21世紀は都市間競争の時代だ。2020年東京五輪に向けて都市の改造や再開発が進む中、東京が世界で最も魅力的な「グローバル都市TOKYO」に進化するにはどうすればいいのか。2020年以降を見据えて「TOKYO」の持続的発展と課題解決に向けた具体的な提言を続けてきた(詳細は「NeXTOKYO Project」参照)。

 TOKYOの進化の方向性を、NeXTOKYOメンバーである各界のキーパーソンと語り、未来へのヒントを探る。今回は、デザインエンジニアリングという新たなもの作りの手法に挑戦する「takram design engineering」の田川欣哉氏。東京という都市を進化させるにもデザインエンジニアリングの手法が生かせると語る。聞き手はA.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明(NeXTOKYOプロジェクト)、構成は宮本恵理子。

田川欣哉。takram design engineering代表。ハードウエア、ソフトウエアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。日本語入力機器「tagtype」はニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定されている。2015年グッドデザイン金賞受賞。東京大学機械情報工学科卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授(取材日:2015年11月26日、撮影:竹井俊晴)
田川欣哉。takram design engineering代表。ハードウエア、ソフトウエアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。日本語入力機器「tagtype」はニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定されている。2015年グッドデザイン金賞受賞。東京大学機械情報工学科卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授(取材日:2015年11月26日、撮影:竹井俊晴)

田川さんは、「デザインとエンジニアリングを掛け合わせる」という視点で、企業の商品設計や行政のプロジェクトに参画しています。まずは田川さんが10年前に立ち上げた「takram design engineering」について教えてください。

田川氏(以下、田川):私たちが一貫して打ち出しているのは、デザインとエンジニアリングの両方のスキルを備えた「デザインエンジニア」という人材像です。

 現在は米アップルの製品が世の中を席巻したこともあり、デザイン視点の重要性は、比較的理解されやすい環境になっていると思います。しかし、産業の裾野を見ると、エンジニアリングに比べて、デザインの力の活用が進んでいない領域は、まだまだ多く残っています。このような状況の中で、私たちはエンジニアリングとデザインの両刀使いであるデザインエンジニアを育て、そのような人間がイノベーションの現場で重要な役割を担うことを実証しようとしています。

 デザインエンジニアが特に活躍を期待される場面は、前例のない新しいものを生み出すようなプロジェクトです。そのようなプロジェクトでは、あらかじめ「これをやればいい」と仕事の内容が決まっているわけではありません。仕事の進め方から、手探りで可能性を紡ぎ上げていくしかありません。スピーディーに精度良く仕事をこなすことも当然必要ですが、そもそも論から考え直し、暗中模索の中でも結果を出していく能力とスキルが必要です。

 そこで欠かせないのが複数の専門性をまたいだり、つなぎ合わせたりする「複眼思考」なのではないかと考えています。デザインエンジニアは、デザインとエンジニアリングの「複眼」を駆使することで、複雑な課題の解決に取り組んでいます。

 今、takramは東京とロンドンに拠点を置き、およそ40人のスタッフが在籍しています。日本政府のRESASというビッグデータプロジェクトのプロトタイプ設計にも関わっています。

プロトタイプを使って仮説検証を重ねる

(経済学者の)ヨーゼフ・シュンペンターが説いたイノベーション理論を実践しているような取り組みですね。デザインとエンジニアの結合によってイノベーションを生み出すという考え方は、田川さんが教鞭を執るロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)が打ち出すビジョンとも一致します。田川さんはなぜ、東京大学卒業後にRCA大学院に留学したのでしょうか。

田川:当時、私は機械工学科という非常にオーセンティックなエンジニアリング学科に所属していましたが、そこで学んだ内容の中に、デザインの視点はほとんど含まれていませんでした。しかし、実際に製品を設計するためには、どうしても使い勝手や外形の形状など、デザインの領域に踏み入る必要があります。特にインターネットの登場で、製品のインタラクティブ性が重要になって以降、デザインの重要性は高まりつつありました。私は、その部分を他人に任せるのではなく、自分でやってみたいという意欲を強く持っていました。そして、そういったテーマを勉強できる場所として、RCAに行き当たったわけです。RCAが、デザインとエンジニアリングのハイブリッド型人材を育てるようになったのは1980年のこと。実に35年以上も前のことなんです。

デザインとエンジニアリングの掛け合わせに早くから着目していた企業としては、ダイソンが挙げられます。

田川:ダイソン社の創業者ジェームズ・ダイソン氏は、現在でも自分の職業を「デザインエンジニア」と称しています。アップル社のプロダクトデザインチームにもデザインエンジニアリングを学んだデザイナーが在籍しています。

デザインエンジニアリングによって、どんな手法が可能になるのでしょう。

田川:イノベーションをテーマにするプロジェクトでは、世の中に前例や参考となる事例がありません。そのようなプロジェクトにおいて、抽象的な議論に時間を使い過ぎると、逆にプロジェクトの出口が見えなくなっていく場合があります。このようなプロジェクトでは、「プロトタイピング」という手法が非常に有効です。

