火山噴火、集中豪雨とそれに伴う土砂崩れ、竜巻、豪雪など。日本列島には多くの自然災害リスクが常に付きまとう。こうした状況下、新たな技術を活用した防災ビジネスが立ち上がってきた。

(写真=毎日新聞社/アフロ)
(写真=毎日新聞社/アフロ)

 今年9月14日に熊本県の阿蘇山で発生した噴火。噴煙は火口から2000mまで上がり、噴石も飛散した。火口に近い阿蘇山ロープウェーの駅は火山灰に覆われ雪が積もったように一面、真っ白になった。

 その4日前の10日には台風18号が変化した低気圧の影響により、関東・東北豪雨が発生。鬼怒川の堤防が決壊し、茨城県常総市では死傷者が出る惨事となった。

 火山噴火、集中豪雨とそれに伴う洪水や土砂災害、さらには豪雪、竜巻被害など、日本列島には多くの自然災害が発生している。特に近年、地殻変動や気象変動が要因と見られる記録的な災害が頻発している。

(写真=左:共同通信、中:時事、右:時事)
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 こうした自然災害による被害を最小限に食い止めようと、防災分野でも小型無人機ドローンや最新の無線通信技術を活用して新たなビジネスを立ち上げる企業の動きが出てきた。その先駆的な例をリポートする。

災害調査で活用進むドローン

 鹿児島県にある桜島。今年に入って山体の膨張が観測され、地震を伴う爆発的噴火が頻発した。8月には一時、噴火警戒レベルが4(避難準備)に引き上げられ、周辺自治体など関係者の関心が集まっている。

 活動状況を探ろうと現地で活躍しているのがドローンだ。噴煙がもくもくと上がっている桜島の昭和火口。今年5月、そこから3km離れた黒神地区の観測所から1台のドローンが飛び立った。関係者が見守る中、ドローンは1200mの高さまで上昇、火口めがけてぐんぐんと飛んでいく。ホバリングをして上空で停止しながら火口の内部の様子を撮影する。約15分の調査飛行を終え、無事に観測所に戻ってくる。

ドローンで火山噴火の様子を詳細に記録
ドローンで火山噴火の様子を詳細に記録
火山活動が活発な鹿児島県・桜島では東北大学を中心としたグループがドローンを使って火口の調査を続けている。左下はドローンが撮影した映像(写真=朝日新聞社)

 気象庁は桜島の山頂から半径2kmを常時立ち入り禁止区域に設定している。人が近寄れない火口付近の様子はドローンが詳細に撮影している。この観測を実証実験として手がけているのは、東北大学を中心とした研究グループだ。ここで使われるドローンは、ベンチャーのエンルート(埼玉県ふじみ野市)が開発し、製造している。同社は西之島、箱根山、御嶽山など火山活動の調査を数多く請け負っており、災害調査に関する技術力もさることながら、運航ノウハウにたけているとの定評がある。測量会社などを通じて、省庁や企業からの調査依頼が急増している。

 同社の伊豆智幸社長は「自然災害が起きている場所を正確に事故なく航行するためのデータを蓄積している。バッテリーやカメラなど機材の選定で細かい改良も続けている」と災害調査に特化した航行技術の重要性を強調する。

 58人が死亡、5人の行方不明者を出した御嶽山(長野、岐阜県)の火山災害から1年あまり。登山者を噴石から守るためのシェルター開発が進んでいる。

 大阪市の防災機器メーカー、フジワラ産業は鋼鉄製の筒状のシェルターを製造する。内部の直径1.4m、鋼鉄の厚さは9mmで断熱材などを含めた強固な外壁で避難する登山者を守る。12人用で価格は390万円からの設定だ。

鋼鉄製のシェルターで噴石や土石流から身を守る
鋼鉄製のシェルターで噴石や土石流から身を守る
大阪市にあるフジワラ産業は防災設備の開発、製造に力を入れる。藤原充弘社長は「御嶽山の噴火後、噴石・土石流シェルターのニーズが高まると考えた。筒型で剛性に優れる」と話す(写真=菅野 勝男)

 同社の主力事業は浄水場向け設備の開発、製造。市場が成熟し業績が安定してくる中、新たな事業として着目したのが防災設備だ。2003年に津波から避難するための鉄骨のやぐら「タスカルタワー」を開発。三重県志摩市で1基目を設置して以降、全国の自治体からの関心が高まり、現在42基を設置した。

 フジワラ産業は社員40人、売上高13億円の中小メーカー。藤原充弘社長は「防災設備の必要性は高いがニッチ市場。中小企業の機動力を生かして、大企業にはまねできないような新たな製品を、今後も作り出していく」と語る。

 自動車部品や建材を製造するプレス工業(川崎市)も噴石シェルターの開発を進めている。内閣府は御嶽山の火山災害を受け、避難シェルターの設置や既存の山小屋の堅牢化、さらには火山防災専門家の育成に注力する方針を示し、11月中にも新たな指針をまとめる予定だ。各社のシェルター開発にも弾みがつきそうだ。

 火山噴火と並び、近年目立っているのが土砂災害だ。2013年の伊豆大島、2014年に起きた広島市の災害では多くの人命が失われた。

 勾配が30度以上、5m以上の斜面を基準とした土砂災害危険箇所は全国に約52万ある。そうした土砂斜面の危険度を事故が起きる前に算出するデータ解析技術を開発したのがNECだ。今年6月から島根県津和野町で実証実験を開始、来年3月までの実用化を目指す。

