株価急騰したトヨタとAI大手NVIDIA提携の衝撃 —— AI自動運転で大幅リード

GTC2017のトヨタとの提携発表の瞬間

GTC2017でトヨタとの提携が発表された瞬間。取材中、会場から投稿したツイートは瞬く間に数万インプレッションになった(画像の右上の数字)。

いまアメリカの半導体メーカーNVIDIAがノリに乗っている。トヨタ自動車(以下トヨタ)に、同社がAI自動運転のプラットフォーム(※)を提供することを公表したからだ。この発表はNVIDIAのプライベートイベント「GPU Technology Conference 2017」(GTC2017)の基調講演の中で、同社の共同創業者兼CEOのジェンスン・フアン氏によって明らかにされた。発表を受け、株価は5月9日〜11日にかけて22%上昇し、市場からはその契約が大きく評価されている状況だ。( ※AIコンピューターが運転する自動運転のシステムのこと)

NVIDIAがトヨタにAI自動運転プラットフォームを供給することは、自動車業界に、そして開発競争が激化する自動運転向け半導体市場にどのような影響を及ぼすのかを考えてみたい。

テスラ、アウディ、ダイムラー、ボルボに続き「トヨタ」

NVIDIA CEOジェンスン・フアン氏

今やAI用半導体の先頭を走る存在になったNVIDIAの共同創業者 兼 CEO ジェンスン・フアン氏。

NVIDIA 共同創業者 兼 CEO ジェンスン・フアン氏のGTC2017基調講演は、前半は新しいアーキテクチャのGPUの発表など例年通りの内容に終始していた。ところが、講演が終盤にさしかかろうとしている時に、フアン氏は会場に詰めかけた聴衆の誰もが驚き、そして興奮する発表を行った。それが、冒頭に書いたトヨタにAI自動運転プラットフォームを提供するという発表だ。NVIDIAがトヨタに提供するのは、具体的には同社が「DRIVE PX」と呼んでいる、自動運転向けの車載コンピューター(半導体)と、それを利用してAIを実現するソフトウェアになる。

NVIDIAがトヨタに提供する半導体は、同社がXavier(エグゼビア)の開発コードネームで開発してきた次世代製品で、従来は4つの半導体で実現してきたAIコンピューターの機能を、わずか1つの半導体で実現するという強力な処理性能を特徴としている。自動車メーカーがNVIDIAのAI自動運転プラットフォームの採用を決めたのは、米テスラ、独アウディ、独ダイムラー、スウェーデンのボルボに次いで5社目となる。

DrivePX2の次世代モデル

NVIDIAが自動車メーカーに提供しているDRIVE PX2(第2世代のDRIVE PX)。次世代(第3世代)のXavier世代の製品では、左側の複数の半導体を搭載しているボードが、右側の1チップと同じ大きさになる。

この発表は、自動車業界に驚きと衝撃をもたらした。理由は2つある。1つはトヨタがAIを利用した自動運転に本格的に取り組んでいることが改めて確認されたことであり、もう1つはその開発パートナーが(インテルでもQualcommでもなく)NVIDIAであったことだ。

もちろん、トヨタも将来的にAIに対応した自動運転に取り組むことは否定していなかったし、どこかのタイミングでAI自動運転に対応した自動車を投入することに疑いを持っていた関係者はいなかっただろう。

日本の巻き返しとなるか

実際、トヨタはAIの開発に向けて着々と手を打ってきた。例えば、2016年1月には、米国にTRI(Toyota Research Institute)というAI研究の子会社を設立し、AI研究の第一人者の一人として知られるギル・プラット氏を招聘するなどして話題を呼んだ。また、国内でもやはりAIの基礎技術を持つ日本の先端ベンチャーとして知られるプリファードネットワークス社(PFNとも呼ばれる)に10億円の出資を行って話題を呼んだ。このように、研究開発や投資に関しては着々と手を打ってきたトヨタだったが、AIを活用する可能性については言及してきたものの、自社の自動運転にAIを使うと明言したことは、筆者の知る限り一度もなかった。

それがNVIDIAと組むことを決めたということは、トヨタがAI自動運転の開発競争において、先行しているドイツ勢やテスラなどの"IT由来のメーカー"に追いつき、互角に戦っていける武器を手にしたことを意味する。というのも、現時点で最先端のAI自動運転プラットフォームを持っているのがNVIDIAだと考えられているからだ。世界の三大メーカーの1つであり、日本最大の自動車メーカーであるトヨタがNVIDIAのソリューションを採用することを決めたことで、AI自動運転の開発では遅れを取っているとみられていた日本のメーカーも、一気に追いつく可能性がある。自動車業界の地図を大きく書き換える可能性があるだけにその影響は小さくない。

