ああ、この人は自叙伝を語っている。
営業現場のコンサルティングに入っていて、こう思うことがしばしばあります。いわゆる「自叙伝的反応」です。
豊富な経験を持ち、相応の実績があるベテランの営業や管理者ほど自叙伝的反応をとりがちですが、周囲や部下から嫌われます。
なぜ自叙伝的反応ばかりしていると部下がついてこなくなるのか。社長と営業部長のバトルを読んでみてください。
●営業部長:「今年は中期経営計画で2年目に当たります。1年目は目標未達に終わりましたが、今年は何としても達成します」
○社長:「わかっていると思うが1年目で未達成だった分を上乗せして達成してくれよ」
●営業部長:「え……」
○社長:「当たり前だ。毎年チャラにしていいなら誰も頑張らない」
●営業部長:「そ、それはそうですが、そういうことは最初から言っていただかないと営業部としての準備が……」
○社長:「本気で言っているのかね」
●営業部長:「いや、しかし……」
○社長:「昨年末、私に向かって『来年こそ不退転の決意でやります』と言い切ったじゃないか。年明け早々、腰砕けか」
●営業部長:「そういうわけではありませんが……」
○社長:「年初だからはっきり言っておく。営業部長の君がそんな態度だから営業部の求心力が下がる」
●営業部長:「何をもってそう仰るのか……」
○社長:「もういい。それより代理店施策はどうなっている。売り上げが落ちているのは代理店のせいだという台詞は聞き飽きた」
●営業部長:「年末に考えました。やはり実績に対するインセンティブをもっと上げないと当社のために動いてくれません」
○社長:「インセンティブだって」
●営業部長:「販売報奨金のことです」
○社長:「わかっとるわ、そんなこと」
●営業部長:「も、申し訳ありません。私のこれまでの経験からして、代理店に気持ちよく動いてもらうためには、もう少し報奨金を手厚くする必要があります」
○社長:「そう考えるのは、君の『経験』が根拠なのか」
経験や口癖は物事の根拠になるのか
●営業部長:「ええ。なんだかんだ言っても人は金で動きます。私が以前いた食品メーカーの本部長の口癖でした」
○社長:「『口癖』が根拠なのか」
●営業部長:「口癖と言いますか、真理でしょう。長年の営業経験で『地獄の沙汰も金次第』と思う時が何度もありました」
○社長:「また経験か。それなら聞く。君が主催する会議はやたらと長い。2時間も3時間もやっていることがある。あれも経験に照らして正しいのか」
●営業部長:「ええ。お互いが思っていることをさらけ出し、徹底的に議論してこそ、方針が浸透しますし、結束できるものです。わざと長くしているわけではありません」
○社長:「よく言うよ。昨日と今日、課長3人に声をかけて話を聞いたが、年初に君が掲げた営業方針がまるで腹に落ちていなかったぞ」
●営業部長:「そんなはずは……」
○社長:「会議を長くやればやるほど議論の焦点がぼやけてくる。昨年10月から12月までの3カ月で営業部課長4人の会議は合計300時間を超えていた。異常な数字だぞ。それだけ話し合っているくせに、代理店施策の答えが出てこなかった」
●営業部長:「しかし、議論の徹底にせよ、インセンティブにせよ、これで間違いないはずです。私の経験、ではなく、ええと、とにかくこれ以外の方法を思いつきません」
○社長:「それ以外の方法なんていくらでもある。もっと頭を使いたまえ、頭を」
●営業部長:「何も考えていないと仰るのですか。いくら何でも言い過ぎです。それなら私も言わせてもらいます。前の会社で20年、営業部長を務め、それだけの実績を残してきました。営業を指揮した経験がないから、社長は私の言っていることが理解できないのです」
○社長:「何だって? 誰に向かって口をきいているんだ!」
●営業部長:「だってそうでしょう。社長はエンジニア上がりで営業のことなんてちっともわかっていない……」
○社長:「ええい……。いい加減にしたまえ!」
●営業部長:「あ、いや、社長……」
○社長:「いつまで現状を変えないつもりか! 将来の大きな報酬よりも目先の小さな報酬か! それが現状維持バイアスと知ってのことか!」
●営業部長:「……」
○社長:「自叙伝的反応は今日から止めてくれ」
●営業部長:「じ、自叙伝?」
○社長:「自分の過去の経験と照らし合わせて物事を判断することだ。君の実績は知っている。経験豊富だからこそ来てもらった。だが、いくら自叙伝を語り続けても何も変えられないぞ」
●営業部長:「だから現状維持バイアスというわけですか」
○社長:「そうだ。すべてをリセットする気持ちでやってくれ。これまでのやり方ではうまくいっていない。そのことは明白だ」
●営業部長:「わかりました」
○社長:「代理店施策も基本からやり直せ。まず君自身が代理店に顔を出し、何度でもコミュニケーションをとれ。会議ばかりしているから、社長の私よりも足を運んでない。それをしないで金で釣ろうとするのは安易だし、代理店に失礼だ」
●営業部長:「申し訳ありません。基本に立ち返ります」
根拠がない断言や偶然の必然化は御法度
言うまでもありませんが経験は大事です。様々な経験によって、その人がつくられているのですから。
ただし、経験に自信を持ちすぎ、あらゆることを経験から判断しようとすると「自叙伝的反応」に陥ります。
経験を根拠に断言したり、偶然起こったことをまるで必然だったかのように受け止め、それが正しいやり方だと思い込んだりします。
そのやり方には再現性がないわけですから、部下は実践できず、次第に言うことを聞かなくなります。それでも現状維持バイアスがありますから同じことを繰り返し、ますます事態は悪化します。
正しくマネジメントサイクルを回すためには、自叙伝的反応や根拠がない断言や偶然の必然化をしてはいけません。
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