世界各国で日本庭園造りに取り組む。海外で調達しやすい原料を使い、管理しやすい仕様にアレンジする。海外からの研修生も受け入れ、日本文化の伝道に力を注いでいる。

日本文化伝える伝道師に
日本文化伝える伝道師に
小杉造園が手がけたアゼルバイジャンの庭園。
外国人研修生に技術を教えるなど、海外への啓蒙活動にも力を入れている
外国人研修生に技術を教えるなど、海外への啓蒙活動にも力を入れている

 日本文化への関心が世界的に高まっている。その代表である和食と同様に人気が高いのが日本庭園だ。電通の「ジャパンブランド調査2015」では、日本を対象とした外国人の興味や関心として、日本庭園が日本食、旅行、温泉に次いで4位に入った。

 欧米での「禅(ZEN)」ブームが追い風となり、最近でも日本庭園の人気は高まっている。その裏側には、いち早く海外市場を開拓し、日本庭園の価値を伝えてきた企業の存在がある。東京都世田谷区の小杉造園だ。

海外で10カ所の施工実績

 同社の海外での施工実績はこれまでに約10カ所。大半が、その国の政府や要人が顧客となる重要な案件だ。例えばカスピ海の西側に位置するアゼルバイジャン。回遊式の枯山水を持つ約2600平方メートルの巨大庭園を、都市公園の中に2009年に造園した。

 同国では2015年にも首都バクーの大統領公園内に鳥居や滝のある約600平方メートルの庭園を手掛けた(上の写真)。開園式の様子などは現地メディアでも大きく紹介されたという。

 このほか、受注実績があるのはバーレーンやキューバなどで、小杉左岐社長は「日本人があまり行かない国に日本文化を伝え、ファンを増やすことを大事に考えている」と説明する。日本での事業の繁忙期との兼ね合いで海外案件は年間3件程度としているが、政府や富裕層からの依頼は年々増加。売上高12億円の規模ながら、海外でこれほどの実績を持つ企業は稀有という。

 海外事業で難しいのが、完成した後の維持管理だ。樹木が乱雑に生い茂れば景観を損ない、枯山水で使われる砂や苔を美しく保つのは難しい。小杉造園の強みは、設計から施工までを一気通貫に行うだけでなく、管理を含めた「現地化」にある。

 海外から依頼があると、まず造園技術に長けた職人を現地に5~10人派遣する。現地の土壌や調達できる樹木や岩石などを調査し、どうすれば日本庭園らしさが表現できるかを追求する。

 重機が調達しにくい、日中の気温が高く過酷な環境に置かれるなど、海外ならではのハードルもある。小杉社長は「いかに現地の状況に合わせて柔軟に対応できるかが、職人には求められる」と話す。

 施工にも工夫が必要になる。日本では砂で水を表現する枯山水では、砂の代わりに玉砂利を敷き詰め、苔の代わりに芝生を使う。また、紅葉や桜など、手をあまり入れなくてもきれいに伸びる樹木を使うことも多い。鳥居など現地調達が難しいものは部材を日本から輸出し、現地で組み立てる。

 こうした一連の準備・工事はすべて日本から派遣した職人が、現地の作業員を指導しながら協力して進める。造園のノウハウを伝えることで、メンテナンスも現地作業員だけで担えるようにするためだ。小杉社長は「完成後も定期的に日本から職人が指導に行くが、現地の人々が日常的に維持管理できることに主眼を置いている」と話す。

海外で通用する職人を育成

 同社が海外事業に注力する背景には、日本の造園業界が置かれている厳しい状況がある。

日本庭園について海外で講演するなど情報発信にも積極的な小杉左岐社長(写真=竹井 俊晴)
日本庭園について海外で講演するなど情報発信にも積極的な小杉左岐社長(写真=竹井 俊晴)

 1943年設立の小杉造園の事業は長年、造園や個人宅の庭の手入れが中心だった。しかしながら、近年は相続税対策などで大きな庭を持つ一戸建てが減少しており、廃業する造園業者も増加。同社も大型マンションの庭の改修や管理などビジネスの幅を広げてきた。

 国内市場が縮小する中、「新しい造園業のあり方や、収益源を模索しなければならないとの危機感が強まった」(小杉社長)。そこで活路を見いだしたのが海外市場。もともと日本文化の発信についての問題意識が強かった小杉社長が主導し、事業として本格的に取り組み始めた。

 世界に通用する技術を磨くため、同社は1999年から各国の技術者が腕を競う「技能五輪国際大会」に参加している。2003年には自社で研修施設を設け、若い職人の指導も徹底した。その成果もあって2007年の技能五輪で金メダルを獲得。欧州で知名度が高まり、2009年に手がけたアゼルバイジャンでの造園につながった。

各国政府や富裕層の依頼が増加
●小杉造園の主な海外での造園実績
各国政府や富裕層の依頼が増加<br /> ●小杉造園の主な海外での造園実績

 日本文化への関心や同社の知名度が海外で高まるのに合わせ、近年特に力を入れるのが国内外の人材育成だ。

 海外の現場では職人が現地のスタッフに指示を出し、作業を進める。海外での適応力やコミュニケーション能力がカギになるため、毎年約50人の職人を1週間程度の海外研修に派遣している。各国の文化や自然に触れることで、その国での造園に生かせるスキルを身につけさせている。

 日本庭園の啓蒙活動にも積極的だ。アジアの企業として唯一、欧州の造園業界団体である「ヨーロッパ造園建設業協会(ELCA)」に加盟。小杉社長も欧州の政府や大学で日本庭園について講演している。こうした取り組みを通じて関係を作ったドイツの大学などと連携し、自社の研修所では毎年約20人の外国人研修生を受け入れ、造園技術や日本文化を教えている。

 伝統文化の価値を高めながら、いかに次世代に受け継いでいくか。国内市場が縮む日本庭園の分野においても、技術水準の向上や若手職人の育成を続けていくことが欠かせない。「世界一の技術を持った職人を世界に派遣し、民間の立場で日本の素晴らしさを伝道していきたい」。小杉社長を動かすのはそんな使命感だ。

(日経ビジネス2016年1月25日号より転載)

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中