最近、「日本のものづくり力が低下した」ということが話題になるケースが多い。確かにグローバルな競争において苦戦している分野は多い。しかしその一方では、工業製品の信頼性・耐久性をはじめ、伝統工芸文化、匠の世界など、他国の追随を許さない領域も少なくない。

 すなわち、「ものづくり力」が低下したのではなく、その価値の発信の仕方や競争戦略が不足しているのだろうと思う。最大の課題の1つは、製品の信頼性・耐久性の強みを十分に訴求していないことではないかと筆者は考える。

家電業界勢力図変遷の5つの理由

 とりわけ、家電製品では冷蔵庫、洗濯機、薄型テレビ等、日本の強いブランド力と技術力で得意分野であった領域が、グローバル市場では影をひそめている。今や韓国のサムスングループとLGグループがシェア上位を占めるに至っている。そしてそこに、中国系企業の製品が徐々にシェアを伸ばしてきているのが現状だ。

 事実、サムスンとLGは両社とも、2015年第4半期の家電事業の実績では数百億円の営業利益をたたき出したとされている。2013年に市場投入した900リットル級冷蔵庫、2014年に投入したプレミアム掃除機、2015年に投入した洗濯機などが、世界市場のシェアを押し上げた。

 北米の家電市場ではサムスンがトップシェア、LGが3位ということが韓国勢の堅調ぶりを物語っている。2016年はエアコンで大きな波が押し寄せると言われている。この領域でも、韓国2強は攻勢をかける。サムスンの無風エアコン、一方のLGは、人の動きを感知する追跡型エアコンが話題になっている。

 なぜ、このような勢力図になったのか。それには大きく5つの理由があるように思う。まず第1に、韓国の2強がそれぞれに商品企画と製品性能で力をつけ、日本の製品に見劣りしなくなってきたこと。加えてこの2強がお互いをライバル意識し、切磋琢磨の競争意識でお互いをけん引し高めてきたことがあげられる。

 第2に、消費者の購買意欲がどういう指標で求められているか、すなわち国や地域の文化や行動様式を分析することで、消費者の購買意欲を掻き立てるマーケティングに余念がないこと。オリンピックのスポンサーや、展示会でのプレゼン力、各国の空港での大々的な広告は本当に目立つ。このように、広報活動やマーケティング力で群を抜いていることも大きく作用している。

 第3に、先行投資して先行利得を得ようとする経営戦略。拙速で失敗するケースもないわけではないが、経営判断は日本に比べてはるかに速い。液晶や有機EL(エレクトロルミネセンス)などのディスプレイや半導体など、巨額な投資が必要な場合では、ことさら積極果敢に断行する。

 第4に、デザインと使い勝手に関する商品企画と設計。これもマーケティングから流れてくる結果ではあるが、重要視している観点である。国や地域が異なれば、好まれるデザインや機能も違うからだ。

 そして第5に、アフターサービスの充実である。故障診断や故障修理にかける時間を極力短くし、消費者の怒りや不満を生じさせないような安心感を提供する努力が伺える。消費者が困った時にこそ、どこまでサポートすることができるかどうかは、次の購入意欲に大きく影響することを念頭に入れてのことだ。

 筆者も韓国での5年間の生活の中で、かような対応を経験済みだ。修理に時間を要すことが当たり前の日本の製品とは大きく異なる。サービスセンターでは消費者の目の前で、その場で診断し見積もりを出すなど、気が短い韓国人の気質に合うように相当な力の入れようだ。

 以上5つの要素に集約してみたが、付け加えるならば、それを全面的に支える経営文化がある。それは、該当事業に関わる経営陣の責任の所在とそのとり方である。業績不振になれば社長も役員幹部も猶予なく退陣させられる。ここはシャープやほかの日本企業と大きく違う企業文化であることは、このコラムでも複数の事例を取り上げて記述してきた。

韓国勢製品に死角はないか

 結論から言えばあるだろう。典型的な事例を取り上げてみたい。いつも気づくのは、そして気になるのは、液晶テレビの画質である。購入時の初期品質はすこぶる良いのは事実なのだが、劣化が激しいのだ。

 海外に出向くと、韓国だけではなく欧米の中高級ホテルでも、圧倒的にサムスン電子とLG電子のテレビが多い。その選択に不満があるわけではない。

 不満があるのは、韓国勢のテレビの画質の悪さである。とりわけ鮮明性、コントラスト、そして音質も含まれる。人物が2重に映るようなこともある。本年1月末に訪れたドイツのホテルでも同じような体験をした。しかも毎回のことなのである。

 韓国ソウルにあるサムスングループの新羅ホテルのテレビは、もちろんサムスン製だが、ここでも同様だ。サムスン時代に筆者はここを定宿としていたが、宿泊時にはテレビの画質だけが不満だった。これではサムスン製品にマイナスのイメージを植え付けるようなものである。新製品に逐次入れ替えるタイミングも重要だろう。それよりも画質劣化速度が気になるのである。

 ホテルのテレビだけではない。2004年から5年間、韓国での生活をした際も同様だ。自宅マンションに装備された新品のサムスン製60インチ液晶テレビで、それを実感した。使用当初は違和感がなかったが、2~3年後に韓国の自宅と日本の自宅を往復するたびにテレビの画質が気になるのである。東京自宅のソニー製と、水原市自宅のサムスン製では差を実感するのである。ほぼ同じ時期に購入したテレビ同士での比較であることも付け加えておきたい。

