国立大学が出資・設立したベンチャーキャピタル(VC)による投資活動が本格化する中(参照記事:「本格化する大学発VCの投資活動、東北大は約100億円を元手に15~20社に投資へ」)、大阪大学ベンチャーキャピタル(OUVC、大阪府吹田市)が、2016年1月末までにベンチャー企業への投資を第3弾まで実施したことを明らかにした。OUVCは大阪大の高い研究開発成果を基に、優れた競争力を持つベンチャー企業を輩出する目的で設立されたVC。大阪大が100%出資して2014年12月22日に設立した。OUVCは大阪大が100%出資する子会社の「認定特定研究成果活用支援事業者」として投資活動している。

 OUVCの1番目の案件は、マイクロ波化学(大阪府吹田市)への投資であり(参照記事:「『世界中の化学産業を変革したい』との思いで、起業しました」)、2015年9月に公表した。そして、2番目としてマトリクソーム(大阪府吹田市)に、3番目としてジェイテック(大阪府茨木市)に投資したことを、1月末に相次いで発表した。投資を公表することで、有望な投資案件の発掘、投資審査、投資実行を順調に進めていることを学内・学外にアピールしたわけだ。

投資第2弾のベンチャー企業は細胞培養用基材を事業化

 2番目のマトリクソームの投資については、OUVCは初めて記者発表会を開催した。1月28日夕方、大阪大の吹田キャンパス内で「マトリクソームへの投資決定に関する記者発表会」と題した記者会見を開催したのだ。発表会には、大阪大の西尾章治郎総長をはじめとする理事・副学長の3人の大学幹部、事業化シーズを提供した大阪大蛋白質研究所の関口清俊教授、その事業化を共同研究によって進めた企業のニッピ、そのニッピの子会社であり大阪大発ベンチャー企業でもあるマトリクソーム、OUVCの松見芳男代表取締役、そしてマトリクソームの関係者などが勢揃いした。

 今回、OUVCが投資を決定したマトリクソームは、再生医療向けなどの細胞培養向け基材を開発し販売する事業を目指す。この研究開発は関口教授が長年、実施してきた。科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業ERATO型の中で、関口教授が総括責任者を務めたERATO「関口細胞外環境プロジェクト」(2000年10月~2005年9月)が基盤となっている。京都大学の山中伸弥教授がヒトでのiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究成果を2007年に発表する前に、細胞培養向け基材の基盤研究として成果を上げた先駆的な研究成果であると、ERATO事業評価書などでは高く評価されていたものだ。

 その後も、関口教授は研究開発を進め、最近では2016年度の政府の補正予算から大阪大が受け取った特別運営費交付金の34億円の一部を活用し、大阪大蛋白研究所とニッピが「事業化推進型共同研究」契約を結んだ。そして将来、大阪大発ベンチャー企業を創業する計画を進めていた。ニッピは、皮革関連製品事業がルーツの企業であり、最近はコラーゲンなどの化粧品事業やゼラチンなどの食品事業で成長している老舗企業である。

 今回、ベンチャー企業を創業するために、OUVCはベンチャー企業の創業計画などをニッピや関口教授などと話し合い、2015年12月3日にマトリクソームを資本金400万円で設立した。この創業時点では、関口教授が代表取締役に就任した。同社の株式の75%を創業者の関口教授が、25%をニッピが保有した。創業時のマトリクソームの事業内容は「再生医療・創薬の基盤となる細胞培養用基材・サービスの開発・販売」と表記されている。

OUVCの勝本健治管理担当執行役員・経営企画部長
OUVCの勝本健治管理担当執行役員・経営企画部長

 OUVCは、マトリクソームの創業計画段階の“シード期”からハンズオン支援を始め、そして同社の資本政策などに関しても話し合った模様だ。その結果、OUVCの投資部は調査・投資審査を続けたうえで、マトリクソームへの投資案件案をかため、OUVCの代表取締役社長と社外取締役で構成する支援・投資委員会に提案した。2015年内には「マトリクソームへの投資は社内では決まっていた」と、OUVCの勝本健治管理担当執行役員・経営企画部長は明かす。