(以下の動画は、昨年の世界最大級のテクノロジーショー「CES2016」でのTRIのCEO、ギル・プラット氏の基調講演)

AI自動運転テスト車「BB8」のすごさ

NVIDIAも自社のAI自動運転プラットフォームが他社より進んでいると自負している。1月にラスベガスで開催されたCESで記者からの質問を受けたNVIDIAのフアンCEOは「NVIDIAのAI自動運転は他社に比べて数年先行している」と述べ、他社がキャッチアップするまで数年はNVIDIAのリードが続くという自信を示している。

フアン氏がそうした自信を示すのは、別に彼が自信過剰だからだからではない。NVIDIAはそうした自信を持つに値する実績を残してきたのだ。そもそも、現在のAIブームを牽引しているのは、NVIDIAが同社のGPUでディープラーニング(深層学習)と呼ばれる最新の学習手法を使えるようにしたことにあることは、以前の記事(クラウドから「エッジ」へ——NVIDIA軸に始まった半導体業界のAI戦争)でも解説した通りだ。NVIDIAは数年前から、同社のGPUを利用してディープラーニングを高速に処理できる仕組みを提供しており、これが全世界的なディープラーニングブームの契機になった。

NVIDIAの自動運転開発車

NVIDIAがGTC 2017で展示したAI自動運転システムの開発・テスト車。初代BB8の進化版にあたる。

NVIDIAはクラウド側でそうしたAIを実現する仕組みを提供してきたが、今年提供する予定の、エッジ側(※)の車載コンピューターであるDrivePXの次世代製品(搭載する半導体のコードネーム=Xavier)では、1チップでエッジ側でのAI利用を実現する。それをトヨタや他の自動車メーカーに提供することで、一挙にAIによる自動運転を現実にする、これがNVIDIAの戦略と言える。(※サーバー側に対する、端末側の機器のこと)

実際、NVIDIAの自動運転の試作車であるBB8(映画「スター・ウォーズ」EP7に登場するマスコットロボットと同じ名前の自動運転車)は、カメラだけを利用してAIが状況を判断しながら進んでいく仕様になっており、多くの自動車メーカーの関係者を驚かせた。

なぜなら、それまでの自動車メーカーが試作していた自動運転車は、レーダーやLiDAR(レーザー光を使う周辺環境センサー)のような高価なセンサーを多数搭載してそれらのデータを解析しながら進むという仕様で、高コストかつ複雑だったからだ。それに対して、NVIDIAのAI自動運転プラットフォームでは、カメラとNVIDIAのAIコンピューターだけとシンプルに実現でき、コストも圧倒的に安価にできる。

自動運転戦争序盤戦はNVIDIAが圧勝

既に述べた通り、NVIDIAはこれまでにドイツのアウディ、メルセデス、ボルボとの契約を勝ち取っていたが、それに加えて今回のトヨタだ。アウディとの契約は、ほぼイコール(母体である)VWグループとの契約のテストベッドだと考えれば、NVIDIAは世界の2大メーカーの両方を押さえることになったと言えるわけで、その意味は決して小さくない。

競合他社となるインテルはBMWとの契約を発表しているが、そのほかの自動車メーカーとの契約に関して明らかにできていない。また、世界最大の車載半導体メーカーNXP社を買収したQualcommに関しては、車載インフォテイメント(In-Vehicle Infotainment=日本で言うところのカーナビシステム。IVIとも呼ぶ)では既にVWグループなどでの採用は決まっているが、AI自動運転に関しては今後の課題となっている。今回、NVIDIAがトヨタとの契約を明らかに出来たことで、NVIDIAは自動運転の市場で明確なリードを築いたと業界に印象づけることに成功した。

NVIDIAがトヨタとの契約を勝ち取ったことは、市場からも大きく評価されている。会計年度の2018年第1四半期(FY18/Q1)の決算を発表した5月9日(現地時間)の終値は102.94ドルだったNVIDIAの株価は、トヨタとの契約を発表した5月10日(現地時間)の終値の段階で121.29ドル、翌5月11日(現地時間)の終値の段階で126.5ドルまで上昇している。2日間で実に22%もの株価上昇だ。トヨタとの提携だけが要因ではないとはいえ、明らかに市場からは高評価されている。

自動運転をめぐる半導体戦争。その序盤は、NVIDIAの圧勝と言っていい状況になった。もちろん、NVIDIAにとっても、トヨタとの提携は今後他の自動車メーカーとの取引を有利に進めていくにあたり、大きな意味があるのは言うまでも無いだろう。

(撮影:笠原一輝)


笠原 一輝:フリーランスのテクニカルライター。CPU、GPU、SoCなどのコンピューティング系の半導体を取材して世界各地を回っている。PCやスマートフォン、ADAS/自動運転などの半導体を利用したアプリケーションもプラットフォームの観点から見る。

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