報収集というのが一層進んで、僕たちも情報の考え方について1歩どころか、3歩、4歩、5歩と進んでいかないと、置いて行かれてしまう時代になりました。物を買っていただこうと提案するときに、ごまかしがあったり、表面的なデザインだったりすると、お客さんに「違う、違う」と見抜かれちゃうわけですよ。

デザイナーとのコラボで前に進んだ

ユニクロは勝田さんが仕掛けて、世界の著名デザイナーとのコラボレーション商品を売り出してきました。2009年にジル・サンダー氏と組んで「+J」を売り出し、昨年からは仏高級ブランド「エルメス」の元デザイナーであるクリストフ・ルメール氏と協業して「ユニクロアンドルメール」を販売し、好調です。コラボレーションの狙いは何ですか。

勝田:外部のデザイナーと取り組み始めたのは2005~06年ごろです。あの当時、すでに競合他社がデザイナーとの協業を始めていましたね。

2004年にスウェーデンのヘネス・アンド・モーリッツ(H&M)が、シャネルのデザイナーだったカール・ラガーフェルド氏と組んで格安な製品を売り出し話題をさらいました。

勝田:僕らはいいものを作りたいという思いが強くあったのです。もちろんいいものかどうかは、お客さんが評価することではありますが、僕たちとしてはデザイナーが無名か有名かというよりも、本当にいいものをつくれるかどうかというのにすごくこだわりました。まずは当時はみんな知らなかった新進デザイナー、アレキサンダー・ワン氏などと取り組みました。あのときドレスを8型作ったんです。アレキサンダー・ワンで3900円という、あり得ない価格で、あっという間に売り切れましたよ。

 本物を手に入れたいと思うと、それなりのお金が必要というのが常識じゃないですか。つまり一部の人しか本物を知ることができないという構図です。でも僕たちがやりたいことは本物だけど、誰でもそれを手に取れて、着られて、楽しめてというようにすることなんです。もしかしたら生活の役に立ったり、少し着る人の気分を上げたりできる。それを毎年、毎年追い続けたいのです。

そのためには社内のデザイナーだけでなく、外部の有力デザイナーとの協業が必要だったというわけですか。

 もちろん僕たちの社内のデザイナーも一生懸命やっているんだけど、やっぱり先に進んでいくためには、こうしたコラボレーションはものすごく意味があったと思います。当社はメッセージとして「服に個性があるんじゃなくて、着る人こそが自分の価値をつくるべき」と主張している。「僕たちの服はシンプルで、上質で、長く使えるという日本独特の価値観をもとに、時代の息吹を取り込んでつくる」ということをやりたいのです。できている、できてないは人によって採点は違うけど、常に100点に近づけるよう努力をするし、そのためのヒントを得て、突き詰めるためにデザイナーとの協業をやっているんです。

今販売している「ユニクロアンドルメール」は、これまでのコラボレーションの中で、最も幅広い客層に売れているそうですね。

勝田:ルメールに関しては、すごく時代感もマッチしたのかなと思うんですよね。今、求められているのは「ノームコア」(究極の普通)だとか、「リラックス」だとか言うじゃないですか。もともと彼の服というのは自身の哲学があって10年前も同じなんですが、今の時代感には合ったのでしょうね。ユニクロはシンプルで上質な長く使える服をつくってきましたが、そこにルメール氏が時代の新しい息を吹き込んでくれ、若い人から僕の母親の世代まで買ってくれる現象が起きたのかなと思います。

米国のユニクロが苦戦する訳は?

