ちょうど2年ほど前、日経ビジネス3月24日号で『食卓ルネサンス』という特集を担当した。家庭における“食卓”の変化を捉まえ、コンビニの“食卓化”、食事を作らない主婦、食事の宅配ビジネスなどについて書いた。食卓のみならず、今、「家事」の外注化は年々進んでいるように感じる。

 衣食住で考えるなら、着るものや住まいは外注、つまり、「買う」ことが当たり前になっている。衣食住のみならず、例えば、教育や保育といった機能も“外注”が珍しくない時代になった。一方、食事を中心としたいわゆる「家事」は、まだまだ内製で行われることが多い。洗濯や掃除、食事作り。その多くが「女性の仕事」とされ、未だに外注をためらう文化を内包している。

尋ねられるまで、話さない

掃除を外注する女性は増えている(写真は、家事代行サービスのタスカジのハウスキーパー、以下同じ)
掃除を外注する女性は増えている(写真は、家事代行サービスのタスカジのハウスキーパー、以下同じ)

 あれから2年、私自身も働く母親となったこともあり、最近、意識して働く母親に聞いてみている質問がある。「家事って、どうしてる?」。そうすると、意外にも驚くほど多くの女性が日常の家事を外注化していることを知った。特に、掃除の外注化をしている女性が多い。長く付き合っている友人でさえ、敢えて聞くまでそんなことは話題にも上らなかったのに、聞くと「使っている」と答えるのだ。

 「月に2回、定期的に来てもらっているよ」「掃除ついでに食事も作ってもらうこともあるよ」とその利便性を口々に話す。さらに働く母親にとってそれは機能性以上のものを提供しているようである。

 30代後半の友人は、家事の外注が精神的安定に繋がっていると話す。「ただでさえ言うことを聞かない子どもにイライラしてしまうことがあるのに、ようやく子どもが寝静まったと思って部屋を見渡すと部屋の汚さに今度はイライラしてしまってたんだよね。それがなくなったよ」。

 またある30代前半女性はこう話した。「カギを渡して掃除をしてもらってるんだけど、その日は帰宅するのが楽しみになるよ」と。さらにある女性は「やろうやろうと思っていて、結局やれずに逆にそれがストレスになる。掃除を頼むようになってからは、掃除ができてない自分へのストレスから開放されたよ」と。

 家事代行サービスの宣伝みたいな台詞だが、本当にそう言っていることに驚かされる。しかもそれは、尋ねなければ言われない。前段で述べたように、外注をためらう文化、大きな声では言えない文化、のようなものがあるのだろうか。

 野村総合研究所が平成26年から27年にかけておこなったインターネットアンケートによると、家事支援サービスを利用しない理由として3人に1人が「他人に家事等を任せることに抵抗があるため」と答えているという。さらに半数近くが「価格が高い」「他人に家に入られることの抵抗感」を挙げている。

 彼女たちを助けているのは、ダスキンやベアーズといった従来型の家事代行サービスや、地域のシルバー人材派遣、新興の簡易な家事代行サービスなど様々。一方、ここ数年でこうした家事代行サービスが比較的認知度を上げているのは、2013年以降に登場してきたベンチャー企業による新しい家事代行サービスによる影響が大きいだろう。

価格破壊が起きた家事代行サービス

 「AnyTimes(エニタイムズ)」「Casy(カジー)」「タスカジ」といったサービスがそれで、インターネットを通じて簡単に安く家事を依頼することができる。特徴は、スマートフォンなどから迅速に注文が可能なこと、低価格を実現したことだろう。低価格を可能にしたのは、インターネットを通じたピアツーピアによるマッチング技術によるところが大きい。ベアーズでは通常1時間当たり3500円程度だったところ、利用者とハウスキーパーを直接やりとりさせる仕組みによって1時間1500円~2000円といった低価格を実現し、価格破壊が起きている。

 従来型のサービスは、ハウスキーパーを自社で教育し、場合によっては利用前に担当者が自宅を訪問し、利用者とハウスキーパーのマッチングをする。例えば、予定していた人員にキャンセルが出たとしても、すぐに新しい人を探し、あてがうといった体制を整える。サービスとしてのクオリティは高いと言える一方、当然人件費がかさむ。一方、インターネットでのマッチングの場合、そこまでの質は求めないものの、なるべく安く、素早くマッチングしてほしいという利用者の支持を集めている。

 こうした技術革新を背景にした新規性のみならず、新興サービスは家事代行というマーケットを広げるために各社各様の取り組みを行っている。つぶさに見てみると、冒頭のアンケートにもあった家事代行を使わない大きな理由ともなっている「家事代行を使う抵抗感」をなくす取り組みが多い。

 例えばタスカジはハウスキーパーの8割以上が外国人。日本人と結婚して日本に永住権を持っている女性などを中心に、200人以上の登録がある。外国人のハウスキーパーを採用する理由として「子どもや自分への英語学習とも兼ねてもらうことによって、家事をお願いする罪悪感を減らしてもらっている」(タスカジを提供するブランニュースタイルの和田幸子代表取締役)。