土砂災害の予測も可能に

 斜面に水分計と振動センサーを埋め込み、土砂の重量、水圧、粘着力、摩擦などの情報から危険度を判定する。実験では最短10分の誤差での予測が可能になっている。実用化すれば、土砂災害が起こる数時間前に危険を知らせることが可能になる。

センサーとデータ解析技術で土砂災害を事前に予測
センサーとデータ解析技術で土砂災害を事前に予測
NECはセンサーとデータ解析技術を使って土砂災害を未然に防ぐシステムを開発。島根県津和野町で実証実験を進め、2015年度内の実用化を目指す

 NEC消防・防災ソリューション事業部の阿部健太主任は「これまで土砂災害を事前に予測することは難しかった。この技術を確立して自治体などへの導入を進めていきたい」と語る。

 高い地中無線通信技術を持つ計測器メーカーの坂田電機(東京都西東京市)も、土砂災害対策の製品開発を強化する。土砂災害の発生を探知する同社のワイヤーセンサーは、広島市の土砂災害事故後、再発防止対策のために導入されている。現在、開発しているのが「みはり番」と呼ぶ、センサーネットワーク製品だ。雨量計や傾斜計など様々な計測機器のデータを無線伝送する。従来、センサーのデータは計測員が実際に現地に行って収集していたが、この仕組みによって遠隔地でも逐次、状況を把握することができる。

 「無線技術の進歩でリアルタイムに危険を察知することが可能。監視体制の省力化や効率化にもつながる」(坂田電機技術部の須賀原慶久部長)

 自然災害を未然に防ぐには予想精度を高める必要がある。市民から提供された膨大な情報、ビッグデータを解析してゲリラ豪雨の発生を予測したり、災害被害状況をいち早く知らせたりするサービスを展開するのは気象情報サービス会社のウェザーニューズだ。

 同社のスマートフォンアプリ「ウェザーニュースタッチ」の利用者から「ゲリラ雷雨防衛隊」を募り、実際の雲を撮影した写真と形や色などの情報を送ってもらう。ウェザーニューズの本部が情報を解析して雷雨が「あと1時間以内に東京都港区で降る」といった具合にピンポイントで予想する。

50分前までにゲリラ雷雨の詳細を予報する
50分前までにゲリラ雷雨の詳細を予報する
ウェザーニューズはアプリ利用者から寄せられた膨大な気象データ(左画面)を独自に分析、ゲリラ雷雨の発生地域と時間、危険度を細かく予測
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 今年7月、アプリで撮影画像の解析をしたり、気象衛星、ひまわり8号の観測データも分析対象に加えたりと機能を向上。今年は9月末までに12万人の隊員から通算45万通のリポートが寄せられ、全国平均で50分前までにゲリラ雷雨の発生を通知している。

 同社で減災プロジェクトを担当する宇野沢達也プロジェクトリーダーは「スマホの進化で利用者から細かい気象や災害の状況を送ってもらえる。気象災害の軽減を目指すツールとして自治体への導入も進めている」と話す。

 ドローンなど無人操作が可能な機器の普及と、スマホなど通信機器やセンサー機器が進化し、価格も安くなっていることが、自然災害対策への新たな商機を生み出している。

既存のインフラを活用する

 既存のインフラを使って防災に役立てようとする動きもある。例えばNTTドコモは無線基地局に環境、気象センサーを設置して、自治体や気象関連企業などに向けデータを提供している。現在、6万カ所ある基地局のうち、4000局にセンサーを設置済みだ。

 また、マーケティングの手法を変えることで既存の製品を防災用として販売する試みもある。電通は今年6月、「+ソナエ・プロジェクト」を立ち上げた。既存の防災製品のように、特化した用途の製品やサービスだけではなく、普段使っている飲料や食品、日用品などから防災に適した機能を強調して売り出すといった手法を目指す。

 プロジェクトを進める大野耕一プランニング・スーパーバイザーは「環境に配慮した『エコプロダクト』と同様のイメージで、『防災』機能を付加した製品やサービスで新たな市場が生まれる」との見方を示す。

 調査会社の富士経済は、防災など危機管理関連ビジネスの国内市場規模が2016年には1兆9200億円になると予想。これは、東日本大震災が起きた2011年の1兆4655億円に比べて31%の増加だ。また電通総研は、食品や日用品など防災に役立つ機能を持つ商品を新たに防災関連市場ととらえた時の潜在的な市場規模は、6兆3814億円になると推計している(下のグラフ参照)。

防災市場は8兆円以上に
●防災ビジネスの国内市場規模
防災市場は8兆円以上に<br /> ●防災ビジネスの国内市場規模
防災ビジネスの国内市場規模の実績と予想(緑色の部分、富士経済調べ)。電通総研はそれ以外の潜在的市場は6兆円以上と試算(オレンジ色の部分)
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 さらに防災市場は日本だけではなく海外にも広がる。そこに目を付けたのが高知市の防災機器メーカー、オサシ・テクノスだ。ウズベキスタンやエチオピアなど海外15カ国以上へ地すべり災害対策機器などを販売している。世界最大手の民生用ヘリコプターメーカー、仏エアバス・ヘリコプターズは2012年、神戸市に災害用ヘリの研究開発拠点を新設し、パイロットの育成も始めた。いずれは、日本だけでなく中国や東南アジア向けの製品開発やパイロット育成も開始する計画だ。

 6000以上の島々からなる火山列島。地形が複雑で自然災害が多いことから災害列島とも呼ばれる日本。だが、裏を返せば日本で培った防災技術は世界に通用する。国内から海外へと商機は広がっていきそうだ。

(宇賀神 宰司)

日経ビジネス2015年11月23日号 52~55ページより

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