2009年~2011年に手掛けた「+J」は、根強い人気があって復刻版もつくりましたね。

勝田:サンダーさんと「+J」をやったときに思ったのは、偉そうに本物とか言ってきたけど、まだまだ僕らは甘かったと思わされた。サンダー氏のものづくりへの最後の最後までのこだわりと徹底は生半可じゃない。僕もその当時、ファッション業界へ入って約20年たっていて、それなりの自負はあったんだけど、まだケツの青いお兄ちゃんなんだなと。サンダーさんは本当に1ミリ、2ミリのこだわりで「+J」のロゴだって1ミリづつ違うものを十何種類ぐらい作って選ぶんですから。

ユニクロの店舗に行くと当然、売り場の大半を占めるのは、著名デザイナーとのコラボではない一般的なカジュアル衣料です。こうした通常の商品のデザインのレベルは過去10年で向上しましたか。

勝田:そういうデザイナーの方々と一緒に働くことによって、それ以外の一般の商品も、ものづくりへのこだわりとか、社員たちの目線の厳しさというのは上がっていっています。日ごろの業務の進め方も変わってきた。同じ白いTシャツでも、今のものと10年前と比べると毎年良くなってきたと思います。あえて僕はコラボレーションも通常の商品をやっている人も同じ社員が兼任でやるようにしているので、シナジー効果はでているのではないでしょうか。

ファーストリテイリングの2015年8月期の売上高は約1.7兆円で、すでにユニクロは海外店舗が日本国内より多い状況まで来ました。ただ中国事業は非常に好調ですが米国は赤字です。一方で「ZARA」を展開するスペインのインディテックス、H&Mは2015年度の全世界の売上高は2.5兆円を超えています。彼らと互角に戦おうと思えば、巨大市場の米国でユニクロのブランド認知度をもっと高める必要がありますね。

勝田:そこはいろいろ問題があって、今解決しようとしています。ものづくりなど一生懸命頑張っていることは紛れもない事実なんですよ。1000円のTシャツでも大変こだわってつくっている。ただそうしたことを米国ではお客さんに伝えきれていないと思います。

日本の消費者に伝えるのとは違う難しさがありますか。

勝田:僕は単純に、十分できてないだけだと思っているんです。楽観しているつもりはないですけれど。僕たちの品質とか、もっと接客で伝えることは大事です。ただそうしたことの前に、今全米で40店舗以上あっても、まだ米国の消費者にとっては「Who Is UNIQLO」(ユニクロってなに?)という状態なのでしょうね。

 「ユニクロアンドルメール」をつくるときも、フィッティングを6回もやって作り直しているんです。プロセスはラグジュアリー(高級ブランド)と同じだと言えると思います。時間も経費もかけている。それでも手が届く値段で売るのが僕達なのです。こうしたプロセスとかディテールの良さを米国では伝えきれていなかった。もちろん新参者だったのもありますし、これからもっと伝えていきたいのです。

世界では品質プラス日本の「粋」で勝負

ニューヨークなど世界の主要都市では大抵、ユニクロと「ZARA」や「H&M」が近くで競合しています。 ユニクロアンドルメールでこだわった「プロセスはラグジュアリー」というような作り方は競合はやっていないのでしょうか。

勝田:うちと同じような価格帯でビジネスをしているところは、たぶんやってないんじゃないでしょうか。良いデザインというときに、表面的なデザインだけじゃなくて、いわゆる品質や縫い方も含めたトータルなものがデザインというふうに僕は思っています。今は根気よく良さを伝えていく時期なのかなと思いますが、ブランドマーケティングとして全米の国民に伝えるようなこともどんどん仕掛けていきたい。明るい兆しとしては「ウルトラライトダウン」や「ヒートテック」という主力製品は認知され始めていますよ。

自動車に代表されるように日本企業の品質の高さは国際的に競争力があるとは思います。衣料品の場合は品質に加えて何か付加価値が必要なのでしょうね。

 コラボレーションで海外の方々と仕事をすることによって僕自身、日本人や日本の文化というものを改めて考えるようになりました。最近すごく好きな言葉は「粋」です。「○○さん粋ですね」みたいな。これ英語に簡単には訳せないですよね。もともと江戸時代に「粋」という言葉が生まれたようで、すごくシンプルなものに対する、美に対する表現なんですって。どっちかというとそれはすごく庶民から生まれた言葉だそうです。控えめで、心の内に秘めているんだけど、ちらちらとその人の生きざまとか、きらっと光るセンスのよさとかが、表に出てくる。「ユニクロのTシャツって日本独特の、粋でしょう」と言えるようになってくるといいなと思ってます。「ただの白いシャツじゃん。でも粋だよね」と。

