日経ビジネス2月15日号特集の「コマツ再攻 『ダントツ』の先を掘れ」に連動し、「再攻」の現場を取材するオンライン連載。最終回の5回目は、コマツが社運をかける新規事業「スマートコンストラクション」編だ。「最新の工事現場の様子をしっかりレポートしてくれよ~」とデスクにプレッシャーをかけられつつ、利根川河川敷にある堤防工事の現場へ向かった。

だだっ広い現場で建機が働いている(写真:小林 靖)
だだっ広い現場で建機が働いている(写真:小林 靖)

 見渡す限りの、空と大地。風が吹くと、すぐ横を流れる利根川のにおいがする。

 2015年末、記者は「最新の技術が詰まっている」という噂の工事現場を訪れた。東武鉄道伊勢崎線の川俣駅(群馬県明和町)からクルマで15分ほど。そこには、上の写真の景色が広がっていた。油圧ショベルが腕を振り回し、荷台に土を積んだトラックがひっきりなしに行き交う。利根川の氾濫を防ぐため、2016年3月末の完成を目指して、堤防を造っているのだ。

 「格好いいなあ」。普段はあまり立ち入ることのできない大規模な工事現場に、テンションが上がる。しかし、遠巻きに見る限り、「ザ・土木工事」の風景である。「どこらへんが最先端なんだろう…」と、一抹の不安が芽生えてきた。

 しかし、そんな不安は師走のからっ風を待つまでもなく、吹き飛ばされることになる。きっかけは、工事を担当している建設会社グランド(新潟県長岡市)の竹谷文浩社長のひと言だった。

 「あそこで油圧ショベルを操縦している女性がいるでしょ。彼女はこないだまで、うちで事務をやっていたんだよ」

 油圧ショベルはちょうど、土を階段状に整えていた。「段切り」と呼ぶ、土をなじませるのに欠かせない工程だそうだ。ただ、段切りを綺麗に仕上げるには「何年もの修行が必要だ」と、建設会社の人から聞いたことがある。場数を踏んでいない建機のオペレーターの手に負える仕事なのだろうか。

 「細かいところは建機が自動で調節してくれるので、私でもできますね」。油圧ショベルを操縦していた渡部尚子さんはきっぱりと、言い切った。

油圧ショベルが半自動で動く

 実は、この油圧ショベルは「半自動運転」ができる最新のコマツ製建機だ。おおよその作業場所までショベルを移動させて指示を出せば、事前に読み込んだ施工図面に合わせて、ほぼ自動で、土の表面を整えてくれる。運転席にあるモニター(下の写真)を覗き込むと、実際の現場と同様に、油圧ショベルが階段状の地形を整えるイラストが映っていた。この現場では半自動運転ができるブルドーザーも導入しており、「乗っているだけでちゃんと整地ができる」(渡部さん)という。

ショベルが半自動運転で地形を整える(写真2枚とも:都築 雅人)
ショベルが半自動運転で地形を整える(写真2枚とも:都築 雅人)
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 次に、竹谷社長が持っているタブレット「iPad」をのぞかせてもらった。赤や黄、緑色の印がついた現場の空撮写真が映っている。工事の進ちょく度合いが、場所ごとに色分けして示されているのだ。さらに、画面の下部には円グラフも付いていて、全体の何%まで工事が進んだかが分かる。

工事のデータは更新され、竹谷社長のiPadから見ることができる(写真2枚とも:都築 雅人)
工事のデータは更新され、竹谷社長のiPadから見ることができる(写真2枚とも:都築 雅人)
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 これらの情報は、渡部さんが運転していた油圧ショベルやブルドーザーから送信されたものだ。建機に通信機能が付いており、1日の終わりに、その日の油圧ショベルの掘削データや、ブルドーザーの整地データをクラウド上のシステムに吸い上げて、iPadの画面を更新している。通信機能のない他の建機で作業した場所があっても、油圧ショベルの運転席に付いているステレオカメラで地表の様子を撮影すれば、その情報も反映される。

 「今までは毎日写真を撮って進ちょく状況を報告してもらっていたけど、ひと目で分かるようになった」と竹谷社長は話す。30分ほどかかっていた報告作業の手間がなくなったため、1つの現場に必要な人手を減らすことができたそうだ。レンタル代が通常の3倍したり、ベテラン職人に比べて半自動運転時の作業スピードが遅かったりといった課題はあるものの、「うちは若い社員が多いので、新しい技術にどんどん挑んでいきたい」と竹谷社長は意気込む。

工事のすべてに関与する

 半自動運転に、ITを使った精緻な現場管理──。「職人の勘と経験」がモノを言うイメージが強い従来の土木工事とは、どうやら大きな違いがありそうだ。

 「いったい、工事の全体像はどうなっているんだろう」。独り言をつぶやくと、この現場に建機を貸し出したコマツの子会社、コマツレンタル北関東営業部の柴山欣也氏が経緯を説明してくれた。

 「明和梅原地区下流築堤工事」と呼ばれるこの工事が始まったのは、2015年の10月だった。工事の直前、柴山氏は現場の担当者とともに、カメラが付いた1台のドローンを飛ばした。河川敷の上空から工事現場を撮影し、地形の3次元データを作成。それを堤防の設計データとすり合わせて、どんな工事が必要か、どれだけの土を外から運んでくる必要があるか、といった施工計画をシミュレーションした。

