韓国の大統領選挙は、本命だった文在寅(ムン・ジェイン)氏の勝利で幕を閉じた。朴槿恵(パク・クネ)前大統領の罷免に伴う混乱、北朝鮮のミサイル問題、そして経済の立て直しなど課題は山積しているが、文氏の勝利そのものが大きなリスク要因を抱えている。

韓国大統領選を制した文在寅(ムン・ジェイン)氏(写真:ロイター/アフロ)
韓国大統領選を制した文在寅(ムン・ジェイン)氏(写真:ロイター/アフロ)

 「文在寅(ムン・ジェイン)氏は、前回の大統領選(2012年)でも得票率が48%に達していたのだから強いのは当たり前。今回はそれに『とにかく現状を変えてくれ』という人が多かったね。若者の失業率も高いし、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の不正への怒りが強かった」

 5月9日、投開票された韓国の大統領選挙。最大野党「共に民主党」の候補、ムン氏の圧勝に、ある大手財閥の中核企業で数年前まで役員を務めていたという男性は、自分を含む保守層には不利な選挙だったと苦笑する。

 だが、男性の言葉にはそれほどの残念さは感じられない。「今回は仕方がない」といった調子がのぞく。

 「傾いた運動場」──。韓国の有権者の中からはこんな声も聞かれた。9年続いた保守政権への飽き、清潔さと誠実さが売り物とされた朴前大統領の収賄事件……。革新系が勢いを得て、保守系は意気消沈した上にパク派と反パク派に分裂して、初めからムン氏には有利な戦いになっていたというわけだ。

THAAD配備で「迷走」した新大統領

 だが、ムン氏にはむしろ、これから大きな試練が待っている。つぶさに点検すると、新大統領には不安の影が付きまとう。

 典型が韓国内で最も深刻な問題となっている若者の雇用。若年層(15〜29歳)の失業率は昨年9.8%と過去最悪の水準に落ち込み、この不満がムン氏を押し上げた面も強い。これに対しムン氏は、公約で「公共部門を中心に81万人の職をつくる」と主張した。

 「政府などで仕事を作り、雇用するということだろうが、何をするのか、膨大な財源をどうするのかはまったく触れていない」(アジア経済研究所の安倍誠・ 東アジア研究グループ長)。

 事実上のバラマキ政策である上に、「経済政策自体がほとんどなく、2012年以降、2%台から3%すれすれの低成長になっている韓国経済を立て直す道筋はほとんどみえない」(木村幹・神戸大学国際協力研究科教授)。

 パク政権の末期から急速に悪化した中国との関係改善も難しい。李明博(イ・ミョンバク)政権以後、韓国経済の中国依存度は大きく向上し、パク政権では輸出の4分の1は中国向けが占めるようになった。

 ところが、北朝鮮のミサイル攻撃への対応を想定した米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備を受け入れたことで一転。韓国国内でTHAAD配備用の土地を提供したロッテグループの中国国内の小売店が、消防法違反を理由に営業停止に追い込まれ、韓国への団体旅行商品の販売も禁止となった。中国人は韓国への海外観光客の46.8%(2016年)を占める最大の得意客だっただけに経済への影響は大きい。

 THAADを巡ってはパク前大統領が政権前期に中国に配慮して配備に慎重な姿勢をとり続けたため、米国との関係がぎくしゃくした経緯もある。何よりムン氏自身は当初、北朝鮮のミサイル攻撃への対応を想定した米軍のTHAAD配備の見直しを唱えるなど、反対姿勢をにじませていながら、途中で方向を転じている。

 これについては、選挙期間中「北朝鮮が6回目の核実験を強行し、核による挑発を続け高度化するなら」という前提も付けており、対北朝鮮政策・安全保障政策としている。しかし、中道系の「国民の党」候補、安哲秀(アン・チョルス)氏が、選挙序盤で対北制裁の継続やTHAAD配備の必要性を主張して保守層の支持を得るのを見ての修正とも言われた。

 もともと、ムン氏は「当選したら真っ先に北朝鮮に訪問する」と述べていたとされ、北朝鮮に融和的と言われる。当面、THAAD問題に関して身動きはとれない。しかし、韓国政治研究者の中には「ここは二転する可能性も捨てきれない」との見方も残る。別の意味で不安定な難題なのである。

いきなり国会運営でつまづきかねない

 何より厳しいのが、国会運営だろう。与党の「共に民主党」の議席数は119で過半数には遠く満たない(総定数は300)。アン氏の「国民の党」は、分派した政党だが、大統領選を終えたばかりですんなり連立を組めるとは考えにくい。そうなると、首相に相当する国務総理すら決められず、新政権は船出早々に動けなくなる。

 仮に国務総理の指名だけは超党派で合意したとしても、重要法案の成立は極めて難しくなる。韓国には、2012年に制定された国会先進化法があり、「与野党間で意見の食い違いがある法案を本会議に上程する場合、在籍議員の5分の3以上が賛成しなければならない」と規定されている。

 180議席ないと意見対立のある難しい法案は通せないことになるわけだ。元々、たびたび乱闘騒ぎの起きる韓国国会で対決法案の緊急上程などによる強行採決を防ぐための措置だったが、結果的に国政の障害となり、「基盤の弱いムン新政権には極めて高いハードルとなる」(浅羽祐樹・新潟県立大学大学院教授)。

 あえて言えば、法案ごとに部分的に協力する部分連合や閣外協力などを模索することできるが、大統領選挙では候補者が互いに個人攻撃の泥仕合を演じており、とても考えにくい。そうなると、前述した政策の内容どころではなく、政局で全く動けないことになる。

 だが、「いよいよ何もできず、行き詰れば、再び日本たたきが始まる可能性もある」と多くの韓国政治研究者は懸念する。支持率を押し上げるための窮余の一策というわけだ。しかし、朴政権と安倍晋三政権の間で取り決めた日韓合意を見直すと言われても日本側が認めるわけはないし、何の効果も生まない。この道も限界があるのは明らかだ。

 ムン新政権の前には難問が山積みどころか高い壁しかない。

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