国内のユニクロ事業は昨年11、12月に売り上げが大きく落ち込むなど苦戦していますね。値上げが要因という指摘もあります。

勝田:価格の問題だけじゃなくて、自分自身の反省があります。「シンプルで上質で長く使える」まではよかったんですけど、若干「時代の新しい息」の吹き方が足りなかった。自分の立場として、やっぱり世の中の情報化が進む中で、僕たちがお客さんに十分響く商品がちゃんと提案しきれていなかったんじゃないか、という反省はあります。

それはトレンドを取り込むのが不足していたということですか。

勝田:トレンドって言葉は難しいですよね。トレンドって2つあって、ひとつはみんなわーっと飛びついて、消えていくトレンド。もうひとつは、だんだんと定番になっていくトレンドです。後者のトレンドを探して、皆さんになくてはならないアイテムを作っていくのがユニクロなんです。10年ほど前に「ユニクロといったらスキニージーンズ」という感じでヒットしました。始めた当初は「あんな、ぴちぴちのジーンズは日本人には無理です」と言われましたが、今ではもうファッションじゃなくて定番ですよね。ウルトラライトダウンとかヒートテックはファッションというよりも、テクノロジーから入っていますけど、ないと不便、ないと困るというようなアイテムになったという意味では同じなんです。

グローバル競争、リードタイムは短くしたい

ZARA、H&Mは「売り切れ御免」というように素早くファッションのトレンドを取り入れるビジネスです。アイテムごとに大量生産するユニクロは、かなり前から作り込む必要があり、最新トレンドを取り入れにくいという指摘もあります。

勝田:実際、正直ベースで言うと、さっきの10年間で世界が変わったというのと同じように、トレンドのスピードも10年前と今のスピードと違うんですよね。だから我々も多少そこは対応できるようにスピードを今速めています。柔軟性はいると思うんですよね。リードタイムを短くしていかなくちゃいけない。ただ大事に着れば10年でもずっと着られる服を作らなくちゃいけないのは変わらないんですよ。10日で作っても、1年かかって作ってもね。

「ファストファッション」にある使い捨てのイメージは避けたいということですか。

勝田:そこです。僕たちは「使い捨てではない」ということを、もっと突き詰めていかなくちゃいけない。コラボレーションを通して刺激とか、学びとか、ヒントをもらいながらやっていかなくちゃいけない。結局最後は、ずっと着られる本物を1人でも多く、いろいろな国で、年齢も関係なく買っていただいて、それを使って自分の個性を表現してもらえたらうれしい。それが洋服屋みょうりに尽きる、ということです。

ファーストリテイリングは、経営幹部の入れ替わりが早い印象がありますね。

勝田:それは否定できませんよね。

11年間続けてきた理由はなんでしょうか。

勝田:もともとこの会社に入った理由が、時代が変わるなというのがあったのです。アメリカのファッション業界の友達の半分は、僕がバーグドルフを辞めて、ユニクロに移ると聞いたらクビになったと思ったんです。日本人がせっかくつかんだバーグドルフの役員のポジションを捨てるわけないだろうと。でも僕は2つの理由があって、ここに来ました。1つは、一般的にお金の使い方が変わってきたなと思ったんですよ。ひとが求めるものが、高級な時計、イタリアのブランドの服よりも食べ物とか教育とか、いわゆる物の満足感から精神的な満足感にシフトしていると思ったんですよ。それとファッション業界でもブランドそのものよりも、着る人の個性が大切なんだという時代になったなと思っていた。そんなときにユニクロから話があったので、自分なりにユニクロを研究してみたんです。お世辞にもおしゃれじゃないけど、品質と値段はすでにもう世界でどこに行っても、完璧に競争力があると思ったんです。本物に化けるかもしれないと思って、入社しました。結構先見性あったんですよ(笑)。いっぱいつらいこともありましたが、また新たに挑戦したいことが、頭の中にいくつもあるので、クビにならない限りはずっといろいろなことをやっていくのかな、みたいな感じですよね。

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