作業服、作業用品を扱ってきた専門店チェーン、ワークマンが進化を遂げている。建設労働者の高齢化を見据えながら、成長を続けるため、若者向けカジュアル衣料にも挑戦する。徹底した低コスト運営に定評があり、ユニクロやしまむらにとって侮れない存在となりそうだ。
東京都足立区の尾久橋通りは、都心部と郊外を結ぶ幹線道路だ。日中は交通量の多い道路だが、早朝はさすがに車の数も少ない。
そんな通り沿いで、コンビニエンスストア以上ににぎわいを見せている店があった。群馬県を地盤とする流通グループ、ベイシアグループの作業服専門店、ワークマンだ。朝6時半ともなれば、ワゴン車やトラックが6台ある駐車スペースにズラリと並ぶ。車から降りるのは、カーゴパンツやニッカーボッカーをはいた「ガテン系」の職人たちだ。彼らは店内に入ると、軍手やタオル、雨の日にはかっぱなど、その日の作業に必要なものをまとめて買い、作業現場に向かう。ワークマンはこうしたニッチな建設作業員の需要を確実につかむことで成長してきた。
全国に約750ある店舗網は85%がFC(フランチャイズチェーン)で運営されている。作業服チェーンの店舗数としては断トツだ。同社の試算によると「建設作業者の40%に当たる120万人がワークマンの固定客」という。
263平方メートルの店内には約1500種類の商品がずらりと並ぶ。いずれも圧倒的な安値が特徴だ。カーゴパンツ980円、防寒裏アルミブルゾン4900円、軍手1ダース360円──。セールや値引きは控えて、エブリデー・ロープライス(毎日低価格)で売る戦略だ。
低価格戦略は、ベイシアグループ全体を貫く「社是」でもある。ベイシアグループは、ホームセンターのカインズ、スーパーのベイシアなど多様な事業を展開する、一大流通グループだ。企業理念として、チェーンストアはディスカウントビジネスに徹するべきであると表明しており、低コスト運営と低価格販売を貫いて成長してきた。
ワークマンの安さを支えているのは、メーカーを巻き込んで構築した商品調達の仕組みだ。作業服などの販路としてはワークマンの存在感が圧倒的に強い。このため、同社向けの専用製造ラインをメーカーに用意してもらったり、メーカーと一緒に海外で提携工場を見つけて製造コストを低減したりできるという。また全製品のうち3割は海外からの直接調達品で、安価な仕入れルートを確立している。
メーカー側がリスクを取ってワークマンの要望に応えてくれるのは、同社が製品を全品買い取りしているという事情も大きい。衣料品の業界では今も売れ残りをメーカーや問屋に返品するという習慣が残っている。このためワークマンの姿勢は、メーカーと信頼関係をつくる前提となる。
ワークマンは、商品企画から製造、販売までの工程を一貫して自社で手掛ける「SPA(製造小売り)」にも力を入れている。SPAの手法を取り入れて製造した製品はPB(プライベートブランド=自主企画)「ワークマンベスト」の名称で販売している。売上高に占めるPB比率は約2割まで高まっている。
低価格を極めているため、FC加盟店の粗利益率は約35%程度にとどまる。これを本部と加盟店の間で分け合うので、本部の取り分は約20%だ。そうした中で、14%と高いROE(自己資本利益率)を実現しているのは、ベイシアグループのDNAをしっかりと引き継いで、低コストの運営を徹底しているからだ。これがワークマンの成長の原動力と言っても過言ではない。
●ワークマンの売上高と営業利益
一般にFCにすると、少ない社員数で企業を経営できるが、同社の場合、全社員数が約230人という異例の少なさだ。それでも安定したチェーンの運営ができるように、FCの契約やIT (情報技術)の活用などに、様々な工夫を凝らしている。
足立尾久橋通り店のオーナー、武藤等さんは3年前に長年勤めてきたドラッグストアを退職し、一念発起してワークマンのFCオーナーとなった。「手厚い創業支援で事業に乗り出す勇気が出た」と話す。