ドローンを飛ばして地形を調べ、3次元データを生成(いずれもイメージで利根川の現場ではない)
ドローンを飛ばして地形を調べ、3次元データを生成(いずれもイメージで利根川の現場ではない)
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 そうやって作成した施工データを、油圧ショベルやブルドーザーに読み込ませている。だから、これらの建機は施工計画どおり、半ば自動で動かすことができるのだ。工事の途中で堤防の設計に修正が加わったら、データを書き換えて施工計画を更新するだけ。「建機を貸したり売ったりするだけでなく、土木工事にまつわる様々なことをコマツがサポートする。それを、スマートコンストラクションと呼んでいます」と、柴山氏は胸を張る。

「工事にまつわる様々なことをサポートする」と話すコマツレンタル北関東営業部の柴山欣也氏(写真:小林 靖)
「工事にまつわる様々なことをサポートする」と話すコマツレンタル北関東営業部の柴山欣也氏(写真:小林 靖)

「ヒトもカネも突っ込んでいる」

 確かに、凄そうな感じはする。ただ、ドローンや、3次元のシミュレーションなど「今までに全く見たことがない技術か?」と聞かれると、そんなこともない。売上高で国内2位の日立建機にも同様の技術はあるだろう。他の建機メーカーは、コマツと同じような取り組みをしていないのだろうか。

 様々な建機メーカーと取引をしている大手ゼネコンの担当者に聞くと、こんな答えが返ってきた。「個別の要素技術は、多かれ少なかれ(建機メーカーの)皆さんが持っていますよ。けれど『全部サポートする』っていう打ち出し方は今のところ、コマツが突出している。建機やシステムに多大な投資をしているし、外から見ているだけでも、ヒトもカネも突っ込んでいるのが分かる」。

 実際、コマツにとって、スマートコンストラクションは「超」がつくほど重要な新規事業だ。

 連載3回目のGE編(こちら)で、コマツがただ機械を売るだけでなく、「顧客をもうけさせる」ための事業領域まで手を広げていこうとしている、という記事を書いた。GE編では鉱山での取り組みに触れたが、スマートコンストラクションは、言わばその土木工事版だ。そして、新しい事業領域に踏み出すために、事業の進め方もがらりと変えている。

子会社から抜擢した意味

 それが顕著に現れたのが、人事だ。

 2014年の暮れ、コマツの大橋徹二社長は、子会社のコマツレンタルで社長(当時)をしていた四家千佳史氏に頭を下げた。「こっちに来て、スマートコンストラクションを仕切ってくれないか」。四家氏は翌年1月にはコマツ本体の執行役員に抜擢され、スマートコンストラクション推進本部長として、新事業の「顔」になった。

スマートコンストラクション推進本部長に抜擢された四家千佳史氏(写真:陶山 勉)
スマートコンストラクション推進本部長に抜擢された四家千佳史氏(写真:陶山 勉)

 本誌特集でも詳報した通り、四家氏はもともと、自分で建機のレンタル会社を経営していた人物だ。コマツからの出資を受け入れて2008年にグループ入りしたが、その後もレンタル事業を担当し続けており、本体の役職には就いていなかった。

 四家氏に自身の役割について聞くと、「コマツに、5倍、10倍のスピードで動くもう1つの『時計』を持ち込むことだ」と話す。そのために意識しているのが、「80点の出来でもどんどん出して、残りの20点分は顧客の反応を聞いてすぐに反映すること」(四家氏)。安全さえ担保することができれば、「もっと低い点数で出してもいい」(同)とさえ言う。

「未完成でもまず世に出して、アップデートしていく」

 いずれも、四家氏が自分の会社を興して、成長させるなかで身につけた、事業の進め方だ。ただ、時間をかけてじっくりと製品を作り込み、「100点満点」にしてから上梓してきた、従来のコマツとは対照的だ。なぜ、スマートコンストラクションではやり方をがらりと変えるのだろう。

 それは、「建設会社が『良いね!』と思ってくれない限り、広がりようのないサービスだからだ」(四家氏)。日本には47万社もの建設会社があり、新しい手法を受け入れることに積極的な顧客もいれば、そうでない顧客もいる。「提案に行っても、無視されることは日常茶飯事」とコマツレンタルの柴山氏は言う。同じITを使ったサービスとはいえ、自社の思い一つで全ての機種に標準装備できたコムトラックスとは全く異なるのだ。ならば、自分たちのやり方を変えるしかない。

 「未完成でもまず世に出して、足りない点をアップデートしていくほうが、結果的に早く良いものができるし、賛同者も増える」と、四家氏は強調する。ドローンや施工管理の画面などで、すでに何度も改良を重ねた。サービス開始から1年が経って導入現場の数が1000カ所を超え、社内のスピード感や考え方が変わってきたことを実感しつつあるそうだ。コマツで最も大事な「再攻」の現場は、自己変革の現場そのものだった。

 取材を終えて、デスクにレポートを送信した。きっとすぐに「この原稿、穴だらけだぞ!」とメールが返ってくるに違いない。実は、もう返事を決めている。

 「未完成でも出してみて改善を重ねていく方が、結果的に良いものになる。これが利根川の現場で得た収穫です」。

 (コマツ特集のオンライン連載は今回で終了です。当初、2月15~19日の掲載を予定していましたが、編集の都合で5回目の掲載日がずれてしまいました。最後までお読みいただきありがとうございました)

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