1月28、29日に開催された日銀金融政策決定会合で、黒田東彦総裁が主導して突然導入された「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」。すでに筆者のコメントを日経ビジネスオンラインでも伝えているが(1月29日配信【ニュースを斬る】「いかにも実験的で危ういマイナス金利」参照)、ここでは筆者の見解を追加でお伝えしたい。

 まず、日銀による今回の突然のマイナス金利導入について、そのタイミングから「甘利明氏の閣僚辞任で苦しくなった安倍内閣を救った」とも言われるが、何が直接のきっかけになったのだろうか。これに関しては市場の内外でさまざまな見方が出ているわけだが、黒田総裁が追加緩和に今回ゴーサインを出す上では、以下の3点が直接の契機になったのだろうと筆者はみている。

①年初来の世界的な金融市場不安定化の中で、円高ドル安が115.85円(昨年1月16日に記録した水準)を超えて一段と進んでいくことへの警戒感が強まったこと(今年1月20日には一時115.97円までつけていた)。

②物価の基調は改善していると日銀が主張する上で大きな根拠になってきた日銀版CPIコア(生鮮食品及びエネルギーを除いた消費者物価指数)についても、前年同月比プラス幅が近く縮小していく流れが見えてきていたこと。

 会合2日目である29日の朝に発表された1月の東京都区部CPIコア(生鮮食品を除いた消費者物価指数)が、「教養娯楽用耐久財」「生鮮食品を除く食料」「家庭用耐久財」などの押し下げ寄与によって前年同月比▲0.1%に沈んだことが、ダメ押しになったとみられる。

③1月の会合に対しては市場やマスコミの警戒度合いが下がっており、サプライズを演出して、2%の物価目標実現に向けた日銀の強い意志を効果的にアピールするには格好のタイミングだと判断されたこと。

サプライズ狙いの政策運営はいかがなものか

 それにしても、③(サプライズの演出)は毎回巧妙で、追加緩和があると予想していても、実際にそれが打ち出されるタイミングがずれてしまう。

 これについて、サプライズ狙いの金融政策運営は、望ましい手法だとは言い難い。「市場との対話」を犠牲にしていることは明らか。日銀からの情報発信を素直に受け止めた上で、ロジカルに政策の動向を予想するといった、地道なBOJ(日銀)ウォッチの作業を続けるのが空しくなってしまう人もいるだろう。

予想が2度外れた筆者の言い分

 「黒田日銀」発足後、政策変更のタイミングが予想からずれてしまう事態に、筆者は2度直面した。1度目は、2014年10月の追加緩和。筆者は2015年1月の追加緩和を予想していたのだが、3カ月手前で黒田総裁は動いた。次が、今回(2016年1月)の追加緩和。筆者は2015年10月の追加緩和を予想していたのだが、3カ月後ろで黒田総裁は動いた。

 「マイナス金利の世界は無限で、日銀はいくらでも下げられる」という声もあるようだが、そうではないと筆者は考えている。論理的には無限であるとしても、あるいは現金を引き出して大量に保管する金融機関が出てこないよう日銀がペナルティーを定めているとしても、現実の世界では、マイナス金利幅の拡大には自ずと限界がある。

 マイナス金利は、預金者や金融機関の収益に負担を強いる政策である。一般の預金者向けの金利も市場金利に合わせてマイナスにすれば(たとえば口座管理手数料を課すケースが考えられる)、金融機関の収益が圧迫される度合いは軽減されるわけだが、レピュテーションのリスクなども考えると、現実にそうした動きに出る金融機関は現れない可能性が高い。

 その一方で、市場金利の一層の低下や貸し出し競争のさらなる激化をうけて、資金の運用利回りは低下せざるを得ない。したがって、日銀がマイナス金利幅を拡大して市場金利の低下が進めば進むほど、金融機関の収益は圧迫される。

 貸し出しを含む金融システム全体の円滑な作動にとっては明らかにネガティブな話であり、無理にマイナス金利政策を推し進めていくと、実体経済に悪影響が及んでくる。実際、日銀がマイナス金利を導入した後に、収益悪化懸念から東証上場の銀行株は大幅に下落している。

 また、金融市場での運用難が一段と強まる中で、金融機関が無理なリスクテイクに追い込まれかねないことも危惧される。マネーゲームは、勝者だけで成り立つわけではない。

 なお、甘利氏の後任である石原伸晃経済再生相は2月2日の記者会見で、マイナス金利による金融機関の収益力低下などの副作用についても「知り合いの地銀頭取らから聞いている」と述べ、マイナス金利の影響については「もう少し見守ることが必要」とした。

 そのことは、マイナス金利導入直後のドル/円相場の上昇が1月29日の121.70円で頭打ちになり、その後120円割れ、115円割れ、さらに2月11日には一時110円台まで円高ドル安が急速に進んで、マイナス金利導入の効果があっさり打ち消されたことから確認されたと言えるだろう。

 日銀が今回導入したマイナス金利のスキームは、当座預金残高のうちごく一部にのみ0.1%をチャージするものであり、金融機関の収益に一定の配慮をする代わりに、為替相場に及ぶ効果は限定的なものになった。

 また、ドル/円相場は、日本側の材料だけで動くわけではなく、米国側の材料、中でもFRB(連邦準備制度理事会)による今後の金融政策運営(利上げ回数や利下げ転換の有無)によって、大きく左右される。米国の利上げが当面困難であることがイエレン米FRB議長の議会証言で確認されると(当コラム1月26日配信「昨年末の米利上げは2000年の日本そっくり 」参照)、円買いドル売りが加速した。

 さらに、「原油価格下落」と「中国経済不安(さらには不信)」という、「リスクオフ」の円高に市場が傾斜する原因となる2つの大きな材料が厳然と存在し続けていることも、非常に重要である(当コラム 2月9日配信「『リーマンショック2』は来るのか 中国『不信』・原油『底なし』、2つのビッグリスク」参照)。その上、仮に日銀が今後マイナス金利幅を拡大する場合でも、市場に対するサプライズ効果はもはや期待しにくいという事情もある。

 さて、今回のマイナス金利導入に対する一般の預金者の反応はどうなのか。

 新しい準備預金の積み期間が始まり、日銀当座預金残高のうち「政策金利残高」に対して0.1%のマイナス金利が適用され始める2月16日を待たずに、多くの銀行で定期預金の金利が引き下げられたり、MMFなど短期の公社債で運用する投資信託の購入受付が停止されたりするなどしており、新聞各紙はそうした動きを大きく取り上げている。

預金者にとっては大差なし

 だが、預貯金の金利がきわめてゼロに近いことが長期化・常態化しているため、金利のさらなる微細な低下に対して、預金者が目立った動きに出るようなことはないだろう。

 ただし、多くの預金者にとって、「増えない」ことと「減る」こととは、意識の面でまったく違う。したがって、既に述べた通り、一般の(小口の)預金者から口座管理手数料を徴収するのは、現実問題として非常に困難である。

 なお、マイナス金利の導入を有権者がどのように受け止めているかについては、1月30~31日(決定の直後)に実施された読売新聞の世論調査が参考になる。

 質問「日本銀行は、初めて『マイナス金利』を導入する追加の金融緩和策を決めました。あなたは、この緩和策が景気の回復につながると思いますか、思いませんか」に対する回答は、「思う」(24%)、「思わない」(47%)、答えない(28%)になった。

 金利をマイナスの領域まで無理に引き下げても景気回復につながるとは思わないという、筆者の意見ではきわめて妥当な見方をとった回答が、半分近くになった。

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