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庵野秀明が『シン・ゴジラ』に埋め込んだ“革新”と“破壊”

今年もっとも活躍した男たちを讃えるアワード「GQ Men of the Year」がいよいよ11月21日(月)に開催される。本連載では小誌執筆陣が“極私的”に推薦する2016年の顔を紹介する。第15回はライター・小谷知也が推薦する映像作家、庵野秀明。
庵野秀明が『シン・ゴジラ』に埋め込んだ“革新”と“破壊”

文・小谷知也

映像作家・庵野秀明 Photo: AP / AFLO(2014年8月撮影)

少なくともカルチャー史において、2016年は、デヴィッド・ボウイとプリンスが鬼籍に入り、ドナルド・トランプが大統領選挙に勝利したことと並び、2つの邦画が強い光を放った年として記憶されることになるだろう(備考欄には、時の首相がマリオのコスプレをし、ジャズピアニスト大西順子が2度目のカムバックを果たしたことを、書き込んでおきたいところだが)。

それほど、国内のエンターテインメント・コンテンツにおける『シン・ゴジラ』と『君の名は。』の存在感は、別格だった。

この2作品、興行成績でみると『君の名は。』の圧勝だが、「どちらがより革新的(イノベイティブ)かつ破壊的(ディスラプティブ)であったか」という視点でみると、軍配は『シン・ゴジラ』に上がる。つまり2016年、最もクリエイティブだったコンテンツメイカーは、『シン・ゴジラ』の総監督・脚本・編集を務めた庵野秀明であったという見立てが、ここに成立する。

では一体、『シン・ゴジラ』のなにが革新的で破壊的だったのか。その理由は、いずれも製作プロセスに起因するといっていいだろう。

庵野秀明は、言うまでもなくアニメの人である。そして当然のことだが、アニメは「描いたものしか映らない」。カメラをパンした際に意図せぬ光がレンズに差し込んだり、長回しの最中に思いがけない要素が映り込んだりといった「偶然」は、決して起こり得ない。つまりアニメの監督は、フレーム内の構図や絵の情報量や動きのタイミングを完全に掌握できるし、しなければならないのである。言い方を変えると、監督の力量やセンスやヴィジョンが作品のクオリティと直結するのがアニメであり、庵野は、レイアウトやフレーミングにおいて(も)極めて非凡な才能を有しているからこそ、現在の地位にたどり着いたのだといえる。

その庵野は今回、『シン・ゴジラ』を製作するにあたり、プリヴィズ(撮影前に、アングルやフレームを決めるいわばビデオコンテ)なるものを作成した。このプロセスによって「フレーム内の構図や絵の情報量や動きのタイミングを完全に掌握」したのだと、関係者は語っている。

海外ではいまやプリヴィズを作るのが当たり前だが、少なくとも日本の実写映画の現場では、普及しているとは言い難い。今回はそのプリヴィズを、自身が代表を務める「スタジオ カラー」の手練れを率いて作成し、さらには声優に「早口で」台詞を読んでもらうことで、庵野は、通常であれば4時間分にあたる分量の脚本が、2時間以内に収まることを事前に証明してみせた。つまり、慣れ親しんだアニメのプロセスを用いることで、日本の実写映画としては未曾有の情報量とテンションを作品に持ち込むことに成功したのである。

その結果『シン・ゴジラ』は、ディザスタームービーとしても、アートシネマとしても、オマージュ作品としても、オタク映画としても捉えることが可能な多層構造の映像作品として完成し、それが、大量のリピーターとインターネット上での異様な盛り上がりを発生させることにつながった(今後発売される「詳細全記録集」やBlu-rayも、好調なセールスを記録することになるだろう)。

しかしそのイノベイションは、同時に、演出部・製作部・撮影部・照明部・美術部・衣裳部……といった、長く日本の映画作りを支えてきたスタッフたちとの間に軋轢を生む結果にもなったようだ。

庵野の右腕として『シン・ゴジラ』の監督・特技監督を務めた樋口真嗣は、「撮影が進むにつれ、庵野は現場スタッフのほぼ全員を敵に回した」とインタビューで語っているが、おそらくその発言には、少しの誇張もないはずだ。「アニメ畑のヤツに、映画のなにがわかるというのか」。そう感じた人も、いたのかもしれない。

そうした空気に臆することなく、庵野が自らのクリエイティビティを信じ、それを貫いた結果がどうだったのか……。誰が一番、(空想特撮)映画について深く誠実に思いを巡らせたのか……。その答えは、いまとなってはみんなが知っている。日本のクリエイティブの現場において、そうした勇気と気概をもって歩んでいける男が、現時点でどれほどいるのだろうか。

さて、ここで一度日本を離れ、海外に目を向けてみたい。

例えば『アヴェンジャーズ』シリーズや『ダークナイト』トリロジーなど、世界最高峰のVFXを手がけているロンドンの製作会社Double Negativeには、800人ほどの社員がいる。そのうち研究開発(R&D)部門のスタッフはおよそ100人で、そのなかには物理学者も含まれている。そうした陣容を揃えなければ、いまや目の肥えた観客たちを満足させる映像表現は不可能だと、彼らは考えているのだ(実際、彼らが作った『インターステラー』のブラックホールのシーンは、最先端の宇宙物理を理解した上でビジュアライズされた「誰も見たことがない本物のブラックホール」の映像として、研究者たちをも唸らせた)。

資本と時間と才能を費やすことで生み出されるそうした世界基準の映像エンターテインメントに、『シン・ゴジラ』はいささかも劣っていない(少なくとも『シン・ゴジラ』を劇場で3回観た人の数は、『インターステラー』のそれと比べてはるかに多いはずだ)。そんな作品の生みの親である庵野秀明ほど、2016年の「Men of the Year」にふさわしい男はいないのではないだろうか。

タキシードがよく似合うことも間違いない。パートナーである安野モヨコの名著『監督不行届』によれば、庵野は、アルマーニのパンツの裾をお直しする必要がないほど、スタイルがいいのだから。

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