 「他人に家に入れることの抵抗感」についても、対応策を検討している。例えば、宅配業者などと連携し、依頼者が在宅していない間に宅配便を受け取ってもらったり、マンションであれば定期的に在宅をお願いされる点検作業の立ち会いをしてもらったりと、「自分の代わりに在宅してもらう人」としての役割を担ってもらうことも検討中だ。

 他人を家に入れることの抵抗感の一つに、セキュリティなどの不安を含むこともあるが、各社対物、対人への保険を掛けるなど工夫をこらしている。

 こうした各社の取り組みもあり、現在Casyやタスカジはすでに1万人の会員を獲得しており、Casyは利用者数が前年同月比10倍で伸びているという。

掃除や食事といった「家事」の外注は進む
掃除や食事といった「家事」の外注は進む

米国では倒産事例も

 一方、簡単に解決できない家事代行サービス特有の課題も横たわる。それはヘルパーの引き抜きを前提とした離脱だ。家事代行は定期的に依頼をすることが多い。一度「良い人」が見つかれば、その人に常にお願いしたいと考えることは普通だろう。つまり、ある段階で良い人が見つかってしまえば、そのプラットフォームから離脱し、直接連絡を取り合い、家事を依頼することができてしまう。

 当然、各社はこうした直接交渉を利用規約で禁止するなど対応策を講じているが、その後サービスを使わないとすればサービス内の利用規約が直接交渉の抑止には必ずしもつながらないだろう

 一般的に、サービスプラットフォームは一定の仲介料を取る。この仲介料がなくなれば、ホームヘルパー側にとっては利用者から“真水”の利用料をもらえ、一方利用者側は仲介料を支払わなくてよいため利用料を安くできる可能性がある。

 インターネットでのマッチングサービスは数多くあるが、このリスクは家事代行サービスに顕著に見られるとも言える。例えば、タクシー配車サービスの「UBER」は「定期的に」「同じ人に」という要望より「今すぐ行きたい場所に運んで欲しい」というニーズの方が高い。自宅を宿泊場所として提供するAirbnbは、同じ場所に何度も宿泊することは少ない。ほかにも最近増えているシッターサービスでは、もちろん「いつもの人にお願いしたい」というニーズは高いものの、例えば、子どもが風邪を引いたときなどは「とにかく誰かにあずけなくては」というニーズの方が高くなる。

 掃除においても「とにかく誰でもいいから今すぐ片付けて欲しい」というニーズは当然あるだろう。特に単身男性のスポット利用ではそのようなニーズが高い傾向があるという。一方、現在家事代行サービスの利用を押し上げているのは女性だ。「女性の場合、定期利用、かつ、見知った顔にお願いしたいという要望が多い」(タスカジの和田氏)。結果、サービス離脱のリスクが高くなる。

 米国では同様のビジネスでHomejoyが昨年倒産しており、こうした直接交渉の打撃も少なからずあったと言われている。各社はこうした直接交渉が起きないような仕組みをサービス内で実装しようと模索中だ。例えば、タスカジではハウスキーパーのレベルに応じて自動的に価格が上がる仕組みを導入し、利用者との価格交渉を不要にしている。一方、利用者は、同じ人に依頼する場合でも、ハウスキーパーの利用料が上がったとしても最初に利用した料金で使い続けられるようにしている。「まだまだチューニングが必要だが、お互いにとって価格交渉のストレスがなく適正価格で利用してもらえるようにしたい」(和田氏)。また、クレームがあったときに事業者を通じて交渉できることもメリットとして打ち出す。クレームはお互い面と向かっては言いづらい。「事業者が仲介に入って交渉できるのは、サービスを使う大きなメリットだろう」(Casy)。

 2016年1月1日に厚生労働省が発表した「人口動態統計」では、5年ぶりに出生数が増加した。2015年の推計値は100万8000人で、2014年の出生数100万3539人からわずかではあるが増加。懸念されていた「出生数100万人割れ」を何とか食い止めた形となった。特に、30代女性の出生数が全体の増加を押し上げ、30歳代女性が1~6月に生んだ赤ちゃんは、前年より1万人多かったという。厚労省では雇用情勢や子育て環境の改善などが影響したとしている。

 「子育て環境の改善」が本当に出生数を押し上げたのだとしたら、こうした家事代行サービスにも今後さらにチャンスは増えるはず。家事を人に任せることの抵抗感をいかになくし、利用後のヘルパー引き抜きをいかに食い止めるか。利便性は高まってきただけに、これらの課題を克服すれば“家事代行元年”も見えてくるはずだ。

■訂正履歴
本文中にありました家事代行サービスの表記に誤りがありました。「Casy」は、「CaSy」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。本文は修正済みです。 [2016年2月3日 12:30]
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