 1月28日の記者発表会では、マトリクソームへの第三者割当増資の内容が発表された。その引受先の内訳はOUVCが運営する投資ファンド(詳細は後述)が1億5000万円、ニッピが7500万円、SMBCベンチャーキャピタルが運営する投資ファンド(SMBCベンチャーキャピタル2号投資事業有限責任組合)が5000万円と、合計2億7500万円となった。

マトリクソームの新社長の山本卓司氏(画像=日経バイオテク)
マトリクソームの新社長の山本卓司氏(画像=日経バイオテク)

 さらに、マトリクソームの新社長として、ニッピから出向した山本卓司氏が就任したことも同時に発表された。こうした経営陣の適時再編も、OUVCとニッピ、マトリクソームの関係者が話し合った結果と推定できる。ベンチャー企業の成長ステージに応じて、経営陣の再編・最適化を話し合うのも、VCのハンズオン支援の重要な仕事である。

 マトリクソームが開発・販売する細胞培養用基材とは、わかりやすく言えば「タンパク質の一種である組み換えラミニン511E8フラグメントを主要成分とする基材が中心」と、バイオテクノロジー専門誌『日経バイオテク』の河野修己副編集長は解説する。学術面では、中身は専門用語だらけの難解な細胞培養用足場材料として表現されている。創業者の関口教授は「細胞の種類に応じて、最適な細胞培養用足場材料を提供する基盤技術を持っている」と、記者会見で語った。

第1号投資ファンドを2015年7月31日に設立

 前述したように2014年12月22日に設立されたOUVCは、VCとして投資活動を始めるために、まず投資ファンド設立を目指した。同社の第1号投資ファンドは2015年7月31日に「OUVC1号投資事業有限責任組合」(OUVC1号ファンド)として設立された。この投資ファンドには、大阪大が100億円を出資したうえに、三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、三菱UFJキャピタル、みずほ証券、みずほ銀行、池田泉州銀行(大阪市)、三井住友信託銀行、りそな銀行といった有力金融機関8社が出資を約束した。OUVCは、当初から120億円規模の投資ファンドを目指し、クロージングした2015年12月31日には、総額125億1000万円に達した。

 大阪大が同投資ファンドに出資した100億円は、2012年度の補正予算によって、現政府(安倍晋三内閣)が東北大学などの4大学(東北、大阪、京都、東京)に合計1000億円を出資したものが元手になっている。大阪大には1000億円のうち、166億円が出資された。

 第1号投資ファンドは運営期間が10年間で、最長5年の延長が可能という設計になっている。最初の5年間に1社当たり3億円から5億円程度を投資する見通しだ。その後は、投資したベンチャー企業の成長に応じて、必要ならば追加投資を適時実施していく。もちろん、この間に出口戦略として投資先ベンチャー企業がIPO(新株上場)をしたり、既存企業にM&A(合併・買収)してもらったりといった前途有望な企業に育て上げる目論見だ。

 OUVCは第2号投資ファンドの設立も考えている。現時点での目論見では、5年後に大阪大から残りの66億円の内の50億円から65億程度を出資してもらい、さらに民間の金融機関などから約50億円の出資を受け、合計100億円規模にする。このようにして、VCとして成長していく計画だ。

 OUVCの投資先は原則、(1)大阪大の優れた研究成果を活用したシードやアーリーステージの大学発ベンチャー企業、(2)大阪大と企業との共同研究成果から産まれたジョイント・ベンチャー企業、(3)既存の大阪大発ベンチャー企業――の3分類と表現している。

バイオテク関連の目利きがそろう

 OUVCは、実際に投資活動を始めるための第1号投資ファンド設立までに約7カ月間かかった。その間は、実務部隊となる投資部と経営企画部、管理部の人材確保に当てた(実際にはその前から人材確保に動いていた模様)。

