徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

米大統領選挙について&トランプ氏へのメルケル首相の祝辞が秀逸な件

2016年11月10日 | 社会

ここ数日、他の話題はないのか、と思うくらいアメリカ大統領選がメディアを賑わわせていましたが、結果はどうあれ、終わってよかったと思ってます。

大統領選の結果予想

選挙期間中のトランプ氏はその数々の差別的な暴言で顰蹙を買っていましたし、メルケル首相のことも名指しで殆ど侮辱的な批判をしていました。だから、というわけでもないでしょうが、ニューヨークタイムズの世論調査同様、ドイツのメディアも「クリントン氏が接戦で勝つ」と予想してました。予想が思いっきり外れたので、現在はなぜそうなったのか分析に夢中になっているみたいですが、大外れだったのは何もイギリスのEU離脱国民投票が初めてだったわけでなく、以前からそれほど精度の高い予想がされていたわけではないので、いい加減予測方法の根本的見直しをするべきでしょう。希望的観測も交じっていたかもしれませんね。

そんな中で、30年来米大統領選の結果予想を外したことがないというアメリカン大学史学教授アラン・ライトマンは殆ど神々しいくらいですね( ´∀` )
彼のトランプが勝利するだろうという予想は9月23日にワシントンポストで発表されてました。 ライトマン氏は30年以上前にホワイトハウスに関する13の鍵」という予想モデルを作り、以来大統領選の結果予想は100%正解だったそうで、今回もその記録を更新することになりました。
予想方法はかなり単純で、この13の問いの答えに「あてはまる(True)」が多ければ、現政権を担っている政党の大統領候補者が勝利し、「あてはまらない(False)」が多ければ政権交代になる、ということのようです。

 

ソーシャルボットの活躍

南カリフォルニア大学情報科学研究所のAlessandro Bessi と Emilio Ferraraの研究では、2016年9月16日から10月21日までの米大統領選に関するツイートが2070万件(約280万のアカウントから)収集され、分析された結果、全ツイートの約20%が「ソーシャルボット」あるいは「ソーシャルメディアボット」と呼ばれるAI(人工知能)のロボットによって自動生産されたもので、ソーシャルボットのフェイクアカウントの数は少なくとも40万に上るそうです。

ソーシャルボットによるツイートの75%はトランプについての肯定的ツイートで、残りの25%はほぼクリントン側に属するという。ソーシャルボットに使われているAIは非常に高度になっており、専門家でも本物の人間のツイートと区別するのが難しくなってきているようです。
こうしたソーシャルボットによって大量生産されたツイートがどれだけ世論に影響を与えたかについてはまだ不明のようですが、攪乱作用は十分にあるのではないでしょうか。

ツイートの数が多いとか、フォロワーが多いという理由で、その内容がメインストリームのように考えてしまう浅はかな考えの人は少なくないでしょうし、情報を精査できず、長い文章を読む忍耐力もなく、従って残念な判断能力しかない人たちがソーシャルボットに影響される可能性も少なくないのではないかと恐れています。

ドイツでの似たような研究では、主に右翼シーンやドイツのための選択肢(AfD)支援にソーシャルボットが投入されているとのことで、ツイッターやフェースブックのソーシャルボットによるフェイクアカウント同士の繋がり(お互いに「いいね」を押し合う)を取り除くと、密なネットワークに見えた右翼シーンが骸骨のようなスカスカなネットワークもどきになってしまうらしいです。

10月21日にAfDは堂々と「来年の連邦議会選挙に向けてソーシャルボットを投入し、選挙を盛り上がらせる」と公言しました(例えばツァイトオンライン、2016.10.21付けの記事「AfDは選挙運動にソーシャルボット投入」など)。他政党はそのような情報操作を否定的に見ています。

何というか、怖い世の中になったものです。私は元々ツイートだけの情報を鵜呑みにしたりせず、必ず裏を取ろうと、いろいろ調べますので、ソーシャルボットでいくらツイートやFB投稿が増えても騙されることはないでしょうが。。。

 

トランプが大統領になることを怖れるヨーロッパ

10月20日から25日に行われたYouGovによる調査で、ヨーロッパ人のトランプに対する恐れが浮き彫りになりました。

下のグラフはDe.Statistaというドイツの統計サイトからの借用です。

トランプあるいはクリントンが大統領になることを怖れている割合:

ドイツ:トランプ65%、クリントン13%
デンマーク:トランプ62%、クリントン4%
スウェーデン:トランプ59%、クリントン10%
イギリス:トランプ58%、クリントン9%
フランス:トランプ52%、クリントン5%
ノルウェー:トランプ50%、クリントン7%
フィンランド:トランプ48%、クリントン5%

ドイツでは、トランプに対する恐れもクリントンに対する恐れもとび抜けて大きいようですね。何かと心配性な国民性がここにも反映されているのかもしれません。

 

メルケル首相のトランプへの祝辞

ドイツの報道も、最後まで「クリントンがぎりぎりで勝つだろう」という予想を出しているところが多かったことはすでに述べましたが、そのためか選挙結果が出た直後はショックで固まっている政治家が多かったようです。やたらとトランプ氏をこき下ろし、将来の不安を煽るような発言をする(例えばジグマー・ガブリエル経済エネルギー相など)輩が少なくない中で、メルケル首相の祝辞は光っていました。

恐らくトランプにとってはヨーロッパの国のどの首相が何を言おうがたいして興味もないことでしょうが、私が「うまい」と思ったのは、彼女がトランプに名指しでかなり侮辱的なことを言われていたにもかかわらず、それには直接的に触れず、礼儀正しく当選に対する祝辞を述べたことと、それと同時にトランプが選挙運動中に散々暴言を吐いて否定してきた価値観を持ち出して、これをベースに協力関係を築くと宣言していること ―というかどちらかというと「呼びかけ」や「お願い」的なアピールとも取れますが― そしてそれによって彼の選挙中の暴言を間接的に全否定していることです。

以下祝辞のビデオ(全文)の書き出し:

"Meine Damen und Herren,
ich gratuliere dem Gewinner der Präsidentschaftswahl der Vereinigten Staaten von Amerika, Donald Trump, zu seinem Wahlsieg.

Die Vereinigten Staaten von Amerika sind eine alte und ehrwürdige Demokratie. Der Wahlkampf in diesem Jahr war ein besonderer mit zum Teil schwer erträglicher Konfrontation. Ich habe also, wie wohl die allermeisten von Ihnen, den Wahlausgang mit besonderer Spannung entgegengesehen. Wen das amerikanische Volk in freien und fairen Wahlen zu seinem Präsidenten wählt, das hat Bedeutung weit über die USA hinaus.

Für uns Deutsche gilt: mit keinem Land außerhalb der europäischen Union haben wir eine tiefere Verbindung als mit den Vereinigten Staaten von Amerika. Wer dieses große Land regiert, mit seiner gewaltigen wirtschaftlichen Stärke, seinem militärischen Potential, seiner kulturellen Prägekraft, der trägt die Verantwortung, die beinah überall auf der Welt zu spüren ist.

Die Amerikanerinnen und Amerikaner haben entschieden, dass diese Verantwortung in den nächsten vier Jahren Donald Trump tragen soll.

Deutschland und Amerika sind durch gemeinsame Werte verbunden: Demokratie, Freiheit, den Respekt vor dem Recht und der Würde des Menschen unabhängig von Herkunft, Hautfarbe, Religion, Geschlecht, sexueller Orientierung oder politischer Einstellung. Auf der Basis dieser Werte biete ich dem künftigen Präsitenten der Vereinigten Staaten von Amerika, Donald Trump, eine enge Zusammenarbeit an. Die Partnerschaft mit den USA ist und bleibt ein Grundstein der deutschen Außenpolitik, damit wir die großen Herausforderungen unserer Zeit bewältigen können: das Streben nach dem wirtschaftlichen und sozialen Wohlergehen, das Bemühen um eine vorausschauende Klimapolitik, den Kampf gegen den Terrorismus, Armut, Hunger und Krankheiten, den Einsatz für Frieden und Freiheit in Deutschland, in Europa und in der Welt.
Ich danke Ihnen."