 一方、日本国内のホテルでは、ソニー、パナソニック、シャープ、日立、三菱電機などのテレビが配備されていることが多い。違和感をもつこともなければ画質への不満もない。大都市のシティホテルはもちろん、地方のビジネスホテルでもテレビの画質に不満を持ったことはまずない。では、このように実際の差を感じるのはなぜだろうか。いまだに、ものすごく気になっている部分である。読者の皆様にも、このような比較をしていただき、実態のほどを確認してほしいとさえ思う。

 韓国勢の製品開発では初期品質やデザイン、機能性に関しては相当に注力する。しかし、画質劣化のような課題に関しては、そこまでではないように思う。明らかになるのは数年単位での時間がかかるし、消費者にとってみれば購入して使ってみないとわからない製品性能なので、どこか重要度が違うようだ。

 どこに、製品開発の重点を追い求めるかの違いがあるだろう。筆者の分析はこうだ。日本企業の商品開発においての重点施策は、初期品質はもちろん、機能性、信頼性・耐久性に重点が置かれる。すなわち、耐用年数を考慮した性能設計や技術開発が優先される。ドイツの高級自動車の商品企画に相通じるところがある。

 一方、韓国の製品開発企画は、国や地域の消費者分析を徹底的に行う、いわゆるマーケティング主導型だ。鍵をかけることのできる冷蔵庫などという発想は、途上国でのメイドが庫内の食品を盗むことを阻むための製品企画でもある。

 上述したテレビにおいては、まずデザインと機能美を追及する。そこに付加価値を付ける戦略だ。液晶パネルの技術開発も画質や解像度競争では日本に劣るものではない。

 一方で、消費者がどれだけの年数を使いこなすかというところのアンテナはそれほど高くないようだ。消費者がそこをどこまで許容するかという視点は、あまり大きな要素ではないがために起こり得る現象と捉えているのかと思う。もっとも、新製品が出ると買い替える購買層が多いことから、年数経過で画質劣化が起こっても消費者は不満を言わないのかもしれない。

日本勢は彼我比較による優位性の立証を図るべき

 このような日韓の差異があるとするならば、耐用年数に対するテレビの画質劣化を検証実験し、日本製テレビの優位性を示すことができるのではないか。画質劣化度の測定と、劣化メカニズムの差異を明らかにしていくことで、日本製の耐久性の高さは商品魅力の柱になると思うのだが。日系テレビメーカーには、是非、この検証を進めてほしいものである。

 翻って、欧米企業はネガティブキャンペーンを積極的に展開する。一方、日本勢は奥ゆかしさの文化が前面に出る関係で、ネガティブキャンペーンには消極的だ。しかし、それは消費者に対するメッセージでもあるので、消費者の利得を勘案すると、もっと積極的になってもいいのではないかと思える。

 ここ最近、中国人観光客の爆買がマスコミでよく報じられている。これは日本製の品質の高さ、故障率の低さ、洗練された商品というイメージと実態がかみ合っていることで、信頼を勝ち得ているからにほかならない。同じ日本メーカー製品でも、中国製よりメード・イン・ジャパンを求めて日本へ来ているというのだから、日本の製品に寄せる信頼性の高さは揺るぎようがない。電気炊飯器、洗浄式トイレ、ドライヤーなどが爆買の対象になっている。

 そうであるのに、自動車は別として、日本のテレビや他の家電系がグローバル市場で苦戦しているのは、強みの部分を発信する力が弱いこと。さかのぼれば、「そんな発信をしなくても製品が良いのだから売れるはず」というおごりが災いしていることも否定できない。伝える努力を惜しめば消費者には伝わらない。消費者に対して伝えるということの意義を再度見直す必要があると思う。

 韓国の現代自動車が1980年代初頭に「ポニー」を市場に出した時、日本勢はいささか焦りを感じた。なぜならば、北米で販売を一気に伸ばしたからだ。しかし1年後に、消費者は故障や品質劣化、耐久性不足が露呈したことで落胆した。これを見た日本勢は筆者を含めて、「まだこんな程度か」と安心したのである。

 それから40年近くが経過した。今や現代グループの世界販売はホンダを大きく引き離している。品質面でも日本勢に見劣りしなくなってきて、数々の受賞にもあずかっている。今や、日本勢にとっては強力なライバルの1つとなって台頭した。

 このようにいずれ、性能や品質は時間とともに追いつかれる運命にある。韓国は言うに及ばず、中国や台湾の液晶パネルの品質は向上し、結果として日本勢のシェアと地盤沈下が目立つようになってきた。シャープの液晶が世界最高として崇められたのは遠い昔の話になったように。ただし、ここで紹介したテレビの時間経過に伴う画質劣化の問題だけは、筆者にとっては不思議な現象であり、解明できていない非常に興味深いテーマである。

 こういう状況を勘案すると、日本勢が世界で闘い抜くには、新しいパラダイムを提供する製品・商品戦略の具現化が必要だ。日本の「モノづくり大国」復活に向けてのシナリオは、製品や商品を通じた革新的イノベーションと、それによってもたらされる新たな文化の創出であろう。そこを下支えするのが、日本が得意とする耐用年数と連動する信頼性や耐久性であるはずだ。

 それは経営戦略でもあり、技術戦略でもある。それをリードする経営陣と具現化する技術陣の密なコミュニケーション、闊達な議論ができる風通しの良い企業文化、それによってもたらされるお互いの信頼感こそが必要条件と考える。

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