 投資実務の要(かなめ)となる投資部には、森田和彦執行役員と坂本芳彦部長などの5人が就任した。「この5人はVC出身者や製薬企業出身者などの実務経験者で、博士号を持つ者が2人もいるなどの実力者ぞろい」と、勝本執行役員は語る。特に投資部には、バイオテクノロジーや創薬などの研究成果や事業化立案の目利きがそろっていると考えられる。

 OUCVが設立されてから、投資部を中心に、既存の大阪大発ベンチャー約90社や、企業との共同研究を実施したり独創的な研究成果を持っていたりする大阪大の研究室など、合計約500案件を対象にヒアリング調査などを実施した。「プレ1次抽出結果として50件程度を絞り込み、さらに継続して審査している途中」と、勝本執行役員は説明する。その間に新規の優れた案件も発掘しているようだ。

投資第3弾は、細胞培養装置開発などのジェイテック

 記者発表会を開催した翌日の1月29日には「ジェイテックへの投資を実行した」とのプレスリリースを発行した。このため、2015年12月ごろからは、投資案件第2弾と投資案件第3弾関連の各種の資料作成や開示する内容の確認などの作業に追われたと推定できる。

 ジェイテックは、1993年12月5月に設立された精密機械・システムなどを開発する非上場の中堅企業だ。創業当初から細胞培養装置開発などを手がけてきた。

 同社は大阪大の研究開発成果であるナノ加工・計測技術を適用して、2007年当時から理化学研究所と共同で「X線高精度楕円ミラー」を開発し実用化、大型放射光施設の「Spring-8」などの大型施設に採用された。その後は、日欧米・アジアの各放射光施設などに採用されてきた実績を持つ実力派の中堅企業である。これまで大阪大との共同開発をいくつも実施している。

 例えば、2015年からは、同社は大阪大吹田キャンパス内にある産学連携本部の研究施設に実験室を借り、同実験室を「細胞培養センター」と位置付けて開発を続けている。これによって、同社のライフサイエンス事業の中核製品である自動細胞培養装置の高性能化や品質安定などを図る計画だ。

 ジェイテックは、1993年の創業翌年から大阪中小企業投資育成(大阪市)の投資を受け、その後も投資ファンドの投資を受け、先端分野向けのハイテク機器・システムなどの事業で成長を続けてきた。今回、OUCVはジェイテックと同社への既存の出資者から「事業拡大のための投資を求められた」経緯があり、対象案件とした。OUVCは同社の成長性などを審査し、支援・投資委員会に提案して、同社への投資判断が下った。このジェイテックへの投資決定もOUVC社内では、2015年内には決まっていた。

 今回、ジェイテックへの第1号投資ファンドからの投資額は1億4000万円で、1月29日に実行した。同時に、バイオ・サイト・キャピタル(大阪府茨木市)もジェイテックへ投資している。

 第1号投資ファンドの投資先は、投資第1弾と第3弾が比較的順調に成長している2社であるのに対して、第2弾はシード期のベンチャーとなった。OUVCは、IPOやM&Aなどの出口へのシナリオが比較的読みやすい“成功確率”が高いと考えられる2社と、出口までには時間がかかるかもしれないが、急成長が期待できる1社の組み合わせという、分かりやすいポートフォリオを描いていると、容易に想像できる。

 OUVCは、日本を代表するグローバル企業が大阪大発ベンチャー企業から産まれることを信じ、発掘作業にまい進している。大阪大などの有力な国立大が傘下にVCを持つというイノベーション創成の“試み”が動き始めている。

丸山 正明(まるやま・まさあき)

技術ジャーナリスト。元・日経BP産学連携事務局プロデューサー
東京工業大学大学院非常勤講師を経て、現在、横浜市立大学非常勤講師、経済産業省や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、産業技術総合研究所の事業評価委員など。

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