 プロトタイピングとは、製品やサービスについてのコンセプトを、具体的に形にしたり、体験できるものとして簡易に作ってしまうことを言います。プロトタイプを見ながら議論することで、難解な内容のものに対しても、ピントのあった精度の高い議論がうまれ、それがプロジェクトのクオリティーに直結していきます。例えば、私たちは、週に1回くらいのペースでプロトタイプを作り上げ、スピーディに仮説検証を積み上げていくことで、プロジェクトを推し進めていきます。

 プロトタイプが持っているもうひとつの効能は、ビジョン提示の力です。人間は不思議なもので、具体的に形のあるものや動作しているものを目の前で見せられると、商用化までに高いハードルがあるものに対しても「やってみよう」「やれるかもしれない」と真剣に考えていくようになります。

イメージできるものは実現できる、と。

田川:そうだと思います。多くのメンバーが関わっている複雑なプロジェクトでも、メンバーが最終ビジョンを具体的にイメージできていれば、それはチームとしての大きな推進力となります。そのようなプロジェクトはどーっと進んでいく。現物として共有できるプロトタイプを軸に据えて、仮説検証をスピーディーに繰り返していく手法は「正解の見えないものづくり」にとても有効に働くと実感しています。

街づくりのプロトタイプに「特区」を活用する

「未来の東京をどうつくるか」というのも、正解がないテーマです。田川さんが実践する手法から学べることもあるように感じます。

田川:都市づくりにおけるプロトタイプは「特区」なのだと思います。コンパクトな領域の中で仮説検証を繰り返す。そこで精度を高めたモデルを横展開していく。私たちが今直面しているのは、正解のないものづくりであり、正解のない都市づくりです。都市づくりのプロセスにおいても、抽象的な話で誰かを説得する手法でなく、実証的な実験で説得する手法が求められている気がします。

「クール・ブリタニア」で生まれ変わった英国

イギリスの現状を伺わせてください。ブレア政権以降、イギリスはクリエーティブ産業の活性化に注力してきましたよね。

田川:イギリスはある時から意識的に、クリエーティブ産業振興を始めました。1990年代からだと思いますが、本格的にはトニー・ブレア元首相の掲げた「クール・ブルタニア」というスローガンが有名です。

 このスローガンに押される形で、2000年前後から様々なクリエーティブ産業振興策が進められました。結果、イギリスのクリエーティブ産業は順調に成長し、かなりの雇用を生みました。例えば、2000年から2006年までの間に、イギリスのクリエーティブ産業の輸出額は100億ポンドから160億ポンドに増えました。

クール・ジャパンのチームでも少し分析しましたが、関連産業の成長という意味で、大きな成功を収めた国家戦略だと思います。

田川:政策が打ち出され始めた90年代と比較して、現在はおよそ倍程度の市場規模になっているのではないかと思います。ロンドンのクリエーティブ産業振興のキーワードは「3つのD」、つまり「ダイバーシティ」「デジタル」「デザイン」で表現することができます。例えば、デジタルとデザインの組み合わせも盛んに行われています。

 最近、ロンドンでは「テックシティー構想」として、大小様々なITベンチャーが誘致されています。グーグルもロンドンに素晴らしいオフィスを構えています。ここ数年でロンドンのITベンチャーの数はかなり増えた印象があります。また、シリコンバレー企業よりも、ライフスタイル寄りのサービスを扱う企業も多く、ロンドンならではの新しいIT集積地が立ち上がりつつあります。takramのロンドンオフィスが入っている建物は、古い製薬工場をリノベーションした建物なんですが、そこだけでも約200社のマイクロスタートアップが集まっています。

 ロンドンにはデジタル系の広告代理店や制作会社も多く存在しています。この手の分野を手がける百人規模の企業が山ほどあって、彼らが非常にいい仕事をしています。また、このような企業がクリエーティブ系の学生の就職先になっていたりもします。

もともとロンドンは有名な広告会社やメディア企業が集積し、これらの産業のグローバルハブであったという素地がありますね。

田川:そういった新しい潮流の存在と同時に、ロンドンは古くからのクリエーティブの歴史も豊かです。アーツ・アンド・クラフツ運動の発祥地でもあり、世界的に著名な家具デザイナーや建築家がたくさんいます。旧から新まで、幅広いクリエーティブ人材が集積しているのが、ロンドンの魅力だと思います。そのような多様な人材が有機的につながるコミュニティーの存在は、ロンドンのクリエーティブ産業を下支えしています。

 ちなみにイギリスが「クリエーティブ産業」と定義する範囲は「広告、建築、美術、工芸、デザイン・ファッション、映画・ビデオ・写真・テレビ・ラジオ、IT・ソフトウエア、出版、美術館・図書館、音楽・舞台芸術」などの分野です。

 面白いのは「IT・ソフトウエア」がクリエーティブ産業の一部に定義づけられている点です。ソフトウエアの競争力は元来イギリスの強みではなかったけれど、テックシティー構想の流れもあって、最近は高度なソフトウエアを書ける人材が流入してきている。もともと強い広告産業とITの結合も進み、新たなビジネスが生まれているのが、最新のロンドンの潮流です。(後編に続く)

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中