FCオーナーにとって一番の懸念材料が「初期費用は支払ったが、開業後きちんと売り上げが確保できるのか」といったものだ。このような不安を払拭すべく、ワークマンは本格的なFC契約を結ぶ前に「業務委託契約」という方式を選択できるようになっている。
これはまず初期資金200万円を本部に支払う。月間売上高が350万円を超えるまでは店舗運営費として毎月50万円を受け取れる。350万円を超えると超過した売り上げ分の3%が歩合給として、50万円に加算されて支給される。
業務委託契約でなく、通常のFC契約でも、家賃や物流関連のコストなどは本部が負担する。FCオーナーは水道光熱費やパート・アルバイトの人件費などを支払えばいいという。その代わり、粗利の約6割を本部が手にする仕組みとなっている。
2015年3月期のFC既存店の売上高の平均は約1億円。同社によると加盟店の収入は売り上げ増に伴う報奨金なども含めると平均1200万円になるという。決して悪くない水準と言えよう。
「入りやすい店内」目指す
作業服や作業用品という、ニッチな分野で勝負してきたワークマンだが、ここにきて会社のイメージを変えようとしている。
その象徴が、CM(テレビコマーシャル)の変化だ。「行こうみんなでワークマン」と、タレントの吉幾三氏が作業員たちと一緒に歌うCMがおなじみだったが、25年間続けてきたこのCMをやめた。「ワークマンイコール作業の人のお店で自分は関係ない、というイメージを払拭したかった」と、土屋哲雄・常務取締役は話す。
ワークマンが目指しているのは客層の拡大だ。今後3年間で全ての店舗を改装していく計画だ。従来は高い棚を使って多くの商品を陳列していたが、店内が暗くなりがちだった。そこで改装店舗では、入り口付近の棚を以前より60cm低くして、店内がよく見渡せるようにし、照明もLED(発光ダイオード)にするなど、明るい印象にした。
外観も、従来のグレーの塗装から白い壁面に順次、変更中だ。「作業服」と、外壁などに大きく表示するのをやめたほか、窓を大きくして、外からも店内の様子が分かるようにしている。
●店舗の改装前と改装後の違い
これらの施策はすべて、ワークマンの危機感の表れにほかならない。これまで作業服、作業用品というニッチ分野で生き残ってきたが、総務省の労働力調査によれば、国内の建設作業者は少子高齢化や景気低迷を背景に年々減少。高齢化も急速な勢いで進んでいる。顧客のうちの6割を建設作業者が占めるワークマンにとって、客層の拡大は重要な生き残り策でもあるのだ。
●建設作業者数と建設業就業者数に占める55歳以上の割合
ワークマンが照準を合わせるのは、ユニクロ、しまむらなどのカジュアル衣料品店が押さえている市場だ。ただカジュアル衣料に本格的に進出しても、商品の種類やファッション性においては到底、競合には、かなわない。同じようなものを売っても通用しないとみて、「プロユース」の商品を販売してきた強みを前面に打ち出すことにした。
雨風などの過酷な環境下でも快適に過ごせる防水性、保温性を兼ね備えたジャケットや、ストレッチ性の高い生地を用いたズボンなどを低価格で提供。「プロも使っている機能を手軽に身に着けられる」とアピールした。
色はこれまでの黒や紺を基調にしたものから、赤や蛍光イエロー、オレンジなど、幅を持たせた。ワークマンに来たことのない客層に訴えるだけでなく、ワークマンの支持層に仕事以外で使ってもらえる商品に仕上げた。
ここ数年来のアウトドアブームも追い風に、売れ行きは好調だ。パタゴニアやモンベルなどのアウトドアブランドに近い機能を目指したPB商品「エアライトSTRETCH防寒ブルゾン」は、発売3カ月間で4万5000着売り上げるヒット商品となった。価格は2900円とメーカー品と比べて「およそ10分の1に設定した」という。
自転車やオートバイに乗る人やスキー、登山といったアウトドア需要にも対応できる汎用性が評価されている。ワークマンは、このようなカジュアル衣料をPB商品中心に開発し、全体のPB比率を高めていきたいとしている。