以下日本語訳(拙訳です。カッコ内は私の補足です):

「ご来場の皆様、

私はアメリカ合衆国の大統領選の勝者であるドナルド・トランプに当選のお祝いを申し上げます。

アメリカ合衆国は古くそして敬うべき民主主義国家です。今年の選挙戦は、部分的に耐えがたい対立を含む特別なものでした。私は、恐らくあなた方の大多数と同様に選挙の行方を緊張しながら見守っていました。アメリカ国民が自由で公平な選挙で誰を大統領に選ぶのか、それにはアメリカ国境を大きく超えて意味があります。

私たちドイツ人にとって、アメリカ合衆国より深いつながりを持つEU外の国はありません。この大国をその巨大な経済力、軍事力、文化的影響力で統治する者は、ほぼ世界中で感じることのできる責任を負っています。

アメリカ人たちはその責任を次の四年間ドナルド・トランプが負うことを選びました。

ドイツとアメリカは共通の価値観で結ばれています:(その価値観とは)民主主義、自由、そして出身、肌の色、宗教、性別、性的指向や政治的姿勢にかかわりなく人間の権利と尊厳を尊重することです。この価値観を基礎に私は未来のアメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプに緊密な協力する用意があります。私たちの時代の大きな課題を克服するために、USAとのパートナーシップはドイツ外交の礎石であり、またあり続けます:(その課題とは)経済的および社会的な繁栄の追求、先を見越した環境政策、テロリズム、貧困、飢餓、病気との戦い、ドイツ、ヨーロッパそして世界中における平和と自由のための貢献(です)。

(ご清聴)ありがとうございました。」

2分29秒の短い演説の中で彼女個人の考え方や感じ方などを極力抑え、独米協力のベースとは何か、そして成すべき課題とは何かのみをきっちりと詰め込み(トランプの否定する「環境政策」も盛り込まれている)、余計な期待など述べていません。期待してないからなのかもしれませんけど。何はともあれ「根本的価値観が共有されないなら独米の協力関係はない」と言外に警告・牽制しているところはなかなか尊敬に値すると思います。

トランプ勝利の影響

ドナルド・トランプは政治的に未知数のため、様々な憶測を呼び、NATOの崩壊とか欧米関係の崩壊などまことしやかに噂されていますが、米国内はともかく、外交的にはトランプと言えどそうそう異端な政策は取れないのではないかと私は結構楽観しています。そもそも同盟などの国と国の契約は大統領や首相が変わったからと言って突然反故にできるものではありませんから。

取りあえず彼の公約である「自由貿易協定の類の見直し」は、TPPやCETA・TTIPに反対する私には好都合です。日本はTPP批准先走って、何を目論んでいるのやら理解不能です。

トランプ勝利の悪影響として現実味があるのはやはりヨーロッパでの大衆迎合主義が勢いづくことでしょうか。フランスの右翼政党フロン・ナシオナール(「国民戦線」)党首のル・ペンなどはまるで自分の勝利であるかのようにトランプの勝利を喜んでいましたし。近い所ではオーストリアで大統領選のやり直しが12月4日に予定されていますが、トランプ勝利の波に乗って(?)右翼ポピュリストのノーベルト・ホーファーが当選する可能性があります。

ドイツ連邦議会の選挙は来年の9月ですので、そこまでトランプブームが及ぶかどうかはちょっと疑問ですが、ドイツのための選択肢(AfD)が少なくとも10%の得票率を得ることはまず確実でしょう。かつての国民政党の一つであった社会民主党(SPD)と並ぶくらい(20%)になるかどうかは現時点では予測不能です。

ただ、ドイツではナチスの全権委任状などの歴史的教訓から、立憲主義の土台と法治国家の枠組みがかなり強固に作られており、日本のようにふにゃふにゃと解釈を変えたりして違憲な法律をごり押しするようなことは不可能ですので、AfDがいくら議席を獲得しても、圧倒的単独多数にでもならない限り改憲も無理、違憲な法律も不可能なため、根本的あるいは革命的な変化は起こせないはずです。なので、考えられる悪影響は社会の分断と犯罪の増加くらいに留まるのではないかと思います。それでも十分に悪いですけどね。


参照記事:

The Washington Post, 2016.09.23, "Trump is headed for a win, says professor who has predicted 30 years of presidential outcomes correctly"
firstmonday.org, vol. 21, No. 11; Alessandro Bessi and Emilio Ferrara: "Social bots disort the 2016 U.S. presidential election online discussion
Die Zeit online, 2016.10.21,  "AfD will Social Bots im Wahlkampf einsetzen"
Statista, 2016.11.07, "US Wahl: Europäer fürchten Präsident Trump"
Bundesregierung Mediathek, 2016.11.09, "Statement der Kanzlerin zum Ausgang der US-Wahl"
 



1 コメント

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こんばんは (たにむらこうせつ)
2016-11-11 21:08:16
勝ったのはいいけれど政治的に何がしたいのか良く分かりません。
両候補とも低レベルだったと想います。
もっと政策の話しが聞きたかったな!
みんなのブログからきました。
詩を書いています。