客層拡大に向けては、接客やマーケティングも強化する。今まではリピーターが多く、欲しい商品を自分だけで選んで買っていく傾向が強かった。今後、トレンドを意識した商品も売っていくためには、棚のレイアウトを工夫したり、お客に声をかけたりするようなことも重要になってくるだろう。
IT使い業務を省力化
そこで現在、力を入れているのがITを駆使して店舗の発注業務などを、一段と省力化することだ。
低コスト運営の要として、もともと力を入れていた分野ではあった。作業着や制服などの商品は在庫の回転が遅いが、欲しい時に絶対にないと困るものである。そのため約2年前、店頭で商品が1つ売れるとその都度、流通センターから商品を発送し、中1日で商品を補充できる「履歴発注システム」を一部商品で確立している。FCオーナーは発注作業が楽になり、パートなどの人件費節約につながる。商品が棚に並んでいないことによる販売の機会ロスも防げる。
●ワークマンの商品発注システム
流通センターには約40日分の商品在庫がある。流通センターの在庫の動きをアルゴリズムを使って自動予測し、在庫の少なくなりそうな商品をメーカーに自動発注する仕組みもある。
次のステップとしては、店頭の商品の販売動向を自動予測し、物流センターから自動的に商品を納品するシステムを開発中だ。来期中には完成させる予定という。
「ITでルーティンワークを省力化し、空いた時間で接客などをしていただけるとありがたい」(土屋常務取締役)
ワークマンの低価格を武器にした安定成長は、徹底した省力化や物流効率化が支えてきた。「おしゃれ」なカジュアル衣料など新領域に成長を求めようとする今、元来の強みを磨くことが一段と重要になる。
ワークマン栗山清治社長に聞く
1000店目指し、小商圏と都市を両面で攻め
2015年度から始まった5年間の中期経営計画で、ワークマンは「社員1人当たりの時価総額の向上」を目標に掲げました。11月時点で1483億円の時価総額に対し社員数は230人ですので1人当たりに換算すると6.45億円です。これは上場している小売り・外食企業の中では1位ですが、もっと高められると思っています。
なぜ社員1人当たり時価総額にこだわるかというと、効率経営の指標になるからです。ベイシアグループには昔から「本部は小さく」というポリシーがありました。今後も業務のIT化や簡素化を通じて無駄のない経営を目指していきたいです。
FC店舗にも同じことが言えます。過剰在庫と機会ロスを防ぐために、商品の発注業務の自動化を目指しています。店舗での作業時間が減ると、FCオーナーの負担軽減につながりますので、空いた時間を売り上げアップに向けた別の作業に充てることができるでしょう。モチベーションも上がると思います。
FC加盟店の負担が減れば減るほど、店舗数も増えやすくなると思っています。現在、約750店舗ですが、今後は1000店舗を目標に出店を続けていきたいし、1300店舗も可能と見ています。
以前に比べて商品全体に占めるカジュアル衣料の比率も高くなってきました。地方中心に人口3万~5万人の商圏で、ユニクロやしまむらが出店しない場所にも店を出していきたいですね。そういう立地では、あえてカジュアル衣料中心の品ぞろえにして、シェアを取りたいです。
1000店の目標達成には人口10万人以上の商圏も攻めなければなりません。都市部で競争力をつけるためにも、価格の訴求力は今後も大事にしていくつもりです。うちは「ユニクロの週末値引き価格より安く」が基本です。
加えて、差別化を図る意味でも「プロのものを皆様に」の方針を、より具体化したPB商品を開発していきたいです。機能性の高さや着心地については、作業着で色々ノウハウを培っていますから。
カジュアル衣料の需要を取っていくと同時に、これまでの作業着もしっかりやっていくつもりです。今考えているのは法人需要取り込みの強化です。店舗の効率運営で空いた時間を使って、これまで力を入れてこなかった、法人向けの営業や受注を始めたいですね。(談)
(日経ビジネス2015年11月30日号より転載)
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